緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

文字の大きさ
44 / 48
最終章 緋色の魔法遣い

第四十四話 緋翼連理

しおりを挟む
「「「ᚴᛚᛁᛒ ᛅᛚᛚᛏᚴ!!」」」(すべてを喰らい尽くせ)

 邪悪な祝詞はいまも続いている。  
一人残ったレティシアは、真紅のローブ――アンティクア家の礼装に手を通した。〈飛行器ひこうき〉の操縦席に忍ばせておいたのだ。
 ユスティナが着陸の混乱に乗じ、アルヴィナを人垣の向こうへ連れて行ってから間もなくした頃。《OAG》の飛行船が《身喰らう蛇》の前線に到着した。  
 次々と降下してくる守護者達。アルヴィナの方を意識しているのか、レティシアには目もくれず人垣へと進み始めた。それぞれの手には武器を所持している。盾にされた学園の生徒が行く手を阻もうものなら、すぐにでも凶刃がふるわれることは明白だった。
 レティシアは声を張り上げた。
「蛇のことはアルに任せて、あんた達はすっこんでなさい!」
 だが、彼らは止まらない。まるでひとつの意思のように乱れぬ歩調で。
 最後尾にいた、リーダーらしき男だけがレティシアに答えた。
「〈少女A〉の友人、君の置かれている状況には同情する。しかし我々も背負ってきたものがある」
「あたしだってレポートを読んだわ! 過去の魔法遣い達の無念も。でも、《OAあなたたち》は間に合わなかったの。それを認めなさい!」
 男は少しの間黙った。そして、感情を読み取れない、暗い目を向けてきっぱりと告げた。
「何が正しいか――それは後の世が決める。我々を突き動かすのは任務のみ」
 そう宣言すると、他の守護者と同じく、もう二度と用はないというように視線を切った。
 レティシアは深く深呼吸をする。レティシアの身体がぼうっと赤い炎に包まれた。
「ああそう。じゃあ、あたしを見過ごすわけにいかなくなれば、話が違うのよね?」
 彼女の心に溜めてきた、怒りや悔しさ。偉そうに振る舞いながらここぞという大事な場面を、全部アルヴィナに背負わせてきてしまった不甲斐なさ。  
 そんな自分がどんなことになってでも、親友を守りたい――。純粋な少女の想いを一気に解き放つ。
 《OAG》はついにレティシアに反応した。我が敵を得たとばかりに、レティシアに目標を変える。
 炎導布えんどうふでも吸収しきれない熱が、ローブの端をちりちりと赤く焦がした。  
 レティシアが愛用の短杖を守護者達に向かって振った。杖先から伸びた炎を鞭が彼らの周りを走り抜け、取り囲むように円を描いていく。輪の反対が繋がった瞬間に

 ゴオオォオ!

 紅蓮の炎の壁が天高く伸びる。レティシア自身も巻き込んで。
 対《狂い火》耐火装備で、炎を突破しようと試みた《OAG》の斥候が、一瞬で装具を燃やされて後退する。炎を飛び越えようと、一人が踏み台になるべく腰を落として構えた瞬間――炎の先端が内側に向かって曲がり、返しが作られる。
 守護者達にはじめて動揺が見られた。炎の壁はそのまま広がりもせず、狭まりもしない。ただ彼らを足止めするためだけに燃え続けた。  
 レティシアに焼き殺す意思はない。そうしてしまうと二度とアルヴィナに顔向けができない。

「ここからは誰一人として通しません」

 炎は彼女の身体を焼き、美しかった黄金の髪を燃やしていく。激痛が走っている筈だが、少女は家に伝わる演舞――星綾祭せいりょうさいで披露した舞を踊る。貴族の矜持。  
(最初にアルと会った時も、こんな風に格好つけてたっけなあ……)
 くるくると回る舞によって伸びた炎が、まるで片翼の羽が生えたようにレティシアの背中から広がる。《OAG》を睨みつけるレティシアの両目は、紅く塗りつぶされ既にもう無い。二つの眼窩から禍々しい紅蓮が吹き出した。

「我が名はレティシア・アンティクア。もう一人の《緋色の魔女》だ!」


「レッチ!」
 背後から激しい熱の奔流が伝わり、アルヴィナはおもわず振り返る。
「アル、今は振り返るな」
 ユスティナの目からは涙が溢れていた。
『蛇の巫女が《身喰らう蛇》と接触し、贄になると、もう止められない』  
『へびが星を砕く』  
 アルヴィナが泣き腫らす。これすらもお膳立てだというのか。  
 《黒猫》がどこからともなく姿を現わした。この場に似つかわしくない、可愛らしい声で「にゃあ」と一声鳴く。

