325 / 326
六章
代価なき救い
しおりを挟む
姓は伏せ、すでに名前だけは互いに紹介し終えている。けれど、その後は、誰ひとり次の言葉を口にせず、沈黙だけが部屋の中央に重く落ちていた。
僕の隣に座るバルドも、いつもの活発さは影を潜め、背筋を伸ばしたまま微動だにしない。向こうも、迂闊に踏み込めば取り返しのつかないことになると思っているのか、一歩を踏み出せずにいるのが伝わってくる。
その空気を分かっていながらも、用があるのはそちらだろうと言わんばかりに、父様たちは何も言おうとせず、平然とした様子で無言を貫いていた。だからこそ、向こうが意を決したように、わずかに身を乗り出した瞬間、向こうがこの張りつめた沈黙を破った。
「……あの。こんなことをお聞きするのは、失礼だとは思うのですが……」
王女は、ほんの一瞬、言葉を探すように視線を伏せてから、顔を上げた。そして、その視線が、まっすぐに父様たちへと向けられる。
「とある国の宰相と騎士団長と……お名前も、そして容姿も、あまりにもよく似ているように思えるのですが……?」
「そうだな。よく言われる」
父様は、当初の予定どおり、他人の空似として押し通すつもりらしい。けれど、その淡々とした口調と、微動だにしない態度は、ただ肝が据わっているとしか言いようがなかった。その様子に、王女もそれ以上は追及できなかったのだろう。すぐ隣に座るベルンハルト様にも視線を向けるが、彼はその視線を受けても何も語らず、ただ無言を貫いていた。
相手方は、僕達が突然現れたことを喜びながらも、連れてきた顔ぶれが顔ぶれなだけに、戸惑いと驚きを隠しきれずにいるようだった。未だに対応も追いついていない様子で、どう接すればいいのか分からずにいるのが、こちらにも伝わってくる。
後ろに控える兄様の存在も気にしつつ、説明を求めるような視線がこちらに向けられるけれど、この状況を説明できる材料を持たない僕達には、何ひとつ言葉を返すことができなかった。
それに、あまりにも父様達が堂々とし過ぎているせいで、かえって相手を混乱させているようにも見える。だけど、”本人達が正体を隠すこともなく、こんな場所に本当に来るはずがない”という疑念こそが、相手にとっては一番信じがたい理由みたいだった。
そんな中、その無意味な沈黙に、これ以上時間を割くつもりはないとばかりに、父様が口を開いた。
「今は、私達が何者かを議論するよりも、そちらには差し迫った問題があるはずだ」
父様が低く、よく通る声でそう告げると、場の空気が一気に張り詰めた。
「まず、こちらとしては、食料を格安で譲るつもりでいる」
「……格安と申されますと、いかほどでしょうか?」
その一言で、王女の表情が為政者のそれへと切り替わる。そして、戸惑いをのみ込み、利用できるものはすべて利用する。そう決めた目で、父様に問い返した。
「ハンデルを経由する際に生じる運搬費だけを払ってくれればいい」
「それは……」
父様の言葉に、王女が言葉を失ったのが、はっきりと分かった。運送費のみという、実質的に無償での食料提供に、後ろに控える二人も目を見開き、息を呑んでいる。そして父様は、さらに追い打ちをかけるように、静かに言葉を重ねた。
「ただし、それは根本的な原因を解決するまでの話だ。いくら問題を解消したとしても、作物はすぐには育たないからな」
「……それは、我が国の現状を把握された上でのお言葉、ということでよろしいのでしょうか?」
思いがけない言葉に、王女の声にもはっきりとした警戒が混じっていた。だが同時に、かすかな希望にすがるように、続けて口を開く。
「解決する方法をご存知……そう受け取っても?」
「そう思ってくれて構わない」
王女の問いに、父様は即答した。ティから精霊王達に当時の詳しい状況を聞いてきてもらっていることもあり、その声には迷いがなかった。
「……では、その対価は何ですか?」
無償同然の食料支援だけでも異例だというのに、さらに国の窮状を根本から覆す方法まで差し出されるなど、あり得ない。だからこそ、王女の視線には、はっきりとした警戒が宿る。だが、父様はその疑念を意に介する様子もなく、淡々と告げた。
