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五章
宿屋へ
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「この後どうするの?」
「我が家で管理している場所を行き先に指定していたため、本来ならそこを拠点にしながら今日は様子を見るつもりだったのだがな…」
兄様が持って来たローブを手渡され、それを頭に被りながら何処に行くのかと問い掛ければ、予定を狂わされた兄様がティの方に問い詰めるような視線を向けながら言う。ティは必死で知らんぷりをしていたけれど、その顔は冷や汗でも掻きそうな顔をしていて、こちらと視線が合わさないようにしているようだった。そんなティの様子に、兄様は無言で疑うような視線を既に向けていて、僕が話さなくても、兄様に知られるのは時間の問題のような気がする。
「兄様?それじゃあ、まずはそこを目指すの?」
「いや、王都と違い顔見知りが多い町では、知らない人間が急に住みだしただけで怪しまれる可能性がある。それに、私くらいの歳の者が、家を買う金を持っていること事態が不自然だからな。それで周囲に騒がれて噂にでもなれば、無駄に詮索されるうえ、余計な者達まで寄って来るだろう。だから、町に着いたら宿を探すつもりだ」
町の影すら見えない森の中、兄様はフードで顔を隠しながら首を左右に振って予定を変更を口にするけど、僕はそれに疑問を感じて問い掛ける。
「じゃあ、何で最初から宿にしなかったの?」
「町に入る際に行われる身分証の提出を避けたかったからな。だからこそ、確実に人の目を避けられる場所に道を作り、それを回避しようと思ったのだが、その意味がないのならば、わざわざ周囲に怪しまれるような危険を犯す必要もない」
「あぁっ!!えっ!?じゃあ、僕達は町に入れないの!?」
王都でもそうだったけど、町に入る際に身分を証明出来ない僕達は、宿に行くどころか町に入る事も出来ないんじゃないかと不安にかられていると、兄様は僕のずれたフードを直しながら兄様は小さな笑みを浮かべ、僕を静かに抱え上げながら言う。
「私も使用した事がない分多少の不安はあるが、今は日が暮れる前に町へと向かおう。いくら町が近いと言っても、日が暮れれば魔物が来ないとも限らないからな。それと、お前には後で話しがある……」
僕を連れて足早にその場を去ろうとした兄様だったけど、その後ろに隠れていたティに対してだけはジトリとした目を向けながら、どこか怒っているような声を上げる。そんな様子に、兄様との約束を破った事てしまった事に気付いたのか、その場にティを置き去りにしようとする兄様の背をきまり悪そうに見ていた。
その後も、ティは兄様が怖いのか、必要以上に近寄っては来る事はなかったけれど、僕達に置いて行かれないよう、木々の影に隠れながら後を付いて来ているようだった。町が近くなり、隠れる場所がなくなってくると、兄様に降ろしてもらった僕のフードの中に潜り込んでいた。
「身分証だ」
「確かに」
ドキドキしながら兄様の後に付いて町の入口へとやって来たけれど、声を掛けられる前に懐から出した物をそこに立っていた門番へと見せると、出した物を疑われるどころか、宿がないかと尋ねる兄様の質問にもすんなりと答えながら門を通してもらえた。
「あの人、兄様の身分証を見ても何も言わなかったね?」
門から少し離れ、僕達の声が聞こえない距離まで来ると、僕は兄様がさっき見せていた物がなんだったのかを問い掛ける。すると、兄様は僕にそれを渡して見せてくれた。
「これは冒険者としての身分証だが、偽造した物だから私とは気付かなかったのだろう」
「でも、それを作るのは難しいって言ってなかった?」
「普段から迷惑を掛けられている奴から手を借りたというのもあるが、冒険者ギルドのマスターは我が家に十分な借りがあるからな。だから、それを今回返して貰った。だが、まだ簡単に偽装出来るとはいっても、見破られないという保証もないからな。コレは念のためにと準備をしておいた物だったが、十分に役に立ったようだ」
