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第四話 婚約発表の場で、婚約破棄をされました。
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婚約発表の当日。
ローディア領主館前の広場は、久しぶりに活気づいていた。
屋台が並び、簡素ながらも飾り布が掲げられている。
領民たちは「何事か」と集まり、
ざわめきの中には、微かな期待が混じっていた。
『婚約発表だって?』
『次期領主様の?』
『相手は、有力貴族のご令嬢らしいぞ』
そんな領民たちの声が、耳に入ってくる。
私は演壇の脇に立ち、静かに様子を眺めていた。
身に纏ったドレスは、アルヴェーン家から持参したもので、
派手ではないが、この場に不足はない。
立ち姿も振る舞いも、
アルヴェーン家の者として、恥ずかしくはない自負はある。
――けれど。
ここに立っている私個人のことは、
きっと誰一人興味はない。
(私がこの地に呼ばれた理由は、
思っていた以上に、はっきりしていたらしいわね……)
話によると、ローディア家は静かに衰退しているようだ。
領地が荒れ果てているわけではない。
ただ、領家としての信用が、目に見えないところで削られていた。
その原因の一端が、誰にあるのかも。
この数日で、嫌というほど理解してしまった。
次期領主であるアルベルトは、領地運営に興味を示さず、
放蕩と享楽を当然のように続けている。
それを咎める声は、館の中にも、街にも、もうほとんど残っていない。
――期待されなくなった跡取り。
それは、領家にとって致命的だ。
だからこそ、名家であるアルヴェーン家との縁組。
有力な後ろ盾を得て、
「まだ立て直せる」と内外に示すための、分かりやすい一手。
そして、その役目に選ばれたのが、私だった。
(気づいたときにはさすがに落ち込んだわ……)
父上が、多くを語らなかった理由も、
少しだけ腑に落ちる。
詳しいことはわからないが、
ローディア家の復興が、アルヴェーン家のためになるのだろう。
これは祝福の場ではない。
復興を演出するための、舞台なのだ。
――だから。
この日のために整えられた光景を前にしても、
例えそれが自分の婚約発表のためだったとしても、
私は浮かれた気持ちにはなれなかった。
そんな浮かない私の気持ちとは関係なしに、時間は刻々と進んでいく。
ほどなくして、ガルヴィン卿が演壇に上がった。
「本日はお集まりいただき、感謝する」
領主の声に、広場が静まる。
「我がローディア家は、
これからの領地運営において、
新たな一歩を踏み出す」
慎重に選ばれた言葉。
“立て直し”と“未来”を匂わせる演説。
領民たちは、真剣に耳を傾けている。
「そのために――
本日、我が息子にして次期領主アルベルトの婚約を、
皆に報告したい」
その瞬間、視線が一斉にこちらへ向いた。
私は一歩前に出て、静かに頭を下げる。
「アルヴェーン家三女、
リュシア・アルヴェーンと申します」
短い挨拶。
それ以上、何も言わない。
ざわ、と小さなどよめきが起きた。
「……アルヴェーン家?」
「本当だったのか」
「それなら、安心だな」
一目に期待感が広がっていくのがわかった。
(これでよかったのよね。
少なくともここにいる人たちや、父上のためにはなっているのだか――)
「ちょっと待ってくれよ、親父殿」
――期待に染まりはじめたその空気を壊したのはアルベルトだった。
そのままガルヴィン卿を押しのけて、演壇に立つ。
「アルベルト! こんな時に一体何だと――」
「その話、俺は承知した覚えはないから」
衝撃の言葉に、
一瞬、時間が止まる。
「ア、アルベルト……?」
エレナ夫人の声は、震えていた。
そんな夫人の様子などお構いなしに、アルベルトは肩をすくめて笑った。
「俺はさ、この婚約、受ける気ないんだよ」
広場が、凍りついた。
「俺には、
好きな女がいる」
ざわめきが、ざわめきでは済まなくなる。
「だから、この婚約は破棄する」
アルベルトは、はっきりと言った。
「こんな女は――いらない」
――完全な沈黙。
領主夫妻は、言葉を失ったまま立ち尽くしている。
領民たちは、信じられないものを見るような目で、演壇を見つめていた。
「……わかりました」
私はひとことそう言うと、
ただ、ゆっくりと一礼した。
それだけ。
それが、
私にできる唯一の振る舞いだった。
「おい、何か言わないのか?
なぜ頭を下げ続けている」
アルベルトが、小ばかにしたように言葉を吐き捨てる。
私は顔を上げない。
上げられるわけがない。
顔を上げたら、この怒りを隠し通せる自信がない。
百歩譲って、私を馬鹿にするのはいい。
この男は、我がアルヴェーン家を侮辱した。
この家名に誇りに思って生きてきた私には、耐え難い屈辱だ。
それに――。
ここで言葉を返せば、
この場はさらに壊れる。
――だから、黙って頭を下げ続けた。
「ハッ。婚約を破棄されても、文句の一つも言えんとは。
アルヴェーン家の女はプライドは無いのか」
私と領民のこの沈黙が、何を意味するのか。
恐らくアルベルトだけが理解できていないのであろう。
彼が口を開けば開くほど、
広場に、重い空気が落ちる。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……これが、次期領主なのか」
その一言に、すべてが詰まっていた。
期待は、失望へ。
祝福は、疑念へ。
この瞬間、
壊れたのは婚約だけではない。
ローディア家の信用そのものと言えるだろう。
そんな地獄のような空気の中、アルベルトは衝撃の言葉を口にした。
「だが安心してほしい。
今日の婚約発表がめでたいものであることに変わりはないのだから」
(めでたいもの……?)
