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第54話『季節外れの寒い朝』
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5月29日、月曜日。
目を覚まして、壁に掛かっている時計を見ると、時計の針は午前6時過ぎを指していた。今日の朝食当番とお昼のお弁当当番は俺だから、早めだけど起きよう。
ベッドから降りると……体がブルッと震えた。結構冷え込んでるな。もうすぐ夏だっていうのに。カーテンを開けると、空はどんよりとした雲に覆われている。晴れていないのも肌寒い理由の一つかも。
洗面所に行って顔を洗ったり、歯を磨いたりする。水道水がいつもより冷たく、早めに起きたことで感じていた眠気が一気に吹き飛んだ。
お手洗いを済ませ、自分の部屋に戻ってスラックスと長袖のパーカーに着替えた。
リビングに行くと……誰もいない。さすがに優奈はまだ起きていないか。俺が朝食と弁当を作って、優奈にはゆっくりと寝てもらおう。
昨晩のうちに、今日の朝食は和風と決めていた。なので、朝食用にほうれん草と油揚げの味噌汁を作ったり、鮭を焼いたりする。
冷蔵庫と冷凍庫の中を見て、お弁当のおかずに甘めの玉子焼きとベーコンのアスパラ巻きも作る。あと、冷蔵庫に優奈が常備野菜で作ったひじき煮、冷凍庫にちくわの磯辺揚げの冷凍食品があるから、その2つをお弁当に入れるか。あとはミニトマトかな。
「よし、これでOK」
お弁当にご飯やおかずを詰め終わったし、朝食の配膳もご飯と味噌汁以外は終わった。優奈が朝食とお弁当を美味しく食べてくれたら嬉しいな。
早めに起きたので、朝食を食べる時間まではまだ時間がある。何か飲んで一休憩するか。朝食と弁当作りで何だかんだ体を動かしていたので、体が温かくなっている。なので、冷たい麦茶を飲むことにした。
ソファーに座って、テレビのスイッチを入れる。
ちょうど天気予報をやっていた。麦茶を飲みながら見ていると……東京の今日の天気は一日中曇りで、最高気温は18度らしい。今日はずっと肌寒そうだな。学校に行くときは、ブレザーのジャケットを着た方が良さそうだ。
「……あれ?」
休憩していると、午前7時を過ぎていた。朝食の当番じゃない日も、優奈はだいたい7時くらいには起きている。なのに、今日はまだ起きてこない。何かあったのかな。
「起こしに行くか」
ちなみに、起こしに行くのはこれが初めてだ。ちょっと緊張する。
リビングを出て、優奈の部屋の前に立つ。部屋の扉をノックして、
「優奈、朝だよ」
と、声を掛ける。これで起きるだろうか。
耳を澄ましても……中から特に物音は聞こえてこない。洗面所からも聞こえないし、お手洗いの照明も切ってある状態。俺の部屋や納戸にいる可能性はたぶんないだろうし……入るか。
「優奈、入るよ」
優奈の部屋の扉をそっと開ける。
すると、薄暗い中、ベッドで横になっている優奈が視界に入った。今日は冷え込んでいるから、温かいベッドが気持ち良くて深い眠りについているのだろうか。部屋の照明を点けて、ベッドの側まで近づく。
「はあっ……はあっ……」
と、優奈の呼吸が荒くなっており、頬を中心に顔が赤らんでいた。優奈がこんな状態になっているのは初めてだ。
優奈はゆっくりと目を開け、俺の方に視線を向けてくる。
「和真……くん……」
「優奈、息苦しそうだけど……具合が悪いのか?」
優奈にそう問いかけると、優奈は小さく頷く。
結婚してから、優奈が体調を崩すのは初めてだ。だから、心配な気持ちや不安な気持ちなどで心が支配されそうになる。ただ、こういうときこそ、いつも以上に優奈の夫としてしっかりしないと。
「そうか。……どんな症状がある?」
「全身が熱っぽくて……息苦しくて。頭や喉がちょっと痛いです。あと、だるさもあります」
「そうか。症状からして……風邪かな」
「……そうだと思います。急に冷え込んだので、寒さにやられてしまったのかもしれません」
「かもなぁ。俺もベッドから降りたとき、体が震えたし。最近は昼間はもちろん、夜も寒さを感じない日が増えてきたから」
それもあって、季節が冬に戻ったんじゃないかと思えるほどに寒さを感じた。急な冷え込みによって体が冷えて、優奈は体調を崩してしまったのかもしれない。