「今回は、息子達のたっての願いだ。それに対価を要求するつもりはない」
「……その言葉を、信じろと?」
「それが事実だ。そちらが信じようと信じまいと、あとは自由だ」
きっぱりと言い切る父様と、なおも信じきれない王女の視線がぶつかる。それだけで部屋の空気は、さらに張り詰めた。しばらく睨み合うような沈黙が続いた後、王女は、ため息混じりに言葉をこぼした。
「……はぁ……。どのみち、今の私達には、その言葉を信じるしかないようですね……」
その声には、今は藁にも縋りたいという本音が、かすかに滲んでいた。それに、受け入れるしかない状況に、思うところがないはずもない。だが、父様はその葛藤など意にも留めない様子で、話を先へと進める。
「過去にも、同じようなことがあったはずだ。その際は、“穢れを撒き散らすもの”の影響で天候に異常が生じ、雨が降りにくくなっていたため、その時は精霊が一時的に雨を降らせたらしい。そして、その後それを封印したようだが……今、その封印が解けかけているようだ」
「……申し訳ありませんが、そのような話は、聞いたことがありません……」
寝耳に水という表情で父様の言葉を受け止めながら、王女は後ろへと視線を向けながら答えた。だが、控えていた二人も心当たりがないのか、揃って首を横に振る。しかし、それでも父様は感情を交えず、ただ事実を述べるだけの口調で淡々と続けた。
「当時は重要だと認識されなかったのか、あるいは長い歴史の中で記録が失われたのか……そこまでは知らん。だが、この国の当時の状況を知る者に話を聞き得た情報だ。間違いはない」
断言する様子に、相手は戸惑いながらも、ティの存在を直接目にしており、僕達が精霊達との繋がりを知っていることもあって、その言葉の裏に“そうした者達の存在”を感じ取ったようだった。やがて、場が落ち着いたと判断したのか、黙っていたベルンハルト様が口を開く。
「それで、アルノルド。正確な場所は分かるか?」
「封印がそれほど解けていないのか、それとも厳重に管理されているからか、はっきりとはしない。だが……」
父様は今一度、気配を探るように、わずかに目を細めてから、静かに続けた。
「王城を中心に、周囲へ嫌な気配が流れている。その証拠に、王都を中心に雨も降っていないはずだ」
「……その通りです……」
他国に伏せていた現状を正確に言い当てられるとは思っていなかったのだろう。王女の声が、わずかに揺れた。父様は「やはりな」とばかりに小さくこぼしながら頷く。
僕達の存在が、完全に空気のように薄くなっていたため、こっそりと隣のバルドに視線を向けると、向こうも同じようにこちらを見ていた。だから、僕が首を横に振ると、バルドも無言で同じように返す。その顔には「分からない」とはっきり書いてあり、きっと僕の顔にも同じものが浮かんでいるだろう。僕達がそんなやり取りをしている間にも、話は先へと進んでいった。
「しかし……封印と申されましても、どのような物か分からなければ、こちらとしてもお答えのしようがありません」
王女の言葉はもっともだった。この広い城の中で、手掛かりもなく探すなど、無謀に等しい。すると父様は軽く頷き、その“物”の特徴を口にする。
「黒い色をしており、大きさは片手で持つには、やや大きい程度。一見すれば、そこらにある、ただの石のように見えるらしい」
その瞬間、相手方の空気が、わずかに変わった。そして、父様はその変化を逃さず、この期に及んでなお隠し立てをしようとする姿勢を、鼻で笑うように言い放った。
「ここで口を噤んでも、時間を無駄にするだけだろう」
「……貴様……」
仕える主君に対して、何の遠慮もなく辛辣な言葉を投げかける父様に、エリオットが低い声を漏らしながら、剣の柄へと手を伸ばす。そして、それは隣にいるダリウスも同様だった。だが、王女は無言でそれを制し、父様をまっすぐに見据える。
「……宝物庫に、収めてあります」
「「リリエット様!」」
