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第4話:体育祭準備と男子の視線【9月25日】
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「ただいま……」
家に帰ると、迎えてくれたのは桜さんではなく。代わりに……
「おお!美桜!遅かったな!」
リビングから出てきたのは……中年のイケメン? 誰だこいつ。
「だ、誰!?」
思わず口に出してしまった。相手は目を丸くして驚いている。
「は? 美桜……お前どうしたんだ?」
「いや、あの、どちら様で……」
「……おいおいおいおい!冗談きついぞ!父ちゃんだよ!お前の父ちゃんの寿 純一だよ!」
(父親!?これが桜さんの夫で、美桜の父親!?)
よく見ると確かに顔つきに美桜の面影がある……いやいや、そんな冷静に分析してる場合じゃない!
「美桜お前本当にどうした? もしかして……まさか男か?」
「へ?」
「今日は遅かったし、なんかボーっとしてるし……彼氏でもできたか!?」
(はい。出来てました。未来の美桜には俺という彼氏がいました……って言えねぇ!)
「そ、そんなわけないじゃん純一さん……」
咄嗟に「純一さん」と呼んでしまった。これも美桜の記憶のせいだろうか?
純一さんは安堵したような顔になったが、すぐに心配そうに眉をひそめた。
「本当に大丈夫か? 今日の体育で倒れたって聞いたぞ?」
(な!なんで知ってるの!)
「大したことないって……ちょっと疲れただけだから」
「そうか……でも無理するなよ? 真帆ちゃんからLineeが来てビックリしたんだからな。ところで美桜」
「何?」倒れたの知っているのは真帆が教えたってことか、どういう仲なんだ?
「桐生君とは最近どうだ?」
「どぅわっ!?」
思わず変な声が出た。なんで父親が知ってるんだ!
「ど、どどどうって何が?」
「いや……お前が好きだって言ってたじゃん。彼氏になりそうか?」
(好きって言ったのかよ美桜ぉぉぉぉぉぉぉ!しかも父親公認で恋愛話とか聞いてないんだけど!)
「あ、あー……まぁ、そのうち……」
曖昧に誤魔化すのが精一杯だった。
純一さんは「そうか」と頷くと、「晩飯できてるから早く着替えて降りてこいよ」と言い残してリビングに向かおうとする。
(…しかし、美桜もこの頃から俺のことを好きだったのか…)
「…美桜?何ニヤけてるんだ?」
「あぅ」
二階に上がり、自室に入る。鍵を閉めた途端、全身から力が抜けて床に座り込んだ。
(マジで……どういう状況だよこれ……)
目覚めたら好きな女の子になってて。父親からは「好きな桐生くんとはどうなの?」って言われるほど恋愛相談してたらしくて。もう何が何だか分からない。
(でも……やっぱり今の俺は美桜なのか……)
クローゼットの鏡を見つめる。そこに映るのは紛れもなく美桜の顔だ。
「俺が……美桜……」
呟きながら鏡に近づく。
「こんなかわいい子が……俺なんて……」
思わず自分の身体を抱きしめた。
「ふにゃ~」と、とんでもない声がでて、膝から崩れ落ちる。
(…ヤバイ、これはヤバイ。理性が飛ぶ。完全に痴漢行為だ!しかも自分が被害者の自慰行為と紙一重だ!)
(落ち着け俺……まずい……非常にまずい状況だ……)
美桜の身体に俺がいるということは受け入れかけていた。だけど「自分自身が美少女になった」という事実を直視すると……理性が吹っ飛びそうだ。
「こんな綺麗な子に俺みたいなのが……」
(でも……この身体、どうにかしないと!)
まず情報収集だ。美桜として生きていくなら、知らないとマズいことだらけだ。
俺は美桜のスマホを探し当てた。ロック解除は……パスコードを知らない。
「ダメじゃん!」
諦めて部屋中を物色する。化粧台の引き出しを開けると、日記帳があった。表紙には「秘密?」と書かれている。
(美桜の日記!?これだ!)
ページをめくる。最初は女子高生らしい他愛ない日常が続く。学校のこと。友達のこと。家族のこと。ありがたいことにスマホのパスワード。
そして……。
『4月7日』
『今日から新学年、新たなクラス割、イベントも多い高校2年の日々が始まった。講堂への移動で後ろから押されて転びそうになったところを助けて貰った。なんだかカッコ良い男の子、桐生 昴くん。同じクラスになれた?』
『4月12日』
『今日も昴くんと話せなかった……カッコよすぎて目が合わせられない!』
『5月2日』
『昴くんが席替えで隣の席になった!嬉しすぎるけど緊張で何も喋れなかった……』
『6月10日』
『放課後、昴くんに話しかけられた!一緒に帰ろうって言われた!どうしよう!?』
(はいはいそうですかー。お熱いこってすねー)
読んでるこっちが恥ずかしくなるくらい甘酸っぱい恋愛模様が描かれている。
なるほどな……美桜は一目惚してくれてたのか。しかも結構長いこと片思いしてたっぽい。
「………っ」顔が火照るのを感じる…
日記を読み終えた俺は、なんとも言えない気持ちになった。美桜が俺(昴)を好きだったなんて……しかも父親にまで相談済みだったなんて……。嬉しいけど、めちゃ恥ずかしい。
美桜好きだ―テレテレ
(でも待てよ?)