兄様とは違う名前が書いてあり、一枚しかないEランクを証明するギルド証を見せて貰いながら、僕は兄様に再度問い掛ける。
「これって、僕の分もあるの?」
「リュカは必要ないからない」
「そうなの?」
「我が国では、学院の課外授業を受ける際に冒険者ギルドで身分証を作るからな。その年齢に達するまでは、町に入る際に身分証の提示は必要ない」
兄様に言われ、前にバルド達と町から出て戻った時に、何も言われず王都に入れた事を思い出した。つまり、僕達だけなら王都の外まで行って帰ってくるのは簡単に出来たという事だ。僕がそれに気付いて兄様に白い目を向ければ、兄様は何処か気まずそうにしながらも、静かに歩みを止めた。
「……紹介された宿は此処だな」
そう言って兄様が足を止めたのは一件の宿屋だったけど、普段使うような宿とは全く違っていて、少し年季が入ったような趣がある宿だった。
「本当にここ…?」
「用意できたのが、低ランクの冒険証だったからな…」
兄様を疑うわけじゃないけれど、本当に大丈夫なんだろうかと思ってしまう宿だけに、つい不安の声を上げてしまった。だけど、兄様の方も戸惑っているようで、何時になくその声は頼りない。でも、此処で立ち尽くしても仕方がないと思ったのか、宿の方へと歩みを進めるとその扉を開け、カウンターにいた宿の女将さんらしき人に声を掛ける。
「すまない。暫く此処に滞在したいのだが?」
「素泊まりだと1泊銅貨7枚で、食事を付けたら銀貨1枚だよ!」
「な…に…」
顔を隠しているのにも関わらず、兄様にも宿の人が愛想よく答えてくれた女将さんの言葉に、兄様は衝撃を受けているようだった。
「言っとくけど、ウチは良心的な値段でそんなに高くないよ。嘘だと思うなら他の宿に行ってみな!」
兄様は値段の安さに驚いただけであって、女将さんとは別の意味で言ったんだろうけど、それを知らない宿の女将さは、兄様相手に挑発するような事を言っていた。
「……その値段で問題ない」
もうすぐ日が暮れる中、他に宿の宛がないのもあってか、兄様は何処か躊躇いを滲ませながらも、食事付きの料金を日数分払っていた。でも、不安は拭いきれないようで、兄様が感じたその不安は、夕食の席で既に確信に似たものに変わたようだった。
「……固いな」
今まで食べた事などなったからか、出てきたパンの固さ衝撃を受けているようだった。そんな食べるのを諦めたかのように項垂れている兄様に、僕はパンを片手に声を掛けた。
「スープに浸して食べるんだって」
みんなと一緒に街で飼い食いもした事があった僕は、バルドが街の人から聞いていた食べ方を教えると、今までそんな食べ方なんてしてこなかっただろう兄様が、驚いたような顔をしてパンを見つめる。でも、周りを見渡してもそういった食べ方をしている人しかいないからか、兄様は意を決したようにパンを千切ると、屋敷と比べて質素なスープへとパンを浸してから口へと運ぶ。だけど、周囲の人達と同じ事をしているはずなのに、兄様がやるとどこか気品すら感じる。
「……スープとパンを一緒に食べた事はなかったが、意外と悪くはないな」
スープを吸って少し柔らかくなったパンを食べながら、兄様は思ったよりも味が良い事に少し驚いているようだった。そんな兄様の姿を見ながら、僕も食べようとするけれど、僕もバルドから聞いていただけで、実際にはやった事なんてなかったからか、兄様がやってたように綺麗には食べれなくて、それどころか不慣れな感じになってしまう。僕がたどたどしく悪戦苦闘しながら食べていると、そんな僕達に声を掛けて来る人がいた。
「お前等、貴族だろ?」
不意に話し掛けて来た男は無遠慮にそう言うと、空いていた席へと勝手に座り、僕達にニンマリとした笑みを浮かべて来た。フードで顔を隠しているはずなのに、僕達が貴族である事を簡単に見破って来たその男に、兄様も食事の手を止めて警戒したような視線を向ける。だけど、そんな兄様の様子に、その男は軽く手を左右に振りながら、まるで警戒させるつもりはなかったとでもいうような、愛想の良い笑みを浮かべ始める。
