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六章
宝物庫の奥へ
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扉が開いた瞬間、地下だからだろうか、ひやりとした空気が肌を撫でた。
(でも、寒いだけじゃない……)
僕には、ただ空気が冷たいとしか分からない。けれど、兄様たちの表情は、それ以上の「何か」を感じ取っているかのように、険しく強張っていた。
「やはり……何か感じるのですか……?」
同じように異変を掴めない王女が、静かに父様たちへ問いかける。すると、父様はわずかに呆れを滲ませた声で答えた。
「ある程度、魔力を扱える者ならば、分かりそうなものだがな」
僕達のような子供ならまだしも、”王族である人間がそんなことすら分からないのか”そんな含みを帯びた父様の言い方に、エリオットが毅然とした声で応じた。
「我らは、魔力に頼らず、己の力だけで乗り越えるのが信条なのだ」
「魔力も、自身の力だろうに」
父様は、鼻で笑うようにそう言い捨てる。すると、相手の眉間に深く皺が刻まれ、空気までもが、ぴしりと音を立てて張り詰めた気がした。
「父様!」
僕が思わず声を上げれば、父様は一瞬だけ視線を向ける。そして、わずかに目を伏せるようにしてから、静かに口を開いた。
「……すまない。少し、口が過ぎたようだ……」
不本意そうではあったけれど、父様は自分の非を認めて引いてくれた。
いざとなれば戦争すら辞さない、という態度を取り続けていただけに、その一言に、僕はほんの少しだけ胸をなで下ろす。けれど、張り詰めた空気は、依然として場に重く残ったままだ。そこへ、ベルンハルト様が低く、落ち着いた声で割って入った。
「魔力に頼らないにしても、魔力の流れくらいは感じ取れるようになっていた方が良い。そうでなければ、いざという時に遅れを取り、守りたい者すら守れないことになる」
その言葉は、守るために剣を極めてきた騎士だからこそ、口にできるものだった。
ベルンハルト様が、敵国で“剣鬼”の異名を取る騎士団長であることを、向こうもある程度察しているのだろう。案の定、エリオットは反論することなく、何かを飲み込むように視線を伏せた。隣に立つダリウスもまた、言葉の重さを量るように、静かに息を詰めている。
二人が受け止めているのは単なる助言としてではなく、剣の頂に立ちながらも、それだけに拘らずに守るためには、あらゆる力を疎かにしないという覚悟。その重みのようだった。
重苦しい沈黙が流れ、張り詰めた空気を、場違いなほど軽い声が破った。
「こんな所にあったんじゃな」
突然聞こえた声に、思わず心臓が跳ねた。王女の護衛の二人も反射的に剣へと手を伸ばす。だが、その姿を視界に捉えた瞬間、二人の動きはぴたりと止まった。
「道理で、街の中になかったはずじゃ」
「今度からは、どこに置いたかくらいは覚えておいてください」
「仕方ないじゃろう。そんな細かい場所までは、さすがに覚えておれんわい」
「もうろくしたな」
「ワシを年寄り扱いするでない!」
周囲の張り詰めた空気など意にも介さず、自分達だけの世界で言葉を交わしていた。一方、ルークスの面々は、自分達が会いたいと願い続けた存在が、あまりにもあっさりと姿を現したことに、呆気に取られたようで、先ほどの構えのまま固まっている。でも、そんな存在に思い入れもない父様は、特に驚く様子もなく、淡々とした調子で声をかけた。
「何しに来た?」
「何しに来たは心外じゃのう」
「封印などという、問題を先送りするだけの手段を使ったうえ、それを忘れて放置するような者の助けなどいらない」
「貴様!」
”さっさと帰れ”そう言外に突きつけるような、冷え切った声だった。だけど、まるで相手が精霊王であることなど、初めから問題にしていないかのような態度に、ついに堪えきれなくなったようにダリウスが声を荒げるが、他の二人もまた、同じような表情をしていた。だが、その場を制したのは、意外な人物だった。
「まぁ、まぁ、そこまで怒らんでもいいじゃろう。それに、今はこの者の所に邪魔しておってのう。家主でもあるからいいんじゃ」
「……や、家主……?」
精霊王からの思ってもみなかった言葉に、戸惑いと困惑を隠せないまま呆然としていた。でも、父様は余計なことを言うなと言わんばかりに、小さく舌打ちしたが、当の本人はまるで気にも留めていない。
「それに、ちゃんと思い出したのじゃから、よかろう」
「……今更だがな」
自らのペースをまったく崩さずに語るその様子に、父様の声には、呆れと侮蔑だけでなく、押し殺してなお滲み出る怒りが宿っていた。それに、建国時からすでに長い時が経っていて、今になって思い出したとしても、あまりにも遅すぎる。
そんなことを考えている間にも、二人のやり取りについていけない人達は、言葉を挟むことすらできず、ただ視線を彷徨わせるばかりだった。けれど、畏れ敬われ、伝説として語られてきた存在であるはずの精霊王が、どう見ても「好々爺とした老人」にしか見えない。その事実が、あまりにも大きな落差を生んでいて、ついていけないのも無理はないのかもしれない。そんな中、ベルンハルト様が本題を切り出した。
「そんなことはどうでもいい。それで、そのものの強さとしては、どれくらいなんだ」
放置していたことを今さら追究してもどうにもならないと判断したのだろう。ベルンハルト様は、封印された相手の戦力の方が気になるらしく、その力量を問いかけた。すると、のほほんとした様子で答えが返ってくる。
「倒すとなれば面倒じゃが、そこまで強いということもないのう」
「では、何故、その場で倒さなかった?」
「数が多くて面倒じゃったのでな。封印したんじゃよ」
(……え、それだけ……?)
