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しおりを挟む駅から少し離れた場所にある
落ち着いたカフェに入ると、彰は奥の席を選んだ。
窓際、半個室のようになったソファ席。
周りの視線が届かない。
沙耶子は対面に座り、
彰がメニューを開くのを眺めた。
「……何にする?」
「……なんでもいい」
適当に言いながらも、沙耶子の視線は
ずっと彰に向いていた。
本当に、何から話せばいいのか───
それを考えていると、ふいに彰が顔を上げた。
「……沙耶子」
名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。
「……うん」
「お前は、何が聞きたかったんや」
沙耶子は、ギュッと手を握る。
ここで、言葉を飲み込んではいけない。
「前に母さんが言ってたこと、覚えてる?」
彰は微かに眉を寄せた。
「……ああ」
沙耶子は息を呑んだ。
「……あれって、どういう意味?」
彰は、少し視線を落とした。
「……そうやな」
目を閉じ、何かを振り返るように息をつく。
「俺は……誰かと…他人と一緒に生きることが、
ずっとわからんかったんやと思う」
「わからん?」
「うん」
彰の目が沙耶子を捉えた。
「結婚はした、けどたぶん俺は、その前からずっと
誰かと深く関わることを避けてたんや」
「……避けてた?」
「人と距離を詰めることが怖かったんやろうな、
自分でも、はっきりとはわからんけど」
沙耶子は、じっと彰を見つめた。
「……それは、なんで?」
「……たぶん、俺の親父のせいや」
その言葉に、沙耶子は息をのんだ。
「おじいちゃん?」
彰の父、つまり沙耶子の祖父。
厳格で、無口で、家族に対して
愛情を表現することのない男だった。
「俺、あの人に、褒められたことも、
優しくされたこともなかった」
彰は、どこか遠くを見るような目をした。
「勉強しても、仕事しても、何の反応もない
ただ『それが当たり前』の一言で終わる、
俺が何を考えていても、何を感じていても、
興味を持たれることはなかった」
沙耶子は、胸が締め付けられるような思いがした。
「……そっか」
「それが普通やと思ってた、
でも、誰かと一緒に生きるって、
それとは違うことなんやろな」
彰の言葉は静かだった。
「結婚してみてわかったんや、
俺は、誰かを必要とすることも、
必要とされることも、怖がってたんやって」
「……じゃあ、どうして結婚したの?」
沙耶子の問いに、彰は小さく笑った。
「相手のことは、好きやった
でも、それだけじゃ続かんかった」
彰の声が、少しだけ掠れる。
「俺は何かを求められると逃げたくなる、
誰かと一緒にいると、
自分が空っぽに思えてくるんや」
沙耶子は、何も言えなかった。
彰がこんな風に自分のことを語るのは、
初めてだった。
「お前と過ごしてると、不思議とそれを忘れられる」
ふいに、彰が呟いた。
沙耶子の心臓が、大きく跳ねる。
「……俺にとって、お前は特別や」
それは、どういう意味なのか。
沙耶子は、問い返せなかった。
ただ、彰の視線が
真っ直ぐ自分に向けられていることだけは、
はっきりとわかっていた。
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