今の俺が美桜なら、昨日までの美桜はどこに行ったんだ?
もう一人の昴はいったい?
なんで、過去に戻ってるんだ?
謎が多すぎて考えがまとまらない。
兎に角、謎が解けるまで美桜を演じ切るしかない。
という事は、この身体で学校生活を続けないといけない。
鏡を見つめて冷や汗が流れた。
…ずっと我慢しているトイレと…お風呂どうしよう…?
!
…あ
……ん
………くっ
俺は、意を決してトイレへ向かう……健康面で限界だ。いつ決壊してもおかしくない(涙)
…美桜に謝りつつ…
震える手でドアノブを回した…
---
次の日の朝。
昨日よりいくらか冷静になっている自分に気づく。
後ろめたい気持ちがあるが、清々しい朝だ。
昨夜、俺は、美桜は、誰にも渡さないとお風呂で神に誓った。
そして、昴の中身が昴なのかどうなのかそれを探ろうと、上せた頭で考えた。
俺が美桜ならば、昴が美桜である可能性があると思ったのだ。
「おはよう、美桜」
教室の手前で真帆の明るい声に振り向く。
「おはよう……真帆」
「昨日は、大丈夫だった?」
「だ、大丈夫だって。もう平気」
俺はぎこちなく笑いながら答えた。
「良かった?。昨日の美桜、超おかしかったもん。保健室で泣いてたし。」
「…ゴメンね。心配かけたよね…」
「でさぁ、今日から体育祭の準備始まるじゃん?」
教室に入ると、黒板には「体育祭種目一覧」と書かれた表が貼られていた。今日の1限は準備に割り当てられてるらしい。
「あ……そっか。もうすぐ体育祭……」
「美桜ちゃん!ちょっと来て!」
突然、クラスの女子数人が駆け寄ってきた。
「な、何?」
「体育祭の選抜リレーのメンバーなんだけどさぁ、美桜ちゃん走れるよね?」
「え……?」
「うちのクラス、速い女子少なくてさ。美桜ちゃん中学時代陸上やってたって聞いてるし!」
「ちょ、ちょっと待って!そんな記憶無いんだけど!?」
「えー!?でも体育の山田先生が言ってたよ!?中学の市大会で入賞してたって!」
(嘘だろおい!美桜が陸上得意だったなんて……)
日記には「陸上部で頑張ってる美桜」という記述はあった。だが具体的な能力までは書いていなかった。
(美桜が得意だったとしても……今の俺が走れるわけないだろ!昨日の姿見てるだろ、お前ら)
「だ……だから私……今は体調悪いし……」
「大丈夫大丈夫!解ってるって!」
「な、何が解ってるの!」
女子たちは有無を言わさず俺を囲み、グラウンドへと連れ出された。
登校早々1限始まってないのに…なんでお前らそんなに乗り気なんだ?
---
グラウンドには、すでにいくつかのチームが準備運動をしていた。男子のグループも混ざっており、その中に昴の姿もあった。
昴は俺に気づくと、なぜか顔を赤らめて目を逸らした。なんだよその態度は!
(って……そうか。昨日のお姫様抱っこ……)
俺も赤くなったのを感じる…
トラックに連れて来られると、女子たちに強制的にジャージを着こまされ。リレーのフォームチェックが始まった。スカートの下にジャージ穿いてる状態なんだが…
「じゃあ美桜ちゃん、軽く一周走ってみて!」
「は……?」
「大丈夫だって!」
背中を押される形で、俺はスタートラインに立たされた。
(マジで走るのか……?この格好で……?この身体で……?)
俺は深呼吸し、覚悟を決めた。短距離なら……なんとかなるかもしれない。
笛の音と同時に足を踏み出す。
昨日の轍を踏まないように、バランスを崩した理由を頭に思い浮かべる。
美桜の脚は確かに長くスタイルが良い。だが、女性であるため骨盤が広く、脚が内側に入り込む(Q角)ため、股関節や膝周りに慣れない負担や、揺れの感覚(特に胸部)が生じる。以前のストライドで走ろうとすると、膝や股関節に強い違和感や痛みを感じる。重心の位置も異なるから。思ってる感覚と、身体の平衡感覚(三半規管)が一致せず、気持ちが悪くなる。
それならばと小股で走り、体幹を意識してブレを抑え、腕の振りではなく、肩甲骨を意識して走るようにしてみることにした。
その瞬間、俺は風になった。
(……軽っ!?)
驚くほど足が軽い。まるで羽が生えたみたいだ。これが陸上部だった美桜の本来の身体能力……?
いや違う、昨日はもっとキツかった。
しかも昨日のような、ブレたりフラついたりしなくなって走れている……あれ? 俺って天才?