驚きと動揺が混じった二人の声が重なる。だが王女は、逃げも隠れもしないとでも言うように、硬い決意を宿した表情で言い切った。
「もし、それでこの件が解決するのなら……試す価値はあります。仮に問題が起きたとしても、その責任は、すべて私が取ります」
国を預かる者としての覚悟が滲むその言葉に、後ろの二人も、もはや何も言えないようだった。だからこそ、それに応えるように、二人は意志を示すかのように、その場で静かに跪いた。
「その際は、我々も共に責任を取ります」
「はい。些細な身ではありますが、リリエット様にだけ責任を負わせるようなことは致しません」
「……ありがとうございます」
王女は、二人の忠誠に胸を打たれたように、座したまま静かに礼を述べる。そして、改めて父様へと向き直った。だが、父様はそんな光景を見ても、感情を一切動かすこともなく、淡々とした声で言葉を投げる。
「……話は終わったか?」
まるで茶番でも見せられているかのような、短く冷ややかな問いかけだった。それでも王女は動揺を見せず、静かに頷く。
「はい。ご配慮、感謝致します」
そう言って、父様に軽く頭を下げる。だが、後ろに控える二人は、父様に良い印象を持っていないからか、わずかに不満を滲ませた表情でその様子を見ていた。それでも父様は、敵に掛ける情などないとばかりに、そんな視線にすら意に介さず、早く終わらせたいと言わんばかりに話を進める。
「では、案内を頼む」
こちらがひやひやするほど、不遜とも取れるその言葉を続ける父様に、二人の視線が鋭くなる。だが、王女が受け入れている以上、彼らもそれ以上は口を挟まなかった。
席を立つと、まずは案内役の王女を先頭に歩き出し、その後ろを二人が守るように続く。僕達もその後を追ったが、前からは、時折、警戒するような視線が投げかけられていた。けれど、一番後ろに控える兄様もまた、同じように、油断なく前を行く二人を見張っている。
この件は、僕達の勝手な行動が引き起こしたもので、兄様に責任は全くない。だからこそ、父様もこれ以上、兄様の責任を問うつもりはないようだった。それでも兄様は、何の咎もなく終わる事が納得できないのだろう。父様から出された同行する条件を守り、今も僕達の付き人であり、護衛役として振る舞っている。だから先ほども、座ることなく、後ろに控えるように立っていたのだ。いかにも真面目な兄様らしい姿だが、それでも、どこか責められているようで、僕の胸は落ち着かなかった。
そして、その視線に挟まれながら、僕はバルドと並んで、無言のまま廊下を進む。しかし、僕達が早く目的の場所に着いてほしいと願いながら歩いている中でも、父様達だけは相変わらず堂々としており、すれ違う人々の視線を集めても、まったく意に介していない。
下に続く階段を何度か降りていくと、やがて人影が少なくなり、周囲の雰囲気も変わり始めた。そして、警備の厳しい通路を抜け、一つの重厚な扉の前へと辿り着く。
「……ベルンハルト」
「あぁ……」
父様達が短く言葉を交わすと、兄様もそれに応じるように、警戒を滲ませる。すると、王女もただならぬ気配を感じ取ったかのようだった。
「……開けます」
わずかに震える王女の声とともに、鍵が回され、扉がゆっくりと開かれた。
僕の隣に座るバルドも、いつもの活発さは影を潜め、背筋を伸ばしたまま微動だにしない。向こうも、迂闊に踏み込めば取り返しのつかないことになると思っているのか、一歩を踏み出せずにいるのが伝わってくる。
その空気を分かっていながらも、用があるのはそちらだろうと言わんばかりに、父様たちは何も言おうとせず、平然とした様子で無言を貫いていた。だからこそ、向こうが意を決したように、わずかに身を乗り出した瞬間、向こうがこの張りつめた沈黙を破った。
「……あの。こんなことをお聞きするのは、失礼だとは思うのですが……」
王女は、ほんの一瞬、言葉を探すように視線を伏せてから、顔を上げた。そして、その視線が、まっすぐに父様たちへと向けられる。
