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第01話:最強の敗北勇者
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高校生だった俺たちが、この異世界に召喚されてから、もう三年が経った――。
承諾もないまま、クラスごとこの世界に放り込まれたのだ。
「元の世界に帰れる」と約束されたはずだった。だが、俺たちに押し付けられたのは――この世界を救えという、身勝手な願いだった。勇者として悪神と戦うこと。それが、俺たちに課せられた使命だった。
俺の知っているこの手の話は、たいてい最後の敵を倒して終わる。あるいは相打ちで、別の物語が始まる。ハーレムができたり、俺つえー展開だったり、羨ましい結末もあるだろう。
しかし、俺たちは――呼ばれた時点で、すでに詰んでいた。
人類側に神はいない。悪神側には、無尽蔵とも思える戦力があった。魔物、魔人、デミヒューマン……。
俺たち勇者には、人知を超えた力があった。雷を落とし、津波を起こし、大地を割り、隕石を叩きつけることさえできた。だが――それでも、戦局は変わらなかった。
点が面に抗うような戦いは、そう都合よくいくものではない。
俺たちの召喚の後も、この世界の召喚士たちは命を賭して幾度となく召喚を行った。しかし、戦局は一向に変わらなかった。敵は組織的で、数も多く、勇者は次々に討たれていった。
何より――「話せばわかる」と言っていた奴は真っ先に消え、「戦えない」と尻込みした奴がその次に倒れ、取り乱して気が狂った奴はその次に死んだ。
三年間、戦い続けた今。共に召喚された仲間は、ほとんど生き残っていない。皆、非業の最期を迎えたのだ。
地球のように戦略兵器でもあれば、まだ何とかなっただろうか?
条件が揃い600万の人口と、職業の分化が進み、特許などの権利が発達すれば。産業革命が起こり、戦略兵器も生まれたかもしれない。だが、この世界の文明は中世にとどまっており、産業革命から100年から150年はかかる第一次世界大戦兵器、更に20年は待たないと戦略兵器は生まれない。そんな時間を、敵が待つはずもない。
そもそも――俺たちが呼ばれた時点で、人類の総人口は六百万を割り込んでいた。
すでに、文明の再構築は不可能なラインに踏み込んでいたのだ。
追い詰められた人類は、俺たちが召喚された城に立て籠もることを選んだ。
ここが人類最後の砦となった。いや、最後に残された城塞都市と言うべきか。
四方を包囲され、逃げ場はどこにもない。援軍など望めるはずもなく、ここにいる者こそが“最後の人類”だ。
その数――わずか六千弱。
静まり返った城の中で、かすかな焚き火の煙と、人々の押し殺した嗚咽だけが、滅びの足音を知らせていた。
「一緒にこの世界に呼ばれたクラスメイトも……もう四人か」
夜明け前の薄闇の中、外壁上に集まった最後の仲間たちを、俺はひとりずつ見渡した。夜気は冷たいのに、皆の表情は乾ききっていた。
「結局……死ぬために召喚されたんだな、俺たち」
「家に帰りたかったのに」
「みんな……いなくなっちゃった」
「なんなんだよ、これ。物語ならもっと活躍して、いい思いできるもんじゃないのかよ」
誰の声ともつかない弱々しい呟きが、瓦礫の匂いが混じる風に流された。
「そうだな」
俺はそれだけ返した。言葉はもう、とっくに重荷でしかなかった。
俺たちに“明日”は来ない。全員、理解していた。
涙はとうに枯れ、残っているのは諦めと、かすかな温もりだけ。
「最後は……一緒にいたい」
楓華がそっと俺の肩に頭を預けてきた。小さな震えが伝わる。