グラウンドを一周する。風を切る感覚が心地よい。思ったよりずっと速く走れている。
(やべぇ……なんか調子出てきた……)
走り終えて息を整えていると、周りから歓声が上がった。
「すっごーい!美桜ちゃんめっちゃ速いじゃん!」
「やっぱ期待通りだったわ!」
女子たちは大喜びだ。だが問題はこれからだった。
「じゃあ今度は男子と合同練習ね!」
「……は?」
俺が戸惑っている間に、男子チームのコーチ役を務める男子が声を上げる。
「女子チームが呼んでるぜ!昴ー!」
「えっ……」
昴がグラウンドの端からこちらに走ってくる。顔が少し赤い。やっぱり俺を見て動揺してる……。
女子たちは俺を無理やり男子リレー組の中に入れてしまった。
「ほら!男子と一緒に走ってみよーよ!」
(マジかよ……この格好で……?しかも昴と同じグループで走るなんて……)
俺は恥ずかしさで顔が燃え上がるのを感じた。
それでも練習が始まった。
男子と一緒に走ると、また別の問題が発生する。
男子の速度についていけるわけがない。
しかも俺が走っていると、横から昴がチラチラと見てくるのだ。やめてくれ!そんなに見ないでくれ!
さらに男子たちは走りながら女子を見るものらしい。美桜の身体をジロジロ見られている気がして背筋がゾワゾワする。
(くそ……美桜の身体で男子と一緒に走るなんて拷問かよ……)
俺は必死に走った。だが案の定、後ろの方でバテてペースが落ちる。
「美桜ちゃん、大丈夫?疲れた?」
隣を走る男子が声をかけてくる。
(やめろ……声かけんな……!)
「だ、大丈夫……だよ……」
「無理しないでね。でもすごい速かったよ!」
「え……そう……?」
褒められてちょっと嬉しくなる。だがすぐに現実に引き戻される。
俺と昴が走る姿を見て、昨日のお姫様抱っこも相まって周りの女子たちがキャーキャー騒いでいる。しかも何故か昴が真っ赤になって目をそらしている。
(なんでだよ!お前が照れんじゃないよ!お前のせいだろ!!)
俺は混乱しながらも走り続ける。だが疲労と羞恥で体力ゲージはもうゼロに近かった。
練習が終わった後、俺は疲れ果ててベンチに座り込んだ。
「お疲れ様……」
昴がペットボトルを持ってきてくれた。
(え……?)
「ありがとう……」
俺は思わずお礼を言う。
丁度良い昴には聞きたいこと、確かめたいことがある。
「…ねえ、桐生くん。」
「ん?」
「なんか、自身に変わった事って起こってない?」
昴が眉間に皺をよせ「?」な顔をする。
「別に何もないけど?どういう質問?」
「なんかこう、自分じゃない自分の感じとか…?」
「は?なんだよ中二的にヒーローになったようなとかか?」
「…そうじゃなくって…んーーー変わったことがないなら良いです。」
「そう?」
不審な顔と言うか、なんだかとても心配そうな顔をされた。
(く…)
…まだ、確信は持てないが、嘘はついてなさそうだ。昴は昴という事になる。
となると…直後に気づく。
今の俺は「美桜」だ。そして昴は「美桜」が好きなのだ。
(待て待て待て!これってヤバイんじゃね!?)
俺が戸惑っていると、昴は少し照れくさそうに言った。
「美桜ちゃん……今日すごく速かったね」
「そ……そうかな……」
「うん……なんか……カッコよかったよ……」
昴の目がキラキラしている。
(うわああああ!止めてくれえええ!)
俺は恥ずかしさで顔が熱くなる。
(美桜が好きなのは俺だ。俺も美桜を好きだった。)
(でも今の美桜は俺で、ナルシストでもないのに俺を好きになるなんてゴメンだ、だが、このままじゃ……俺たちの関係が始まらない。俺は昴を好きにならないといけないのか?)
その時だった。
(……ズキン)
頭の奥に微かな痛みが走る。
同時にフラッシュバックのように脳裏に浮かんだ。
『……体育祭……一緒に……頑張ろうね…』
これは……?誰の記憶だ?
(まさか……美桜の……?)
その記憶はすぐに霧散し、残ったのは頭痛だけだった。
「美桜ちゃん?どうかした?」
昴が心配そうに覗き込む。
「う、ううん!なんでもない!」
俺は慌てて誤魔化した。
(今の記憶……どういうことだ……?)
体育祭準備で身体が疲れたのか?それとも……
「……」
「じゃあ……また明日ね」
最後に「体育祭一緒に頑張ろうね!」と言って昴が去っていく。
(…『体育祭一緒に頑張ろうね!』?)
俺は立ち上がり、歩き去る昴の背を見る。
---
夕暮れの帰り道。
バスの中で俺はぼんやりと考えていた。
(今日一日で色々ありすぎた……)
体育祭準備で散々な目に遭った。
しかも昴からの強い好意の向けられ方をしているような気がする。
「ああもう……どうしたらいいんだよ……!」
頭を抱えたくなる。
家に着くと、玄関を開けて真っ先に飛び込んできたのは桜さんの笑顔だった。
「美桜!おかえり!今日も遅かったね!」
「た……ただいま……体育祭の練習が始まって遅くなったの。」
「あれ、どうしたの?顔色悪いよ?」
「いや……ちょっと疲れただけ……」
「そう?無理しないでね。あ、そうそう!今日はね、晩御飯豪華だよ!」
「え?」
「だって今日は特別な日でしょ?」
「特別……?」
桜さんはニコニコしながら台所へ向かう。
(特別って……何がだ?)
