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六章
王都に響く名
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ルド達が気を使って「行ってきていい」と後押ししてくれたけれど、いざ出かける段になってみると、どこへ行くべきかがまるで決まらなかった。
「ルド達を連れて行けるんなら良いけど、あの国は自然ばっかりだからなぁ……」
そう言いながら、バルドの顔が少し曇る。ルド達となら森でも丘でも、それこそ原っぱ一つだっていくらでも楽しめるけど、一緒にいないとなると、一気に“何もない場所”になってしまう。
「なんじゃ? それではいけんのか?」
自然を象徴する存在で、崇められている本人だけあってか、あの国の考え方やあり方に疑問はないようだった。むしろ、“自然ばかり”という言葉は褒め言葉のようだ。そんな人に、“自然しかなくてつまらない”なんて、絶対に言えない。だから、本音を飲み込み、喉がひきつるように声を上げた。
「べ、別に駄目ってわけじゃないんだけど、遊ぶ所とかがないだろう? それに、お土産も買ってきてやれないしさ。そうだ! ハンデルの方に行ってみようぜ!!」
その価値観の違いがわかっているからこそ、もっと“街の楽しさ”がある場所がいいという本音を隠すし、言い訳を重ねながら、慌てて別の案を押し出す。
でも、ハンデルほど商業が盛んな国なら、珍しい物や面白い物だけじゃなくて、*土産になりそうな物も見つかりそうだった。だけど、現実はそんなに甘くなかったらしい。
「あの国は人の出入りが多すぎて街道も全て整備されているからな。今回のように町の近くに身を隠せそうな森もない。だから、街の近くに出口を使って近くまで行くのは無理だぞ」
「じゃあ、街の外れとか隅に作れたりしないのか?」
僕の屋敷にも入口が作れるなら、出口だって作れるんじゃないか。そんな軽い気持ちで問いかけた瞬間、ティはバルドへ噛みついた。
「何処に誰がいるかも分からないのに、そんな簡単に作れるわけないでしょう!? それで鉢合わせにでもなったらどうするのよ!?」
「わ、悪かったって!」
人に見られたらまずいのはバルドも本当はわかっているからか、怒りながら彼の頭をぺしぺし叩くティに、素直に謝るしかなかった。だけど、そんな僕たちのやり取りを聞いていたキールが、まるで大したことでもないように呟く。
「見つかったとしても、すぐ場所を変えれば問題ないだろう。その街の構造までは知らんが、水が豊富にある噴水さえあれば、簡単に行けるぞ?」
「いや! それは問題しかないだろう!? 街の真ん中に出たら注目の的だぞ!!」
どこの街にも噴水があるけれど、それは街の中央にある。だから、そんな場所へ魔法で移動するなんて無茶な案だと声を荒げれば、キールは本気で何がダメなのか理解できていない顔をしていた。
「街でも噂になりそうだね…?」
「目の前で人が消えるなんて、ただの怪奇現象ですからね…」
衛兵が動くほどではないにせよ、確実に事件扱いされそうだ。
「……じゃあ、やっぱりあの国にしか行けそうな所はないんだな…。なぁ、ネアは何処か知らないか?」
「何で俺に聞くんだよ……」
「ネアなら何か知ってるかなって思ってよ」
帝国は無理、商業国家ハンデルも難しい。だったら、”博識なネアなら”と期待して尋ねれば、ネアは僕達に嘘をつきたくないのか、面倒くさげに開いた口を一度閉じ、一呼吸置いて答えた。
「王都なら発展してる。だから、見る場所や物もあるはずだ」
「そうなのか?」
「いくら自然を大事にしてるとはいっても、王都は物流の要だ。他国からの物資もそこから各地へ送っているのもあって、人も店も集まっている」
「そういえば、街を案内してもらった時、大きな街を作るために王城も移動したって言ってたね」
「あぁ!言ってたな!」
あの町で会ったビスの話を出すと、納得したような声を上げる。
「あの国の王都なら行ったことがあるので知っている。だから、俺が…」
