緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

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第五章 牙を剥く世界

第二十七話 地下への招待

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 街中の樹木から葉が落ち始め、季節は冬に差し掛かろうとする頃。  
 厳寒期になると雪で覆われるこの地域では冬の間の流通が滞るため、アストラフォラは冬支度に入っていた。
 そんなある日、パトロナが一年生を大講堂に集めて、学園の恒例行事について告げた。
「来月の市街奉仕について説明する」
 耳慣れない言葉が大講堂に響くと、生徒たちの間にざわめきが走った。アルヴィナは隣に座るレティシアと目を見合わせる。
「市街奉仕って何?」  
『地下の掃除とかじゃね?』
 エリスが小声で呟く。
「でも、なんだか先生たちの顔が……」
 ユスティナの言う通り、教師陣の表情は不自然に硬い。まるで危険な実践授業の前のような重々しい緊張が漂っていた。
「奉仕活動とは、学園都市アストラフォラの地下水道および古代遺構に生息する魔物、《うごめくもの》の掃討作業だ」
 パトロナの言葉に、講堂内がざわめいた。魔物討伐、つまり実戦だ。
「え、魔物? 本物の?」
 レティシアが身を乗り出す。アルヴィナも驚いた。魔法の実技訓練や、決闘など、戦いを想定した授業はこれまでもあったが、実戦授業は一度も無かったのだ。
「授業で既に説明しているが《うごめくもの》とは地下性のアメーバのような魔物だ。こいつらはそれ単体では何の脅威も無い。しかし動物に取り付くと、《狂狼サベージ・ルーパス》をはじめ新たな魔物を生み出す」

 《狂狼サベージ・ルーパス》の身体からぽたぽたと垂れる緑色の粘液こそが《うごめくもの》だと、説明された記憶を思い出す。
「奴らは放置しているとどんどん増えていくので、完全に冬に入り、行軍が難しくなるこの季節に一斉掃討するのが恒例なのだが――そこで君たちの実践訓練を積む上でまたとない機会というわけだ」
 なるほど、と皆が頷く。戦闘未経験者が、動きの速く群れで狩りをする《狂狼サベージ・ルーパス》や《狩人ハンター》を相手取るよりも、ずっと最適だと納得できる。
 パトロナはさらに続ける。
「まずは四人一組のパーティを組んで、教官に報告してくれ。担当教官が決まったら監督の下で行う」
 エリスがぶつぶつ呟く。
『いやあ……エリちゃん実戦とか無理なんですけど……死んじゃうんですケド……』  
「大丈夫よ、エリス。あたしたちがいるじゃない」
 レティシアが彼女の肩を叩く。
「論理的に考えれば、学園が生徒を危険にさらすはずがない。適切な訓練の一環だろう」
 ユスティナも同調する。……どうだろうか。アルヴィナだけが不安を拭えないでいた。

 アルヴィナ達四人がパーティを組む旨を申告し、四人は中庭で今後の相談をしていた。  
「編成はどうする?」
「レッチとアルが前衛、私が中衛でエリスを後衛で...」  
『エリちゃん戦闘能力皆無だから真ん中にしてよ。後ろだと、皆に気が付かれないうちに餌食になってしまいますよ?』
 その時、ふと視線を感じてアルヴィナが振り返る。校舎の窓から、こちらを見つめる教師の影があった。一瞬目が合うと、その影は慌てたように引っ込んだ。
「どうしたの、アル?」  
「ううん……なんでも」
 晩秋に吹く冷たい風に、アルヴィナは身震いをする。本当に、これは単なる訓練なのだろうか。
 夕暮れ時、四人は寮の談話室に集まっていた。オレンジ色の光が窓から差し込んでいる。
「ねえ、約束しましょう」
 レティシアが真剣な顔で言った。
「何があっても、見捨てない。全員で帰るのよ」  
『当たり前。……いやほんとたのみますよ』
 エリスが冗談を交えて頷く。
「みなで無事に帰るための最適解を考える」
 ユスティナも珍しく感情を込めて言う。
 アルヴィナは三人の顔を見回した。大切な仲間たちだ。今立っているこの世界が薄氷の上だったとしても、この絆はほんものだ。
「絶対に、みんなを守る。約束する」
 四人の手が重なった。温かい友情の証として。

 その夜のことだった。アルヴィナが廊下を歩いていると、教師たちの話し声が聞こえてきた。
「毎年のことだが、気が重くなるな」  
「せめて犠牲者が少なければ……」  
「今年は優秀揃いと聞く。あの子たちならきっと」
 立ち止まって聞き耳を立てる。犠牲者?あまりにも物騒な単語に、心臓が嫌な予感に包まれる。
 足音が近づいてきて、慌てて物陰に隠れた。パトロナと他の教師が通り過ぎていく。
「《OA》からの指示は絶対だ。我々に選択権など無い」  
「分かっていますが……まだ子供なのに」    
「選別は必要なのです。適性のない者はどのみち保ちません」
 声が遠ざかって聞こえなくなった。アルヴィナは震える手で壁に寄りかかる。
選別?適性のない者は、何?
 部屋に戻ったアルヴィナは、ベッドに潜り込んだ。黒い不安が胸いっぱいに広がる。
 エリスとのクエストで行ったベルガ鉱洞での冒険を思い出した。あの時もかなりの危険な目に合ったが、申請時にパトロナは咎めなかったのだ。
「あの時よりも危険だというの……?」
 呟いた声は、夜の静寂に吸い込まれていく。
 窓の外で《黒猫》がひとつ鳴き声を上げた。〝大丈夫〟 とも取れるし〝これは試練だ〟とも受け取れる。超越者の真意などアルヴィナにわかるわけがなかった。

 そして翌朝、地下掃討作戦が決行される。その中に、ルシアとシルビアの親友コンビの姿もあった。
「がんばろうね、アル」
 ルシアが手を振ってくる。その笑顔が、なぜか儚く見えた。


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