「そう警戒するなって、お前等が食べてる姿を見て、そうかなって思っただけだからよ」
「……他の者と変わらないはずだが?」
「いや、あんな上品に食べてる奴がそこらにいる平民なわけないだろ。それに、そっちの小さいのも不慣れな感じだったしな。それで?訳ありそうな貴族様が、何でこんな宿に泊まってるんだ?いくら訳ありっていったて、貴族だったらもっと良い宿に泊まるだろ?数日分の宿代を一括で支払ってたようだし、別に金がないってわけでもねぇんだろ?」
「……話すと思うのか?」
「思わねぇな」
既にこちらの情報をある程度探られている事に、兄様は警戒心を上げたようだった。けれど、男はそれを気にしたふうもない男は、兄様に一つの提案を口にした。
「そこでだ。お前等、俺を雇う気はないか?」
「なに…?」
思ってもいなかった言葉に、さすがの兄様も面食らってしまい、驚きで言葉が出ないようだった。だけど、それでも男の真意を探ろうと、さらに疑わしげな目を向けるが、そんな兄様の警戒心を解こうとするかのように、男は素直に自身の事情を話し始めた。
「俺の雇い主からとある品を追えと言われ此処に来たが、もし身分を隠した様子の貴族がいたら協力しろとも言われてるんだよ。だから、俺はお前等に声を掛けたってわけだ。後、さっきのは俺の得意分野を分かりやすく理解してもらうためにやっただけで、他は何も探ってなんかいねぇから安心しろよ」
「それを信じろと?」
「信じて貰うしかないが、さすがの俺も今来たばかりの奴の素性なんか調べられねぇよ」
少しおどけたように言うが、その男の言う通り、さすがに僕達の素性まで調べるのは無理だと判断したのか、兄様は男の背後にいる者について尋ね始める。
「では、お前の雇い主は、何故そんな命令を下した?」
「さぁな。俺みたいなのに、賢い雇い主様の考えは分かるわけがないからな。だったら、その命令に黙って従っていた方が利口ってなもんだ」
「……お前の雇い主はどんな奴だ?」
「そうだな。俺の雇い主は金払いは良いんだが人使いだけが荒くてな。そのせいで、家に帰る暇だってろくにない。今回だって、急に此処に行けって言われて慌てて準備したから、家の中が悲惨なままだしな…。まぁ、その家も雇い主から借りてる家みたいなものだから、文句も言えねぇんだけどよ…」
「……もう一つの仕事の方は良いのか?」
「あぁ、そっちはまだ到着したばかりで、2、3日は荷を動かすつもりはないようだからな。それに、今は手出し出来ない状況なんだよ」
男は両手を軽く上げながらお手上げの様相を見せるけれど、兄様はその男を信用していないようだった。だが、今度は自分の番とばかりに、男の方から問い掛けてきた。
「それで?どうするんだ?そろそろ、そっちの返答も聞きたいんだが?」
兄様の質問には素直に答えてはいるようだけど、どこまで本当の事を言っているのか分からない。兄様も判断がつきかねているようで、暫く考え込んでいた兄様だったけれど、使えるものは多い方が良いと思ったのか、どこか苦渋の決断でもするような様子で答えた。
「裏切ったなら、産まれて来た事を後悔すると思え」
「それは怖いなぁ」
脅すように言う兄様の言葉を本気にはしていないような様子で、飄々とした態度を見せていた。そんな態度に、兄様は今一つ信用出来ないような視線をその男に向けていたけど、今は情報を得る方が先だと判断したようで、粗方食べ終わっていた料理を前に席を立つ。
「部屋で話すぞ」
人が多い場所では話せない内容だけに、僕達が泊まる事になっている部屋で話すようで、連れ立って歩き出そうとする2人に付いて行こうと慌てて席を立つと、その勢いで僕がフードが少しズレて前髪が覗く。すると、男は驚愕に彩られたような顔で唖然としていた。