あまりにも軽いその理由に、思わず言葉を失う。だけど、その場しのぎで封じ、そして忘れていたという、あまりにも無責任にも思える答えに呆然としているのは、どうやら僕だけではないようだった。それでも、今回の件を解決するため、僕はため息を押し殺すようにして尋ねる。
「……そもそも、それが何かも聞いていなかったな」
「ムカデじゃよ」
「……っ!」
あっさりと返ってきたその一言に、背後から、兄様が息を呑む気配が伝わってきた。苦手なものなどないような兄様だけれど、ただ一つ、虫だけは、どうしても駄目なものだった。こっそりと振り返ると、案の定、兄様の顔色が、見る間に青ざめていくのが分かった。
「それは……どれくらいの数なんだ……?」
兄様の異変に気付いているからこそ、父様は珍しく、ひどく真剣な声で問いかけた。すると、精霊王は少しだけ考えるような間を置いてから、あっけらかんと答える。
「この部屋には収まりきらず、こっちに溢れ出るくらいには、おったかのう」
「……っ……」
再び、背後から声なき悲鳴のような気配が上がった。宝物庫は、外から見ただけでもそれなりの広さがあり、その空間いっぱいに、ムカデが蠢いている光景を想像しただけで、背筋がひやりとする。必死に隠しながら平静を装ってはいるものの、兄様の顔が引きつっているのが、はっきりと分かった。それでも、虫に対する嫌悪感など欠片もないらしい精霊王は、まるで何事もないかのように、話を続ける。
「じゃが、場所が限られておるからのう。一箇所にまとまっておる分、対処はしやすいかもしれんのう」
「そ、それは……ちょっと……」
宝物庫が虫で溢れかえるという時点で十分に問題だ。それに加えて、貴重な品が数多く納められている場所で暴れられるなど、いくら神のように崇めている精霊王の言葉であっても、王女も簡単に頷ける話ではないようだった。後ろに控える二人も、揃って険しい表情を浮かべていた。
「このような狭い場所ではなく、もっと広い場所では駄目でしょうか……?」
王女の言葉を受け、罰を受けることになるのなら自分が引き受ける。そんな覚悟を滲ませながら、護衛のエリオットが、恐る恐る意見を口にした。
「そうだな。こんな薄暗い廊下で、大量の虫に群がられるのは、私も御免だ」
父様が即座に同意すると、兄様も無言のまま、力強く頷く。僕も、全力で同意していた。
「それに、そのものが外に出れば、周囲への影響はさらに大きくなるのだろう」
封印されたままでも影響が出ているのなら、解かれた時の被害は決して小さくないはずだ。そう告げると、精霊王はあっさりと頷いた。
「そうじゃのう。じゃが、せいぜい数十年、周囲に草木が生えん程度じゃぞ?」
「その程度と思うのは、お前らだけだ」
まるで取るに足らないことのように言うその態度に、”精霊の感覚で人の暮らしを量るな”と、言外に突きつけるような声で、父様は容赦なく切り捨てる。すると、その場の空気に乗るように、王女が場所を提案した。
「では、王都から離れた荒れ地ではどうでしょうか……?」
「ここから、どれくらい掛かる?」
「……早馬で、三日ほど……」
王都への影響を少しでも減らそうと、考え抜いた末の提案なのだろう。けれど、自分でも“遠すぎる”と分かっているのか、父様の問いに、王女の声は語尾に行くにつれて僅かに揺れた。その場の空気が、一瞬だけ気まずく沈んだ。だが、父様は責めるでも否定するでもなく、ほんの少しだけ思案するような仕草を見せたあと、精霊王へと視線を移した。
「封印は、あとどれくらい持つ?」
「この感じゃと……もうすぐ解けそうじゃのう」