俺が首を傾げていると、リビングに純一さんが現れた。
「美桜!お父さんだぞ~!」
「お……おう……」
純一さんは上機嫌で俺にハグしようとする。
(いやいやいや!父娘のスキンシップも大概にしろ!)
俺は慌てて避けた。
「純一さん!いきなり抱きつかないでくださいよ!」
「え~?美桜ったら照れ屋さんだなぁ」
「照れてませんから!」
俺は顔を赤くしながら叫ぶ。
「それに今日は特別な日なんでしょ?早く食べましょうよ!」
「おお!そうだそうだ!じゃあ桜さんも呼びなさい!みんなで食べるぞ!」
「はいはい……」
リビングのテーブルには豪華な料理が並んでいた。
唐揚げ、エビフライ、ハンバーグ、サラダ……そして大きなケーキまである。
「これは……誕生日パーティみたいな……?」
「その通り!美桜の17歳の誕生日パーティだぞ!」
純一さんが拍手しながら宣言する。
「へ……?誕生日……?」
そこで思い出した。
(そういえば美桜の誕生日って確か……今日だ……)
俺はスマホを取り出して確認する。カレンダーの今日の日付に「ケーキ」マークが付いている。
俺の本当の誕生日ではないけれど、今現在美桜である以上、これは美桜の誕生日だ。
「美桜ちゃん!おめでとう!」
桜さんが微笑む。
「あ……ありがとう……」
俺は戸惑いながらもお礼を言う。
「いやぁ、美桜もついに17歳かぁ~!感慨深いねぇ~!」
純一さんは涙ぐんでいる。
(いやいやいや!そんなにポロポロ泣くなよ純一さん。)
だが二人の嬉しそうな顔を見ていると、なんだか胸が温かくなる。
俺としても、美桜の誕生日はとても嬉しい。だが…この場にいるのが美桜でなく俺だというのがとても心苦しい…
ケーキの蝋燭を吹き消すと、家族全員が拍手をしてくれた。
桜さんがプレゼントを渡してくれる。
「はい!誕生日プレゼント!」
「え……いいの?」
包みを開けると、そこには小さなペンダントがあった。
「これ……綺麗……」
銀色のチェーンに、星型のペンダントヘッド。
「美桜が欲しがってたでしょう?星のアクセサリー」
「そ……そうだっけ?」
(美桜の日記にそんな記述あったっけ……?)
俺が首を傾げていると、桜さんは笑った。
「まあいいじゃない。大事にしてね」
「うん……ありがとう」
夕食後、桜さんと純一さんが交互に美桜の昔話を始めた。
「美桜が小さい頃はよく泣き虫だったのよ~」
「ああ!それに引っ込み思案でな!なかなか人前で喋れなかったんだぞ!」
俺は照れくさくなりながらも相槌を打つ。
(なるほど……美桜ってそんな子供だったのか……)
少しずつ美桜のことがわかってきている気がする。
部屋に戻り、ベッドに横になる。
「疲れたな……」
今日は本当に色々あった。
体育祭準備で大変な目に遭い。
昴の視線にドキドキして。
そして美桜として初めての誕生日。
ベッドサイドの小さな棚には、桜さんから貰った星のペンダントが置かれている。俺はそれを手に取った。
(美桜が欲しがってたもの……か)
美桜の好みや習慣を一つずつ覚えていかなければならない。
「これからどうなるんだろう……」
俺は天井を見上げながら呟いた。
(美桜の意識はどこに行ったんだ?俺が弾き出したとかないよな。)その思いに青ざめる。
(そして……俺と昴の関係をどうするか)
俺は……いや、昴は「美桜」のことが好きだ。
もし俺がこのまま美桜として過ごし続ければ、必然的に昴との関係が進展していくだろう。
(でもそれでいいのか?俺は男なのに……って言うか「俺」が「俺」になのに)
(それに……)
頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
(そもそも俺がいることで、未来はどう変わるんだ?)
俺が知る未来では、美桜は俺(未来の昴)と付き合い始めたばかりだった。
だが今はまだ付き合う前の段階。
つまり俺が関わることで、未来は全く違う方向に進むかもしれない。
「やれやれ……」
俺は溜息をつく。
(まずはこの状況に慣れないと)
(それに……)
ふと、胸の奥に微かな熱が走った。
それは痛みではなく、何かを思い出しそうになるような、くすぐったい感覚だった。
(……誰かの声が聞こえた気がする)
(……手を握っていた……あの感触……)
まぶたの裏に、誰かの笑顔が浮かびかけて、すぐに霧のように消えた。
記憶の断片が、指の隙間からこぼれ落ちるように、掴めそうで掴めない。
(体育祭……一緒に……頑張ろうね……)
その言葉だけが、はっきりと残った。
誰の声だったのかはわからない。でも、確かに“誰か”が俺にそう言った。
(これは……美桜の記憶なのか?それとも……俺の?)