「私がやるわ!」
「女王様…本気ですかニャ……」
キールが名乗るよりも早く、ティが勢いよく名乗りを上げる。しかし、せっかく兄様の召喚獣で溜まりかけた魔力が減ることを心配しているウルは、切なげな声を漏らした。その目は“キールに任せた方がいい”と訴えていたが、見せ場を取られたくないティは止まらない。
「ここでコイツに負けるわけにはいかないのよ!」
押し切られ、ウルがしょんぼり引き下がれば、自分が言った言葉のせいだと、その様子に罪悪感を覚えたようで、眉をひそめながら、声のかけ方でも探しているように落ち着かない。
「やはり、ここに残る……」
「何言ってるんだ!?一人だけ残るとかないからな!」
猫至上主義なネアは、出発直前になって“残る”と言い出した。でも、自分も後ろ髪を引かれているのに、ネアだけが駄々をこねるのは許さないとばかりに、バルドが声を荒げ、ぐいっと腕を引けば、無理だと分かっていたからか、ネアは抵抗もそこそこに引きずられていった。
一連の騒動を抜けて、ようやくたどり着いた街は、かつて高原だった場所に築かれたらしく、とにかく見渡す限り広い街だった。そして、その周囲には名残のように、小さな林がいくつも点々と続いていた。
街の中に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、思った以上に“自然と街が混ざり合った”景色だった。家々の庭先にはどの家も手入れされた緑があふれ、街路には並木が続いていて、人が歩く道と馬車の往来をさりげなく区切っている。それに、道は隅々まで整えられていて、そこを行き交う馬車の数も多い。それもあって、王都らしい活気が、街全体に満ちていた。
「へえー、ネアが言ってた通り、いろんな店があって楽しそうだな。でも……ルドも連れて来られたらよかったのに…」
僕たちが普段暮らしている王都の道には、ただ硬い石畳が延々と続いているだけで、街路樹なんて一本もない。ちゃんと定期的に整えられてはいるけれど、それでも馬車が何度も通ればひびが入り、足を引っかけてしまう危険もあるから、ルド達を連れて街を散策するなんて、滅多にできなかった。
そのうえ、ヒナノ達は人混みでは簡単に紛れてしまう程に小さく、馬車の上からでは見えづらい。だからこそ、この街のように、土や木で守られているような道を見て、”ここなら一緒に散策できるのに”と、連れてこられなかったルドの姿を思い出し、思わず小さく残念そうな声をこぼす。
「だから、お土産買って帰るんだろう?」
「何だ? あんなに来るの嫌がってたのに、一緒に探してくれるのか?」
「俺も、ウルに買って行く必要があるからな」
「ははっ、そうだったな!」
落ち込むくらいなら、その恩に報いることをしろとでもいうように励ましたくせに、いざ指摘すれば、途端にそっけなくなるネア。でも、そんな不器用さを笑うように、バルドも元気を取り戻していた。
「じゃあ、みんなでルド達のお土産探しにでも行くか!」
「ちょっと待て」
「何だよ…?」
これから良い所だったのに、黙ってついて来ていたキールにそれを邪魔され、少し不機嫌な声で返す。だけど、それに全く動じることなく答えた。
「買い物だけに付き合わされるのは御免だ」
「私達に欲しい物はありませんからね」
「勝手についてきてる奴らの都合なんて知るか」
今日の行動に不満があるらしく、二人は文句を口にするけれど、そもそも一緒に行動する約束をしたわけでもない。だから、そんな言葉を聞く価値もないとでも言うように、ネアがあっさりと切り捨てる。すると、それならばと、グレイが手を叩いて提案した。
「だったら別行動はどうですか?」
「いや、俺らはその方が助かるけど…それで良いのか…?」
自分たちだけでも行動できるのに、わざわざ僕たちに同行していたことから、何か理由があるのだと思っていた。それだけに、その事に疑問の声を上げれば、グレイは淡々とした様子で理由を答えた。
「えぇ、もともと付いて来たのは、男三人だけより子供がいた方が護衛として自然に街に入り込めると思っただけでしたので。それに、久しぶりなので、あの方が街を見てみたいとおっしゃってまして」
