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クリスマス(アルノルド視点)
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私は執務室で一人、屋敷全体が完全に寝静まるのを待っていた。
夜更けの屋敷は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、聞こえるのは、時計の規則正しい音と、遠くで風が壁を撫でる微かな音だけだ。
どうやらリュカは、最近流行り出した童話に出てくる「サンタクロース」という存在を信じているらしい。正直に言えば、絵空事しか書かれていないような本の、どこを信じる要素があるのか、私には理解出来ない。だが、童話の本を抱え、私に向かって目を輝かせながら話す姿を思い出すと、その疑問はどうでも良くなった。
(私が動く理由としては、あの笑顔だけで十分だ)
ならば父親として、どうするべきかと部下達に相談したところ、揃って返ってきた答えは同じだった。
”子供が信じている夢は、叶えてやるべきだ”
そのために具体的に何をすればいいのか。サンタという存在が実在するかは不明だが、街では親が代わりにプレゼントを用意し、夜のうちに子供の枕元へ置くのだという。街の者に出来ることなら、私に出来ないはずがない。
私は机に置いていた本を手に取り、内容に誤りがないか、改めて目を通す。しかし、やはり何度読み返しても荒唐無稽だ。
表紙に描かれている絵は、どう贔屓目に見ても、痩せているとは言い難いのに、なぜこの体型で煙突を通れるという設定なのか。しかし、可能な限り同じ条件を再現してやりたい。だが、さすがに私でも、煙突から侵入するというのには無理がある。
本を閉じ、時計へ視線を移すと、日付が変わるまで、あまり時間は残されていなかった。再び机に目を向けると、そこには白い袋が目に入る。中にはプレゼントが入っており、それはエレナと共に選んだものだった。
その理由としては、リュカの誕生日の時、私が単独で選んだ贈り物は、なぜか受け取ってもらえなかったからだ。
(いったい何が問題だったんだろうか?)
いや、今は考えても仕方がない。プレゼントのことを思い出したせいで、わずかに思考が逸れたが、今はすでに過ぎたことに意識を向けている場合ではない。目を向けるべきは、これから解決すべき問題だ。私は思考を切り替え、最大の懸念。オルフェへと意識を向けた。
リュカだけなら問題はない。多少の物音がしても起きることはないし、仮に目を覚ましても私だと分かれば済む話だ。だが、オルフェは違う。気配に敏感で、魔力の揺らぎにも即座に反応する。そのため魔法を使えば、確実に気付かれる。
しばし思案した後、私は椅子から立ち上がり、本棚へと向かった。隠された仕掛けを動かすと、本棚は音もなく横へとずれ、奥の金庫が姿を現す。鍵を開け、中から一対の腕輪を取り出した。
腕輪を装着すると、自身の魔力が封じられていく感覚があった。本来は、魔力を持つ罪人に使う封印具だが、それ以外にも用途はある。次に、奥から古びた箱を取り出す。
”あの男が使っていた物だ”そう思うだけで、気分が悪くなる。だが、背に腹は代えられない。箱を開け、中の指輪型魔道具を確認しながら、指にはめていく。普段こういった物を身に着けないせいか、指先に違和感が残る。些細な違和感だが、些細であるがゆえに、意識から消えない。
あの男は、よくこれを日常的に使っていたものだ。私には理解出来ないが、素材は悪くない。確認のために魔導具を起動し、魔力量を確認すると、込められていた量は少ない。魔道具は込められた魔力量に応じて効果を発揮するため、魔石が耐えられる限界まで、自身の魔力を注ぎ込む。
(これで足りるはずだ)