それは、まるで天気の話でもするかのような軽さだった。そして、僕が状況を理解するより早く、父様は次の判断を下していた。
「私達を、そこまで運べるか?」
「知っている場所ならな」
気乗りしない様子でそう答えたキールだったけど、心当たりのある場所でもあったのか、確認するように王女を見る。
「そこは、ここからさらに北に行った場所だな?」
「は、はい!」
精霊の一人に声を掛けられ、王女の返事には驚きと緊張が入り混じっていた。だが、キールはその反応を気に留める様子もなく、すぐに父様へと視線を戻した。
「大丈夫そうだ」
キールの短い言葉を聞くと、父様は即座に結論を出した。
「ならば、距離の問題はないな。さっさと行って、終わらすぞ」
一切の迷いがない声音に、事態を長引かせる気など最初からないのだと分かる。
「せっかちじゃのう」
その様子を見て、精霊王は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめるけれど、その様子には緊張感の欠片もなかった。
「すまんが、それの置き場所まで案内を頼んでいいかのう?」
「は、はい!」
自身で探すより案内してもらった方が速いとばかりに、精霊王は王女へと声を掛けた。だが、突然、精霊王から直接頼まれたことで、王女は思わず目を見開く。そして、驚きと緊張が胸をよぎった顔をしたけれど、それでも次の瞬間には、どこか誇らしげに小さく頷くと、その表情のまま、王女は宝物庫の奥へと足を踏み出していく。
(……本当に、大丈夫なのかな……)
隣では、宝物庫の中へ入りたくなさそうに、わずかに足取りを重くする兄様がいる。僕はその気配を感じ取りながら、同じ不安を抱えたまま、その背を追いかけるのだった。
(でも、寒いだけじゃない……)
僕には、ただ空気が冷たいとしか分からない。けれど、兄様たちの表情は、それ以上の「何か」を感じ取っているかのように、険しく強張っていた。
「やはり……何か感じるのですか……?」
同じように異変を掴めない王女が、静かに父様たちへ問いかける。すると、父様はわずかに呆れを滲ませた声で答えた。
「ある程度、魔力を扱える者ならば、分かりそうなものだがな」
僕達のような子供ならまだしも、”王族である人間がそんなことすら分からないのか”そんな含みを帯びた父様の言い方に、エリオットが毅然とした声で応じた。
「我らは、魔力に頼らず、己の力だけで乗り越えるのが信条なのだ」
「魔力も、自身の力だろうに」
父様は、鼻で笑うようにそう言い捨てる。すると、相手の眉間に深く皺が刻まれ、空気までもが、ぴしりと音を立てて張り詰めた気がした。
「父様!」
僕が思わず声を上げれば、父様は一瞬だけ視線を向ける。そして、わずかに目を伏せるようにしてから、静かに口を開いた。
「……すまない。少し、口が過ぎたようだ……」
不本意そうではあったけれど、父様は自分の非を認めて引いてくれた。
いざとなれば戦争すら辞さない、という態度を取り続けていただけに、その一言に、僕はほんの少しだけ胸をなで下ろす。けれど、張り詰めた空気は、依然として場に重く残ったままだ。そこへ、ベルンハルト様が低く、落ち着いた声で割って入った。
「魔力に頼らないにしても、魔力の流れくらいは感じ取れるようになっていた方が良い。そうでなければ、いざという時に遅れを取り、守りたい者すら守れないことになる」
その言葉は、守るために剣を極めてきた騎士だからこそ、口にできるものだった。
