緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

文字の大きさ
40 / 48
最終章 緋色の魔法遣い

第四十話 再集結の誓い

しおりを挟む
 レティシアとユスティナは、エリスの自室に向かってた。
「エリスは直前まで私と通話していた。アストラネットを使っている間に何かがあったんだ」
 クロノス寮のエリスの私室のドアは開け放たれていた。  
 中に踏み込むと、整理されず乱雑に積み上げられた本や資料が出迎えた。その部屋の真ん中に〈ビーちゃん改〉が転がっていた。猫眼石が砕け、はめ込まれていた筐体の金属は熱で歪んでいる。
 思い出の品の無惨な姿に、レティシアとユスティナは胸を痛めつつ、さらに手がかりを探す。
「〈ビーちゃん改〉は完全に壊れてしまっている。少なくとも私に直すことはできない、直したところでうまく使えるとも思えんが」  
「見て、〈ビーちゃん〉が落ちていたあたりに変な模様があるよ」
 床の板が、うっすらと焼き跡のように黒く変色している。どうやら、さきほどエリスの体の周囲に浮かび上がった魔法陣と同じもののようだ。
「やはりエリスはここでアストラネットに繋いでいる時に、何らかのトラブルにあったようだ」  
「見たこともない文字だわ」  
「私がこれまで読んできた、どの本の知識にも該当しない。こいつを読み解いていては時間が足りない」
 二人はさらに他の手がかりを探す。
「エリスはアストラネットは街の外には届かないと言っていた。だが、アルヴィナを探すために無理をしたのかもしれない。そこを《身喰らう蛇》に察知される隙を生んだのだろう」
『あー、なーほーね。アストラフォラの中は《OA》の領域内だったから手を出せなかったけど、うちが外を見ようとしたのがまずったのかあ』
 突然、二人とは別の声が響いた。
「エリス!」
 レティシアが慌てて部屋を見回す。部屋にあるのは資料や何やらよくわからない機材の山、壊れた〈ビーちゃん改〉と――
「〈エリちゃ〉……」
 床に直接敷かれたうすっぺらい寝床の上に、モルモットのぬいぐるみ〈エリちゃ〉が寝転がっていた。
『いやー失敗しちゃったよ。まさか逆探知されて精神を焼かれるとは予想してなかった』  
「お前、どこから話してるんだ?大丈夫なのか?」  
 ユスティナが〈エリちゃ〉を抱き上げ、つぶらな瞳のモルモットに話しかける。
『大丈夫じゃないよー。うちの本体は完全に蛇さんに支配されちゃってます』  
「ならアンタは一体誰なのよ」  
『うーん、説明しにくいんだけど。エリスって一人ぼっちだったから、頭の中で何人もエリスを想像してお話ししてたんだよね』  
『こんなふうに』  
『やほほ』
 レティシアとユスティナの〈ステラソナ〉からも声が響く。
『いつもそんな風にして過ごしてたから、頭の中でいくつものエリスと並列思考ができるんだよ』  
『エリちゃん会議!』  
『つまりうちらはエリスの願望から生み出されたもの。本物のエリスじゃないよ』
 ユスティナが顔を歪ませる。
「本体のエリスはどうなる?」  
『治療はムリ。脳が物理的に書き換えられちゃってるから』
『《うごめくもの》といっしょ。なむー』  
『ジャス達が《禁書庫きんしょこ》で得た情報も覗いた。《RSS》っていうんでしょ?《狂い火》も《身喰らう蛇》も、一度支配下におかれたら元には戻れないみたい』  
「そうか」
 悲しみがユスティナの心を凍えさせるが、一刻を争う。理性をフル動員して考え続ける。
「情報を共有したい。《身喰らう蛇》がエリスが発動させた魔法陣によって覚醒した。エリスと同様に操られた学園の生徒や市民たちが、未知の魔法を行使した」
『たぶん異世界の儀式』  
『エリスは蛇復活の巫女にされた』  
 ユスティナはこれまで読んできた本の知識を探るが、うまく概念を落とし込むことができない。この世界では天候や作物の豊穣を祈らなくても、魔法遣いが都合よく運命を曲げられてしまう。信仰の文化が根付いていないのだ。
 彼女は一旦、巫女の情報を無視し、今必要な情報に頭を切り替えた。
「エリス以外の連中も、みな《身喰らう蛇》の支配下なのか?」
『違う。ほかのみんなはエリスが操っている』  
『アストラネットから切断されれば元に戻るよ』  
『〈ステラソナ〉を破壊するか、エリスを排除すればもとどおり』
「あたしらも〈ステラソナ〉を持ってるけど、なんで平気なの?」
 レティシアが自分の〈ステラソナ〉を見せる。
『アルとレッチとジャスのはとくべつせい』  
『友達の心は覗き見したくなかったみたい』  
『がっちり鍵かけられてる』