「とある国の宰相と騎士団長と……お名前も、そして容姿も、あまりにもよく似ているように思えるのですが……?」
「そうだな。よく言われる」
父様は、当初の予定どおり、他人の空似として押し通すつもりらしい。けれど、その淡々とした口調と、微動だにしない態度は、ただ肝が据わっているとしか言いようがなかった。その様子に、王女もそれ以上は追及できなかったのだろう。すぐ隣に座るベルンハルト様にも視線を向けるが、彼はその視線を受けても何も語らず、ただ無言を貫いていた。
相手方は、僕達が突然現れたことを喜びながらも、連れてきた顔ぶれが顔ぶれなだけに、戸惑いと驚きを隠しきれずにいるようだった。未だに対応も追いついていない様子で、どう接すればいいのか分からずにいるのが、こちらにも伝わってくる。
後ろに控える兄様の存在も気にしつつ、説明を求めるような視線がこちらに向けられるけれど、この状況を説明できる材料を持たない僕達には、何ひとつ言葉を返すことができなかった。
それに、あまりにも父様達が堂々とし過ぎているせいで、かえって相手を混乱させているようにも見える。だけど、”本人達が正体を隠すこともなく、こんな場所に本当に来るはずがない”という疑念こそが、相手にとっては一番信じがたい理由みたいだった。
そんな中、その無意味な沈黙に、これ以上時間を割くつもりはないとばかりに、父様が口を開いた。
「今は、私達が何者かを議論するよりも、そちらには差し迫った問題があるはずだ」
父様が低く、よく通る声でそう告げると、場の空気が一気に張り詰めた。
「まず、こちらとしては、食料を格安で譲るつもりでいる」
「……格安と申されますと、いかほどでしょうか?」
その一言で、王女の表情が為政者のそれへと切り替わる。そして、戸惑いをのみ込み、利用できるものはすべて利用する。そう決めた目で、父様に問い返した。
「ハンデルを経由する際に生じる運搬費だけを払ってくれればいい」
「それは……」
父様の言葉に、王女が言葉を失ったのが、はっきりと分かった。運送費のみという、実質的に無償での食料提供に、後ろに控える二人も目を見開き、息を呑んでいる。そして父様は、さらに追い打ちをかけるように、静かに言葉を重ねた。
「ただし、それは根本的な原因を解決するまでの話だ。いくら問題を解消したとしても、作物はすぐには育たないからな」
「……それは、我が国の現状を把握された上でのお言葉、ということでよろしいのでしょうか?」
思いがけない言葉に、王女の声にもはっきりとした警戒が混じっていた。だが同時に、かすかな希望にすがるように、続けて口を開く。
「解決する方法をご存知……そう受け取っても?」
「そう思ってくれて構わない」
王女の問いに、父様は即答した。ティから精霊王達に当時の詳しい状況を聞いてきてもらっていることもあり、その声には迷いがなかった。
「……では、その対価は何ですか?」
無償同然の食料支援だけでも異例だというのに、さらに国の窮状を根本から覆す方法まで差し出されるなど、あり得ない。だからこそ、王女の視線には、はっきりとした警戒が宿る。だが、父様はその疑念を意に介する様子もなく、淡々と告げた。
「今回は、息子達のたっての願いだ。それに対価を要求するつもりはない」
「……その言葉を、信じろと?」
「それが事実だ。そちらが信じようと信じまいと、あとは自由だ」
きっぱりと言い切る父様と、なおも信じきれない王女の視線がぶつかる。それだけで部屋の空気は、さらに張り詰めた。しばらく睨み合うような沈黙が続いた後、王女は、ため息混じりに言葉をこぼした。
「……はぁ……。どのみち、今の私達には、その言葉を信じるしかないようですね……」
その声には、今は藁にも縋りたいという本音が、かすかに滲んでいた。それに、受け入れるしかない状況に、思うところがないはずもない。だが、父様はその葛藤など意にも留めない様子で、話を先へと進める。
「過去にも、同じようなことがあったはずだ。その際は、“穢れを撒き散らすもの”の影響で天候に異常が生じ、雨が降りにくくなっていたため、その時は精霊が一時的に雨を降らせたらしい。そして、その後それを封印したようだが……今、その封印が解けかけているようだ」
