季節番外編置き場

ユーリ

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新年 (オルフェ視点)

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「オルフェ。お年玉って知ってるか?」

「……何だそれは。それより、仕事はどうした?」

新年祭が終わり、太陽が天頂に差しかかる時間帯。後始末の仕事が山のように残っているはずの男が、何の前触れもなく私の屋敷に現れた。その事に、嫌な予感しかしない。

「最近知ったんだが、街では年が明けると、子供達が親戚の家を回って金を貰うらしいんだ」

私の問いなど最初から存在しなかったかのように、レオンは勝手に話を進める。

「今まで貰った事はなかったが、それって俺達も貰えるのか?」

「知らん。そもそも、そんな物乞いじみた真似が出来るか」

そう答えながらも、私は手を止めない。机に積まれた書類を一つずつ片付け、判断しながら署名していく。その単調な作業に意識を沈める事で、目の前の厄介事から距離を取ろうとした。だが、話は止まらない。

「中には見栄を張って多めに入れる家もあるらしくてな。見栄で生きてる貴族連中なら、たんまり貰えるんじゃないかと思ってさ!」

「……王族の口から出る言葉とは思えんな」

聞こえて来た言葉に、思わず呆れが滲む。しかし、それを気にするような奴ではない。

「王族だからこそ、街の人間の文化を知るのは大事だろ!」

「……物は言いようだな」

「ちょっと金がいるんだよ!!だから、一緒に行くぞ!」

当然のように決定される“同行”という言葉に、私は机の上に積まれた書類の山を一瞥する。

(……見えていないのだろうな)

耳だけでなく、目まで悪くなったのかと思ったが、元からこういう男だった。

「先に言っておくが、私の親類縁者は王都にはいないぞ」

母の実家は王都から遠く、日帰りなど到底できる距離ではない。それに、先代である祖父は南の島へ渡ったきり、戻る予定もなく、祖母もまた、それに近い状態だ。そもそも、彼らに会いに行くなど考える以前に、父の前でその話題を出すこと自体が出来ない。

分かりきった事実を口にすると、向こうも少し考え込むような素振りを見せ、やがて口を開いた。

「親でもいいらしいんだが……父上は、素直にくれないだろうな。仮に貰えたとしても、仕事と引き換えだろう。それに、頼めそうな叔母様も……今年はお戻りになられなかったからな……」

いかにも想像がつく、と言わんばかりの口調だ。どれも、今さら覆しようのないレオンの言葉を聞きながら、私は静かに頷いた。

「……解散だ」

即座にそう告げた。父上なら、きっと何も言わずに”お年玉”という物を渡すだろう。だからこそ、そうなる前に、この話自体を終わらせたい。だが、素直に引くわけもない。

「まだ始まってもいないだろ!」

「回る場所もないんだ。もう終わりでいいだろう」

「いや!終わってない!!」

子供じみた声に、頭が鈍く痛み始める。私は左手で額を押さえながら、最後の確認をするように問う。

「……それで?何か案でもあるのか?」

「秘策がある!ちょっと待ってろ!!」

やけに弾んだ声を返しながら、嵐のように去って行く背中を見送った。私は無意味だと知りながらも、このまま戻って来なければいい、と本気で願ったが、しばらくして、レオンは一冊の手帳を掲げて戻って来た。

「オルフェ!これがあれば、お年玉が貰いたい放題だぞ!!」

「……何だ、それは」

「使ってみてからのお楽しみだ!」

私が訝しげな視線を向けていることなど気にも留めず、レオンは高々と手帳を掲げ、いかにも得意げな顔をしてみせた。だが、その言動から伝わってくるものに、楽しいと思える要素が何一つない。

「……はぁ」

期日にまだ余裕はあるとはいえ、ここにある分の仕事は、今日のうちに片付けておきたかった。だが、ここで断ったところで、こいつが素直に耳を貸すはずもないことは分かりきっている。それならば、この面倒事をさっさと終わらせた方が早い。そう結論づけ、私は手にしていたペンを静かに置いた。

「最近、書類を偽装して税を納めない貴族が増えているそうだ」

とある屋敷で、妙に朗々とレオンの声が屋敷の応接間に響く。私は一歩引いた位置に座り、黙ってその様子を眺めていた。

「貴族とは、本来、民の模範であるべき存在だ。そうは思わないか?」

「そ、そうですな……」

返事をしながら、男の視線は泳ぎ、呼吸は浅い。そして、落ち着きなく、絶えず指を擦り合わせている。

(……私は、何故ここにいる?)

まだ一口も口を付けていないまま、机の上に置かれ、すっかり冷めきった茶を他人事のように眺めながら、私は考えを巡らせていた。

レオンが持って来た、あの手帳に記されていたのは、脱税、不正取引、帳簿の偽装。いずれも、言い逃れの余地などない、貴族たちが積み重ねてきた悪行の数々だった。だが、これほど詳細な調査を、レオンが自力でまとめられるとは思えない。それに、字が違う。

踊るような癖字を書くレオンとは正反対の、几帳面で整った筆跡。王城で、この文字を書きそうな人物が二人ほど頭をよぎるが、よく知る人物とは一致しない。

(……考えるだけ無駄だな)

深く考えても、精神衛生上よろしくないと、視線を前に戻す。

男は、今も必死に何かを探すように言葉を選んでいるようだが、その挙動そのものが、すでに罪を認めているようなものだった。

(何故、そんな簡単なことが分からない……)

しかし、話しているのは終始レオンだけで、私はただ席に座っているに過ぎない。この状況に、わざわざ仕事を放り投げてまで付いて来た意味が、本当にあったのだろうかと疑問が湧く。これなら、屋敷で仕事をしていた方がよほど有意義だった。

(早く終わらないものか)

そんな気持ちで成り行きを眺めていると、なぜか、傍観していた私に、藁にも縋るような視線がこちらへ向けてきた。

(……何を期待している)

私に助け舟を期待したようだが、助ける気など、最初からない。その意思など微塵もないことが伝わるよう、私は静かに目を閉じ、その視線ごと視界から切り捨てた。

「貴族は、常に民の見本でなくてはならない」

「そ、そうですな……」

「先程から、貴公は私と同じ意見のようで嬉しい。書類の偽装は重罪だ。もし、この王都でそのような真似をしていた者がいれば、町は騒ぎになり、一大事だ」

「な、なら……!!」

男の喉がひくりと鳴り、縋るような声が、一瞬だけ上がる。しかし、そこにレオンの声が、冷たく響く。

「だか、民の信頼を失わないためこそ、その者を厳罰に処すべきだとは思わないか?」

「……っ!」

何か言い掛けたようだったが、レオンの言葉を聞いた途端、相手は自分が言おうとしていたことを飲み込んだ。不正を働いている時点で、大した違いなどありはしない。それでも、口を噤む程度の分別があるだけ、少なくとも前の奴よりは、まだマシだと言っていいだろう。

「ああ、そうだ。話は変わるが……」

レオンはそこで一拍置き、わずかに声色を変えた。

「最近、巷では“お年玉”という風習があるそうだぞ?」

「そ、それは……! 私も、殿下にお渡ししようと……!!」

含みを帯びたレオンの言葉に、男はまるで救いを見出したかのように、縋りつくような声で答える。その瞬間、無駄に長々と続いていた、この場での茶番劇に、ようやく幕が下りる音がした気がした。

(……私は、いつまでこれに付き合わされるんだ)

今日、何度目になるか分からない茶番を見せられ続け、私は零れそうになる溜息を、どうにか喉の奥で押し殺した。

「思ったよりも、貰えたな!」

「貰ったと言うより……脅し取った、の間違いだろう」

王城へ戻った私たちは、奪っ……もとい、回収してきた金貨を前に、レオンと雑談を交わしながら、ひと息ついていた。

「俺達は、脱税されていた分を回収してきただけだ。街の修繕作業の予算が、予定より少し足りなくて困っていたが、これで計画通り進められる!」

「それなら、もっと貰って来ればよかっただろう?」

確実に不正を見逃してもらおうと、多額の金を差し出そうとした者もいた。だが、こいつは「多すぎる」と言って、その一部を返していた。

「一撃で仕留めるよりも、小出しにした方がより多く絞り取れる。と、父上がおっしゃっていた!」

「……腐っても王族か」

「何か言ったか?」

「お前が、少しだけ王族に見えたと言っただけだ」

「俺は最初から王族だぞ!?今まで何だと思ってたんだ!」

「ただの馬鹿だ」

「そこまで馬鹿ではない!」

馬鹿であることを否定しないレオンに呆れながらも、くだらない言い合いを続けていると、突然、第三者の声が割り込んできた。

「随分と、楽しそうだな?」

背に冷たいものが走る。その声に、振り向けば、開いた扉にもたれ掛かるようにして、陛下が静かに立っていた。

「ち、父上……」

その姿に、レオンが動揺を隠せず声を上げると、陛下は浮かべていた笑みをさらに深めて口を開いた。

「私の手帳を使って、随分と好き勝手やってくれたようだな?」

「い、いや……。このお金は、国のために役立てようかと……」

人好きするような爽やかな笑みを浮かべてはいるが、目の奥は一切笑っていない。長年、国を守ってきた国王の威圧感に、滅多なことでは動じない私でさえ、思わず息を詰めた。

「そうか、そうか。それならば、私が有効活用してやろう。ちょうど雇用拡大と促進事業を進めたくてな。だが、財務の方からなかなか予算が下りてこなくて困っていたところだ」

淡々と続け、陛下は一度、机に置かれた金貨に視線を落とす。

「元々は不正で溜め込まれていた汚い金だ。
だが、金であることに変わりはない。だから、これは私が有効活用してやろう」

「それは横暴ですよ、父上!!」

「何を言っている。私の手帳を見て手に入れた物なんだろう?ならば、私の手柄のようなものだ」

「ですが! 実際に手に入れて来たのは私です!!」

「勝手なことをしておいて、偉そうな口を利くな!あれらの家の中には、密売にも手を出していた輩がいたのだ!だからこそ、泳がせてから一定の利益を回収してから、一気に領地も権威も根こそぎ回収するつもりだったというのに、無駄に警戒されたらどうするつもりだ!!」

「そんなこと、手帳に一言も書いてなかったです!」

「潰すことが決まった家の詳細を、いちいち書き足すほど私は暇ではない!そもそも、隠してあった私の手帳をどうやって見つけた!?」

「感で探したら、見つかっただけです!!」

「感で探すな!!どうせ探すのならば、その感で密売人どものアジトでも嗅ぎ分けて来い!!」

「分かりました!書類の山は戸棚に押し込み、街に探しに行ってきます!!」

「待て! それとこれは別の問題だ!!」

陛下の言葉に、レオンはなぜか嬉々とした様子で応じると、扉の前に立つ陛下の横をすり抜け、そのまま部屋を飛び出して行った。陛下もまたその後を追い、慌てたように姿を消す。

「……やはり、私はいらなかったのではないか」

一人だけ取り残された部屋に、私の独り言が、虚しく響いた。

「はぁ……」

王城から無駄に疲れて戻って来た私は、残してきた仕事と再び向き合った。私が任させているのは、父上が一日にこなしていた量の、ほんの一部。だが、今の私では、その一部を処理するだけで一日が潰れてしまう。だからこそ、まだ父上のようには出来なくとも、せめて予定していた分くらいは成し遂げたい。そう思いながら、遅れを取り戻すように手を動かす。

この調子なら、今日が終わる頃までには何とか片が付く。そう目処が付いた時だった。楽しげな声と共に、リュカが部屋に飛び込んでくた。

「兄様ー!!父様からお年玉もらったー!」

「……おとし、だま……?」

聞き覚えがある不吉な単語に、今日一日の出来事が、嫌でも脳裏をよぎる。そのせいで、仕事をしていた手が、自然と止まった。

「うん! よく分からないけど、父様が城で聞いて来たんだって!!あ! ちゃんと兄様の分もあるよ!」

「……そ、そうか……」

私の戸惑いなどお構いなしに説明を続けるリュカの声を聞きながら、何とも心当たりがあり過ぎる二人の顔が、脳裏に浮かんだ。

(父上が、あの二人の会話を聞いたのか……。それとも、事情を聞き出したのだろうか……。だとすれば、今日、私たちが何をしていたのかも、父上は、すでに把握しているということになる……)

私が内心で冷や汗をかきそうになっていると、その思考から引き上げるように、リュカが私の袖を軽く引き、無邪気に誘いの言葉を掛けてきた。

「それとね!新年から根を詰めるのは良くないから、兄様も呼んで来てって父様が!だから、兄様も行こう!!」

父上のことが、まったく気にならないわけではない。だが、リュカの誘いには逆らえない。

今日はもう仕事を続けるのは無理だと悟り、私は席を立ちながら机の上を片付け始めた。そうしてすべてを片付け、リュカと並んで部屋を後にしながら、とりあえず、この件はレオンにだけは黙っておこう。私は、そう静かに心に決めた。
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