廻って異世界

フォウ

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千客万来?

第32話 猪

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「つくづく嫌になるですの……」
「ふざけるな!!」

 巨大な猪の鼻面を抑え、突進を止める少女。
 気だるげな少女を突き倒そうとする猪だったが、四肢が地面を抉るばかりで前には進まない。
 最大の攻撃を気のない様子で止められ、激昂する猪が、更にプレッシャーを増すが、びくともしない。

「少なくともこの猪と私は同格だったはずですの。
 狼に戻ることもなく、圧倒出来るなんて頭がおかしいですの……」

 そのまま持ち上げて、ひっくり返す。
 しかも、

「縛鎖招顕《ばくさしょうけん》! ……ですの」

 雛菊達が霊術と呼んでいる不思議な力で、巨大な猪を空中に磔にする始末だ。

「不可解過ぎる力ですの。
 魔法なのに、魔法ではないですの?」

 紅葉が知る魔法とは、もっと大雑把で効率の悪いものであった。
 それがこの姿を与えられ、名で縛られてからは、効率的で凶悪な力へ昇華されている。

「……まあ元々の能力が弱くなった感は、あるですわね。
 その辺は理不尽とは言いきれないのですわ」

 前よりも咆哮を初めとした能力が下がり、特化型へ変質しているイメージはあるのだ。

「さて、これでやっとまともに話せるですわ。
 お久し振りですわね、猪」

 縛鎖を駆け登って、猪の左側の視界へ移動すると、軽く手を上げて挨拶をする。
 しかし、

「先ほどから顔見知りのような態度だな!
 貴様のような奇妙な生き物に知り合いはおらん!」

 猪の方は、見覚えがないと怒りに満ちた声で応える。

 ……それもそうですわね。

 元同僚の拒絶の言葉だが、今の自分。
 つまりは、赤茶色の長髪に獣の耳が生えた幼い少女の姿を思い返して、内心同意する。

「この姿で会うのは初めてですものね?
 私は、元狼ですの。
 あなたと蛇に並ぶこの階層の守護者でしたの」
「狼?
 7層との境界付近に陣取る黒狼だとでも言うのか!
 いや、しかし……」

 どう考えても、自分の知る同胞と目の前の少女が重ならない。
 外見以上に、その内面。
 いつも気ままな顔で、孤高を気取っていた狼が、今は草臥れた顔で黄昏れた雰囲気を醸し出している。

「化物に負けて、変質させられたですのよ。
 ……まあ、所詮この世は弱肉強食の世界ですの。
 強者の意向が全てですの……」
「……」

 少女の顔をした元同胞の言う化物。
 それは、猪自身も予想が付いている。
 階層主クラスの自分達ですら、魅了されそうな強烈な血の匂いを漂わせながら、駆け抜けた一陣の風。
 その風の纏う魔素の量は、自分が水底に沈んでいると錯覚するほどの濃密さだった。
 そして、気が付く。

「……次は我の番と言うことか。
 こうして縛られてしまえば、観念するしかないのだろうな……」
「…………。
 ……そうですの」

 諦めモードに突入した猪に、紅葉は使い魔筆頭の病みを伝えるようなことは止めた。
 あの狐ほどの実力がない紅葉としては、大暴れされても困るのだ。
 ……お仲間が出来ると言う暗い安堵ではない。

「……口を開けなさいですの」
「……」

 紅葉の指示に従う猪。
 その巨大な口腔へ、猪と書かれた瓶の蓋を開き、赤い液体を流し込む。

「……ぬほぉぉおぉぉ!!
 おうおうおうぅぅ!!」

 その液体を飲んだ途端、歓喜の咆哮を上げる猪。
 その様子には覚えがあった。
 今の姿を嫌がった紅葉ですら、抗えなかった幸福感の奔流だった。
 ならば、自分の行く末を知らぬ猪がどうなるかは分かりきっていたのだ。
 ……もっとも、次に襲い来るのは頭を割るような頭痛ですの。

「ギュギャギャギャ!
 ギョゲェェ!」

 案の上、大量に流し込まれる情報に、悲鳴を上げる猪。
 口の縁からは、泡立った唾液が溢れ出し、白目は血走る。
 その太い四肢は痙攣してビクビクと震える。
 膨大な情報処理を優先する脳みそが、その他の制御処理を放棄したのだ。

「ここが1番きついのですわよね。
 この後も辛いですけど、これよりマシだったですの……」

 経験者は語り、同じ目に遭った先達として、後輩のこれからを憂う。

「はあはあ……。
 紅葉ちゃん。
 これは辛いのよ?
 これで終わりなの?」

 そんな紅葉の視線の先では、猪が今までとは打って変わって、弱々しい口調で訊ねてくる。
 声帯が変わっていないので、野太い声。
 しかし、脳が作り換わっているので、口調は妙に女らしくなってしまっている。
 
 ……雛菊も、こんな気分だったんですの?。

 と、今更に当時の自分の状態に思い馳せる。
 激痛が治まったら、これで終わりかと訊ねたくなるのは、当然だろうから、文句も言えないと思うが……。

「……次は違う痛みを受けますの。
 ただ、先に比べれば大分マシですの」
「……へ?
 がぁぁあぁ!
 痛い痛い痛いぃぃ!」

 嘘を付いてもしょうがないので、素直に言っている最中に始まったらしい。

 雛菊が言うには、全身の骨と筋肉、内臓や神経のような器官を全て作り替える痛みだそうですの。

 ついでに、余剰質量を魔素化して、固有ストレージに保存するらしい。
 一時的な痛みの小休止は、そのストレージを造るための待ち時間に過ぎないと言うことだった。
 野太い悲鳴が徐々に感高いものへ変化していく。

 初めて見る側に回ったですの。
 けれど、経験者としては痛みを思い出す気がしますの……。

「ヒック、ヒック。
 酷いよ。紅葉ちゃん。
 何で僕がこんな目に遭わないと行けないのさ?」

 身体の縮小により大地へ落ちた猪。
 そして、砂埃の先にいたのは1人の少女だった。
 しかし泣き崩れる少女に対して、

「……何でそんな姿なのですの?」

 紅葉の言葉は異様に冷たい。
 艶やかな銀髪に、中性的に整った顔立ち。
 そこまでは良いですの。
 ……いえ、顔立ちにも文句は付けたいですの。
 けれど、何よりも!

「何でそんなにも発育が良いですの!?」

 薄いローブ状の羽織の上からでも分かるほど、凹凸がはっきりしている。
 外見年齢的にも、晴彦や雛菊と同年代っぽい。

「何でって言われても……。
 ……僕のモデルになったのは、莧《ひゆ》と言うキャラらしい。
 男装の麗人ながら、プロポーションの良いアンバランスなキャラなのかな?」

 ハハハと爽やかに笑う莧だが、紅葉には嘲笑のように聞こえる。
 いや、嘲笑なのだろう。
 ただし、使い魔筆頭女狐の。

「アイツ、自分がお兄とくっついたから、今度は私を牽制しに来たですの……」

 襲撃役をさせられる莧達は、晴彦と打ち解けるのに時間が掛かるだろう。
 けれど、プロポーションの良い女性の姿を見れば、幼女体型の紅葉達へ性的な興味を持つことに抵抗を覚えるはず。
 結果、雛菊の1人勝ちの構図が出来上がる。

 ……やってくれますの!!

 ここに復讐心に燃えた1人の少女が誕生したのだった。
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