「……あぁ」
俺は楓華の頭を、ゆっくりと撫でてやる。一揮と瑠璃も、それぞれ寄り添うように肩を寄せ合っていた。
やがて、夜が溶けていく。
地平線から昇る光が大地を照らし、闇の中で蠢いていた“無数の目”が、一斉にその姿を露わにした。
枯れ木のような腕、膨張した肉塊、獣じみた咆哮――混じり合った異形の軍勢が、地を覆いつくしている。
大地を震わせる膨大な足音が、城壁まで響いてきた。
敵の進軍が、本格的に始まったのだ。
「楓華、俺の後ろに」
「……うん」
俺は背後に回った楓華へ振り返る。
「俺は瑠璃と王城へ向かう。急がないと間に合わない」一揮が瑠璃と頷きあう。
「わかった。一発かましたら、すぐに向かう」
「あぁ。王城で会おう」
「楓華、また後で……」
「うん。瑠璃も……気を付けて」
俺と楓華。一揮と瑠璃。
四人は二手に分かれる、別れ際、これが最後かも知れないとわかっていても、もう泣く力は残っていなかった。
一揮たちの姿が見えなくなると、俺と楓華は無言で詠唱に入った。
空気が震え、魔力が収束していく。
俺は《メテオ》。
楓華は《サンダー》。
迫りくる黒い大軍へ向けて、躊躇なく放つ。
轟音と共に大地が裂け、舞い上がる土砂が太陽を覆い隠した。
蒸気と焦げた臭いが混じり合い、黒雲の中に電光が奔る。
巨大なクレーターで蠢く敵影は、まるで地獄の窯から這い上がってきた亡者そのものだった。
一撃で一万近くが消し飛ぶ。
城壁や尖塔の一部が吹き飛ぼうとも、もはや誰も気にしなかった。
俺と楓華は、力と時間の許す限り戦略級魔法を連発する。
合間には剣も振るい、大地そのものを裂き、敵を叩き落とした。
だが――。
数万、数十万を屠っても、焼け石に水だ。
そういう戦力差なのだ。覆しようのない、絶望的な現実。
薄れかけた視界の向こうで、なおも押し寄せる黒い海を見つめながら、俺は悟る。
――これはきっと、世界の最期を見る戦いなのだと。
敵はトレビュシェット――平衡錘投石機――やバリスタを放ち、城壁や門を砕き始めていた。
怒号と悲鳴が城壁都市の中に木霊し、地面ごと震わせる。
俺と楓華は戦況を見て、一輝と瑠璃の向かった王城へ急ぐことを決めた。
街を駆け抜ける途中、雪崩れ込む敵の群れを斬り裂き、吹き飛ばし、叩き潰し、焼き払いながら進む。
崩れた家屋の奥から、助けを乞う声、嗚咽、悲鳴――。
楓華は耳を塞ぎながら、必死に俺のあとを追う。
勇者の名は伊達ではない。俺たちは時速80キロで走れ、5メートルほどなら容易く跳び越えられる。
その能力を最大限に使い、王城の前まで一気に辿り着いた。
まだ城壁越しに敵影は見えない――しかし、何かがおかしい。
「楓華!」
俺は反射的に呼び止める。
王城が……静かすぎる。
状況が状況だ、門を開けるよう求めれば危険が生じる。
俺と楓華は無言で城壁をよじ登り、中へ飛び降りた――その瞬間。
「うっ……」
楓華が口元を押さえる。
王城の中は、一面、血の海だった。
床も壁も、染みではなく“塗りつぶされている”と錯覚するほどの赤。
「一輝! 瑠璃!」
嫌な予感が背骨に冷たい汗を伝わせる。俺は楓華の手を取り、王座の間へ走った。
廊下にはもう、人の気配はない。
あるのは、壁に叩きつけられ息絶えた死体ばかり。
「……微かに声が聞こえる!」
楓華が感覚を研ぎ澄ませ、叫んだ。
王座の間から――
甲高い笑い声と、瑠璃のすすり泣きが漏れている。
物凄い圧をこの先に感じる。3年…ここで生き残ったのは伊達じゃない。勝ちを拾い続けた強さの証明だ。
だが、この先に居るであろう存在に届かないのがわかる。わかってしまう。
これは違う。次元が違う。
――この存在には勝てない。