俺は目を閉じた。
手のひらに残る温もりを思い出しながら、静かに息を吐く。
(俺は……美桜を……守る)
その決意だけが、今の俺を支えていた。
そして、意識は静かに沈んでいった。
次に目を覚ますと、そこには新しい一日が始まっているのだろう。
家に帰ると、迎えてくれたのは桜さんではなく。代わりに……
「おお!美桜!遅かったな!」
リビングから出てきたのは……中年のイケメン? 誰だこいつ。
「だ、誰!?」
思わず口に出してしまった。相手は目を丸くして驚いている。
「は? 美桜……お前どうしたんだ?」
「いや、あの、どちら様で……」
「……おいおいおいおい!冗談きついぞ!父ちゃんだよ!お前の父ちゃんの寿 純一だよ!」
(父親!?これが桜さんの夫で、美桜の父親!?)
よく見ると確かに顔つきに美桜の面影がある……いやいや、そんな冷静に分析してる場合じゃない!
「美桜お前本当にどうした? もしかして……まさか男か?」
「へ?」
「今日は遅かったし、なんかボーっとしてるし……彼氏でもできたか!?」
(はい。出来てました。未来の美桜には俺という彼氏がいました……って言えねぇ!)
「そ、そんなわけないじゃん純一さん……」
咄嗟に「純一さん」と呼んでしまった。これも美桜の記憶のせいだろうか?
純一さんは安堵したような顔になったが、すぐに心配そうに眉をひそめた。
「本当に大丈夫か? 今日の体育で倒れたって聞いたぞ?」
(な!なんで知ってるの!)
「大したことないって……ちょっと疲れただけだから」
「そうか……でも無理するなよ? 真帆ちゃんからLineeが来てビックリしたんだからな。ところで美桜」
「何?」倒れたの知っているのは真帆が教えたってことか、どういう仲なんだ?
「桐生君とは最近どうだ?」
「どぅわっ!?」
思わず変な声が出た。なんで父親が知ってるんだ!
「ど、どどどうって何が?」
「いや……お前が好きだって言ってたじゃん。彼氏になりそうか?」
(好きって言ったのかよ美桜ぉぉぉぉぉぉぉ!しかも父親公認で恋愛話とか聞いてないんだけど!)
「あ、あー……まぁ、そのうち……」
曖昧に誤魔化すのが精一杯だった。
純一さんは「そうか」と頷くと、「晩飯できてるから早く着替えて降りてこいよ」と言い残してリビングに向かおうとする。
(…しかし、美桜もこの頃から俺のことを好きだったのか…)
「…美桜?何ニヤけてるんだ?」
「あぅ」
二階に上がり、自室に入る。鍵を閉めた途端、全身から力が抜けて床に座り込んだ。
(マジで……どういう状況だよこれ……)
目覚めたら好きな女の子になってて。父親からは「好きな桐生くんとはどうなの?」って言われるほど恋愛相談してたらしくて。もう何が何だか分からない。
(でも……やっぱり今の俺は美桜なのか……)
クローゼットの鏡を見つめる。そこに映るのは紛れもなく美桜の顔だ。
「俺が……美桜……」
呟きながら鏡に近づく。
「こんなかわいい子が……俺なんて……」
思わず自分の身体を抱きしめた。
「ふにゃ~」と、とんでもない声がでて、膝から崩れ落ちる。
(…ヤバイ、これはヤバイ。理性が飛ぶ。完全に痴漢行為だ!しかも自分が被害者の自慰行為と紙一重だ!)
(落ち着け俺……まずい……非常にまずい状況だ……)
美桜の身体に俺がいるということは受け入れかけていた。だけど「自分自身が美少女になった」という事実を直視すると……理性が吹っ飛びそうだ。
「こんな綺麗な子に俺みたいなのが……」
(でも……この身体、どうにかしないと!)
まず情報収集だ。美桜として生きていくなら、知らないとマズいことだらけだ。
俺は美桜のスマホを探し当てた。ロック解除は……パスコードを知らない。
「ダメじゃん!」
諦めて部屋中を物色する。化粧台の引き出しを開けると、日記帳があった。表紙には「秘密?」と書かれている。
(美桜の日記!?これだ!)
ページをめくる。最初は女子高生らしい他愛ない日常が続く。学校のこと。友達のこと。家族のこと。ありがたいことにスマホのパスワード。
そして……。
『4月7日』
『今日から新学年、新たなクラス割、イベントも多い高校2年の日々が始まった。講堂への移動で後ろから押されて転びそうになったところを助けて貰った。なんだかカッコ良い男の子、桐生 昴くん。同じクラスになれた?』
『4月12日』
『今日も昴くんと話せなかった……カッコよすぎて目が合わせられない!』
『5月2日』
『昴くんが席替えで隣の席になった!嬉しすぎるけど緊張で何も喋れなかった……』
『6月10日』
『放課後、昴くんに話しかけられた!一緒に帰ろうって言われた!どうしよう!?』
(はいはいそうですかー。お熱いこってすねー)
読んでるこっちが恥ずかしくなるくらい甘酸っぱい恋愛模様が描かれている。
なるほどな……美桜は一目惚してくれてたのか。しかも結構長いこと片思いしてたっぽい。
「………っ」顔が火照るのを感じる…
日記を読み終えた俺は、なんとも言えない気持ちになった。美桜が俺(昴)を好きだったなんて……しかも父親にまで相談済みだったなんて……。嬉しいけど、めちゃ恥ずかしい。
美桜好きだ―テレテレ
(でも待てよ?)