「ちと確認したいことがあってのう。勝手に付いて来ておる身で申し訳ないのじゃが、今日はこの街を回らせてもらってもよいかのう?」
街に来るまでの道中でも、街並みを見て回りたいと何度かキールたちに打診していたお爺さんは、改めて申し訳なさそうに頭を下げてきた。しかし、もともと「保護者役なんて自分だけで十分」と思っているらしいネアは、別に引き留める気もない様子で、軽く肩をすくめながら言った。
「本人達がそう言うなら、別にいいんじゃないか」
「そうだな。じゃあ、帰りの待ち合わせはここでいいか?」
「私たちは適当に帰るので、待ってなくても良いですよ。では、そちらも楽しんで来て下さい」
そう言うと、グレイ達は僕達に背を向け、そのまま街の雑踏へと消えていった。街を見て回りたいというのは、ただの気まぐれなのか、それとも別の意図があるかは分からないけれど、その背中を目で追っていたら、服の中に隠れていたティが声を上げた。
「何なの、アイツ等…?」
「アイツ等が何処に行こうと、俺達には何も関係ないだろう?」
「それは…そうだけど…」
「だったら、さっさと行くぞ」
「おい!待てよ!」
キール達のことなんて気にした様子もなく、一人でさっさと行こうと背を追うようにバルドも駆け出せば、僕もその背を追うように駆け出す。だから。胸の奥にうっすら残っていた引っかかりは、今は忘れる事にした。
「なぁ?これ買っていったら、ルドは喜ぶと思うか?」
「どうでしょう?そもそも、なんで物じゃなくて、全部食べ物ばっかりなんですか?」
キール達と別れたあと、僕たちは街を歩きながらいくつかの店をのぞいて回った。ネアはさすが商会の息子だけあって目利きが鋭く、彼が案内してくれる店はどこも手頃な価格なのに品が良く、落ち着いた雰囲気を持っていた。けれど、ルドが喜びそうな物という期待に応えられるような品は見つからなくて、結局バルドは屋台の食べ物を買い食いをしては、「これとかどうだ?」と聞いてくるバルドに、コンラットは他にないのかという視線を向けていた。すると、少し不貞腐れたような顔を浮かべた。
「仕方ないだろ。遊び道具は、兄貴達が買った分もあって部屋ひとつ埋まるくらいあるから、もう増やすなって母さんに言われてるんだよ」
”自分も、もっと色々と買ったりしたいのに”と思っているようで、いくつも好きに購入しては、満足げな顔をしているネアを羨ましげに見ていた。
「まぁ、お前の家相手に粗悪品を売ったりしないだろうから、簡単に壊れたりはしないだろうな」
同情しながらも、どこか他人事のように声を掛けてくるネアに不満げな顔を向けるけれど、通りですれ違う人の視線を感じて、バルドは疑問の声を上げる。
「それにしても……俺たち、なんか見られてないか? それに、タダで物をくれるっていうのも、何かおかしいだろ……」
街に入ってからというもの、周囲から視線を感じ続けていた。これまで行った屋台のおじさんも、何か言いたげにこっちを見ており、理由を尋ねても答えてくれない。そのうえ、会計を断られる時もあった。
「敵意はないぞ」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「……さすがに気になります」
危害を加えてくる気配がまったくないうえに、何かあっても自分ならどうにか出来る。そんな自信があるようで、ネアは周囲の視線など気にも留めず、淡々と歩いていた。けれど、僕達に向けられる視線は、ただの物珍しさとは明らかに違っていて、まるで“知っている人物かどうか”を確かめる。そんな探るような目で、ちらり、ちらりとこちらを見ては、何かを囁き合う人たちもいる。そんな気配のせいで、どうにも落ち着かない気分になる。
「……まぁ、そろそろ潮時かもしれないな。少し早いが帰るぞ」
「そうだな。ある程度のお土産も買ったしな!」
「その殆どが食べ物で、お金もろくに払ってませんけどね……」
ネアだけでなく、バルドも街の空気にどこか引っかかりを感じていたようで、”帰る”という提案には、意外なほどすんなり頷いた。