「あとは……試験勉強の疲れが溜まっていたのかもしれません。これまで、定期試験の後に体調を崩したことがありましたから」
「勉強会では俺達に勉強を教えてくれたし、夜も俺と一緒に勉強していたもんな。もし、それも原因だとしたら……ごめん。気付かなくて」
定期試験が終わった日の放課後デートや週末は元気そうだったから。
「いえいえ。そんなことないです。勉強した後は疲れを感じることはありましたけど。デートや週末の間は普段と変わりない体調でしたから」
そう言うと、優奈は赤くなっている顔に微笑みを浮かべてくれる。体調が悪くなっているのに、こんなことを言ってくれるなんて。優奈はとても優しい人だ。胸が温かくなるよ。
優奈の頭をそっと撫でる。普段よりも優奈の頭から伝わってくる温もりが強い。また、額も触ると……直接肌に触れているから、伝わる熱がより強くなった。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、優奈の微笑みが柔和な笑顔に変わる。
「あぁ……気持ちいいです。ちょっと元気になった気がします」
「それは良かった。あと、頭がいつもよりも熱いな。まずは熱を測ろう」
リビングに体温計を取りに行った。また、部屋を出る際に、暖房をかける。
引っ越しの際に、両親や彩さんに物の場所を指示したのもあって、体温計はすぐに見つけられた。
部屋に戻って、優奈に体温計を渡す。この体温計は腋に挟むタイプ。なので、優奈が体温計を腋に挟むとき、着ている水色の寝間着の隙間から優奈の胸元や青いブラジャーがチラッと見えた。
――ピピッ。
30秒ほどで体温計が鳴る。優奈はゆっくりとした動作で体温計を手に取る。今の体温はどのくらいだろう。
「……37度8分です」
「なかなか熱があるな。今日は学校を休んで家でゆっくりしよう。渡辺先生には俺から言っておくから」
「……分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。薬を飲んだり、体力を付けたりするにも何か食べられたらいいけど……優奈、お腹の調子はどうだ?」
「お腹の方は……特に悪くありません」
「お腹は大丈夫か」
それを知って安心した。お腹が壊していないから、学校の帰りに優奈の好きなプリンやゼリーなどを買おう。
「お粥を作ってくるから、優奈はそのままゆっくりしてて」
「分かりました」
リビングに行き、キッチンに向かってお粥を作り始める。
そういえば、実家にいた頃……真央姉さんが風邪を引いたときは、俺がお粥を作ったり、うどんを茹でたりすることが多かったな。
「カズ君の作ったものを食べると、より早く元気になれるから!」
と言うから。
学校を休むから、優奈のお弁当は……とりあえずそのままにしておくか。お腹の調子は悪くないようだし。何時間か経ったらお腹が空くかもしれないし。ただ、食べやすいようにおかずは小さめにしておこう。お粥を作る中、優奈のお弁当のおかずを包丁で小さく切って再び詰めた。
詰め終わった直後、お粥が完成した。味見をすると……ご飯がかなり柔らかくなっている。このくらい柔らかければ、優奈も食べられるだろう。
優奈のお茶碗にお粥をよそう。お盆にお茶碗とレンゲ、塩を乗せて、優奈の部屋に向かった。
部屋に入ると、優奈は扉の方に体を向けた状態でベッドに横になっていた。依然として息苦しそうにしている。
「優奈。お粥ができたよ」
「……ありがとうございます」
優奈は微笑みながらそう言った。
優奈がお粥を食べたり、飲み込んだりしやすいように、優奈の上半身を起こした状態にする。その際、優奈の背中とベッドボートの間にクッションを挟ませる。それもあって、優奈はクッションを背もたれにして楽そうにしていた。
お粥に塩を少しかけて、レンゲでかき混ぜた後、俺は優奈のベッドのすぐ近くまで行く。
「優奈。お粥だよ。俺が食べさせてあげるから」
「ありがとうございます」
「うん。食べられるだけでいいからな」
「……はい」
レンゲでお粥を掬い、息を吹きかける。できたてで湯気が結構立っているので何度も。
「はい、優奈。あーん」
「……あ~ん」
俺は優奈にお粥を食べさせる。
優奈は風邪を引いているし、優奈にお粥を作るのは初めてだから……ちょっと不安がある。味はどうだろうとか。熱くないかとか。ご飯の柔らかさは優奈好みだろうかとか。
優奈はお粥を何度か咀嚼して、ゴクンと飲む。
「……美味しいです。ほどよく温かくて。ご飯の甘味をしっかり感じられて。ご飯も柔らかいので食べやすいです」
「……良かった。優奈に作るのは初めてだからさ」
「ふふっ。あと、和真君が作ってくれて、和真君が何度も息を吹きかけてくれたので、とても優しい感じがして。今まで食べたお粥の中で一番美味しいです」
優奈は頬を真っ赤にしながらそう言った。今の言葉や優奈のやんわりとした笑顔もあってドキッとして。体が熱くなっていくのが分かる。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
その後も、俺は優奈にお粥を食べさせていく。何度も息を吹きかけながら。
お茶碗半分ほど食べたところで、優奈はもうお腹がいっぱいだと言った。普段の朝食よりもかなり少ない量だけど、このくらい食べれば風邪薬を飲んでも大丈夫だろう。
リビングから市販の風邪薬と水を持ってきて、優奈に風邪薬を服用させた。その後、優奈を再び横にさせる。
「お粥を食べて、薬を飲んだら少し体が楽になりました」
「良かった」
確かに、優奈を起こそうと部屋に入ったときよりも、多少は顔色が良くなっている。そのことにほっとした。
「優奈。俺が学校を休んだり、遅れて登校したりしてもいいから、午前中に病院へ連れて行こうか? このマンションの近くに俺のかかりつけのクリニックがあるんだ」
あのクリニックで診察して、処方された薬を飲めばすぐに体調が良くなるから。
それに、もし病院に行くなら、俺が一緒について行った方がいいだろう。優奈は女の子だし、体調が悪い中で一人で行くのは大変だろう。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。そこまで高熱ではありませんし。このくらいの症状なら、市販の風邪薬を飲んで治したことが何度もありますから。それに、和真君にはできるだけ学校に行ってほしいですし」
優奈は微笑みながらそう言ってくれる。
何度も治った経験があるのなら、病院には行かずに市販の風邪薬で治す方がいいかな。俺も症状が重くなければ、病院には行かずに市販の薬で治すこともあるし。
それに、近くても病院に行くのは疲れる。それなら、家でずっとゆっくりしている方がいいかもしれない。
あと、俺にはできるだけ学校に行ってほしい……か。自分のせいで学校を休んで、俺の勉強に支障が出ないようにしたいと考えているのだろう。今日は試験が明けて初めての学校だから、テスト返却がメインだと思うけど。優奈は優しいな。
「……分かった。じゃあ、俺は普通に学校に行く。優奈は家でゆっくり休んで。ただ、症状が辛くなったりしたら、いつでも連絡するんだよ。すぐに帰ってくるから」
「分かりました」
「今日はバイトがないから、学校が終わったらすぐに帰るから」
「……はい」
そう返事をすると、優奈の口角が上がった。俺が頭を撫でると、口角はさらに上がって。
その後、ローテーブルに体温計と常温のスポーツドリンク、バスタオルを置いておく。あとは、お粥やお弁当はキッチンに置いたという旨のメモも。これでとりあえずは大丈夫かな。
優奈のことで色々としていたら、家を出発する時間が迫っていた。なので、急いで朝食を食べたり、制服に着替えたりした。
スクールバッグを持って家を出発するとき、優奈の部屋に再び入る。
お粥を食べたり、風邪薬を飲んだりしたからだろうか。優奈は可愛い寝息を立てながら眠っている。こういう風に眠れているのだから、優奈の体調が次第に良くなっていくと信じたい。
「いってきます、優奈」
優奈の頭をそっと撫でて、俺は優奈の部屋を後にした。
家を出発し、マンションの外に出る。
どんよりと曇っているからだろうか。ここ最近の暖かさが嘘であるかのように肌寒い。ジャケットだけじゃなくて、ベストも着れば良かっただろうか。
曇天の下、俺は一人で学校へ向かっていく。
これまでも、寒い中で登校することはあった。でも、優奈と手を繋いでいれば平気で。
「……一人って、こんなに寒いんだな」
優奈と一緒に住むまでは、一人で登校するのは普通のことだったのに。この間の冬もここまで寒いと思ったことはない。
いつもよりも足早に学校へ向かうのであった。
目を覚まして、壁に掛かっている時計を見ると、時計の針は午前6時過ぎを指していた。今日の朝食当番とお昼のお弁当当番は俺だから、早めだけど起きよう。
ベッドから降りると……体がブルッと震えた。結構冷え込んでるな。もうすぐ夏だっていうのに。カーテンを開けると、空はどんよりとした雲に覆われている。晴れていないのも肌寒い理由の一つかも。
洗面所に行って顔を洗ったり、歯を磨いたりする。水道水がいつもより冷たく、早めに起きたことで感じていた眠気が一気に吹き飛んだ。
お手洗いを済ませ、自分の部屋に戻ってスラックスと長袖のパーカーに着替えた。
リビングに行くと……誰もいない。さすがに優奈はまだ起きていないか。俺が朝食と弁当を作って、優奈にはゆっくりと寝てもらおう。
昨晩のうちに、今日の朝食は和風と決めていた。なので、朝食用にほうれん草と油揚げの味噌汁を作ったり、鮭を焼いたりする。
冷蔵庫と冷凍庫の中を見て、お弁当のおかずに甘めの玉子焼きとベーコンのアスパラ巻きも作る。あと、冷蔵庫に優奈が常備野菜で作ったひじき煮、冷凍庫にちくわの磯辺揚げの冷凍食品があるから、その2つをお弁当に入れるか。あとはミニトマトかな。
「よし、これでOK」
お弁当にご飯やおかずを詰め終わったし、朝食の配膳もご飯と味噌汁以外は終わった。優奈が朝食とお弁当を美味しく食べてくれたら嬉しいな。
早めに起きたので、朝食を食べる時間まではまだ時間がある。何か飲んで一休憩するか。朝食と弁当作りで何だかんだ体を動かしていたので、体が温かくなっている。なので、冷たい麦茶を飲むことにした。
ソファーに座って、テレビのスイッチを入れる。
ちょうど天気予報をやっていた。麦茶を飲みながら見ていると……東京の今日の天気は一日中曇りで、最高気温は18度らしい。今日はずっと肌寒そうだな。学校に行くときは、ブレザーのジャケットを着た方が良さそうだ。
「……あれ?」
休憩していると、午前7時を過ぎていた。朝食の当番じゃない日も、優奈はだいたい7時くらいには起きている。なのに、今日はまだ起きてこない。何かあったのかな。
「起こしに行くか」
ちなみに、起こしに行くのはこれが初めてだ。ちょっと緊張する。
リビングを出て、優奈の部屋の前に立つ。部屋の扉をノックして、
「優奈、朝だよ」
と、声を掛ける。これで起きるだろうか。
耳を澄ましても……中から特に物音は聞こえてこない。洗面所からも聞こえないし、お手洗いの照明も切ってある状態。俺の部屋や納戸にいる可能性はたぶんないだろうし……入るか。
「優奈、入るよ」
優奈の部屋の扉をそっと開ける。
すると、薄暗い中、ベッドで横になっている優奈が視界に入った。今日は冷え込んでいるから、温かいベッドが気持ち良くて深い眠りについているのだろうか。部屋の照明を点けて、ベッドの側まで近づく。
「はあっ……はあっ……」
と、優奈の呼吸が荒くなっており、頬を中心に顔が赤らんでいた。優奈がこんな状態になっているのは初めてだ。
優奈はゆっくりと目を開け、俺の方に視線を向けてくる。
「和真……くん……」
「優奈、息苦しそうだけど……具合が悪いのか?」
優奈にそう問いかけると、優奈は小さく頷く。
結婚してから、優奈が体調を崩すのは初めてだ。だから、心配な気持ちや不安な気持ちなどで心が支配されそうになる。ただ、こういうときこそ、いつも以上に優奈の夫としてしっかりしないと。
「そうか。……どんな症状がある?」
「全身が熱っぽくて……息苦しくて。頭や喉がちょっと痛いです。あと、だるさもあります」
「そうか。症状からして……風邪かな」
「……そうだと思います。急に冷え込んだので、寒さにやられてしまったのかもしれません」
「かもなぁ。俺もベッドから降りたとき、体が震えたし。最近は昼間はもちろん、夜も寒さを感じない日が増えてきたから」
それもあって、季節が冬に戻ったんじゃないかと思えるほどに寒さを感じた。急な冷え込みによって体が冷えて、優奈は体調を崩してしまったのかもしれない。
「あとは……試験勉強の疲れが溜まっていたのかもしれません。これまで、定期試験の後に体調を崩したことがありましたから」
「勉強会では俺達に勉強を教えてくれたし、夜も俺と一緒に勉強していたもんな。もし、それも原因だとしたら……ごめん。気付かなくて」
定期試験が終わった日の放課後デートや週末は元気そうだったから。
「いえいえ。そんなことないです。勉強した後は疲れを感じることはありましたけど。デートや週末の間は普段と変わりない体調でしたから」
そう言うと、優奈は赤くなっている顔に微笑みを浮かべてくれる。体調が悪くなっているのに、こんなことを言ってくれるなんて。優奈はとても優しい人だ。胸が温かくなるよ。
優奈の頭をそっと撫でる。普段よりも優奈の頭から伝わってくる温もりが強い。また、額も触ると……直接肌に触れているから、伝わる熱がより強くなった。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、優奈の微笑みが柔和な笑顔に変わる。
「あぁ……気持ちいいです。ちょっと元気になった気がします」
「それは良かった。あと、頭がいつもよりも熱いな。まずは熱を測ろう」
リビングに体温計を取りに行った。また、部屋を出る際に、暖房をかける。
引っ越しの際に、両親や彩さんに物の場所を指示したのもあって、体温計はすぐに見つけられた。
部屋に戻って、優奈に体温計を渡す。この体温計は腋に挟むタイプ。なので、優奈が体温計を腋に挟むとき、着ている水色の寝間着の隙間から優奈の胸元や青いブラジャーがチラッと見えた。
――ピピッ。
30秒ほどで体温計が鳴る。優奈はゆっくりとした動作で体温計を手に取る。今の体温はどのくらいだろう。
「……37度8分です」
「なかなか熱があるな。今日は学校を休んで家でゆっくりしよう。渡辺先生には俺から言っておくから」
「……分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。薬を飲んだり、体力を付けたりするにも何か食べられたらいいけど……優奈、お腹の調子はどうだ?」
「お腹の方は……特に悪くありません」
「お腹は大丈夫か」
それを知って安心した。お腹が壊していないから、学校の帰りに優奈の好きなプリンやゼリーなどを買おう。
「お粥を作ってくるから、優奈はそのままゆっくりしてて」
「分かりました」
リビングに行き、キッチンに向かってお粥を作り始める。
そういえば、実家にいた頃……真央姉さんが風邪を引いたときは、俺がお粥を作ったり、うどんを茹でたりすることが多かったな。
「カズ君の作ったものを食べると、より早く元気になれるから!」
と言うから。
学校を休むから、優奈のお弁当は……とりあえずそのままにしておくか。お腹の調子は悪くないようだし。何時間か経ったらお腹が空くかもしれないし。ただ、食べやすいようにおかずは小さめにしておこう。お粥を作る中、優奈のお弁当のおかずを包丁で小さく切って再び詰めた。
詰め終わった直後、お粥が完成した。味見をすると……ご飯がかなり柔らかくなっている。このくらい柔らかければ、優奈も食べられるだろう。
優奈のお茶碗にお粥をよそう。お盆にお茶碗とレンゲ、塩を乗せて、優奈の部屋に向かった。
部屋に入ると、優奈は扉の方に体を向けた状態でベッドに横になっていた。依然として息苦しそうにしている。
「優奈。お粥ができたよ」
「……ありがとうございます」
優奈は微笑みながらそう言った。
優奈がお粥を食べたり、飲み込んだりしやすいように、優奈の上半身を起こした状態にする。その際、優奈の背中とベッドボートの間にクッションを挟ませる。それもあって、優奈はクッションを背もたれにして楽そうにしていた。
お粥に塩を少しかけて、レンゲでかき混ぜた後、俺は優奈のベッドのすぐ近くまで行く。
「優奈。お粥だよ。俺が食べさせてあげるから」
「ありがとうございます」
「うん。食べられるだけでいいからな」
「……はい」
レンゲでお粥を掬い、息を吹きかける。できたてで湯気が結構立っているので何度も。
「はい、優奈。あーん」
「……あ~ん」
俺は優奈にお粥を食べさせる。
優奈は風邪を引いているし、優奈にお粥を作るのは初めてだから……ちょっと不安がある。味はどうだろうとか。熱くないかとか。ご飯の柔らかさは優奈好みだろうかとか。
優奈はお粥を何度か咀嚼して、ゴクンと飲む。
「……美味しいです。ほどよく温かくて。ご飯の甘味をしっかり感じられて。ご飯も柔らかいので食べやすいです」
「……良かった。優奈に作るのは初めてだからさ」
「ふふっ。あと、和真君が作ってくれて、和真君が何度も息を吹きかけてくれたので、とても優しい感じがして。今まで食べたお粥の中で一番美味しいです」
優奈は頬を真っ赤にしながらそう言った。今の言葉や優奈のやんわりとした笑顔もあってドキッとして。体が熱くなっていくのが分かる。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
その後も、俺は優奈にお粥を食べさせていく。何度も息を吹きかけながら。
お茶碗半分ほど食べたところで、優奈はもうお腹がいっぱいだと言った。普段の朝食よりもかなり少ない量だけど、このくらい食べれば風邪薬を飲んでも大丈夫だろう。
リビングから市販の風邪薬と水を持ってきて、優奈に風邪薬を服用させた。その後、優奈を再び横にさせる。
「お粥を食べて、薬を飲んだら少し体が楽になりました」
「良かった」
確かに、優奈を起こそうと部屋に入ったときよりも、多少は顔色が良くなっている。そのことにほっとした。
「優奈。俺が学校を休んだり、遅れて登校したりしてもいいから、午前中に病院へ連れて行こうか? このマンションの近くに俺のかかりつけのクリニックがあるんだ」
あのクリニックで診察して、処方された薬を飲めばすぐに体調が良くなるから。
それに、もし病院に行くなら、俺が一緒について行った方がいいだろう。優奈は女の子だし、体調が悪い中で一人で行くのは大変だろう。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。そこまで高熱ではありませんし。このくらいの症状なら、市販の風邪薬を飲んで治したことが何度もありますから。それに、和真君にはできるだけ学校に行ってほしいですし」
優奈は微笑みながらそう言ってくれる。
何度も治った経験があるのなら、病院には行かずに市販の風邪薬で治す方がいいかな。俺も症状が重くなければ、病院には行かずに市販の薬で治すこともあるし。
それに、近くても病院に行くのは疲れる。それなら、家でずっとゆっくりしている方がいいかもしれない。
あと、俺にはできるだけ学校に行ってほしい……か。自分のせいで学校を休んで、俺の勉強に支障が出ないようにしたいと考えているのだろう。今日は試験が明けて初めての学校だから、テスト返却がメインだと思うけど。優奈は優しいな。
「……分かった。じゃあ、俺は普通に学校に行く。優奈は家でゆっくり休んで。ただ、症状が辛くなったりしたら、いつでも連絡するんだよ。すぐに帰ってくるから」
「分かりました」
「今日はバイトがないから、学校が終わったらすぐに帰るから」
「……はい」
そう返事をすると、優奈の口角が上がった。俺が頭を撫でると、口角はさらに上がって。
その後、ローテーブルに体温計と常温のスポーツドリンク、バスタオルを置いておく。あとは、お粥やお弁当はキッチンに置いたという旨のメモも。これでとりあえずは大丈夫かな。
優奈のことで色々としていたら、家を出発する時間が迫っていた。なので、急いで朝食を食べたり、制服に着替えたりした。
スクールバッグを持って家を出発するとき、優奈の部屋に再び入る。
お粥を食べたり、風邪薬を飲んだりしたからだろうか。優奈は可愛い寝息を立てながら眠っている。こういう風に眠れているのだから、優奈の体調が次第に良くなっていくと信じたい。
「いってきます、優奈」
優奈の頭をそっと撫でて、俺は優奈の部屋を後にした。
家を出発し、マンションの外に出る。
どんよりと曇っているからだろうか。ここ最近の暖かさが嘘であるかのように肌寒い。ジャケットだけじゃなくて、ベストも着れば良かっただろうか。
曇天の下、俺は一人で学校へ向かっていく。
これまでも、寒い中で登校することはあった。でも、優奈と手を繋いでいれば平気で。
「……一人って、こんなに寒いんだな」
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『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
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