今の俺が美桜なら、昨日までの美桜はどこに行ったんだ?
もう一人の昴はいったい?
なんで、過去に戻ってるんだ?
謎が多すぎて考えがまとまらない。
兎に角、謎が解けるまで美桜を演じ切るしかない。
という事は、この身体で学校生活を続けないといけない。
鏡を見つめて冷や汗が流れた。
…ずっと我慢しているトイレと…お風呂どうしよう…?
!
…あ
……ん
………くっ
俺は、意を決してトイレへ向かう……健康面で限界だ。いつ決壊してもおかしくない(涙)
…美桜に謝りつつ…
震える手でドアノブを回した…
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次の日の朝。
昨日よりいくらか冷静になっている自分に気づく。
後ろめたい気持ちがあるが、清々しい朝だ。
昨夜、俺は、美桜は、誰にも渡さないとお風呂で神に誓った。
そして、昴の中身が昴なのかどうなのかそれを探ろうと、上せた頭で考えた。
俺が美桜ならば、昴が美桜である可能性があると思ったのだ。
「おはよう、美桜」
教室の手前で真帆の明るい声に振り向く。
「おはよう……真帆」
「昨日は、大丈夫だった?」
「だ、大丈夫だって。もう平気」
俺はぎこちなく笑いながら答えた。
「良かった?。昨日の美桜、超おかしかったもん。保健室で泣いてたし。」
「…ゴメンね。心配かけたよね…」
「でさぁ、今日から体育祭の準備始まるじゃん?」
教室に入ると、黒板には「体育祭種目一覧」と書かれた表が貼られていた。今日の1限は準備に割り当てられてるらしい。
「あ……そっか。もうすぐ体育祭……」
「美桜ちゃん!ちょっと来て!」
突然、クラスの女子数人が駆け寄ってきた。
「な、何?」
「体育祭の選抜リレーのメンバーなんだけどさぁ、美桜ちゃん走れるよね?」
「え……?」
「うちのクラス、速い女子少なくてさ。美桜ちゃん中学時代陸上やってたって聞いてるし!」
「ちょ、ちょっと待って!そんな記憶無いんだけど!?」
「えー!?でも体育の山田先生が言ってたよ!?中学の市大会で入賞してたって!」
(嘘だろおい!美桜が陸上得意だったなんて……)
日記には「陸上部で頑張ってる美桜」という記述はあった。だが具体的な能力までは書いていなかった。
(美桜が得意だったとしても……今の俺が走れるわけないだろ!昨日の姿見てるだろ、お前ら)
「だ……だから私……今は体調悪いし……」
「大丈夫大丈夫!解ってるって!」
「な、何が解ってるの!」
女子たちは有無を言わさず俺を囲み、グラウンドへと連れ出された。
登校早々1限始まってないのに…なんでお前らそんなに乗り気なんだ?
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グラウンドには、すでにいくつかのチームが準備運動をしていた。男子のグループも混ざっており、その中に昴の姿もあった。
昴は俺に気づくと、なぜか顔を赤らめて目を逸らした。なんだよその態度は!
(って……そうか。昨日のお姫様抱っこ……)
俺も赤くなったのを感じる…
トラックに連れて来られると、女子たちに強制的にジャージを着こまされ。リレーのフォームチェックが始まった。スカートの下にジャージ穿いてる状態なんだが…
「じゃあ美桜ちゃん、軽く一周走ってみて!」
「は……?」
「大丈夫だって!」
背中を押される形で、俺はスタートラインに立たされた。
(マジで走るのか……?この格好で……?この身体で……?)
俺は深呼吸し、覚悟を決めた。短距離なら……なんとかなるかもしれない。
笛の音と同時に足を踏み出す。
昨日の轍を踏まないように、バランスを崩した理由を頭に思い浮かべる。
美桜の脚は確かに長くスタイルが良い。だが、女性であるため骨盤が広く、脚が内側に入り込む(Q角)ため、股関節や膝周りに慣れない負担や、揺れの感覚(特に胸部)が生じる。以前のストライドで走ろうとすると、膝や股関節に強い違和感や痛みを感じる。重心の位置も異なるから。思ってる感覚と、身体の平衡感覚(三半規管)が一致せず、気持ちが悪くなる。
それならばと小股で走り、体幹を意識してブレを抑え、腕の振りではなく、肩甲骨を意識して走るようにしてみることにした。
その瞬間、俺は風になった。
(……軽っ!?)
驚くほど足が軽い。まるで羽が生えたみたいだ。これが陸上部だった美桜の本来の身体能力……?
いや違う、昨日はもっとキツかった。
しかも昨日のような、ブレたりフラついたりしなくなって走れている……あれ? 俺って天才?