私は袋と、普段なら決して袖を通さない赤いコートを手に取り、バルコニーへ出た。冬の空気は冷たく、息をするたび、白い息が夜空へと溶けていく。しばらくその光景を眺めてから、コートを羽織り、手すりを足場に屋根へと上がった。本来であれば、わざわざ屋根に飛び上がる必要はないが、雰囲気というものも、時には大切だろう。
音を立てぬよう、慎重にリュカの部屋を目指す中、それを見れば、星は綺麗だが雪は降らない。童話通りにならない現実に、僅かな苛立ちを覚える。
魔法を使えば、擬似的な雪を降らせることも出来るかもしれないが、確実にオルフェが気付く。それに、王都で無茶は出来ない。そんなことを考えているうちに、目的地の場所に着いていた。下に降りる前、私は念のために魔道具を起動する。
認識阻害。気配遮断。防音。潜伏。
それぞれが、正しく起動しているのを確認した私は、下のバルコニーへと着地した。音を立てるつもりはなかったが、念のため気付かれてはいなかったかと、窓の陰から部屋の様子を窺う。
どうやら気付かれてはいないが、オルフェは起きているようで、ベッドの上に人影が見える。私は、左手にはめた魔道具を順番に起動していく。
隠蔽、困惑、幻惑、催眠、睡眠。
起動しながら私は、コレを使ってあの男は何をしていたのだろうかと考えていた。まあ、込められていた魔力量を考えても、たいした事は出来ていなかっただろう。
(……考えるのはやめよう)
アレが起こした不始末の後始末の記憶も蘇ってきて、頭痛がしてきたため、何とか思考を切り替えた。だが、その間も、魔道具はしっかりと仕事をしていたようで、気付けば人影は消え、二人は眠っていた。
魔石が耐えられる限界まで魔力を込め、気配を探ろうと神経を研ぎ澄ませていたことが、かえって魔道具の影響を受けやすくしたのかもしれない。そんなオルフェに対して、少なからず罪悪感を覚えながらも、解錠の魔道具で鍵を外し、部屋の中へ入った。中に入ると、私は眠っているオルフェにそっと布団を掛け直すと静かに息を整え、最後の仕事に取りかかった。
翌朝。
「プレゼントが入ってたー!!」
エレナと共に二人が降りてくるのを待っていると、元気な声とともに、靴下を片手にしたリュカが部屋へ飛び込んできた。だが、その後ろに立つオルフェは、嬉しそうなリュカとは対照的に、どこか不機嫌そうな表情を浮かべている。しかし、リュカの楽しげな声に押され、エレナはリュカへと声を掛ける。
「良かったわね。プレゼントはもう開けたのかしら?」
「ううん。まだ危険だから、父様がいる所で開けようって兄様が…」
「危険?」
不満そうな視線をオルフェに向けながら言うリュカに、私はエレナと顔を見合わせ、揃って首を傾げる。危険な物など、入れた覚えはない。そんな私たちの疑問が伝わったかのように、オルフェが口を開いた。
「不審な気配は感じられませんでしたが、侵入者が置いていった物です。注意しすぎるということはないかと思いまして」
(……まさか、ここまで警戒されるとは)
オルフェの言葉は、すべて正論だ。否定のしようがない。私が言葉を失っていると、代わりにエレナが口を開いた。
「オルフェ……少し気にしすぎではないかしら……?」
「いえ。何事も、気にしすぎるということはありませんので」
「兄様!もう開けようよ!!」
待ちきれなくなったリュカが、じれた様子でオルフェの服を引っ張る。
「分かった。だが、念のため、私の方から開ける」
「えー!!」
「いいな?」
「……うん」
最初は不満そうな声を上げたものの、オルフェの真剣な表情に押され、最後には素直にうなずいた。それを確認すると、オルフェは慎重に靴下の中へ手を入れ、ゆっくりと中身を取り出す。そして、まるで検分するかのように、注意深く調べ始めた。
「煤などで汚れている形跡はないな……」
「兄様。まず気になるところ、そこなの?」
「侵入経路を割り出すうえで重要だ」
「そ、そうだけど……。もう!そんなことより、早く開けて見せてよ!!」