その事実が、皮膚の下まで染み込んでしまうほどの圧。
「どうりで勝てなかったわけだ……」
乾いた笑いが漏れる。
それでも、足を止める選択肢はなかった。
こんなの相手に良く3年もこの世界を護り続けられたものだ。
自嘲の笑みを顔にはりつけ、俺は扉を蹴り開け、一気に王座の間へ飛び込んだ。
視界に飛び込んできたのは――
俺たちをこんな世界に呼びつけた王族と、魔術師に騎士共。ことごとく血を撒き散らしこと切れている姿。
召喚士で奇麗だが高慢だった王女も同様だ。
そしてその中央。
倒れ伏した一輝を抱きしめ、嗚咽する瑠璃。
その傍らに――漆黒の肌の女が立っていた。
体が勝手に動いた。
思考より先に、俺は漆黒の女へ向けて地を蹴る。
漆黒の女は金色の眼を俺へ向け、口を三日月のように歪めて笑った。
俺は全力で剣を突き出す――が。
なにか見えない壁、斥力のような力に阻まれ、前に進めない。
「ぐっ……!」という声が漏れる。
隙の大きい状況を嫌った俺は一旦バックステップすると、斬撃を振り下ろす。
空間そのものを裂く剣閃が走り、漆黒の女の身体がわずかに袈裟にずれた。
その瞬間――
『『『『……おもしろいな。我を害せるのか……』』』』
何層にも折り重なった、くぐもった声が脳に絡みつく。
「うっ……!」
頭痛で視界が揺れる。
『『『『……罪は重いぞ……』』』』
そう呟くと、漆黒の女の身体は黒い点へと収束し――俺を吸い込む。
「ぐああああああああっ!!」俺は抗えず、絶叫する。
楓華が手を伸ばし、叫んでいる。
「───っ!!───っ!!」
声は届いているはずなのに、もう聞き取れなかった。
世界が黒に沈む。
俺の意識は、そのまま闇へ沈み込んだ――。
「楓華…」
***
「…」
「魔女め…」
「…魔女め…」
憎悪の籠った声が聞こえる。火の爆ぜる音。足踏み。嬌声…
俺は髪と肉の焼けるような臭いで、意識を覚醒させられる。
目を開けると藁束が、腰の高さまで積まれ、後ろ手に木に縛り付けられ、燃やされていた。こんな事をするのは魔人か、魔物か。俺は敵に掴まったのか?
俺は勇者の力で自動治癒され火傷は負わないが、状況が掴めない…
声やざわめきが聞こえる…
周りにいる魔物に目を向ける。驚いた…
こいつら人だ、憎悪の目をした大勢の人だ…だが…なんだろう…こいつら、白人?この群衆はいったい…
異世界の人々とも顔立ちが異なる。良くは解らないがゲルマン系に見える。
(どういうことだ)
それと、どうやら俺は長い麻布の服を着せられているようだ。燃えて肌があらわになっている部分もある。
(あれ?俺の身体と違う…)
髪が長い、金髪?ウエーブのかかった奇麗な金髪も見える。
火勢が翳り、周りの群衆の言葉が解るようになってきた。勇者の能力は全ての言語を理解させる。
「なぜ、死なない」
「なんで、燃えないんだ」
「神の奇跡?」
「奇跡だと…」
「神が護っているというのか」
「神の恩寵を受けし者に俺たちはなんてことを…」
そんな声が上がり始めると、逃げるもの、祈るものが現れ始めた。
俺を縛っていたらしい荒縄?も火勢で燃え尽きそうだ、力を入れることなく俺は拘束を解くことが出来た。
周りを見回しながら俺はゆっくりと火を纏いながら歩みだす、火傷は自動で治癒され俺の素肌は奇麗なままだ、と言うか奇麗すぎる。視線が何時もより低い気がする。身体に違和感を感じる。
群衆に向かって俺が歩くと場所を空けるように下がっていく。
周りを見渡すと、小さな村のようだ。異世界の村落の景色と同じに見える。
太陽は中天より傾いている…
「ひ、ひぃ…」
足元で聖職者のような、長袖の足首まで届く長いコートを着た、身だしなみのよい男が、うずくまって悲鳴を上げている。