「……申し訳ありませんが、そのような話は、聞いたことがありません……」
寝耳に水という表情で父様の言葉を受け止めながら、王女は後ろへと視線を向けながら答えた。だが、控えていた二人も心当たりがないのか、揃って首を横に振る。しかし、それでも父様は感情を交えず、ただ事実を述べるだけの口調で淡々と続けた。
「当時は重要だと認識されなかったのか、あるいは長い歴史の中で記録が失われたのか……そこまでは知らん。だが、この国の当時の状況を知る者に話を聞き得た情報だ。間違いはない」
断言する様子に、相手は戸惑いながらも、ティの存在を直接目にしており、僕達が精霊達との繋がりを知っていることもあって、その言葉の裏に“そうした者達の存在”を感じ取ったようだった。やがて、場が落ち着いたと判断したのか、黙っていたベルンハルト様が口を開く。
「それで、アルノルド。正確な場所は分かるか?」
「封印がそれほど解けていないのか、それとも厳重に管理されているからか、はっきりとはしない。だが……」
父様は今一度、気配を探るように、わずかに目を細めてから、静かに続けた。
「王城を中心に、周囲へ嫌な気配が流れている。その証拠に、王都を中心に雨も降っていないはずだ」
「……その通りです……」
他国に伏せていた現状を正確に言い当てられるとは思っていなかったのだろう。王女の声が、わずかに揺れた。父様は「やはりな」とばかりに小さくこぼしながら頷く。
僕達の存在が、完全に空気のように薄くなっていたため、こっそりと隣のバルドに視線を向けると、向こうも同じようにこちらを見ていた。だから、僕が首を横に振ると、バルドも無言で同じように返す。その顔には「分からない」とはっきり書いてあり、きっと僕の顔にも同じものが浮かんでいるだろう。僕達がそんなやり取りをしている間にも、話は先へと進んでいった。
「しかし……封印と申されましても、どのような物か分からなければ、こちらとしてもお答えのしようがありません」
王女の言葉はもっともだった。この広い城の中で、手掛かりもなく探すなど、無謀に等しい。すると父様は軽く頷き、その“物”の特徴を口にする。
「黒い色をしており、大きさは片手で持つには、やや大きい程度。一見すれば、そこらにある、ただの石のように見えるらしい」
その瞬間、相手方の空気が、わずかに変わった。そして、父様はその変化を逃さず、この期に及んでなお隠し立てをしようとする姿勢を、鼻で笑うように言い放った。
「ここで口を噤んでも、時間を無駄にするだけだろう」
「……貴様……」
仕える主君に対して、何の遠慮もなく辛辣な言葉を投げかける父様に、エリオットが低い声を漏らしながら、剣の柄へと手を伸ばす。そして、それは隣にいるダリウスも同様だった。だが、王女は無言でそれを制し、父様をまっすぐに見据える。
「……宝物庫に、収めてあります」
「「リリエット様!」」
驚きと動揺が混じった二人の声が重なる。だが王女は、逃げも隠れもしないとでも言うように、硬い決意を宿した表情で言い切った。
「もし、それでこの件が解決するのなら……試す価値はあります。仮に問題が起きたとしても、その責任は、すべて私が取ります」
国を預かる者としての覚悟が滲むその言葉に、後ろの二人も、もはや何も言えないようだった。だからこそ、それに応えるように、二人は意志を示すかのように、その場で静かに跪いた。
「その際は、我々も共に責任を取ります」
「はい。些細な身ではありますが、リリエット様にだけ責任を負わせるようなことは致しません」
「……ありがとうございます」
王女は、二人の忠誠に胸を打たれたように、座したまま静かに礼を述べる。そして、改めて父様へと向き直った。だが、父様はそんな光景を見ても、感情を一切動かすこともなく、淡々とした声で言葉を投げる。
「……話は終わったか?」
