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第五章 牙を剥く世界
第三十一話 惨劇の地下迷宮
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アルヴィナの汚染はとうとう首まで広がった。
「まだ……まだ大丈夫」
必死に自分を保とうとするアルヴィナ。しかし、その限界は明らかだった。
通路の向こうから、足音が聞こえてきた。しかし、それは人間のものではない。ぺたぺたと湿った音。そして、低い唸り声。
「新手だ。来るぞ」
ユスティナが身構える。現れたのは、かつて生徒だったであろう何者かだった。
学園の制服を着ているが、皮膚は緑色に変色し、爪は鋭く伸びている。瞳は《凶狼》や《狩人》と同じく、憎しみに染まったように歪んでいた。
「あの子、イグニス寮の……」
レティシアが震え声で呟く。変異した生徒は、こちらを見つめると魔物のような咆哮を上げた。そして、《蠢くもの》とは比較にならない凄まじい速度で突進してきた。
〈運命流〉起動。レティシアが〈足を拘束する魔法〉、さらにタイミングを合わせて、ユスティナが足元へ〈水分を気化させて凍結する魔法〉で凍結を狙う。
しかし変異した生徒は、異常な力で蔦を引き千切ってしまう。骨が折れたのか、歪になった脚を気にもせず無茶苦茶な動きで走るのを止めない。
「くっ、〈弧炎〉!」
レティシアがさらに攻撃を継続する。しかし、相手は同級生の少女だ。どうしたって精彩を欠いてしまう。攻撃をくぐり抜けた変異生徒がレティシアに飛びかかる。
その瞬間、アルヴィナが前に出た。
「させない!」
突き飛ばした手から爆炎が起こり、変異した生徒を吹き飛ばす。その炎は人に対して使うにはあまりにも激しく、制御ができていない。アルヴィナ自身も汚染の影響で、理性が外れつつある。
〈ステラソナ〉が鳴る。
『オリオン3、追い詰められました……ザザザ……お母さん……』
『オリオン2、これが最後の通信になる。俺は、奴らになる前に自害する。爆ザザザ……よ、どうか生き延びてくれ』
こちらも感傷に浸る余裕はない。その時、地下迷宮の天井が崩れ始めた。激しい戦闘の影響で構造が不安定になっている。
「ここも危険だ」
「でも、どこに逃げれば……」
通路という通路から、変異した生徒たちの咆哮が聞こえてくる。彼らの声がアルヴィナの頭の中で響き、洪水のようにどす黒い感情が流れ込んできた。
『妬ましい、羨ましい』『何で俺だけうまくいかないんだ』
『ああ憎たらしい。あんな女、死んでしまえばいんだわ』
『くそが、何もかもぶっ壊れてしまえ』
『死にたくない、死にたくない、どうしてこんなことに』
『手も、脚もぐちゃぐちゃ……みんな置いていかないで』
アルヴィナが頭を抱える。雪崩込んでくる悪感情に必死で耐えた。
「友達を傷つけるなんて……絶対に嫌」
レティシアが泣きそうな顔でアルヴィナの背中を抱く。
「アル、頑張って。私たちがいるから」
『ひどいノイズ……もしかしてアルの症状もスペクトルムの影響が?』
「そうか、この緑の侵食自体が問題ではない。アルは何らかの精神攻撃を受けているんだ」
わかったところで、対策が思い浮かばない。
その時、巨大な地響きとともに、通路の壁が崩壊した。現れたのは、これまでで最大の《蠢くもの》群体。建物三階分ほどの巨大さで、無数の人型シルエットを生成し続けている。
「嘘でしょ……」
レティシアが絶句する。群体から分離した【人型】は、既に数十体。それぞれが高度に武装している。
『おわた……』
エリスが諦めかける。
その時、アルヴィナの瞳が緑色から炎のような赤色に変わる。震え声で呟いた。
「みんな……ごめん。これしか方法がない」
彼女の髪が、白から燃えるような真紅に変化し始める。全身から炎が燃え上がる。その様子を見たユスティナが、かつて学園で見せた爆発事件を思い出した。
「アル、まさか……」
アルヴィナが両手を天に向ける。彼女の中で眠っていた力が、〈狂い火〉がついに覚醒する。
「手加減ができない。みんなできるだけ離れて」
アルヴィナの声が、もはや人間のものではなくなっている。薄暗かった地下迷宮全体を照らし出す。
変異した生徒たちが咆哮を上げ、【人型】と一緒にアルヴィナへ群がっていく。その上へさらに、巨大《蠢くもの》たちが伸ばした触手がまとめて叩き潰そうとする。地獄絵図だった。
「隠れるぞ!」
「アル……っ」
《蠢くもの》が現れた反対側の通路へ走り、襲いかかる生徒を今度は躊躇無くレティシアが〈弧炎〉で締め上げ、焼いた。
飛び込んだ通路にユスティナが〈結界膜〉を多重展開する。結界越しに三人がアルヴィナを見つめる。友を救うために、彼女は何をしようとしているのか。そして、その代償は何なのか。
アルヴィナの身体を炎の渦が囲み、近づく【人型】も変異生徒も、宙に巻き上げて燃やしていく。炎はさらに激しくなり周囲の温度が急上昇する。
アルヴィナの瞳に、幼い頃に見たドラゴンの記憶が蘇る。あの圧倒的な炎。視界が真っ白になって、すべてを焼き尽くした業火。
「みんなごめん。レッチ、ジャス、エリス、どうか無事で――」
アルヴィナの決意が固まった瞬間、地下迷宮の空気が震えた。これから起こることを、誰も止めることはできない。