俺は一瞥すると、自身の身体能力でジャンプし近くの民家の屋根に上る。そのままこの地を離れることにした。状況が掴めないのもある、ただ…俺の身体が女性の物になっているのに気づき人目を避けたかったのだ。
承諾もないまま、クラスごとこの世界に放り込まれたのだ。
「元の世界に帰れる」と約束されたはずだった。だが、俺たちに押し付けられたのは――この世界を救えという、身勝手な願いだった。勇者として悪神と戦うこと。それが、俺たちに課せられた使命だった。
俺の知っているこの手の話は、たいてい最後の敵を倒して終わる。あるいは相打ちで、別の物語が始まる。ハーレムができたり、俺つえー展開だったり、羨ましい結末もあるだろう。
しかし、俺たちは――呼ばれた時点で、すでに詰んでいた。
人類側に神はいない。悪神側には、無尽蔵とも思える戦力があった。魔物、魔人、デミヒューマン……。
俺たち勇者には、人知を超えた力があった。雷を落とし、津波を起こし、大地を割り、隕石を叩きつけることさえできた。だが――それでも、戦局は変わらなかった。
点が面に抗うような戦いは、そう都合よくいくものではない。
俺たちの召喚の後も、この世界の召喚士たちは命を賭して幾度となく召喚を行った。しかし、戦局は一向に変わらなかった。敵は組織的で、数も多く、勇者は次々に討たれていった。
何より――「話せばわかる」と言っていた奴は真っ先に消え、「戦えない」と尻込みした奴がその次に倒れ、取り乱して気が狂った奴はその次に死んだ。
三年間、戦い続けた今。共に召喚された仲間は、ほとんど生き残っていない。皆、非業の最期を迎えたのだ。
地球のように戦略兵器でもあれば、まだ何とかなっただろうか?
条件が揃い600万の人口と、職業の分化が進み、特許などの権利が発達すれば。産業革命が起こり、戦略兵器も生まれたかもしれない。だが、この世界の文明は中世にとどまっており、産業革命から100年から150年はかかる第一次世界大戦兵器、更に20年は待たないと戦略兵器は生まれない。そんな時間を、敵が待つはずもない。
そもそも――俺たちが呼ばれた時点で、人類の総人口は六百万を割り込んでいた。
すでに、文明の再構築は不可能なラインに踏み込んでいたのだ。
追い詰められた人類は、俺たちが召喚された城に立て籠もることを選んだ。
ここが人類最後の砦となった。いや、最後に残された城塞都市と言うべきか。
四方を包囲され、逃げ場はどこにもない。援軍など望めるはずもなく、ここにいる者こそが“最後の人類”だ。
その数――わずか六千弱。
静まり返った城の中で、かすかな焚き火の煙と、人々の押し殺した嗚咽だけが、滅びの足音を知らせていた。
「一緒にこの世界に呼ばれたクラスメイトも……もう四人か」
夜明け前の薄闇の中、外壁上に集まった最後の仲間たちを、俺はひとりずつ見渡した。夜気は冷たいのに、皆の表情は乾ききっていた。
「結局……死ぬために召喚されたんだな、俺たち」
「家に帰りたかったのに」
「みんな……いなくなっちゃった」
「なんなんだよ、これ。物語ならもっと活躍して、いい思いできるもんじゃないのかよ」
誰の声ともつかない弱々しい呟きが、瓦礫の匂いが混じる風に流された。
「そうだな」
俺はそれだけ返した。言葉はもう、とっくに重荷でしかなかった。
俺たちに“明日”は来ない。全員、理解していた。
涙はとうに枯れ、残っているのは諦めと、かすかな温もりだけ。
「最後は……一緒にいたい」
楓華がそっと俺の肩に頭を預けてきた。小さな震えが伝わる。
「……あぁ」
俺は楓華の頭を、ゆっくりと撫でてやる。一揮と瑠璃も、それぞれ寄り添うように肩を寄せ合っていた。