リュカに急かされ、ようやく包装紙を解き始めたオルフェだったが、中から出てきた物を目にした瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……本、だね?」
突然黙り込んだオルフェを不思議に思ったのか、手元を覗き込んだリュカが、首を傾げながらそう言った。すると、驚きと警戒を隠す様子もなく、静かに口を開いた。
「ただの本ではない……。すでに絶版になっているうえに、初版本とは……。サンタという者を、私は侮っていたようだ……」
「え……? でも……父様から、たまに似たような物をもらってなかった……?」
「父上から確かに受け取ったことはあるが、それと今回の件は、何の関係もないだろう?」
「うん……。そうだね……」
先ほどから、なぜか歯切れの悪いリュカの様子が気にはなるが、まさかオルフェが“サンタ”なる存在を、本気で信じるとは思わなかった。
「……リュカは、何をもらったんだ?」
私の内心の不安など意に介さず、オルフェは不可解そうな表情のまま、リュカの片手に収まるほどの小さな包みへと視線を向けていた。
「う~ん?何だろう?今、開けてみるね」
包みを開けるリュカの様子を見守りながら、私は本当に喜んでくれるのかと、今度は別の不安に駆られていた。
「これ!今話題になっているカードゲームのレアカードだ!!」
「……何だ、それは?」
「兄様、知らないの!?人気すぎてすぐに品切れになるから、普通のカードですら買うのが難しいんだよ!!」
楽しげに説明するリュカの姿を見て、胸の奥に溜まっていたものが、ようやくほどける。エレナの助言通り、これにして正解だったようだ。
リュカがこれを欲しがっていると、エレナから最初に聞かされたときは、いったい何の冗談かと思った。だが、どうやら私は「玩具」というものを甘く見ていたらしい。
(まさか、子供向けの玩具を大人が買い求める時代になっているとは……)
それに、この紙一枚が金貨数枚の価値を持つなど、想像もしていなかった。
私が幼い頃も、こういった玩具に興味を示すことはなかった。しかし、紙とインク、そして絵師への報酬程度しか原価がかかっていないことを考えると、これはなかなかに旨味のある商売なのかもしれない。
「しかし、これほど接近されても気配すら察知できないとは……。サンタという者は、なかなかの手練れのようだ。もっと訓練の時間を増やすべきだろうか?」
「訓練は……しなくていいんじゃないかな……?」
私が思考に沈んでいる間にオルフェが放った一言に続いて、リュカの続けた言葉には、私も同意したい。だが同時に、オルフェの意見を否定できる理由も、見当たらなかった。
「そんな悠長なことを言っている場合ではない。もしこれがサンタではなく、暗殺者だったらどうする」
「それは……そうだけど……」
オルフェの主張が正論なだけに、この場合は困ったことになる。これ以上警戒されれば、あの時に使った魔道具で誤魔化すのは無理があるだろう。
(来年に備え、今からでも国庫から何か借り受けるべきだろうか…)
「アルノルド様。もう少し、お慎みください」
私の思考を察したかのように、背後に控えていたドミニクから、先に釘を刺す言葉が飛んできた。だが、レクスからの正式な許可証さえあれば、彼もそれ以上は何も言うまい。そう考え直し、私は合法的に許可証を得る算段を、頭の中で静かに組み立て始める。
「はぁ……」
リュカ達の話に耳を傾けながら、背後で誰かのため息が聞こえた気がしたが、私は気にしないことにした。
後日談だが、リュカに渡したカードを、部下たちも嗜んでいたことが分かり、やり方を教えてもらった。リュカと遊ぶため、使っていないカードを借りて実際にやってみたのだが、これが意外にも奥が深い。
戦法はもちろん重要だが、同時に運も絡む。その点において、戦時に指揮を執る際の訓練にもなりそうだと考え、少し本気を出してみた。結果、連戦連勝だった。
そのせいか、部下だけでなく、リュカからも揃って文句を言われることになる。
(……何故だ)
