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03.
しおりを挟む微かに冷えた炬燵の感触で、
沙耶子はそっと目を開けた。
───いや、本当はもう少し前から起きていた。
頭に触れる感触で、意識が浮上した。
指先が髪を撫でていく。
優しく、確かめるように。
目を開けたら、たぶん彰と目が合ってしまう。
だから、動けなかった。
普段あまり顔を合わせることもない叔父に、
そんな風に触れられることなんてなかった。
鼓動が跳ねるのを、どうにか抑える。
息をするのさえ、躊躇われた。
───どうして。
ただの家族として、子供の頃の延長として、
無意識にそうしたのかもしれない。
だけど、沙耶子の中には、
何か別のものが渦巻いていた。
「……彰?」
名前を呼んでも、返事はない。
リビングを見回すと、縁側のガラス戸が少しだけ
開いている。
冷たい夜風が、ほんのわずかに入り込んでいた。
───煙草か。
沙耶子は炬燵を抜け出し、そっと縁側へ足を向けた。
ガラス戸を開けると、夜の冷気が頬を撫でる。
その先に、彰の姿があった。
縁側に腰を下ろし、タバコを咥えた横顔。
薄明かりに照らされたその姿は、
どこか儚く、そしてひどく綺麗だった。
肌は夜の空気のせいで余計に白く見える。
髪は無造作に肩のあたりで揺れ、
細い煙が夜闇へと溶けていく。
もうすぐ50歳だというのに、そうは見えない。
年の離れた兄と間違われたことすらある。
昔からそうだった。歳を重ねるほどに大人びて、
でも若々しさを失わない、沙耶子の憧れだった人。
「……起きたんか」
彰が、低い声で言った。
沙耶子が黙ったままでいると、
ちらりと視線を向けてくる。
──やめて。そんな風に見ないで。
何を考えていたのか、
バレたみたいで心臓がうるさい。
「……うん」
そう答えながら、沙耶子は自分の髪にそっと触れた。
たった今まで、そこには彰の手があった。
普段はあまり話もしない、
距離のあるはずの叔父の手が。
ドキッとした。
───どうして、こんな風に思うんだろう。
「……寒いやろ、中入れ」
そう言った彰は、ゆっくりと煙草を指先で弾いた。
燃え尽きた灰が、夜の空気に溶けるように
落ちていく。
沙耶子は、しばらく縁側に立ったまま彼を見ていた。
「……吸わんのか」
彰が、ふと沙耶子の手元を見る。
「いらん、もう寝る」
沙耶子はそう言って踵を返した。
本当は、少し吸いたかった。
彰と同じ煙を纏って、同じ空気を共有するみたいに。
でも、今はそんな気分じゃなかった。
ほんの数分前まで、自分の髪に触れていた
彰の手の感触が、まだ残っている。
───このまま一緒にいたら、
何かが変わってしまう気がした。
だから、逃げるようにして部屋へ戻る。
「おやすみ」
階段を上がる前、振り返らずにそう言った。
「……ああ」
彰の声が、背中越しに届く。
それを最後に、沙耶子は二階へ上がった。
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