緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

文字の大きさ
38 / 48
第六章 消えた焔と黙示の頁

第三十八話 蛇の呼び声

しおりを挟む
 エリスの身に起きた異変と同時に、アストラフォラ中の〈ステラソナ〉が異常な光を発し始めた。
何事かと端末を手にした人々が、次々と頭をおさえて、その場に蹲る。動けなくなる程の頭痛に襲われているようだった。
「うっ……頭が……」  
「なんか、変な声が聞こえる」
『我を眠りから覚ませ』
「なにこれ……蛇?」
『我を眠りから覚ませ』
 蛇の囁きが、アストラネットを震わせた。
 陽が地平線の向こうに沈み、空が不吉な紫色に染まる。
 アストラフォラ魔法学園の敷地内は、大混乱が始まっていた。〈ステラソナ〉を持っていた生徒たちが突然苦しみだしたかと思うと、ぼんやりとした表情で立ち上がり同じ方向に歩き出したのだ。
 全ての市民、生徒に〈ステラソナ〉が行き届いてはいないため、精神攻撃を受けていない者も少なからず残っている。
「おい、平気か?」
 友人の異変を心配したらしい、正気を保っていた生徒が友の肩を揺する。すると――

 ドンッ!!

 生徒は尋常ではない力で突き飛ばされ、壁に叩きつけられた。突き飛ばした生徒の方は、腕がありえない方向に折れ曲がっている。しかし、その痛みも意に介さぬように、再びよろよろと歩きはじめる。
 同じような光景が、いたるところで起きていた。  
「正気な者だけ集まって固まるんだ!!」
うごめくもの》の惨劇を生き延びた生徒が声を張り上げる。だが彼らには、不気味な行軍をただ見守っていることしかできない。

 《禁書庫きんしょこ》から脱出したレティシアとユスティナは、不気味な光景に息を飲んだ。  
 百人以上の生徒が、皆一様に黙り、学園の外へ向かって歩いていく。中には痛ましく手足がねじ曲がっている者もいた。そして、その行軍の先頭にはエリスの姿があった。
「エリス!」
 ユスティナが駆け寄り腕を掴もうとするが、彼女の表情を見てすぐに体を引いた。
「お前、エリスじゃないな」  
「え?」
 追いついたレティシアが訝しむ。  
 エリスは他の生徒とは異なり、意思のある視線を二人に向けた。しかしそれはエリス本人のものではないと、親友の二人にはすぐに気がつく。

「我を眠りから覚ませ」

 エリスの声で発せられた言葉。同時に彼女を中心に突風が起こり、ユスティナへ向かって圧縮された空気が弾ける。  
「ジャスあぶない!」
運命流うんめいりゅう〉で察知し、ユスティナを受け止めるレティシア。
 エリスを中心に渦を巻く砂埃の向こうに、二つの目が再び緑色に光る。すると後方の生徒たちが、一斉に聞いたこともない言葉を唱えだした。

「「「ᚴᛚᛁᛒ ᛅᛚᛚᛏᚴ!!」」」

 共通語ではない音。意味を理解できなくとも、それが邪なる意志を孕んでいることを、二人は本能的に感じ取った。そして学園の外からも同じ声が響き渡る。アストラフォラの至るところで同じことが起きているようだった。  
 エリスを中心に、再び緑の魔法陣が浮かび上がる。古代の、もしかしたら他の星、他の世界の言語かもしれない。《身喰らう蛇》を崇拝する邪悪な意思が造った、この世界のものとは異なる魔法――。
 その時、大地が微かに震えた。足の裏に感じる、かすかな揺れ。
「地震?」
 レティシアが呟く。震えは次第に大きくなっていく。木々がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立った。
「違う、もっと大きな何かが起きている」
 震えは間隔を置いて繰り返される。まるで巨大な何かが、ゆっくりと鼓動しているかのような規則性。レティシアが遠くの方を指差した。
「あの山……動いてない?」
 地平線の彼方に連なる山脈。高台にある学園からいつも眺めている馴染み深い風景が、確かに動いていた。上下に、ゆっくりと波打つように。
 地面の震えはさらに強くなるにつれて、山の動きも激しくなる。そして、ついに決定的な瞬間が訪れた。
 山脈の一部が、大きく持ち上がった。その下から現れたのは巨大な、三角形の頭部。地平線の彼方まで続くそのすべてが一匹の蛇の身体だった。星そのものを巻き付けるほどの大きさの。
「――《身喰らう蛇》」
 プラエトリス・レポートに記されたもう一つの脅威。終焉の蛇。この星を穿つもの。
 それが、今まさに覚醒しようとしている。



◆用語説明
蛇紋じゃもん魔女まじょ(ウロボロス)》
 仮にもし、この世界が未来にも存続したなら、エリスはこう呼ばれるでしょう。  
《身喰らう蛇》によって精神を破壊されたエリス、およびアストラネットを通じて当該《RSS》に支配された集団を指す。
 《身喰らう蛇》を崇める異星、異世界の邪教の秘術を用いて、数千年先の予定であった世界終焉シナリオを強制的に早めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~

月城 友麻
ファンタジー
国を追放された悪役令嬢シャーロットの夢は、平穏なスローライフを送ること。彼女は、王都の公衆衛生を陰から支え、毒とされる青カビから秘密裏に特効薬を作っていた過去を捨て、辺境の町で念願のカフェを開店する。 前世の知識を活かした温かい料理は、すぐに町で評判となった。特に、毎日通ってくる無口な常連客は、彼女の作るオムライスを心から愛しているようだった。 しかし、シャーロットを追放した王都では、彼女がいなくなったことで疫病が大流行し、国は滅亡の危機に瀕していた。元婚約者の王子が助けを求めに現れるが、時を同じくして、あの常連客が正体を現す。彼の名は魔王ゼノヴィアス。 「お前の料理は俺の心を癒した。俺の妃になれ」 これは、ただ静かに暮らしたいだけなのに、料理で胃袋を掴んでしまった魔王に求婚され、その重すぎる愛からスローライフを死守しようと奮闘する、元悪役令嬢の物語。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ
ファンタジー
過労で倒れた社畜女子シオンの転生先は、まさかの魔王城。 無邪気に暴虐無人な上司(魔王)のもとで便利屋事務員としてドタバタな日々を過ごすうちに、寡黙な悪魔レヴィアスの思わぬ優しさに惹かれはじめていた。 ある日、突然変異したモンスターの暴走によって魔王城での生活は一変。 ーーそれは変異か、陰謀か。 事態を解明するために、シオンたちは世界各地で奔走する。 直面したことのない危険や恐怖に立ち向かうシオンは、それを支えるレヴィアスの無自覚で一途な愛情に翻弄されて……? 働くことでしか自分を認められないシオンが、魔王城で働く魔物たちの心をほぐしながら自分の価値を見つけていくファンタジーお仕事じれ恋ストーリー。

推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。 彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。 だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。 結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。 そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた! 主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。 ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

処理中です...