ただ、バルドが言ったお土産のほとんどが、街の人たちの厚意そのものだと考えると、コンラットはどうにも腑に落ちないようだった。このまま帰っていいのかと、差し出された食べ物や小さな品々の包みを見て、複雑そうに眉をひそめていると、不意に声を掛けられた。
「君達、少し良いか?」
声を掛けてきたのは、街の衛兵とは異なる制服を着た男が二人。身なりは街の兵士よりも明らかに良く、どこか騎士を思わせる雰囲気がある。その姿は――以前、別の街で見かけた二人組にどこか似ていて、僕たちは思わず顔を見合わせ、わずかに身構え、不意に高まった緊張を悟られないようにしながら、一歩だけ後ろへ下がりながら慎重に応じる。
「……なんだ?」
すると、男の一人が、まっすぐ僕らに視線を向けて言った。
「私は王宮に勤める騎士なのだが――リリエット様が探している子供というのは、君達で間違いないだろうか?」
その名前を聞いた瞬間、どこかで聞いたような気がしたけれど、まったく思い出せない。でも、この国の王宮に知り合いなんていないから、気のせいだろうと思っていると、隣のコンラットが小さく息を呑んだ。
どうやら彼には心当たりがあるらしく、まるで信じがたい名前を耳にしたかのように顔色を曇らせ、震える声で問い返した。
「……そのリリエット“様”というのは……まさか……この国の女王様……なんてことは……?」
コンラットの声を聞いた瞬間、僕たち全員が息をのんだ。そんなわけがないと思いたかったけど、授業で同じ名前を学んだ記憶がかすかに蘇る。でも、別人だと、そう信じたかった。だけど、そんな僕達の願いを打ち砕くように、騎士の男は静かに頷いた。
そのわずかな仕草ひとつで、希望が音を立てて崩れていくのを感じた。
「ルド達を連れて行けるんなら良いけど、あの国は自然ばっかりだからなぁ……」
そう言いながら、バルドの顔が少し曇る。ルド達となら森でも丘でも、それこそ原っぱ一つだっていくらでも楽しめるけど、一緒にいないとなると、一気に“何もない場所”になってしまう。
「なんじゃ? それではいけんのか?」
自然を象徴する存在で、崇められている本人だけあってか、あの国の考え方やあり方に疑問はないようだった。むしろ、“自然ばかり”という言葉は褒め言葉のようだ。そんな人に、“自然しかなくてつまらない”なんて、絶対に言えない。だから、本音を飲み込み、喉がひきつるように声を上げた。
「べ、別に駄目ってわけじゃないんだけど、遊ぶ所とかがないだろう? それに、お土産も買ってきてやれないしさ。そうだ! ハンデルの方に行ってみようぜ!!」
その価値観の違いがわかっているからこそ、もっと“街の楽しさ”がある場所がいいという本音を隠すし、言い訳を重ねながら、慌てて別の案を押し出す。
でも、ハンデルほど商業が盛んな国なら、珍しい物や面白い物だけじゃなくて、*土産になりそうな物も見つかりそうだった。だけど、現実はそんなに甘くなかったらしい。
「あの国は人の出入りが多すぎて街道も全て整備されているからな。今回のように町の近くに身を隠せそうな森もない。だから、街の近くに出口を使って近くまで行くのは無理だぞ」
「じゃあ、街の外れとか隅に作れたりしないのか?」
僕の屋敷にも入口が作れるなら、出口だって作れるんじゃないか。そんな軽い気持ちで問いかけた瞬間、ティはバルドへ噛みついた。
「何処に誰がいるかも分からないのに、そんな簡単に作れるわけないでしょう!? それで鉢合わせにでもなったらどうするのよ!?」
「わ、悪かったって!」
人に見られたらまずいのはバルドも本当はわかっているからか、怒りながら彼の頭をぺしぺし叩くティに、素直に謝るしかなかった。だけど、そんな僕たちのやり取りを聞いていたキールが、まるで大したことでもないように呟く。
「見つかったとしても、すぐ場所を変えれば問題ないだろう。その街の構造までは知らんが、水が豊富にある噴水さえあれば、簡単に行けるぞ?」
「いや! それは問題しかないだろう!? 街の真ん中に出たら注目の的だぞ!!」