友情を守るための、残酷な選択が始まろうとしていた。
「まだ……まだ大丈夫」
必死に自分を保とうとするアルヴィナ。しかし、その限界は明らかだった。
通路の向こうから、足音が聞こえてきた。しかし、それは人間のものではない。ぺたぺたと湿った音。そして、低い唸り声。
「新手だ。来るぞ」
ユスティナが身構える。現れたのは、かつて生徒だったであろう何者かだった。
学園の制服を着ているが、皮膚は緑色に変色し、爪は鋭く伸びている。瞳は《凶狼》や《狩人》と同じく、憎しみに染まったように歪んでいた。
「あの子、イグニス寮の……」
レティシアが震え声で呟く。変異した生徒は、こちらを見つめると魔物のような咆哮を上げた。そして、《蠢くもの》とは比較にならない凄まじい速度で突進してきた。
〈運命流〉起動。レティシアが〈足を拘束する魔法〉、さらにタイミングを合わせて、ユスティナが足元へ〈水分を気化させて凍結する魔法〉で凍結を狙う。
しかし変異した生徒は、異常な力で蔦を引き千切ってしまう。骨が折れたのか、歪になった脚を気にもせず無茶苦茶な動きで走るのを止めない。
「くっ、〈弧炎〉!」
レティシアがさらに攻撃を継続する。しかし、相手は同級生の少女だ。どうしたって精彩を欠いてしまう。攻撃をくぐり抜けた変異生徒がレティシアに飛びかかる。
その瞬間、アルヴィナが前に出た。
「させない!」
突き飛ばした手から爆炎が起こり、変異した生徒を吹き飛ばす。その炎は人に対して使うにはあまりにも激しく、制御ができていない。アルヴィナ自身も汚染の影響で、理性が外れつつある。
〈ステラソナ〉が鳴る。
『オリオン3、追い詰められました……ザザザ……お母さん……』
『オリオン2、これが最後の通信になる。俺は、奴らになる前に自害する。爆ザザザ……よ、どうか生き延びてくれ』
こちらも感傷に浸る余裕はない。その時、地下迷宮の天井が崩れ始めた。激しい戦闘の影響で構造が不安定になっている。
「ここも危険だ」
「でも、どこに逃げれば……」
通路という通路から、変異した生徒たちの咆哮が聞こえてくる。彼らの声がアルヴィナの頭の中で響き、洪水のようにどす黒い感情が流れ込んできた。
『妬ましい、羨ましい』『何で俺だけうまくいかないんだ』
『ああ憎たらしい。あんな女、死んでしまえばいんだわ』
『くそが、何もかもぶっ壊れてしまえ』
『死にたくない、死にたくない、どうしてこんなことに』
『手も、脚もぐちゃぐちゃ……みんな置いていかないで』
アルヴィナが頭を抱える。雪崩込んでくる悪感情に必死で耐えた。
「友達を傷つけるなんて……絶対に嫌」
レティシアが泣きそうな顔でアルヴィナの背中を抱く。
「アル、頑張って。私たちがいるから」
『ひどいノイズ……もしかしてアルの症状もスペクトルムの影響が?』
「そうか、この緑の侵食自体が問題ではない。アルは何らかの精神攻撃を受けているんだ」
わかったところで、対策が思い浮かばない。
その時、巨大な地響きとともに、通路の壁が崩壊した。現れたのは、これまでで最大の《蠢くもの》群体。建物三階分ほどの巨大さで、無数の人型シルエットを生成し続けている。
「嘘でしょ……」
レティシアが絶句する。群体から分離した【人型】は、既に数十体。それぞれが高度に武装している。
『おわた……』
エリスが諦めかける。
その時、アルヴィナの瞳が緑色から炎のような赤色に変わる。震え声で呟いた。
「みんな……ごめん。これしか方法がない」
彼女の髪が、白から燃えるような真紅に変化し始める。全身から炎が燃え上がる。その様子を見たユスティナが、かつて学園で見せた爆発事件を思い出した。
「アル、まさか……」
アルヴィナが両手を天に向ける。彼女の中で眠っていた力が、〈狂い火〉がついに覚醒する。
「手加減ができない。みんなできるだけ離れて」
アルヴィナの声が、もはや人間のものではなくなっている。薄暗かった地下迷宮全体を照らし出す。
変異した生徒たちが咆哮を上げ、【人型】と一緒にアルヴィナへ群がっていく。その上へさらに、巨大《蠢くもの》たちが伸ばした触手がまとめて叩き潰そうとする。地獄絵図だった。
「隠れるぞ!」
「アル……っ」
《蠢くもの》が現れた反対側の通路へ走り、襲いかかる生徒を今度は躊躇無くレティシアが〈弧炎〉で締め上げ、焼いた。
飛び込んだ通路にユスティナが〈結界膜〉を多重展開する。結界越しに三人がアルヴィナを見つめる。友を救うために、彼女は何をしようとしているのか。そして、その代償は何なのか。
アルヴィナの身体を炎の渦が囲み、近づく【人型】も変異生徒も、宙に巻き上げて燃やしていく。炎はさらに激しくなり周囲の温度が急上昇する。
アルヴィナの瞳に、幼い頃に見たドラゴンの記憶が蘇る。あの圧倒的な炎。視界が真っ白になって、すべてを焼き尽くした業火。
「みんなごめん。レッチ、ジャス、エリス、どうか無事で――」
アルヴィナの決意が固まった瞬間、地下迷宮の空気が震えた。これから起こることを、誰も止めることはできない。
友情を守るための、残酷な選択が始まろうとしていた。
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