まるで茶番でも見せられているかのような、短く冷ややかな問いかけだった。それでも王女は動揺を見せず、静かに頷く。
「はい。ご配慮、感謝致します」
そう言って、父様に軽く頭を下げる。だが、後ろに控える二人は、父様に良い印象を持っていないからか、わずかに不満を滲ませた表情でその様子を見ていた。それでも父様は、敵に掛ける情などないとばかりに、そんな視線にすら意に介さず、早く終わらせたいと言わんばかりに話を進める。
「では、案内を頼む」
こちらがひやひやするほど、不遜とも取れるその言葉を続ける父様に、二人の視線が鋭くなる。だが、王女が受け入れている以上、彼らもそれ以上は口を挟まなかった。
席を立つと、まずは案内役の王女を先頭に歩き出し、その後ろを二人が守るように続く。僕達もその後を追ったが、前からは、時折、警戒するような視線が投げかけられていた。けれど、一番後ろに控える兄様もまた、同じように、油断なく前を行く二人を見張っている。
この件は、僕達の勝手な行動が引き起こしたもので、兄様に責任は全くない。だからこそ、父様もこれ以上、兄様の責任を問うつもりはないようだった。それでも兄様は、何の咎もなく終わる事が納得できないのだろう。父様から出された同行する条件を守り、今も僕達の付き人であり、護衛役として振る舞っている。だから先ほども、座ることなく、後ろに控えるように立っていたのだ。いかにも真面目な兄様らしい姿だが、それでも、どこか責められているようで、僕の胸は落ち着かなかった。
そして、その視線に挟まれながら、僕はバルドと並んで、無言のまま廊下を進む。しかし、僕達が早く目的の場所に着いてほしいと願いながら歩いている中でも、父様達だけは相変わらず堂々としており、すれ違う人々の視線を集めても、まったく意に介していない。
下に続く階段を何度か降りていくと、やがて人影が少なくなり、周囲の雰囲気も変わり始めた。そして、警備の厳しい通路を抜け、一つの重厚な扉の前へと辿り着く。
「……ベルンハルト」
「あぁ……」
父様達が短く言葉を交わすと、兄様もそれに応じるように、警戒を滲ませる。すると、王女もただならぬ気配を感じ取ったかのようだった。
「……開けます」
わずかに震える王女の声とともに、鍵が回され、扉がゆっくりと開かれた。
0
あなたにおすすめの小説
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収
ソラ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ち、ソラ。
彼はレベル1の無能として蔑まれ、魔王討伐を目前に「お前のようなゴミはいらない」と追放を言い渡される。
だが、傲慢な勇者たちは知らなかった。
自分たちが人間最高峰の力を維持できていたのは、すべてソラの規格外のステータスを『借りていた』からだということを。
「……わかった。貸していた力、すべて返してもらうよ」
契約解除。返還されたレベルは9999。
一瞬にして力を失い、ただの凡人へと転落しパニックに陥る勇者たち。
対するソラは、星を砕くほどの万能感を取り戻しながらも、淡々と宿を去る。
静かな隠居を望むソラだったが、路地裏で「才能なし」と虐げられていた少女ミィナを助けたことで、運命が変わり始める。
「借金の利息として、君を最強にしてあげよう」
これは、世界そのものにステータスを貸し付けていた最強の『貸与者』が、不条理な世界を再定義していく物語。
(本作品はAIを活用して構成・執筆しています)
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
ダンジョンに行くことができるようになったが、職業が強すぎた
ひまなひと
ファンタジー
主人公がダンジョンに潜り、ステータスを強化し、強くなることを目指す物語である。
今の所、170話近くあります。
(修正していないものは1600です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる