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一握りの塩むすび。

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「さぁ~て、みんな集まった~?」
アップフェルの馬小屋の前に集合したのは、俺とシェルたん、カレイル、ヴィーノと係の男衆に警備を担当してくれた駐屯騎士たちだ。

「朝のイベントって、どんなのだろっ!わくわくっ!」
あはは。ヴィーノは初めてだもんなぁ。

「この馬小屋は、領主を閉じ込めて逃げられないようにするための特別製なんだ」
馬小屋にしては黒く頑丈な造り。

「この中で魔法を使われても耐えられるようにできている」
貴族だから、もしかしたら魔力を持つかもしれない。レザンはからっきしだが、アップフェルは王族だから、実は少しは魔力を持っている。

「気密性も抜群だし」
なお、空気管の役割を果たす魔方陣は一応ある。じゃなきゃ中で酸欠になる。

因みにーー

「少し魔方陣が甘かったから、私がもっと頑丈にしておいた」
うちのシェルたんがバージョンアップしてくれました~っ!みんな、パチパチパチ~っ!

「それで、どうするの?アップフェルを起こすの?」
いい質問だ。ヴィーノくん。

「ただ起こすんじゃないさ。磔祭り用のスペシャルな起こし方」
にっこぉっ。

アップフェルを起こさないように、男衆がそぉっと鍵を外していく。
静かに馬小屋の扉を開けば……

うん、うん。アップフェルったら疲れきってぐっすりである。

【よし、イケ】
そう指で合図をすれば、男衆たちが馬小屋の中に例のものを投げ入れる。

「はい、閉めてっ!」
そう俺が叫べば扉が閉じられ、ささっと鍵がかけられる。

……。

……。

(バババババチバチバチビチビチビチバババババ……!!)

頑丈な扉の外からでも分かるほど、刺激的な音が響き渡り……

『あ゛ぁ゛――――――――――――――っ!!?』
中からアップフェルの悲鳴が聞こえてきた。あぁ、無事に起きられたか。

「あれ、なぁに?」
ヴィーノが首を傾げる。

「魔法爆竹だよ。魔力で轟音と電撃を浴びせるんだ。魔法でバチバチするからごみもでないし、魔力を込めれば再利用もできる」
「わぁーっ!便利~っ!」
ヴィーノもきゃっきゃと喜んでいる。そして再び扉が開かれる。

「う……ぁ……な、にが」
アップフェルがカクカクとロボットみたいな動きでこちらを見上げる。目の下に、隈できてるな。しっかり寝たはずだろうに。

「やっちゃってください」
俺が声を掛ければ、男衆と騎士たちがアップフェルの腕を引っ張ってきて馬小屋から引きずり出してくれる。

そして再び、アップフェルは磔にされていく。

「ここはもっと、こうっ!だっ!」
しれっとシェルたんがお縛り講義をしており、男衆や騎士たちがノリノリで実践していた。まぁ、狩りとか任務にも使えて実践的な気もするが、完全にアップフェル縛るのに夢中になって盛り上がってる。

――――――そして、

「ほら、奥方さまも」
「はい!え~と、こう?えぃっ」
ヴィーノも男衆に混じってアップフェルを縛っていた。

そして早朝5時。再びアップフェルが磔台に上げられた。

「おなか……すいた……ベッドぉ……」
アップフェルの悲しい嘆きなど気にせず、お祭り広場には民衆たちが露店やらバーベキュー台を設置している。

今日は他の土地からも観光客を呼んでいるから、盛り上がるだろうな。

「……さむい」
「朝は焚いてくれるから大丈夫だって」

「何をぉっ!?」
アップフェルが驚愕する。

「え?前まではパン焼いてたんだけど、今年は米を持ち込んだから、飯ごう」

「何それぇっ!?」

「足元温かいぞー。ほらシェルたん、飯ごう吊るしにいこ~」
「うむ、そうだな。ユウェルたん」
俺はシェルたんと一緒に仲良く飯ごうを焚き、ご飯が焚ければ、ヴィーノやお母さんたちと野外ブースで肉巻きおにぎりを作った。

んんっ!アウトドアっていいよね。ご飯もより美味しく感じるぅ~っ!

「ほら、シェルたんあ~んっ!」
「はむっ、んん、美味しいな」
「でしょ?」
米を初めて食べるひとも多く珍しがられたが、みんな美味しく味わっている。ヴィーノも美味しそうに肉巻きおにぎりを頬張っている。

「うぐっ、おにく……ごはんん~っ」
アップフェルの悲しい嘶きは、聞かなかったことにした。

こうして、今日は観光客もたくさん訪れた、アップフェルに石を投げ、露店を楽しみ、夜は磔音頭で盛り上がり、バーベキュー!

そんな感じで2日、3日目を過ごした……4日目の朝。

ついに、馬小屋の扉が開かれた。強烈な朝陽の輝きに、アップフェルは無人島生活から帰還したかのような何とも言えない表情を浮かべている。ずっと大勢の民に囲まれ石を投げられて構ってもらったと言うのに、不思議だなぁ。

そして男衆に腕を抱えられ、アップフェルは遂に馬小屋を出た。いや、3日間外で磔にされてたけどな。

「アップフェル」
そして外の日の出のもとに崩れ落ちたアップフェルの前に、ヴィーノがしゃがみこみ、お皿に乗ったひとつの塩むすびを差し出す。

「お疲れさま」

「う、ぁ、ヴィーノおぉぉっ」
アップフェルは大粒の涙を流しながら、その塩握りを頬張る。3日間食事なし水のみだったアップフェルは、塩むすびをあっという間に腹に納めてしまったが、何故かとても満腹げであった。

「今まで食べた中で、いちばん、おいっしぃっ」
「嬉しい!ぼくが頑張って握ったんだよ?」
そう、その塩むすびはヴィーノの手作りであった。きれいに三角形にするのは大変だったが、たっぷりと愛情を込めたたったひとつの握り飯。

それは高級料理びかり食べてきたアップフェルの人生で一番美味しいものであったと言う。
やっぱり、嫁さんの手作りは世界一だよね。

「わたし、はっ、領主がんばるっ、うぅっ」
「えぇ、共に頑張りましょう」
磔祭りによって志を新たにしたアップフェルを、カレイルも満足げに励ました。

こうして引き続き領地で代官をこなすカレイルや領民たちに見送られ、俺たちは王都に戻ることとなった。

そして一握りのおにぎりの大切さを知ったアップフェルは、今回のお祭りの風景が王都で生中継されていたことを知り、絶叫したと言うのはーー後日ヴィーノから聞いた。





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