(うちら四人のプロトタイプは特別性ね☆)
 エリスが言っていた言葉を、二人は思い出した。
「世界を救う手立ては?」  
『儀式が完了して《身喰らう蛇》が覚醒してしまったら、再び蛇を眠らせるのは困難』  
『カウントダウンはとめられない』  
『可能性があるのはひとつだけ』
 一拍おいて、三つの端末から同時に回答する。
『『『アルの〝ドラゴン〟による《身喰らう蛇》の討伐』』』


 レティシア達は、学園長室に戻った。  
教師たちは混乱のさ中にいたが、ユスティナは有無を言わさず話を切り出した。
「アルの力は利用価値があります。《狂い火》を操れる彼女ならば《身喰らう蛇》と戦えるかもしれません」  
「それまでアルへの攻撃を中止させてください」
 学園長は、枯木のような皺の刻まれた眼でユスティナの話を聞いていた。
「アルの行く先なら心当たりがあります」
 レティシアは窓から見える巨影を指さした。
「あの子は困っている人を放っておけない、そういうやつです。アルの邪魔をしないでくれるだけでいい」  
「そうもいかないのだ」  
 学園長は書面を取り出す。アストラネットが使えないので別ルートから出力された指令書――双子のシンクロニシティを利用した、緊急時にのみ使われる長距離伝達魔法。そこにはこう書かれていた。

《身喰らう蛇》終焉シナリオ
 対象:《身喰らう蛇》および、その討伐の障害となるあらゆるすべて
 作戦理由:人類滅亡の回避 

 学園長は深くため息をついた。
「《OA》の本部は最後のカードを切ってしまった。もはや我々にも止められない」  
「だったら今すぐアルのところへ行ける足を!《OAG》よりも早く!」  
「そうは言うがな……馬では彼らに追いつけぬ」
 重苦しい沈黙。再びそれを破ったのは、少女達の恩師であった。
「ひとり解決ができる者の心当たりがあります。この学園一番の変人――素直に頼みを聞き入れる保証はありませんが」
 レティシアとユスティナは、迷わずパトロナのその提案に飛びついた。


 校舎の隅に建てられたテント。その主は生活部屋など持たず、ここで寝泊まりしている筈だ。
 エリスと同じ性質の「異端の研究者」――。
「カシウス」
 パトロナがその名を呼んだ。間もなく奥からのそのそと男が出てくる。
「ほう、ようやく《OA》は私を頼る気になったか」
 破滅が迫る前にしても、飄々と変わらぬ声で返事をした。パトロナは、外のことなど我感せずというような男の態度に忌々しげな表情をしつつも、肯定の頷きを返した。
 全ての役者が揃った。最後の戦いが始まろうとしている。



●用語説明
 《分け身を作る魔法》
 使用者の生命リソースの半分を消費し、もう一人の自分を作り出す。忙しい魔法遣いが「もう一人自分がいれば研究が捗るのに!」と思い至り開発されたが、分け身をもとに戻す魔法を作り忘れたまま使用され制作者本人も死亡してしまったので《禁書庫》行きとなった。解除しなければ著しく寿命を縮めてしまうことと、どちらが本物の自分かの口論が絶えないというリスクがある。
 エリスがどのようにしてこの魔法を知ったのかは、今となっては確かめられないが、死の直前にこの魔法を応用して“精神を分けた魔法”としてアストラネットへ分け身をばら撒いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...