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小さな変化の始まり
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翌朝、目覚めたとき、風の匂いが変わっていることに気づいた。
少し湿った土の香り。夜の雨が地面を洗い、草木に残った露が静かに光っていた。
空は曇っていたけれど、その淡い色さえも、今日はやけに綺麗に見えた。
大学の中庭を歩いていると、昨日のベンチの前で足が止まった。
鳥の姿はなかった。けれど、そこに立つ自分の心が、ほんの少しだけ違っているように思えた。
講義が終わって図書館へ向かう途中、桜彩は、再び彼と出会った。
黒いイヤフォンを片耳にはめたまま、ベンチに腰かけ、文庫本を開いていた。
「こんにちは」
そう声をかけた自分に、少し驚く。
昨日なら、きっと立ち去っていた。
でも今日は、立ち止まることを選んだ。
彼は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「昨日の、鳥の人」
「……覚え方」
自然と微笑みがこぼれる。
けれどそれは、昨日までの”つくった笑顔”とは少し違っていた。
「でも、あの子、飛べるようになったみたいですね」
彼の声は、変わらず柔らかい。けれど、その奥にある温度は、あくまで一定だった。
やさしいけれど、深くは踏み込まない。
まるで、境界を知っている人だった。
「……鳥は、自由でいいですね」
つぶやくように言った言葉に、彼は少しだけ目を細めた。
「でも、自由って、寂しいですよ」
「どうしてですか?」
「誰かと同じ場所にとどまるには、自由じゃいられないこともあるから」
答えになっているのか、なっていないのか。
けれどその言葉は、何かをわかっている人の言葉だった。
桜彩は、胸の奥で静かに波が立つのを感じていた。
それは決して大きな変化ではない。
けれど、確かに何かが、動き始めている。
彼の名前も、学年も、何も知らない。
けれど、名前より先に、心がその存在を覚え始めていた。
少し湿った土の香り。夜の雨が地面を洗い、草木に残った露が静かに光っていた。
空は曇っていたけれど、その淡い色さえも、今日はやけに綺麗に見えた。
大学の中庭を歩いていると、昨日のベンチの前で足が止まった。
鳥の姿はなかった。けれど、そこに立つ自分の心が、ほんの少しだけ違っているように思えた。
講義が終わって図書館へ向かう途中、桜彩は、再び彼と出会った。
黒いイヤフォンを片耳にはめたまま、ベンチに腰かけ、文庫本を開いていた。
「こんにちは」
そう声をかけた自分に、少し驚く。
昨日なら、きっと立ち去っていた。
でも今日は、立ち止まることを選んだ。
彼は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「昨日の、鳥の人」
「……覚え方」
自然と微笑みがこぼれる。
けれどそれは、昨日までの”つくった笑顔”とは少し違っていた。
「でも、あの子、飛べるようになったみたいですね」
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