「マジで…?」
思わず漏れたとでもいうようなその声の後、男の顔が徐々にその顔色が悪くなっていて行くのが、少し明るくなった視界に端に見えた。
「我が家で管理している場所を行き先に指定していたため、本来ならそこを拠点にしながら今日は様子を見るつもりだったのだがな…」
兄様が持って来たローブを手渡され、それを頭に被りながら何処に行くのかと問い掛ければ、予定を狂わされた兄様がティの方に問い詰めるような視線を向けながら言う。ティは必死で知らんぷりをしていたけれど、その顔は冷や汗でも掻きそうな顔をしていて、こちらと視線が合わさないようにしているようだった。そんなティの様子に、兄様は無言で疑うような視線を既に向けていて、僕が話さなくても、兄様に知られるのは時間の問題のような気がする。
「兄様?それじゃあ、まずはそこを目指すの?」
「いや、王都と違い顔見知りが多い町では、知らない人間が急に住みだしただけで怪しまれる可能性がある。それに、私くらいの歳の者が、家を買う金を持っていること事態が不自然だからな。それで周囲に騒がれて噂にでもなれば、無駄に詮索されるうえ、余計な者達まで寄って来るだろう。だから、町に着いたら宿を探すつもりだ」
町の影すら見えない森の中、兄様はフードで顔を隠しながら首を左右に振って予定を変更を口にするけど、僕はそれに疑問を感じて問い掛ける。
「じゃあ、何で最初から宿にしなかったの?」
「町に入る際に行われる身分証の提出を避けたかったからな。だからこそ、確実に人の目を避けられる場所に道を作り、それを回避しようと思ったのだが、その意味がないのならば、わざわざ周囲に怪しまれるような危険を犯す必要もない」
「あぁっ!!えっ!?じゃあ、僕達は町に入れないの!?」
王都でもそうだったけど、町に入る際に身分を証明出来ない僕達は、宿に行くどころか町に入る事も出来ないんじゃないかと不安にかられていると、兄様は僕のずれたフードを直しながら兄様は小さな笑みを浮かべ、僕を静かに抱え上げながら言う。
「私も使用した事がない分多少の不安はあるが、今は日が暮れる前に町へと向かおう。いくら町が近いと言っても、日が暮れれば魔物が来ないとも限らないからな。それと、お前には後で話しがある……」
僕を連れて足早にその場を去ろうとした兄様だったけど、その後ろに隠れていたティに対してだけはジトリとした目を向けながら、どこか怒っているような声を上げる。そんな様子に、兄様との約束を破った事てしまった事に気付いたのか、その場にティを置き去りにしようとする兄様の背をきまり悪そうに見ていた。
その後も、ティは兄様が怖いのか、必要以上に近寄っては来る事はなかったけれど、僕達に置いて行かれないよう、木々の影に隠れながら後を付いて来ているようだった。町が近くなり、隠れる場所がなくなってくると、兄様に降ろしてもらった僕のフードの中に潜り込んでいた。
「身分証だ」
「確かに」
ドキドキしながら兄様の後に付いて町の入口へとやって来たけれど、声を掛けられる前に懐から出した物をそこに立っていた門番へと見せると、出した物を疑われるどころか、宿がないかと尋ねる兄様の質問にもすんなりと答えながら門を通してもらえた。
「あの人、兄様の身分証を見ても何も言わなかったね?」
門から少し離れ、僕達の声が聞こえない距離まで来ると、僕は兄様がさっき見せていた物がなんだったのかを問い掛ける。すると、兄様は僕にそれを渡して見せてくれた。
「これは冒険者としての身分証だが、偽造した物だから私とは気付かなかったのだろう」
「でも、それを作るのは難しいって言ってなかった?」
「普段から迷惑を掛けられている奴から手を借りたというのもあるが、冒険者ギルドのマスターは我が家に十分な借りがあるからな。だから、それを今回返して貰った。だが、まだ簡単に偽装出来るとはいっても、見破られないという保証もないからな。コレは念のためにと準備をしておいた物だったが、十分に役に立ったようだ」