どこの街にも噴水があるけれど、それは街の中央にある。だから、そんな場所へ魔法で移動するなんて無茶な案だと声を荒げれば、キールは本気で何がダメなのか理解できていない顔をしていた。
「街でも噂になりそうだね…?」
「目の前で人が消えるなんて、ただの怪奇現象ですからね…」
衛兵が動くほどではないにせよ、確実に事件扱いされそうだ。
「……じゃあ、やっぱりあの国にしか行けそうな所はないんだな…。なぁ、ネアは何処か知らないか?」
「何で俺に聞くんだよ……」
「ネアなら何か知ってるかなって思ってよ」
帝国は無理、商業国家ハンデルも難しい。だったら、”博識なネアなら”と期待して尋ねれば、ネアは僕達に嘘をつきたくないのか、面倒くさげに開いた口を一度閉じ、一呼吸置いて答えた。
「王都なら発展してる。だから、見る場所や物もあるはずだ」
「そうなのか?」
「いくら自然を大事にしてるとはいっても、王都は物流の要だ。他国からの物資もそこから各地へ送っているのもあって、人も店も集まっている」
「そういえば、街を案内してもらった時、大きな街を作るために王城も移動したって言ってたね」
「あぁ!言ってたな!」
あの町で会ったビスの話を出すと、納得したような声を上げる。
「あの国の王都なら行ったことがあるので知っている。だから、俺が…」
「私がやるわ!」
「女王様…本気ですかニャ……」
キールが名乗るよりも早く、ティが勢いよく名乗りを上げる。しかし、せっかく兄様の召喚獣で溜まりかけた魔力が減ることを心配しているウルは、切なげな声を漏らした。その目は“キールに任せた方がいい”と訴えていたが、見せ場を取られたくないティは止まらない。
「ここでコイツに負けるわけにはいかないのよ!」
押し切られ、ウルがしょんぼり引き下がれば、自分が言った言葉のせいだと、その様子に罪悪感を覚えたようで、眉をひそめながら、声のかけ方でも探しているように落ち着かない。
「やはり、ここに残る……」
「何言ってるんだ!?一人だけ残るとかないからな!」
猫至上主義なネアは、出発直前になって“残る”と言い出した。でも、自分も後ろ髪を引かれているのに、ネアだけが駄々をこねるのは許さないとばかりに、バルドが声を荒げ、ぐいっと腕を引けば、無理だと分かっていたからか、ネアは抵抗もそこそこに引きずられていった。
一連の騒動を抜けて、ようやくたどり着いた街は、かつて高原だった場所に築かれたらしく、とにかく見渡す限り広い街だった。そして、その周囲には名残のように、小さな林がいくつも点々と続いていた。
街の中に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、思った以上に“自然と街が混ざり合った”景色だった。家々の庭先にはどの家も手入れされた緑があふれ、街路には並木が続いていて、人が歩く道と馬車の往来をさりげなく区切っている。それに、道は隅々まで整えられていて、そこを行き交う馬車の数も多い。それもあって、王都らしい活気が、街全体に満ちていた。
「へえー、ネアが言ってた通り、いろんな店があって楽しそうだな。でも……ルドも連れて来られたらよかったのに…」
僕たちが普段暮らしている王都の道には、ただ硬い石畳が延々と続いているだけで、街路樹なんて一本もない。ちゃんと定期的に整えられてはいるけれど、それでも馬車が何度も通ればひびが入り、足を引っかけてしまう危険もあるから、ルド達を連れて街を散策するなんて、滅多にできなかった。
そのうえ、ヒナノ達は人混みでは簡単に紛れてしまう程に小さく、馬車の上からでは見えづらい。だからこそ、この街のように、土や木で守られているような道を見て、”ここなら一緒に散策できるのに”と、連れてこられなかったルドの姿を思い出し、思わず小さく残念そうな声をこぼす。
「だから、お土産買って帰るんだろう?」
「何だ? あんなに来るの嫌がってたのに、一緒に探してくれるのか?」
「俺も、ウルに買って行く必要があるからな」
「ははっ、そうだったな!」