やがて、夜が溶けていく。
地平線から昇る光が大地を照らし、闇の中で蠢いていた“無数の目”が、一斉にその姿を露わにした。
枯れ木のような腕、膨張した肉塊、獣じみた咆哮――混じり合った異形の軍勢が、地を覆いつくしている。
大地を震わせる膨大な足音が、城壁まで響いてきた。
敵の進軍が、本格的に始まったのだ。
「楓華、俺の後ろに」
「……うん」
俺は背後に回った楓華へ振り返る。
「俺は瑠璃と王城へ向かう。急がないと間に合わない」一揮が瑠璃と頷きあう。
「わかった。一発かましたら、すぐに向かう」
「あぁ。王城で会おう」
「楓華、また後で……」
「うん。瑠璃も……気を付けて」
俺と楓華。一揮と瑠璃。
四人は二手に分かれる、別れ際、これが最後かも知れないとわかっていても、もう泣く力は残っていなかった。
一揮たちの姿が見えなくなると、俺と楓華は無言で詠唱に入った。
空気が震え、魔力が収束していく。
俺は《メテオ》。
楓華は《サンダー》。
迫りくる黒い大軍へ向けて、躊躇なく放つ。
轟音と共に大地が裂け、舞い上がる土砂が太陽を覆い隠した。
蒸気と焦げた臭いが混じり合い、黒雲の中に電光が奔る。
巨大なクレーターで蠢く敵影は、まるで地獄の窯から這い上がってきた亡者そのものだった。
一撃で一万近くが消し飛ぶ。
城壁や尖塔の一部が吹き飛ぼうとも、もはや誰も気にしなかった。
俺と楓華は、力と時間の許す限り戦略級魔法を連発する。
合間には剣も振るい、大地そのものを裂き、敵を叩き落とした。
だが――。
数万、数十万を屠っても、焼け石に水だ。
そういう戦力差なのだ。覆しようのない、絶望的な現実。
薄れかけた視界の向こうで、なおも押し寄せる黒い海を見つめながら、俺は悟る。
――これはきっと、世界の最期を見る戦いなのだと。
敵はトレビュシェット――平衡錘投石機――やバリスタを放ち、城壁や門を砕き始めていた。
怒号と悲鳴が城壁都市の中に木霊し、地面ごと震わせる。
俺と楓華は戦況を見て、一輝と瑠璃の向かった王城へ急ぐことを決めた。
街を駆け抜ける途中、雪崩れ込む敵の群れを斬り裂き、吹き飛ばし、叩き潰し、焼き払いながら進む。
崩れた家屋の奥から、助けを乞う声、嗚咽、悲鳴――。
楓華は耳を塞ぎながら、必死に俺のあとを追う。
勇者の名は伊達ではない。俺たちは時速80キロで走れ、5メートルほどなら容易く跳び越えられる。
その能力を最大限に使い、王城の前まで一気に辿り着いた。
まだ城壁越しに敵影は見えない――しかし、何かがおかしい。
「楓華!」
俺は反射的に呼び止める。
王城が……静かすぎる。
状況が状況だ、門を開けるよう求めれば危険が生じる。
俺と楓華は無言で城壁をよじ登り、中へ飛び降りた――その瞬間。
「うっ……」
楓華が口元を押さえる。
王城の中は、一面、血の海だった。
床も壁も、染みではなく“塗りつぶされている”と錯覚するほどの赤。
「一輝! 瑠璃!」
嫌な予感が背骨に冷たい汗を伝わせる。俺は楓華の手を取り、王座の間へ走った。
廊下にはもう、人の気配はない。
あるのは、壁に叩きつけられ息絶えた死体ばかり。
「……微かに声が聞こえる!」
楓華が感覚を研ぎ澄ませ、叫んだ。
王座の間から――
甲高い笑い声と、瑠璃のすすり泣きが漏れている。
物凄い圧をこの先に感じる。3年…ここで生き残ったのは伊達じゃない。勝ちを拾い続けた強さの証明だ。
だが、この先に居るであろう存在に届かないのがわかる。わかってしまう。
これは違う。次元が違う。
――この存在には勝てない。
その事実が、皮膚の下まで染み込んでしまうほどの圧。
「どうりで勝てなかったわけだ……」
乾いた笑いが漏れる。