勝つために行う遊びだと思っていたのだが、その後、「勝ちすぎては駄目だ」と部下から注意された。しかし、どうにも“負け方”が分からず、それ以来、リュカとこの遊びをすることはなくなった。
夜更けの屋敷は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、聞こえるのは、時計の規則正しい音と、遠くで風が壁を撫でる微かな音だけだ。
どうやらリュカは、最近流行り出した童話に出てくる「サンタクロース」という存在を信じているらしい。正直に言えば、絵空事しか書かれていないような本の、どこを信じる要素があるのか、私には理解出来ない。だが、童話の本を抱え、私に向かって目を輝かせながら話す姿を思い出すと、その疑問はどうでも良くなった。
(私が動く理由としては、あの笑顔だけで十分だ)
ならば父親として、どうするべきかと部下達に相談したところ、揃って返ってきた答えは同じだった。
”子供が信じている夢は、叶えてやるべきだ”
そのために具体的に何をすればいいのか。サンタという存在が実在するかは不明だが、街では親が代わりにプレゼントを用意し、夜のうちに子供の枕元へ置くのだという。街の者に出来ることなら、私に出来ないはずがない。
私は机に置いていた本を手に取り、内容に誤りがないか、改めて目を通す。しかし、やはり何度読み返しても荒唐無稽だ。
表紙に描かれている絵は、どう贔屓目に見ても、痩せているとは言い難いのに、なぜこの体型で煙突を通れるという設定なのか。しかし、可能な限り同じ条件を再現してやりたい。だが、さすがに私でも、煙突から侵入するというのには無理がある。
本を閉じ、時計へ視線を移すと、日付が変わるまで、あまり時間は残されていなかった。再び机に目を向けると、そこには白い袋が目に入る。中にはプレゼントが入っており、それはエレナと共に選んだものだった。
その理由としては、リュカの誕生日の時、私が単独で選んだ贈り物は、なぜか受け取ってもらえなかったからだ。
(いったい何が問題だったんだろうか?)
いや、今は考えても仕方がない。プレゼントのことを思い出したせいで、わずかに思考が逸れたが、今はすでに過ぎたことに意識を向けている場合ではない。目を向けるべきは、これから解決すべき問題だ。私は思考を切り替え、最大の懸念。オルフェへと意識を向けた。
リュカだけなら問題はない。多少の物音がしても起きることはないし、仮に目を覚ましても私だと分かれば済む話だ。だが、オルフェは違う。気配に敏感で、魔力の揺らぎにも即座に反応する。そのため魔法を使えば、確実に気付かれる。
しばし思案した後、私は椅子から立ち上がり、本棚へと向かった。隠された仕掛けを動かすと、本棚は音もなく横へとずれ、奥の金庫が姿を現す。鍵を開け、中から一対の腕輪を取り出した。
腕輪を装着すると、自身の魔力が封じられていく感覚があった。本来は、魔力を持つ罪人に使う封印具だが、それ以外にも用途はある。次に、奥から古びた箱を取り出す。
”あの男が使っていた物だ”そう思うだけで、気分が悪くなる。だが、背に腹は代えられない。箱を開け、中の指輪型魔道具を確認しながら、指にはめていく。普段こういった物を身に着けないせいか、指先に違和感が残る。些細な違和感だが、些細であるがゆえに、意識から消えない。
あの男は、よくこれを日常的に使っていたものだ。私には理解出来ないが、素材は悪くない。確認のために魔導具を起動し、魔力量を確認すると、込められていた量は少ない。魔道具は込められた魔力量に応じて効果を発揮するため、魔石が耐えられる限界まで、自身の魔力を注ぎ込む。
(これで足りるはずだ)
私は袋と、普段なら決して袖を通さない赤いコートを手に取り、バルコニーへ出た。冬の空気は冷たく、息をするたび、白い息が夜空へと溶けていく。しばらくその光景を眺めてから、コートを羽織り、手すりを足場に屋根へと上がった。本来であれば、わざわざ屋根に飛び上がる必要はないが、雰囲気というものも、時には大切だろう。
音を立てぬよう、慎重にリュカの部屋を目指す中、それを見れば、星は綺麗だが雪は降らない。童話通りにならない現実に、僅かな苛立ちを覚える。
魔法を使えば、擬似的な雪を降らせることも出来るかもしれないが、確実にオルフェが気付く。それに、王都で無茶は出来ない。そんなことを考えているうちに、目的地の場所に着いていた。下に降りる前、私は念のために魔道具を起動する。
認識阻害。気配遮断。防音。潜伏。
それぞれが、正しく起動しているのを確認した私は、下のバルコニーへと着地した。音を立てるつもりはなかったが、念のため気付かれてはいなかったかと、窓の陰から部屋の様子を窺う。
どうやら気付かれてはいないが、オルフェは起きているようで、ベッドの上に人影が見える。私は、左手にはめた魔道具を順番に起動していく。
隠蔽、困惑、幻惑、催眠、睡眠。
起動しながら私は、コレを使ってあの男は何をしていたのだろうかと考えていた。まあ、込められていた魔力量を考えても、たいした事は出来ていなかっただろう。
(……考えるのはやめよう)
アレが起こした不始末の後始末の記憶も蘇ってきて、頭痛がしてきたため、何とか思考を切り替えた。だが、その間も、魔道具はしっかりと仕事をしていたようで、気付けば人影は消え、二人は眠っていた。
魔石が耐えられる限界まで魔力を込め、気配を探ろうと神経を研ぎ澄ませていたことが、かえって魔道具の影響を受けやすくしたのかもしれない。そんなオルフェに対して、少なからず罪悪感を覚えながらも、解錠の魔道具で鍵を外し、部屋の中へ入った。中に入ると、私は眠っているオルフェにそっと布団を掛け直すと静かに息を整え、最後の仕事に取りかかった。
翌朝。
「プレゼントが入ってたー!!」
エレナと共に二人が降りてくるのを待っていると、元気な声とともに、靴下を片手にしたリュカが部屋へ飛び込んできた。だが、その後ろに立つオルフェは、嬉しそうなリュカとは対照的に、どこか不機嫌そうな表情を浮かべている。しかし、リュカの楽しげな声に押され、エレナはリュカへと声を掛ける。
「良かったわね。プレゼントはもう開けたのかしら?」
「ううん。まだ危険だから、父様がいる所で開けようって兄様が…」
「危険?」
不満そうな視線をオルフェに向けながら言うリュカに、私はエレナと顔を見合わせ、揃って首を傾げる。危険な物など、入れた覚えはない。そんな私たちの疑問が伝わったかのように、オルフェが口を開いた。
「不審な気配は感じられませんでしたが、侵入者が置いていった物です。注意しすぎるということはないかと思いまして」
(……まさか、ここまで警戒されるとは)
オルフェの言葉は、すべて正論だ。否定のしようがない。私が言葉を失っていると、代わりにエレナが口を開いた。
「オルフェ……少し気にしすぎではないかしら……?」
「いえ。何事も、気にしすぎるということはありませんので」
「兄様!もう開けようよ!!」
待ちきれなくなったリュカが、じれた様子でオルフェの服を引っ張る。
「分かった。だが、念のため、私の方から開ける」
「えー!!」
「いいな?」
「……うん」
最初は不満そうな声を上げたものの、オルフェの真剣な表情に押され、最後には素直にうなずいた。それを確認すると、オルフェは慎重に靴下の中へ手を入れ、ゆっくりと中身を取り出す。そして、まるで検分するかのように、注意深く調べ始めた。
「煤などで汚れている形跡はないな……」
「兄様。まず気になるところ、そこなの?」
「侵入経路を割り出すうえで重要だ」
「そ、そうだけど……。もう!そんなことより、早く開けて見せてよ!!」
リュカに急かされ、ようやく包装紙を解き始めたオルフェだったが、中から出てきた物を目にした瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……本、だね?」
突然黙り込んだオルフェを不思議に思ったのか、手元を覗き込んだリュカが、首を傾げながらそう言った。すると、驚きと警戒を隠す様子もなく、静かに口を開いた。
「ただの本ではない……。すでに絶版になっているうえに、初版本とは……。サンタという者を、私は侮っていたようだ……」
「え……? でも……父様から、たまに似たような物をもらってなかった……?」
「父上から確かに受け取ったことはあるが、それと今回の件は、何の関係もないだろう?」
「うん……。そうだね……」
先ほどから、なぜか歯切れの悪いリュカの様子が気にはなるが、まさかオルフェが“サンタ”なる存在を、本気で信じるとは思わなかった。
「……リュカは、何をもらったんだ?」
私の内心の不安など意に介さず、オルフェは不可解そうな表情のまま、リュカの片手に収まるほどの小さな包みへと視線を向けていた。
「う~ん?何だろう?今、開けてみるね」
包みを開けるリュカの様子を見守りながら、私は本当に喜んでくれるのかと、今度は別の不安に駆られていた。
「これ!今話題になっているカードゲームのレアカードだ!!」
「……何だ、それは?」
「兄様、知らないの!?人気すぎてすぐに品切れになるから、普通のカードですら買うのが難しいんだよ!!」
楽しげに説明するリュカの姿を見て、胸の奥に溜まっていたものが、ようやくほどける。エレナの助言通り、これにして正解だったようだ。
リュカがこれを欲しがっていると、エレナから最初に聞かされたときは、いったい何の冗談かと思った。だが、どうやら私は「玩具」というものを甘く見ていたらしい。
(まさか、子供向けの玩具を大人が買い求める時代になっているとは……)
それに、この紙一枚が金貨数枚の価値を持つなど、想像もしていなかった。
私が幼い頃も、こういった玩具に興味を示すことはなかった。しかし、紙とインク、そして絵師への報酬程度しか原価がかかっていないことを考えると、これはなかなかに旨味のある商売なのかもしれない。
「しかし、これほど接近されても気配すら察知できないとは……。サンタという者は、なかなかの手練れのようだ。もっと訓練の時間を増やすべきだろうか?」
「訓練は……しなくていいんじゃないかな……?」
私が思考に沈んでいる間にオルフェが放った一言に続いて、リュカの続けた言葉には、私も同意したい。だが同時に、オルフェの意見を否定できる理由も、見当たらなかった。
「そんな悠長なことを言っている場合ではない。もしこれがサンタではなく、暗殺者だったらどうする」
「それは……そうだけど……」
オルフェの主張が正論なだけに、この場合は困ったことになる。これ以上警戒されれば、あの時に使った魔道具で誤魔化すのは無理があるだろう。
(来年に備え、今からでも国庫から何か借り受けるべきだろうか…)
「アルノルド様。もう少し、お慎みください」
私の思考を察したかのように、背後に控えていたドミニクから、先に釘を刺す言葉が飛んできた。だが、レクスからの正式な許可証さえあれば、彼もそれ以上は何も言うまい。そう考え直し、私は合法的に許可証を得る算段を、頭の中で静かに組み立て始める。
「はぁ……」
リュカ達の話に耳を傾けながら、背後で誰かのため息が聞こえた気がしたが、私は気にしないことにした。
後日談だが、リュカに渡したカードを、部下たちも嗜んでいたことが分かり、やり方を教えてもらった。リュカと遊ぶため、使っていないカードを借りて実際にやってみたのだが、これが意外にも奥が深い。
戦法はもちろん重要だが、同時に運も絡む。その点において、戦時に指揮を執る際の訓練にもなりそうだと考え、少し本気を出してみた。結果、連戦連勝だった。
そのせいか、部下だけでなく、リュカからも揃って文句を言われることになる。
(……何故だ)
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