落ち込むくらいなら、その恩に報いることをしろとでもいうように励ましたくせに、いざ指摘すれば、途端にそっけなくなるネア。でも、そんな不器用さを笑うように、バルドも元気を取り戻していた。
「じゃあ、みんなでルド達のお土産探しにでも行くか!」
「ちょっと待て」
「何だよ…?」
これから良い所だったのに、黙ってついて来ていたキールにそれを邪魔され、少し不機嫌な声で返す。だけど、それに全く動じることなく答えた。
「買い物だけに付き合わされるのは御免だ」
「私達に欲しい物はありませんからね」
「勝手についてきてる奴らの都合なんて知るか」
今日の行動に不満があるらしく、二人は文句を口にするけれど、そもそも一緒に行動する約束をしたわけでもない。だから、そんな言葉を聞く価値もないとでも言うように、ネアがあっさりと切り捨てる。すると、それならばと、グレイが手を叩いて提案した。
「だったら別行動はどうですか?」
「いや、俺らはその方が助かるけど…それで良いのか…?」
自分たちだけでも行動できるのに、わざわざ僕たちに同行していたことから、何か理由があるのだと思っていた。それだけに、その事に疑問の声を上げれば、グレイは淡々とした様子で理由を答えた。
「えぇ、もともと付いて来たのは、男三人だけより子供がいた方が護衛として自然に街に入り込めると思っただけでしたので。それに、久しぶりなので、あの方が街を見てみたいとおっしゃってまして」
「ちと確認したいことがあってのう。勝手に付いて来ておる身で申し訳ないのじゃが、今日はこの街を回らせてもらってもよいかのう?」
街に来るまでの道中でも、街並みを見て回りたいと何度かキールたちに打診していたお爺さんは、改めて申し訳なさそうに頭を下げてきた。しかし、もともと「保護者役なんて自分だけで十分」と思っているらしいネアは、別に引き留める気もない様子で、軽く肩をすくめながら言った。
「本人達がそう言うなら、別にいいんじゃないか」
「そうだな。じゃあ、帰りの待ち合わせはここでいいか?」
「私たちは適当に帰るので、待ってなくても良いですよ。では、そちらも楽しんで来て下さい」
そう言うと、グレイ達は僕達に背を向け、そのまま街の雑踏へと消えていった。街を見て回りたいというのは、ただの気まぐれなのか、それとも別の意図があるかは分からないけれど、その背中を目で追っていたら、服の中に隠れていたティが声を上げた。
「何なの、アイツ等…?」
「アイツ等が何処に行こうと、俺達には何も関係ないだろう?」
「それは…そうだけど…」
「だったら、さっさと行くぞ」
「おい!待てよ!」
キール達のことなんて気にした様子もなく、一人でさっさと行こうと背を追うようにバルドも駆け出せば、僕もその背を追うように駆け出す。だから。胸の奥にうっすら残っていた引っかかりは、今は忘れる事にした。
「なぁ?これ買っていったら、ルドは喜ぶと思うか?」
「どうでしょう?そもそも、なんで物じゃなくて、全部食べ物ばっかりなんですか?」
キール達と別れたあと、僕たちは街を歩きながらいくつかの店をのぞいて回った。ネアはさすが商会の息子だけあって目利きが鋭く、彼が案内してくれる店はどこも手頃な価格なのに品が良く、落ち着いた雰囲気を持っていた。けれど、ルドが喜びそうな物という期待に応えられるような品は見つからなくて、結局バルドは屋台の食べ物を買い食いをしては、「これとかどうだ?」と聞いてくるバルドに、コンラットは他にないのかという視線を向けていた。すると、少し不貞腐れたような顔を浮かべた。
「仕方ないだろ。遊び道具は、兄貴達が買った分もあって部屋ひとつ埋まるくらいあるから、もう増やすなって母さんに言われてるんだよ」
”自分も、もっと色々と買ったりしたいのに”と思っているようで、いくつも好きに購入しては、満足げな顔をしているネアを羨ましげに見ていた。
「まぁ、お前の家相手に粗悪品を売ったりしないだろうから、簡単に壊れたりはしないだろうな」
同情しながらも、どこか他人事のように声を掛けてくるネアに不満げな顔を向けるけれど、通りですれ違う人の視線を感じて、バルドは疑問の声を上げる。