ベルンハルト様が、敵国で“剣鬼”の異名を取る騎士団長であることを、向こうもある程度察しているのだろう。案の定、エリオットは反論することなく、何かを飲み込むように視線を伏せた。隣に立つダリウスもまた、言葉の重さを量るように、静かに息を詰めている。
二人が受け止めているのは単なる助言としてではなく、剣の頂に立ちながらも、それだけに拘らずに守るためには、あらゆる力を疎かにしないという覚悟。その重みのようだった。
重苦しい沈黙が流れ、張り詰めた空気を、場違いなほど軽い声が破った。
「こんな所にあったんじゃな」
突然聞こえた声に、思わず心臓が跳ねた。王女の護衛の二人も反射的に剣へと手を伸ばす。だが、その姿を視界に捉えた瞬間、二人の動きはぴたりと止まった。
「道理で、街の中になかったはずじゃ」
「今度からは、どこに置いたかくらいは覚えておいてください」
「仕方ないじゃろう。そんな細かい場所までは、さすがに覚えておれんわい」
「もうろくしたな」
「ワシを年寄り扱いするでない!」
周囲の張り詰めた空気など意にも介さず、自分達だけの世界で言葉を交わしていた。一方、ルークスの面々は、自分達が会いたいと願い続けた存在が、あまりにもあっさりと姿を現したことに、呆気に取られたようで、先ほどの構えのまま固まっている。でも、そんな存在に思い入れもない父様は、特に驚く様子もなく、淡々とした調子で声をかけた。
「何しに来た?」
「何しに来たは心外じゃのう」
「封印などという、問題を先送りするだけの手段を使ったうえ、それを忘れて放置するような者の助けなどいらない」
「貴様!」
”さっさと帰れ”そう言外に突きつけるような、冷え切った声だった。だけど、まるで相手が精霊王であることなど、初めから問題にしていないかのような態度に、ついに堪えきれなくなったようにダリウスが声を荒げるが、他の二人もまた、同じような表情をしていた。だが、その場を制したのは、意外な人物だった。
「まぁ、まぁ、そこまで怒らんでもいいじゃろう。それに、今はこの者の所に邪魔しておってのう。家主でもあるからいいんじゃ」
「……や、家主……?」
精霊王からの思ってもみなかった言葉に、戸惑いと困惑を隠せないまま呆然としていた。でも、父様は余計なことを言うなと言わんばかりに、小さく舌打ちしたが、当の本人はまるで気にも留めていない。
「それに、ちゃんと思い出したのじゃから、よかろう」
「……今更だがな」
自らのペースをまったく崩さずに語るその様子に、父様の声には、呆れと侮蔑だけでなく、押し殺してなお滲み出る怒りが宿っていた。それに、建国時からすでに長い時が経っていて、今になって思い出したとしても、あまりにも遅すぎる。
そんなことを考えている間にも、二人のやり取りについていけない人達は、言葉を挟むことすらできず、ただ視線を彷徨わせるばかりだった。けれど、畏れ敬われ、伝説として語られてきた存在であるはずの精霊王が、どう見ても「好々爺とした老人」にしか見えない。その事実が、あまりにも大きな落差を生んでいて、ついていけないのも無理はないのかもしれない。そんな中、ベルンハルト様が本題を切り出した。
「そんなことはどうでもいい。それで、そのものの強さとしては、どれくらいなんだ」
放置していたことを今さら追究してもどうにもならないと判断したのだろう。ベルンハルト様は、封印された相手の戦力の方が気になるらしく、その力量を問いかけた。すると、のほほんとした様子で答えが返ってくる。
「倒すとなれば面倒じゃが、そこまで強いということもないのう」
「では、何故、その場で倒さなかった?」
「数が多くて面倒じゃったのでな。封印したんじゃよ」
(……え、それだけ……?)