兄様とは違う名前が書いてあり、一枚しかないEランクを証明するギルド証を見せて貰いながら、僕は兄様に再度問い掛ける。
「これって、僕の分もあるの?」
「リュカは必要ないからない」
「そうなの?」
「我が国では、学院の課外授業を受ける際に冒険者ギルドで身分証を作るからな。その年齢に達するまでは、町に入る際に身分証の提示は必要ない」
兄様に言われ、前にバルド達と町から出て戻った時に、何も言われず王都に入れた事を思い出した。つまり、僕達だけなら王都の外まで行って帰ってくるのは簡単に出来たという事だ。僕がそれに気付いて兄様に白い目を向ければ、兄様は何処か気まずそうにしながらも、静かに歩みを止めた。
「……紹介された宿は此処だな」
そう言って兄様が足を止めたのは一件の宿屋だったけど、普段使うような宿とは全く違っていて、少し年季が入ったような趣がある宿だった。
「本当にここ…?」
「用意できたのが、低ランクの冒険証だったからな…」
兄様を疑うわけじゃないけれど、本当に大丈夫なんだろうかと思ってしまう宿だけに、つい不安の声を上げてしまった。だけど、兄様の方も戸惑っているようで、何時になくその声は頼りない。でも、此処で立ち尽くしても仕方がないと思ったのか、宿の方へと歩みを進めるとその扉を開け、カウンターにいた宿の女将さんらしき人に声を掛ける。
「すまない。暫く此処に滞在したいのだが?」
「素泊まりだと1泊銅貨7枚で、食事を付けたら銀貨1枚だよ!」
「な…に…」
顔を隠しているのにも関わらず、兄様にも宿の人が愛想よく答えてくれた女将さんの言葉に、兄様は衝撃を受けているようだった。
「言っとくけど、ウチは良心的な値段でそんなに高くないよ。嘘だと思うなら他の宿に行ってみな!」
兄様は値段の安さに驚いただけであって、女将さんとは別の意味で言ったんだろうけど、それを知らない宿の女将さは、兄様相手に挑発するような事を言っていた。
「……その値段で問題ない」
もうすぐ日が暮れる中、他に宿の宛がないのもあってか、兄様は何処か躊躇いを滲ませながらも、食事付きの料金を日数分払っていた。でも、不安は拭いきれないようで、兄様が感じたその不安は、夕食の席で既に確信に似たものに変わたようだった。
「……固いな」
今まで食べた事などなったからか、出てきたパンの固さ衝撃を受けているようだった。そんな食べるのを諦めたかのように項垂れている兄様に、僕はパンを片手に声を掛けた。
「スープに浸して食べるんだって」
みんなと一緒に街で飼い食いもした事があった僕は、バルドが街の人から聞いていた食べ方を教えると、今までそんな食べ方なんてしてこなかっただろう兄様が、驚いたような顔をしてパンを見つめる。でも、周りを見渡してもそういった食べ方をしている人しかいないからか、兄様は意を決したようにパンを千切ると、屋敷と比べて質素なスープへとパンを浸してから口へと運ぶ。だけど、周囲の人達と同じ事をしているはずなのに、兄様がやるとどこか気品すら感じる。
「……スープとパンを一緒に食べた事はなかったが、意外と悪くはないな」
スープを吸って少し柔らかくなったパンを食べながら、兄様は思ったよりも味が良い事に少し驚いているようだった。そんな兄様の姿を見ながら、僕も食べようとするけれど、僕もバルドから聞いていただけで、実際にはやった事なんてなかったからか、兄様がやってたように綺麗には食べれなくて、それどころか不慣れな感じになってしまう。僕がたどたどしく悪戦苦闘しながら食べていると、そんな僕達に声を掛けて来る人がいた。
「お前等、貴族だろ?」
不意に話し掛けて来た男は無遠慮にそう言うと、空いていた席へと勝手に座り、僕達にニンマリとした笑みを浮かべて来た。フードで顔を隠しているはずなのに、僕達が貴族である事を簡単に見破って来たその男に、兄様も食事の手を止めて警戒したような視線を向ける。だけど、そんな兄様の様子に、その男は軽く手を左右に振りながら、まるで警戒させるつもりはなかったとでもいうような、愛想の良い笑みを浮かべ始める。