 さあ魅せてよ。最高の物語を。

 《黒猫》の金色の瞳が爛々と輝いている。
「あなたの思い通りなんかならない! もう誰も失わない!」
 アルヴィナはドラゴンの存在を強く強く願う。いや願いではだめ、確信しなければ。  
 イメージしろ。  
 赤褐色の溶鉄のごとき鱗。百年と生きてきた巨木のような逞しい四本脚。神々しさすら感じる、王冠のような角の生えた頭部。そして美しく、どこか命に対し慈愛の籠もった金色の眼。
「刮目しろ! これが、わたしの、〝ドラゴン〟だ!」

 《身喰らう蛇》の巨体によって陽が届かない大地。それを覆う蛇の身体に、影が一瞬通り過ぎていった。  
 続いて暴風が、地上の人々を襲う。《OAG》も操られた者たちもまとめて。  
 空には暗雲が立ち込め、急激な気圧変化によって発生した静電気が雷となって降り注ぐ。
 スペクトルにノイズが起こり、彼らの持つ〈ステラソナ〉のネコノメ通信が断続的になった。一部の市民たちの支配の力が弱まり、意識を取り戻した。  
 彼らは、まず間近に迫った《身喰らう蛇》の姿に慄きながらも、もう一つ空に浮かぶ炎を指差した。
「なんだあれは!?」  
「炎の……鳥?」
 空の支配者にして炎の主。〝ドラゴン〟は静かにアルヴィナを見下ろしていた。
「やっと、逢えた」
 アルヴィナが答えると、ドラゴンは微笑んだように見えた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。 彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。 だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。 結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。 そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた! 主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。 ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?

追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~

月城 友麻
ファンタジー
国を追放された悪役令嬢シャーロットの夢は、平穏なスローライフを送ること。彼女は、王都の公衆衛生を陰から支え、毒とされる青カビから秘密裏に特効薬を作っていた過去を捨て、辺境の町で念願のカフェを開店する。 前世の知識を活かした温かい料理は、すぐに町で評判となった。特に、毎日通ってくる無口な常連客は、彼女の作るオムライスを心から愛しているようだった。 しかし、シャーロットを追放した王都では、彼女がいなくなったことで疫病が大流行し、国は滅亡の危機に瀕していた。元婚約者の王子が助けを求めに現れるが、時を同じくして、あの常連客が正体を現す。彼の名は魔王ゼノヴィアス。 「お前の料理は俺の心を癒した。俺の妃になれ」 これは、ただ静かに暮らしたいだけなのに、料理で胃袋を掴んでしまった魔王に求婚され、その重すぎる愛からスローライフを死守しようと奮闘する、元悪役令嬢の物語。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ
ファンタジー
過労で倒れた社畜女子シオンの転生先は、まさかの魔王城。 無邪気に暴虐無人な上司(魔王)のもとで便利屋事務員としてドタバタな日々を過ごすうちに、寡黙な悪魔レヴィアスの思わぬ優しさに惹かれはじめていた。 ある日、突然変異したモンスターの暴走によって魔王城での生活は一変。 ーーそれは変異か、陰謀か。 事態を解明するために、シオンたちは世界各地で奔走する。 直面したことのない危険や恐怖に立ち向かうシオンは、それを支えるレヴィアスの無自覚で一途な愛情に翻弄されて……? 働くことでしか自分を認められないシオンが、魔王城で働く魔物たちの心をほぐしながら自分の価値を見つけていくファンタジーお仕事じれ恋ストーリー。

【完結済】悪役令嬢の妹様

ファンタジー
 星守 真珠深(ほしもり ますみ)は社畜お局様街道をひた走る日本人女性。  そんな彼女が現在嵌っているのが『マジカルナイト・ミラクルドリーム』というベタな乙女ゲームに悪役令嬢として登場するアイシア・フォン・ラステリノーア公爵令嬢。  ぶっちゃけて言うと、ヒロイン、攻略対象共にどちらかと言えば嫌悪感しかない。しかし、何とかアイシアの断罪回避ルートはないものかと、探しに探してとうとう全ルート開き終えたのだが、全ては無駄な努力に終わってしまった。  やり場のない気持ちを抱え、気分転換にコンビニに行こうとしたら、気づけば悪楽令嬢アイシアの妹として転生していた。  ―――アイシアお姉様は私が守る!  最推し悪役令嬢、アイシアお姉様の断罪回避転生ライフを今ここに開始する! ※長編版をご希望下さり、本当にありがとうございます<(_ _)>  既に書き終えた物な為、激しく拙いですが特に手直し他はしていません。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...