あまりにも不可解な言葉に、私は思わず顔をあげた。
「ほら、出ておいで」
アルベルトに促され、演壇に姿を現したのはミレイアだった――
ローディア領主館前の広場は、久しぶりに活気づいていた。
屋台が並び、簡素ながらも飾り布が掲げられている。
領民たちは「何事か」と集まり、
ざわめきの中には、微かな期待が混じっていた。
『婚約発表だって?』
『次期領主様の?』
『相手は、有力貴族のご令嬢らしいぞ』
そんな領民たちの声が、耳に入ってくる。
私は演壇の脇に立ち、静かに様子を眺めていた。
身に纏ったドレスは、アルヴェーン家から持参したもので、
派手ではないが、この場に不足はない。
立ち姿も振る舞いも、
アルヴェーン家の者として、恥ずかしくはない自負はある。
――けれど。
ここに立っている私個人のことは、
きっと誰一人興味はない。
(私がこの地に呼ばれた理由は、
思っていた以上に、はっきりしていたらしいわね……)
話によると、ローディア家は静かに衰退しているようだ。
領地が荒れ果てているわけではない。
ただ、領家としての信用が、目に見えないところで削られていた。
その原因の一端が、誰にあるのかも。
この数日で、嫌というほど理解してしまった。
次期領主であるアルベルトは、領地運営に興味を示さず、
放蕩と享楽を当然のように続けている。
それを咎める声は、館の中にも、街にも、もうほとんど残っていない。
――期待されなくなった跡取り。
それは、領家にとって致命的だ。
だからこそ、名家であるアルヴェーン家との縁組。
有力な後ろ盾を得て、
「まだ立て直せる」と内外に示すための、分かりやすい一手。
そして、その役目に選ばれたのが、私だった。
(気づいたときにはさすがに落ち込んだわ……)
父上が、多くを語らなかった理由も、
少しだけ腑に落ちる。
詳しいことはわからないが、
ローディア家の復興が、アルヴェーン家のためになるのだろう。
これは祝福の場ではない。
復興を演出するための、舞台なのだ。
――だから。
この日のために整えられた光景を前にしても、
例えそれが自分の婚約発表のためだったとしても、
私は浮かれた気持ちにはなれなかった。
そんな浮かない私の気持ちとは関係なしに、時間は刻々と進んでいく。
ほどなくして、ガルヴィン卿が演壇に上がった。
「本日はお集まりいただき、感謝する」
領主の声に、広場が静まる。
「我がローディア家は、
これからの領地運営において、
新たな一歩を踏み出す」
慎重に選ばれた言葉。
“立て直し”と“未来”を匂わせる演説。
領民たちは、真剣に耳を傾けている。
「そのために――
本日、我が息子にして次期領主アルベルトの婚約を、
皆に報告したい」
その瞬間、視線が一斉にこちらへ向いた。
私は一歩前に出て、静かに頭を下げる。
「アルヴェーン家三女、
リュシア・アルヴェーンと申します」
短い挨拶。
それ以上、何も言わない。
ざわ、と小さなどよめきが起きた。
「……アルヴェーン家?」
「本当だったのか」
「それなら、安心だな」
一目に期待感が広がっていくのがわかった。
(これでよかったのよね。
少なくともここにいる人たちや、父上のためにはなっているのだか――)
「ちょっと待ってくれよ、親父殿」
――期待に染まりはじめたその空気を壊したのはアルベルトだった。
そのままガルヴィン卿を押しのけて、演壇に立つ。
「アルベルト! こんな時に一体何だと――」
「その話、俺は承知した覚えはないから」
衝撃の言葉に、
一瞬、時間が止まる。
「ア、アルベルト……?」
エレナ夫人の声は、震えていた。
そんな夫人の様子などお構いなしに、アルベルトは肩をすくめて笑った。
「俺はさ、この婚約、受ける気ないんだよ」
広場が、凍りついた。
「俺には、
好きな女がいる」
ざわめきが、ざわめきでは済まなくなる。
「だから、この婚約は破棄する」
アルベルトは、はっきりと言った。
「こんな女は――いらない」
――完全な沈黙。
領主夫妻は、言葉を失ったまま立ち尽くしている。
領民たちは、信じられないものを見るような目で、演壇を見つめていた。
「……わかりました」
私はひとことそう言うと、
ただ、ゆっくりと一礼した。
それだけ。
それが、
私にできる唯一の振る舞いだった。
「おい、何か言わないのか?
なぜ頭を下げ続けている」
アルベルトが、小ばかにしたように言葉を吐き捨てる。
私は顔を上げない。
上げられるわけがない。
顔を上げたら、この怒りを隠し通せる自信がない。
百歩譲って、私を馬鹿にするのはいい。
この男は、我がアルヴェーン家を侮辱した。
この家名に誇りに思って生きてきた私には、耐え難い屈辱だ。
それに――。
ここで言葉を返せば、
この場はさらに壊れる。
――だから、黙って頭を下げ続けた。
「ハッ。婚約を破棄されても、文句の一つも言えんとは。
アルヴェーン家の女はプライドは無いのか」
私と領民のこの沈黙が、何を意味するのか。
恐らくアルベルトだけが理解できていないのであろう。
彼が口を開けば開くほど、
広場に、重い空気が落ちる。
誰かが、ぽつりと呟いた。
「……これが、次期領主なのか」
その一言に、すべてが詰まっていた。
期待は、失望へ。
祝福は、疑念へ。
この瞬間、
壊れたのは婚約だけではない。
ローディア家の信用そのものと言えるだろう。
そんな地獄のような空気の中、アルベルトは衝撃の言葉を口にした。
「だが安心してほしい。
今日の婚約発表がめでたいものであることに変わりはないのだから」
(めでたいもの……?)
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