「そう警戒するなって、お前等が食べてる姿を見て、そうかなって思っただけだからよ」
「……他の者と変わらないはずだが?」
「いや、あんな上品に食べてる奴がそこらにいる平民なわけないだろ。それに、そっちの小さいのも不慣れな感じだったしな。それで?訳ありそうな貴族様が、何でこんな宿に泊まってるんだ?いくら訳ありっていったて、貴族だったらもっと良い宿に泊まるだろ?数日分の宿代を一括で支払ってたようだし、別に金がないってわけでもねぇんだろ?」
「……話すと思うのか?」
「思わねぇな」
既にこちらの情報をある程度探られている事に、兄様は警戒心を上げたようだった。けれど、男はそれを気にしたふうもない男は、兄様に一つの提案を口にした。
「そこでだ。お前等、俺を雇う気はないか?」
「なに…?」
思ってもいなかった言葉に、さすがの兄様も面食らってしまい、驚きで言葉が出ないようだった。だけど、それでも男の真意を探ろうと、さらに疑わしげな目を向けるが、そんな兄様の警戒心を解こうとするかのように、男は素直に自身の事情を話し始めた。
「俺の雇い主からとある品を追えと言われ此処に来たが、もし身分を隠した様子の貴族がいたら協力しろとも言われてるんだよ。だから、俺はお前等に声を掛けたってわけだ。後、さっきのは俺の得意分野を分かりやすく理解してもらうためにやっただけで、他は何も探ってなんかいねぇから安心しろよ」
「それを信じろと?」
「信じて貰うしかないが、さすがの俺も今来たばかりの奴の素性なんか調べられねぇよ」
少しおどけたように言うが、その男の言う通り、さすがに僕達の素性まで調べるのは無理だと判断したのか、兄様は男の背後にいる者について尋ね始める。
「では、お前の雇い主は、何故そんな命令を下した?」
「さぁな。俺みたいなのに、賢い雇い主様の考えは分かるわけがないからな。だったら、その命令に黙って従っていた方が利口ってなもんだ」
「……お前の雇い主はどんな奴だ?」
「そうだな。俺の雇い主は金払いは良いんだが人使いだけが荒くてな。そのせいで、家に帰る暇だってろくにない。今回だって、急に此処に行けって言われて慌てて準備したから、家の中が悲惨なままだしな…。まぁ、その家も雇い主から借りてる家みたいなものだから、文句も言えねぇんだけどよ…」
「……もう一つの仕事の方は良いのか?」
「あぁ、そっちはまだ到着したばかりで、2、3日は荷を動かすつもりはないようだからな。それに、今は手出し出来ない状況なんだよ」
男は両手を軽く上げながらお手上げの様相を見せるけれど、兄様はその男を信用していないようだった。だが、今度は自分の番とばかりに、男の方から問い掛けてきた。
「それで?どうするんだ?そろそろ、そっちの返答も聞きたいんだが?」
兄様の質問には素直に答えてはいるようだけど、どこまで本当の事を言っているのか分からない。兄様も判断がつきかねているようで、暫く考え込んでいた兄様だったけれど、使えるものは多い方が良いと思ったのか、どこか苦渋の決断でもするような様子で答えた。
「裏切ったなら、産まれて来た事を後悔すると思え」
「それは怖いなぁ」
脅すように言う兄様の言葉を本気にはしていないような様子で、飄々とした態度を見せていた。そんな態度に、兄様は今一つ信用出来ないような視線をその男に向けていたけど、今は情報を得る方が先だと判断したようで、粗方食べ終わっていた料理を前に席を立つ。
「部屋で話すぞ」
人が多い場所では話せない内容だけに、僕達が泊まる事になっている部屋で話すようで、連れ立って歩き出そうとする2人に付いて行こうと慌てて席を立つと、その勢いで僕がフードが少しズレて前髪が覗く。すると、男は驚愕に彩られたような顔で唖然としていた。
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