あまりにも軽いその理由に、思わず言葉を失う。だけど、その場しのぎで封じ、そして忘れていたという、あまりにも無責任にも思える答えに呆然としているのは、どうやら僕だけではないようだった。それでも、今回の件を解決するため、僕はため息を押し殺すようにして尋ねる。
「……そもそも、それが何かも聞いていなかったな」
「ムカデじゃよ」
「……っ!」
あっさりと返ってきたその一言に、背後から、兄様が息を呑む気配が伝わってきた。苦手なものなどないような兄様だけれど、ただ一つ、虫だけは、どうしても駄目なものだった。こっそりと振り返ると、案の定、兄様の顔色が、見る間に青ざめていくのが分かった。
「それは……どれくらいの数なんだ……?」
兄様の異変に気付いているからこそ、父様は珍しく、ひどく真剣な声で問いかけた。すると、精霊王は少しだけ考えるような間を置いてから、あっけらかんと答える。
「この部屋には収まりきらず、こっちに溢れ出るくらいには、おったかのう」
「……っ……」
再び、背後から声なき悲鳴のような気配が上がった。宝物庫は、外から見ただけでもそれなりの広さがあり、その空間いっぱいに、ムカデが蠢いている光景を想像しただけで、背筋がひやりとする。必死に隠しながら平静を装ってはいるものの、兄様の顔が引きつっているのが、はっきりと分かった。それでも、虫に対する嫌悪感など欠片もないらしい精霊王は、まるで何事もないかのように、話を続ける。
「じゃが、場所が限られておるからのう。一箇所にまとまっておる分、対処はしやすいかもしれんのう」
「そ、それは……ちょっと……」
宝物庫が虫で溢れかえるという時点で十分に問題だ。それに加えて、貴重な品が数多く納められている場所で暴れられるなど、いくら神のように崇めている精霊王の言葉であっても、王女も簡単に頷ける話ではないようだった。後ろに控える二人も、揃って険しい表情を浮かべていた。
「このような狭い場所ではなく、もっと広い場所では駄目でしょうか……?」
王女の言葉を受け、罰を受けることになるのなら自分が引き受ける。そんな覚悟を滲ませながら、護衛のエリオットが、恐る恐る意見を口にした。
「そうだな。こんな薄暗い廊下で、大量の虫に群がられるのは、私も御免だ」
父様が即座に同意すると、兄様も無言のまま、力強く頷く。僕も、全力で同意していた。
「それに、そのものが外に出れば、周囲への影響はさらに大きくなるのだろう」
封印されたままでも影響が出ているのなら、解かれた時の被害は決して小さくないはずだ。そう告げると、精霊王はあっさりと頷いた。
「そうじゃのう。じゃが、せいぜい数十年、周囲に草木が生えん程度じゃぞ?」
「その程度と思うのは、お前らだけだ」
まるで取るに足らないことのように言うその態度に、”精霊の感覚で人の暮らしを量るな”と、言外に突きつけるような声で、父様は容赦なく切り捨てる。すると、その場の空気に乗るように、王女が場所を提案した。
「では、王都から離れた荒れ地ではどうでしょうか……?」
「ここから、どれくらい掛かる?」
「……早馬で、三日ほど……」
王都への影響を少しでも減らそうと、考え抜いた末の提案なのだろう。けれど、自分でも“遠すぎる”と分かっているのか、父様の問いに、王女の声は語尾に行くにつれて僅かに揺れた。その場の空気が、一瞬だけ気まずく沈んだ。だが、父様は責めるでも否定するでもなく、ほんの少しだけ思案するような仕草を見せたあと、精霊王へと視線を移した。
「封印は、あとどれくらい持つ?」
「この感じゃと……もうすぐ解けそうじゃのう」
それは、まるで天気の話でもするかのような軽さだった。そして、僕が状況を理解するより早く、父様は次の判断を下していた。
「私達を、そこまで運べるか?」
「知っている場所ならな」
気乗りしない様子でそう答えたキールだったけど、心当たりのある場所でもあったのか、確認するように王女を見る。
「そこは、ここからさらに北に行った場所だな?」
「は、はい!」
精霊の一人に声を掛けられ、王女の返事には驚きと緊張が入り混じっていた。だが、キールはその反応を気に留める様子もなく、すぐに父様へと視線を戻した。
「大丈夫そうだ」
キールの短い言葉を聞くと、父様は即座に結論を出した。
「ならば、距離の問題はないな。さっさと行って、終わらすぞ」
一切の迷いがない声音に、事態を長引かせる気など最初からないのだと分かる。
「せっかちじゃのう」
その様子を見て、精霊王は、やれやれと言わんばかりに肩をすくめるけれど、その様子には緊張感の欠片もなかった。
「すまんが、それの置き場所まで案内を頼んでいいかのう?」
「は、はい!」
自身で探すより案内してもらった方が速いとばかりに、精霊王は王女へと声を掛けた。だが、突然、精霊王から直接頼まれたことで、王女は思わず目を見開く。そして、驚きと緊張が胸をよぎった顔をしたけれど、それでも次の瞬間には、どこか誇らしげに小さく頷くと、その表情のまま、王女は宝物庫の奥へと足を踏み出していく。
(……本当に、大丈夫なのかな……)
隣では、宝物庫の中へ入りたくなさそうに、わずかに足取りを重くする兄様がいる。僕はその気配を感じ取りながら、同じ不安を抱えたまま、その背を追いかけるのだった。
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コメントありがとうございます。
魔物がいる世界の設定にしているため、精神の成長が速かったり、社会に出た時に出た時に困らない程度には知恵や、自己防衛手段を身に付けている設定にしています。
説明不足などで分かりにくくてすみません。