「それにしても……俺たち、なんか見られてないか? それに、タダで物をくれるっていうのも、何かおかしいだろ……」
街に入ってからというもの、周囲から視線を感じ続けていた。これまで行った屋台のおじさんも、何か言いたげにこっちを見ており、理由を尋ねても答えてくれない。そのうえ、会計を断られる時もあった。
「敵意はないぞ」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「……さすがに気になります」
危害を加えてくる気配がまったくないうえに、何かあっても自分ならどうにか出来る。そんな自信があるようで、ネアは周囲の視線など気にも留めず、淡々と歩いていた。けれど、僕達に向けられる視線は、ただの物珍しさとは明らかに違っていて、まるで“知っている人物かどうか”を確かめる。そんな探るような目で、ちらり、ちらりとこちらを見ては、何かを囁き合う人たちもいる。そんな気配のせいで、どうにも落ち着かない気分になる。
「……まぁ、そろそろ潮時かもしれないな。少し早いが帰るぞ」
「そうだな。ある程度のお土産も買ったしな!」
「その殆どが食べ物で、お金もろくに払ってませんけどね……」
ネアだけでなく、バルドも街の空気にどこか引っかかりを感じていたようで、”帰る”という提案には、意外なほどすんなり頷いた。
ただ、バルドが言ったお土産のほとんどが、街の人たちの厚意そのものだと考えると、コンラットはどうにも腑に落ちないようだった。このまま帰っていいのかと、差し出された食べ物や小さな品々の包みを見て、複雑そうに眉をひそめていると、不意に声を掛けられた。
「君達、少し良いか?」
声を掛けてきたのは、街の衛兵とは異なる制服を着た男が二人。身なりは街の兵士よりも明らかに良く、どこか騎士を思わせる雰囲気がある。その姿は――以前、別の街で見かけた二人組にどこか似ていて、僕たちは思わず顔を見合わせ、わずかに身構え、不意に高まった緊張を悟られないようにしながら、一歩だけ後ろへ下がりながら慎重に応じる。
「……なんだ?」
すると、男の一人が、まっすぐ僕らに視線を向けて言った。
「私は王宮に勤める騎士なのだが――リリエット様が探している子供というのは、君達で間違いないだろうか?」
その名前を聞いた瞬間、どこかで聞いたような気がしたけれど、まったく思い出せない。でも、この国の王宮に知り合いなんていないから、気のせいだろうと思っていると、隣のコンラットが小さく息を呑んだ。
どうやら彼には心当たりがあるらしく、まるで信じがたい名前を耳にしたかのように顔色を曇らせ、震える声で問い返した。
「……そのリリエット“様”というのは……まさか……この国の女王様……なんてことは……?」
コンラットの声を聞いた瞬間、僕たち全員が息をのんだ。そんなわけがないと思いたかったけど、授業で同じ名前を学んだ記憶がかすかに蘇る。でも、別人だと、そう信じたかった。だけど、そんな僕達の願いを打ち砕くように、騎士の男は静かに頷いた。
そのわずかな仕草ひとつで、希望が音を立てて崩れていくのを感じた。
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ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
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解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
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一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
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