それでも、足を止める選択肢はなかった。
こんなの相手に良く3年もこの世界を護り続けられたものだ。
自嘲の笑みを顔にはりつけ、俺は扉を蹴り開け、一気に王座の間へ飛び込んだ。
視界に飛び込んできたのは――
俺たちをこんな世界に呼びつけた王族と、魔術師に騎士共。ことごとく血を撒き散らしこと切れている姿。
召喚士で奇麗だが高慢だった王女も同様だ。
そしてその中央。
倒れ伏した一輝を抱きしめ、嗚咽する瑠璃。
その傍らに――漆黒の肌の女が立っていた。
体が勝手に動いた。
思考より先に、俺は漆黒の女へ向けて地を蹴る。
漆黒の女は金色の眼を俺へ向け、口を三日月のように歪めて笑った。
俺は全力で剣を突き出す――が。
なにか見えない壁、斥力のような力に阻まれ、前に進めない。
「ぐっ……!」という声が漏れる。
隙の大きい状況を嫌った俺は一旦バックステップすると、斬撃を振り下ろす。
空間そのものを裂く剣閃が走り、漆黒の女の身体がわずかに袈裟にずれた。
その瞬間――
『『『『……おもしろいな。我を害せるのか……』』』』
何層にも折り重なった、くぐもった声が脳に絡みつく。
「うっ……!」
頭痛で視界が揺れる。
『『『『……罪は重いぞ……』』』』
そう呟くと、漆黒の女の身体は黒い点へと収束し――俺を吸い込む。
「ぐああああああああっ!!」俺は抗えず、絶叫する。
楓華が手を伸ばし、叫んでいる。
「───っ!!───っ!!」
声は届いているはずなのに、もう聞き取れなかった。
世界が黒に沈む。
俺の意識は、そのまま闇へ沈み込んだ――。
「楓華…」
***
「…」
「魔女め…」
「…魔女め…」
憎悪の籠った声が聞こえる。火の爆ぜる音。足踏み。嬌声…
俺は髪と肉の焼けるような臭いで、意識を覚醒させられる。
目を開けると藁束が、腰の高さまで積まれ、後ろ手に木に縛り付けられ、燃やされていた。こんな事をするのは魔人か、魔物か。俺は敵に掴まったのか?
俺は勇者の力で自動治癒され火傷は負わないが、状況が掴めない…
声やざわめきが聞こえる…
周りにいる魔物に目を向ける。驚いた…
こいつら人だ、憎悪の目をした大勢の人だ…だが…なんだろう…こいつら、白人?この群衆はいったい…
異世界の人々とも顔立ちが異なる。良くは解らないがゲルマン系に見える。
(どういうことだ)
それと、どうやら俺は長い麻布の服を着せられているようだ。燃えて肌があらわになっている部分もある。
(あれ?俺の身体と違う…)
髪が長い、金髪?ウエーブのかかった奇麗な金髪も見える。
火勢が翳り、周りの群衆の言葉が解るようになってきた。勇者の能力は全ての言語を理解させる。
「なぜ、死なない」
「なんで、燃えないんだ」
「神の奇跡?」
「奇跡だと…」
「神が護っているというのか」
「神の恩寵を受けし者に俺たちはなんてことを…」
そんな声が上がり始めると、逃げるもの、祈るものが現れ始めた。
俺を縛っていたらしい荒縄?も火勢で燃え尽きそうだ、力を入れることなく俺は拘束を解くことが出来た。
周りを見回しながら俺はゆっくりと火を纏いながら歩みだす、火傷は自動で治癒され俺の素肌は奇麗なままだ、と言うか奇麗すぎる。視線が何時もより低い気がする。身体に違和感を感じる。
群衆に向かって俺が歩くと場所を空けるように下がっていく。
周りを見渡すと、小さな村のようだ。異世界の村落の景色と同じに見える。
太陽は中天より傾いている…
「ひ、ひぃ…」
足元で聖職者のような、長袖の足首まで届く長いコートを着た、身だしなみのよい男が、うずくまって悲鳴を上げている。
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