グラウンドを一周する。風を切る感覚が心地よい。思ったよりずっと速く走れている。
(やべぇ……なんか調子出てきた……)
走り終えて息を整えていると、周りから歓声が上がった。
「すっごーい!美桜ちゃんめっちゃ速いじゃん!」
「やっぱ期待通りだったわ!」
女子たちは大喜びだ。だが問題はこれからだった。
「じゃあ今度は男子と合同練習ね!」
「……は?」
俺が戸惑っている間に、男子チームのコーチ役を務める男子が声を上げる。
「女子チームが呼んでるぜ!昴ー!」
「えっ……」
昴がグラウンドの端からこちらに走ってくる。顔が少し赤い。やっぱり俺を見て動揺してる……。
女子たちは俺を無理やり男子リレー組の中に入れてしまった。
「ほら!男子と一緒に走ってみよーよ!」
(マジかよ……この格好で……?しかも昴と同じグループで走るなんて……)
俺は恥ずかしさで顔が燃え上がるのを感じた。
それでも練習が始まった。
男子と一緒に走ると、また別の問題が発生する。
男子の速度についていけるわけがない。
しかも俺が走っていると、横から昴がチラチラと見てくるのだ。やめてくれ!そんなに見ないでくれ!
さらに男子たちは走りながら女子を見るものらしい。美桜の身体をジロジロ見られている気がして背筋がゾワゾワする。
(くそ……美桜の身体で男子と一緒に走るなんて拷問かよ……)
俺は必死に走った。だが案の定、後ろの方でバテてペースが落ちる。
「美桜ちゃん、大丈夫?疲れた?」
隣を走る男子が声をかけてくる。
(やめろ……声かけんな……!)
「だ、大丈夫……だよ……」
「無理しないでね。でもすごい速かったよ!」
「え……そう……?」
褒められてちょっと嬉しくなる。だがすぐに現実に引き戻される。
俺と昴が走る姿を見て、昨日のお姫様抱っこも相まって周りの女子たちがキャーキャー騒いでいる。しかも何故か昴が真っ赤になって目をそらしている。
(なんでだよ!お前が照れんじゃないよ!お前のせいだろ!!)
俺は混乱しながらも走り続ける。だが疲労と羞恥で体力ゲージはもうゼロに近かった。
練習が終わった後、俺は疲れ果ててベンチに座り込んだ。
「お疲れ様……」
昴がペットボトルを持ってきてくれた。
(え……?)
「ありがとう……」
俺は思わずお礼を言う。
丁度良い昴には聞きたいこと、確かめたいことがある。
「…ねえ、桐生くん。」
「ん?」
「なんか、自身に変わった事って起こってない?」
昴が眉間に皺をよせ「?」な顔をする。
「別に何もないけど?どういう質問?」
「なんかこう、自分じゃない自分の感じとか…?」
「は?なんだよ中二的にヒーローになったようなとかか?」
「…そうじゃなくって…んーーー変わったことがないなら良いです。」
「そう?」
不審な顔と言うか、なんだかとても心配そうな顔をされた。
(く…)
…まだ、確信は持てないが、嘘はついてなさそうだ。昴は昴という事になる。
となると…直後に気づく。
今の俺は「美桜」だ。そして昴は「美桜」が好きなのだ。
(待て待て待て!これってヤバイんじゃね!?)
俺が戸惑っていると、昴は少し照れくさそうに言った。
「美桜ちゃん……今日すごく速かったね」
「そ……そうかな……」
「うん……なんか……カッコよかったよ……」
昴の目がキラキラしている。
(うわああああ!止めてくれえええ!)
俺は恥ずかしさで顔が熱くなる。
(美桜が好きなのは俺だ。俺も美桜を好きだった。)
(でも今の美桜は俺で、ナルシストでもないのに俺を好きになるなんてゴメンだ、だが、このままじゃ……俺たちの関係が始まらない。俺は昴を好きにならないといけないのか?)
その時だった。
(……ズキン)
頭の奥に微かな痛みが走る。
同時にフラッシュバックのように脳裏に浮かんだ。
『……体育祭……一緒に……頑張ろうね…』
これは……?誰の記憶だ?
(まさか……美桜の……?)
その記憶はすぐに霧散し、残ったのは頭痛だけだった。
「美桜ちゃん?どうかした?」
昴が心配そうに覗き込む。
「う、ううん!なんでもない!」
俺は慌てて誤魔化した。
(今の記憶……どういうことだ……?)
体育祭準備で身体が疲れたのか?それとも……
「……」
「じゃあ……また明日ね」
最後に「体育祭一緒に頑張ろうね!」と言って昴が去っていく。
(…『体育祭一緒に頑張ろうね!』?)
俺は立ち上がり、歩き去る昴の背を見る。
---
夕暮れの帰り道。
バスの中で俺はぼんやりと考えていた。
(今日一日で色々ありすぎた……)
体育祭準備で散々な目に遭った。
しかも昴からの強い好意の向けられ方をしているような気がする。
「ああもう……どうしたらいいんだよ……!」
頭を抱えたくなる。
家に着くと、玄関を開けて真っ先に飛び込んできたのは桜さんの笑顔だった。
「美桜!おかえり!今日も遅かったね!」
「た……ただいま……体育祭の練習が始まって遅くなったの。」
「あれ、どうしたの?顔色悪いよ?」
「いや……ちょっと疲れただけ……」
「そう?無理しないでね。あ、そうそう!今日はね、晩御飯豪華だよ!」
「え?」
「だって今日は特別な日でしょ?」
「特別……?」
桜さんはニコニコしながら台所へ向かう。
(特別って……何がだ?)
俺が首を傾げていると、リビングに純一さんが現れた。
「美桜!お父さんだぞ~!」
「お……おう……」
純一さんは上機嫌で俺にハグしようとする。
(いやいやいや!父娘のスキンシップも大概にしろ!)
俺は慌てて避けた。
「純一さん!いきなり抱きつかないでくださいよ!」
「え~?美桜ったら照れ屋さんだなぁ」
「照れてませんから!」
俺は顔を赤くしながら叫ぶ。
「それに今日は特別な日なんでしょ?早く食べましょうよ!」
「おお!そうだそうだ!じゃあ桜さんも呼びなさい!みんなで食べるぞ!」
「はいはい……」
リビングのテーブルには豪華な料理が並んでいた。
唐揚げ、エビフライ、ハンバーグ、サラダ……そして大きなケーキまである。
「これは……誕生日パーティみたいな……?」
「その通り!美桜の17歳の誕生日パーティだぞ!」
純一さんが拍手しながら宣言する。
「へ……?誕生日……?」
そこで思い出した。
(そういえば美桜の誕生日って確か……今日だ……)
俺はスマホを取り出して確認する。カレンダーの今日の日付に「ケーキ」マークが付いている。
俺の本当の誕生日ではないけれど、今現在美桜である以上、これは美桜の誕生日だ。
「美桜ちゃん!おめでとう!」
桜さんが微笑む。
「あ……ありがとう……」
俺は戸惑いながらもお礼を言う。
「いやぁ、美桜もついに17歳かぁ~!感慨深いねぇ~!」
純一さんは涙ぐんでいる。
(いやいやいや!そんなにポロポロ泣くなよ純一さん。)
だが二人の嬉しそうな顔を見ていると、なんだか胸が温かくなる。
俺としても、美桜の誕生日はとても嬉しい。だが…この場にいるのが美桜でなく俺だというのがとても心苦しい…
ケーキの蝋燭を吹き消すと、家族全員が拍手をしてくれた。
桜さんがプレゼントを渡してくれる。
「はい!誕生日プレゼント!」
「え……いいの?」
包みを開けると、そこには小さなペンダントがあった。
「これ……綺麗……」
銀色のチェーンに、星型のペンダントヘッド。
「美桜が欲しがってたでしょう?星のアクセサリー」
「そ……そうだっけ?」
(美桜の日記にそんな記述あったっけ……?)
俺が首を傾げていると、桜さんは笑った。
「まあいいじゃない。大事にしてね」
「うん……ありがとう」
夕食後、桜さんと純一さんが交互に美桜の昔話を始めた。
「美桜が小さい頃はよく泣き虫だったのよ~」
「ああ!それに引っ込み思案でな!なかなか人前で喋れなかったんだぞ!」
俺は照れくさくなりながらも相槌を打つ。
(なるほど……美桜ってそんな子供だったのか……)
少しずつ美桜のことがわかってきている気がする。
部屋に戻り、ベッドに横になる。
「疲れたな……」
今日は本当に色々あった。
体育祭準備で大変な目に遭い。
昴の視線にドキドキして。
そして美桜として初めての誕生日。
ベッドサイドの小さな棚には、桜さんから貰った星のペンダントが置かれている。俺はそれを手に取った。
(美桜が欲しがってたもの……か)
美桜の好みや習慣を一つずつ覚えていかなければならない。
「これからどうなるんだろう……」
俺は天井を見上げながら呟いた。
(美桜の意識はどこに行ったんだ?俺が弾き出したとかないよな。)その思いに青ざめる。
(そして……俺と昴の関係をどうするか)
俺は……いや、昴は「美桜」のことが好きだ。
もし俺がこのまま美桜として過ごし続ければ、必然的に昴との関係が進展していくだろう。
(でもそれでいいのか?俺は男なのに……って言うか「俺」が「俺」になのに)
(それに……)
頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
(そもそも俺がいることで、未来はどう変わるんだ?)
俺が知る未来では、美桜は俺(未来の昴)と付き合い始めたばかりだった。
だが今はまだ付き合う前の段階。
つまり俺が関わることで、未来は全く違う方向に進むかもしれない。
「やれやれ……」
俺は溜息をつく。
(まずはこの状況に慣れないと)
(それに……)
ふと、胸の奥に微かな熱が走った。
それは痛みではなく、何かを思い出しそうになるような、くすぐったい感覚だった。
(……誰かの声が聞こえた気がする)
(……手を握っていた……あの感触……)
まぶたの裏に、誰かの笑顔が浮かびかけて、すぐに霧のように消えた。
記憶の断片が、指の隙間からこぼれ落ちるように、掴めそうで掴めない。
(体育祭……一緒に……頑張ろうね……)
その言葉だけが、はっきりと残った。
誰の声だったのかはわからない。でも、確かに“誰か”が俺にそう言った。
(これは……美桜の記憶なのか?それとも……俺の?)
俺は目を閉じた。
手のひらに残る温もりを思い出しながら、静かに息を吐く。
(俺は……美桜を……守る)
その決意だけが、今の俺を支えていた。
そして、意識は静かに沈んでいった。
次に目を覚ますと、そこには新しい一日が始まっているのだろう。
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