【完結】二人はさよならを知らない

シラハセ カヤ

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23.

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目の前の彰は、微かに目を伏せ、
苦しげに唇を引き結ぶ。

「……沙耶子」

静かに名を呼ばれる。
その声音には、優しさと躊躇が入り混じっていた。

「彰が、好き」

彼の名を呼びながらそう繰り返すと、
胸の奥がちりちりと痛んだ。

これを言ってしまえば、もう後戻りはできない。
それでも、言わずにはいられなかった。

沙耶子は彰の手を両手で包むように握りしめる。

彰は、それを拒むことなくじっと受け止めたまま、
動かない。

「ずっと好きやった、子供のころからずっと」

「……沙耶子」

「最初はただの憧れやと思ってた、でも違った、
 大人になっても、この気持ちは消えへんかった」

沙耶子の声は震えていた。
けれど、気持ちは本物だった。

「……俺は」

彰がゆっくりと口を開く。

「俺は……お前のことを、
 そういう風に見たらあかん立場やろ」

「そんなの、関係ない」
「関係ある」

彰の声が低くなる。

「沙耶子、お前は俺の姪や、
 それが……それが、
 こんなことになってええはずがない」

「……そんなの、もうわかってる、でも……」

「それに、お前には……」
彰は言葉を詰まらせる。

「お前には、結婚を考えてる相手がいるやろ」

沙耶子の心臓が大きく跳ねた。

「それでも……」
沙耶子は唇を噛む。

「それでも、私……」

「沙耶子」
まるで、それ以上言うなと制するような声。

「お前の気持ちは……ほんまの恋とは違う」
彰の声は静かだった。

「お前の父親のことこんなん言いたないけど……
 父親から愛情を受けられなかったから、
 俺に愛着が湧いて、それを初恋やと
 思い込んでるだけや」

「違う!」
沙耶子は反射的に

「そんなん……そんなんちゃう!」

「違わへん」
彰の声は落ち着いていた。

「沙耶子、お前は今、俺に執着してるだけや」
「執着なんかやない!」

「ほんなら、なんで結婚しようとしてる?」

「……それは……」

「俺を好きなら、
 なんで別の男と結婚しようとしてるん?」

彰の言葉は鋭かった。
沙耶子は息が詰まり、言葉を失う。

「お前は、俺と一緒になるために、
 何かを捨てられるか?」

「……」

「家族への愛情と、男女のそれはちゃうよ
 俺は家族やから、沙耶子の大事なもん
 捨てさせたりせえへん、それでも成り立つのが
 家族ってもんや」

「……そっか」
沙耶子は俯いたまま、かすれた声で呟いた。

「……わかった」

その言葉を絞り出すまでに、
どれほどの時間がかかっただろう。

彰は沙耶子の手をそっと離す。

そして、寂しげに微笑んだ。

「俺はお前が幸せになってくれんのが
 一番やと思ってるから」
その言葉が、あまりにも優しすぎて、痛かった。

沙耶子は、
自分が泣いていることにすら気づかなかった。
涙が頬を伝い、指先に落ちる。

彰はそれを拭うことなく、ただじっと見つめていた。

どれほどの時間が流れただろうか。
ようやく、沙耶子は立ち上がる。

「……帰るわ」

「そうせえ」

彰はそれ以上何も言わなかった。

沙耶子は、最後にもう一度彼の顔を見たかったが、
それをしてしまえば、振り返れなくなる気がして、
ただ前だけを見つめたまま、歩き出した。

足音が遠ざかる。

二人の間には、もう何の言葉もなかった。
そして、沙耶子はそのまま、
彰の前から去っていった。

「……はぁー…ごめんな」

沙耶子の残した飲み物から目を逸らして
彰は前髪をくしゃっと掻いた。





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