緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

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第六章 消えた焔と黙示の頁

第三十五話 消えた緋色

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 夜明け前。寮母からの知らせで、ユスティナとレティシアはアルヴィナの私室へ駆けつけた。
 窓は閉じ、ベッドは整い、一枚のメモだけが置かれていた。

『しばらく一人にして』

「逃げた? いえ違う――置いていかれたのよ!」
「まだ痕跡は温かい……六時間も経っていないな」
 震え混じりの声が部屋を満たし、二人の視線が揺れたシーツへ重なる。その時、ユスティナの〈ステラソナ〉が震え、エリスからの通話が着信した。
『アルの〈ソナピ〉が着信しない……アストラネットの圏外にいるかも』
「アストラフォラの外に出たの?」  
「自分の力で痕跡を断った。つまり〝追うな〟という意思表示だ」
 三人は言葉を失った。沈黙の中、〝友を信じたい〟想いと〝友を失う恐怖〟がせめぎ合い、胸を刺す。その痛みが涙腺を震わせた。
「あたしたち、ちゃんと支えてあげられなかった」
 レティシアの胸が後悔の念できゅっと締め付けられた。友達として、もっとできることがあったのではないかと。
『アルを独りにさせちゃダメ。うちらがこうやってつるんでるの、ぜんぶアルのおかげじゃん』  
「エリスの言う通りだ。今度は私たちが彼女の居場所を取り戻す番だ」
 二人と、ネットの向こうの一人は頷き合うのだった。

 その頃、アストラフォラ市街には奇妙な噂が駆け抜けた。
「白い髪の幽霊を見たぞ」
「声をかけると霧みたいに消えてしまった」
 監視官カイルは、〈ステラソナ〉を操作し報告を送る。
『捜索の進展は?』
「手がかりなし。しかし――追跡は推奨しない」
『理由を』
「理性のある《狂い火》は、下手に追い詰めれば都市ごと炎上する。〝過去の過ち〟を繰り返すべきではない」
 端末を閉じた彼は、胸ポケットの古い写真を指で撫でる。そこにはアルヴィナとは別の、白髪の少女の笑顔が映っていた。無表情だった彼の顔が、僅かに歪んだ。

「お忙しい中申し訳ありません」
 レティシアとユスティナが、学園長室の扉を叩いた。  
 中から聞こえてきたのは、重々しい溜息。
「入りなさい」
 学園長の声は、いつもより疲れて聞こえた。二人が入ると、そこにはパトロナや他の教師たちも集まっていた。どの顔も深刻な表情を浮かべている。
「アルヴィナのことだね?」
 学園長が、二人が来ることをわかっていたというように先に口を開いた。  
 レティシアとユスティナの表情が引き締まる。二人は黙って頷くと、大切な日常を取り戻すため、学園長室の中に踏み込んだ。


 磨かれた黒檀の扉が閉まる音。  
 レティシアとユスティナの二人は教師たちと対峙する。
「アルを助ける方法があるなら、教えてください」  
「彼女は邪悪な人間ではありません。確かに特殊な力を持っていますが、それを正しく使おうとしています」
 教師たちは一同に口をつぐむ。目を閉じて耐えるような表情をしている者もいる。重い沈黙の先、、学園長は深く空気を吐いた。
「この春から君たちを見守ってきた我々も、それはよくわかっている。彼女は善良で、優しい心を持つ女性だ。将来きっと良い魔法遣いになれただろう」
 〝ただろう〟とはいったいどういうことか。そう問おうとした二人は、学園長机上の水晶端末に映る文字に目を奪われた。大型の〈ステラソナ〉に映し出されたそれは――

〝討伐司令〟
 対象:《緋色の魔女》
 作戦理由:当該《RSS》の収容違反
 執行猶予:二十八時間
 備考:これは最大限に譲歩できる時間だ。君にとって最善の結果になることを
    願う。〈A・セリュシエ〉 

「こ、これは? アルのことですか!? まさか討伐だなんて冗談でしょう?」  
「冗談などではない。彼女が今朝、失踪した事が大きな問題となった。アストラフォラの外へ出れば、私の権限も及ばん」
 レティシアとユスティナは困惑する。アルヴィナは、地下探検でしでかした事以上の、もっと大きな思惑の渦に巻き込まれている。そしてそれらを理解するための情報が、二人にはまったく足りていない。
「この人を人と思わないような権限…あなた達は何者なのですか?」
 ユスティナの疑問に、再び沈黙が落ちる。
 二人にいよいよ不満が溜まってきたその時、パトロナが口を開いた。
「学園長、友人である彼女達には情報を開示してはどうでしょう。二人には知る権利がある」  
 もっともな提案に、学園長は苦悶の表情を浮かべる。彼の中で何がせめぎ合っているのか、レティシアとユスティナの二人には伺い知れない。
「アルヴィナくんをどうしても助けたいかね?」  
「はい」  
「もちろんです」
 学園長は伏せていた顔を上げ、黒檀の机の引き出しから重そうな鍵を取り出し、机に置いた。ゴトリと見た目以上に重たい音がする。
 学園の長は今や教育者の顔ではなかった。大いなる重責を背負ってきた決して譲れぬ何かを瞳に宿し、老人は語りだす。
「これから話すことは他言無用。一切誰にも、たとえ家族にも漏らしてはならない」
 そう言いながら、学園長は手の甲を二人に向かって差し出した。その真ん中に、青白い光の紋様が浮かび上がる。〈杖に蛇が絡まる〉シンボル、 不穏な黒服連中が身につけていた意匠と同じものだ。
 他の教師たちも、おのおのの体の一部に同様に刻印されたシンボルを浮かび上がらせた。
「ここアストラフォラ魔法学園には母体組織がある。この世界の神秘、人知を超えた現象を観察し、見守る秘密機関。全人類の最後の防波堤。安寧な社会の守護者」
「「「〝人類に平穏あれ〟」」」
 部屋にいた大人たち全員が唱和した。
「我々は《オルド・アルカヌム》。世界の真実に触れる覚悟がないなら、全てに目を瞑り諦めなさい。望みを叶えたいなら、この鍵を手に取りなさい」
 学園長は最後にそう言うと、二人に向けて鍵を差し出した。

* * *

 迷わず鍵を受け取るとレティシア、ユスティナの二人は学園の深部へと降りていく。高密度の金属で作られているのか、手の中でずしりと重みを感じた。
「《禁書庫きんしょこ》の臨時閲覧権を与える。ただし案内役は付けられない。図書塔を逆に降りていった地下、三層・第四書架内、〈プラエトリス・レポート〉を探しなさい」
 鍵を受け取った時、学園長の瞳にわずかな焦りがあったのをユスティナは見逃さなかった。これから手に入れようとするものは、本来生徒の眼に触れることは許されないのかもしれない。彼の決断に感謝をしつつ、今はとにかく時間が惜しかった。
 地下への道は、図書塔の地上部分と同じらせん階段だった。
 執行まで一日間の猶予。全てを知った上でアルヴィナと向き合い、彼女の潔白を証明しなければならない。回廊の窓からは正午の強い陽が射し込んでいた。
「何を知ったって、やることは同じ。そうだよねジャス」
「ああ、そうだ。私達のアルを取り戻そう」
 駆け下りる二人の影が階段へ溶け、地下の闇へ吸い込まれていく。そこに待つのは希望か、絶望か。動き出した時計はもう止まらない。

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