【完結】二人はさよならを知らない

シラハセ カヤ

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沙耶子は、彰の言葉を反芻していた。

───俺にとって、お前は特別や。

その響きは、まるで
自分を揺さぶる呪文のようだった。

けれど、それがどういう「特別」なのか、
彼の口からは続きがない。
沙耶子は、胸の奥から込み上げるものを
抑えられなかった。

「……特別って、どういう意味?」

意を決して問いかけると、彰は少し目を伏せた。

「……俺は、お前の父親代わりみたいなもんやった」
静かに、そう言った。

「お前が生まれてからずっと、俺はお前を見てきた、
 最初は小さな子どもやったのに、
 気づけばどんどん成長して、反抗期もあって……」

沙耶子は、彰の横顔を見つめた。
彰はコーヒーカップを手で弄んで窓の外を見ていた。

「俺はな、たぶんずっと
 お前に対して父親みたいな気持ちでおったんや」

沙耶子は、何かを言おうとしたが、
言葉が出てこなかった。

「けど……途中から、
 兄貴みたいな気持ちにもなったんやと思う」

彰はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「思春期になったお前を見てると、
 時々どう接したらいいかわからんくなった、
 でも、俺はお前の身近な男として、
 ちゃんとせなあかんと思ってた」

彰の言葉の端々から、戸惑いが滲んでいた。

「……なのに」

彼は息をつく。

「今のお前を見てると、
 俺の中で整理がつかんくなるんや」

「ん?」

沙耶子が問い返すと、彰は苦笑した。

「俺は、何を考えてるんやろうなって、思うんや」
彰の瞳には、揺らぎがあった。

「お前を見てると、ずっと可愛い妹みたいな
 気持ちでおったはずやのに、それだけでは
 片付けられへんような……それが、俺には怖い」

沙耶子は、喉の奥が詰まるような感覚に襲われた。

「怖いって……なんで?」

「俺はずっと、お前にとって
 正しい存在でありたかったってことや」

彰の声は、低く、けれどどこか不安げだった。

「父親代わりでもあり、歳の離れた兄貴でもあり……
 俺は、そういう立場でおることに安心してたんや」

彰は、また窓の外に視線を向ける。

「なのに、今はそれが揺らいでる、
 お前を女として見てる自分がいることが、
 俺には耐えられん」

その言葉に、沙耶子は息をのんだ。

「……じゃあ、あの夜のことも、後悔してる?」

問いかけると、彰はぎゅっと拳を握った。
「……後悔してへんと言ったら、嘘になる」

沙耶子の胸が、ぎゅっと締め付けられた。

「でもな」
彰は、ゆっくりと息をついた。

「お前が離れていくと思うと、それも怖いんや」

その言葉は、沙耶子の心を激しく揺さぶった。
「……私は」

沙耶子は、言葉を選びながら話そうとした。
「私は、彰のそういうところが嫌いじゃない」

「……」

「父親みたいでも、兄みたいでも、
 どんな関係でもいい、でも、私は……
 彰と離れるのが嫌や」

正直な気持ちだった。

「私ずっと彰が好きやった、
 最初は子どもみたいな憧れやったかもしれん、
 でも、今は違う」

沙耶子は、まっすぐ彰を見た。

「私の気持ち、そんな簡単に片付けんといて」

彰の瞳が揺れた。
「……沙耶子」

二人の間に沈黙が落ちる。

沙耶子は、息をのんで彰の言葉を待った。

彼がどう答えるのか───
次の言葉が、すべてを決める気がした。



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