アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
62 / 292
本編-ARIA-

第61話『XX』

しおりを挟む
 5月27日、金曜日。
 午前10時。僕は美来と一緒に果歩さんの運転する車に乗って、自宅に向かっている。美来が僕の家で日曜日まで一緒に過ごしたいと言ったからだ。
 安全面を考えたら、美来の家にいた方がいいだろう。マスコミ関係者がいじめられている生徒が美来だと突き止め、家に来るかもしれないことを考えたら、僕の家にいた方がいいかもしれない。よって、僕の家で日曜日まで一緒に過ごすことにしたのだ。
 美来の家を出発してから30分ほどで、僕の家に到着した。

「それでは、美来のことをよろしくお願いします」
「分かりました」
「日曜日の夕方になったら迎えに来ますので。美来、氷室さんに粗相のないように。でも色々と頑張りなさい!」
「……う、うん!」

 色々と頑張りなさいってどういうことなんだろう? 果歩さんに訊こうと思ったけれど、できるだけ早く僕と美来を2人きりにしたかったのか、果歩さんはさっさと車で帰っていってしまった。
 3日しか経っていないけれど、ひさしぶりに帰ってきた感じだ。美来の家の広さに慣れ始めたせいか、僕の家が狭く思える。

「では、さっそく……」

 僕の部屋に入った美来は服を脱ぎ始め、クローゼットに入れておいたメイド服を着る。

「やっぱり、ここではメイド服でないと落ち着きません」
「……そうかい」
「今、コーヒーを淹れますね」
「ありがとう」

 コーヒーを淹れるメイド服姿の美来、といういつもの光景が見られて安心している。せめてもここにいる間は、少しでも美来を笑顔にさせたいな。

「智也さん、コーヒーです」

 テーブルに2つのマグカップを置き、俺と向かい合うようにして美来は座る。そんな彼女のマグカップには……やっぱり紅茶なんだな。これもいつも通り。
 美来の淹れてくれたコーヒーを一口飲むと……やはりこの味なんだな。自宅で飲むコーヒーは。でも、美来が淹れてくれるからか、心なしか美来の家で飲んだコーヒーよりも美味しく感じられる。

「……美味しいよ、美来」
「ありがとうございます。やっぱり、ここで智也さんと一緒に過ごす時間が一番好きです。ずっと一緒にいたいですけど、3日間だけなんですね」
「うん。だからこそ楽しく過ごそうね」
「……はい」

 美来は僕にゆっくりと近づいてきてキスをしてきた。

「智也さん、本当にありがとうございました。智也さんのおかげで、今があると思っています。ずっとずっと側にいてください」

 美来は再びキスをする。紅茶の香りの中に、ほんのりと彼女の甘い匂いが混ざっていて。それが時間を忘れさせてくれるような気がした。

「智也さん。月村さんをここに呼びませんか?」
「僕はいいけれど、美来はそれでいいの?」
「……ええ。週末は月村さんも入れて3人で過ごしたいんです」
「分かった」

 有紗さんも美来のことを真剣に考えていたからな。その想いが美来に届いて、美来にとって有紗さんが心強い味方に思えたのかもしれない。
 有紗さんにメッセージを送ると、有紗さんからすぐに行くというメッセージが返ってきた。


 2人きりの時間はゆっくりと穏やかに過ぎていく。
 そして、午後7時過ぎ。

「ひさしぶり、美来ちゃん、智也君」

 火曜日の朝以来の有紗さんは嬉しそうな様子。僕や美来とひさしぶりに会えたからかな。僕にキスをすると、家の中に入った。

「美来ちゃん、大丈夫?」
「色々とありましたけれど、智也さんがずっと側にいてくれましたから。それでも、学校側のことを聞いたら泣いちゃいましたけどね」
「……そっか」

 有紗さんはぎゅっと美来を抱きしめる。すると、美来は有紗さんの背中に手を回した。

「美来ちゃん。ここまでよく頑張ったね」
「智也さんや月村さんがいてくれたからです」
「日曜日の夕方まではあたしも一緒にいるから。大丈夫だよ」
「……はい」

 こうして見てみると、美来と有紗さんが姉妹のように思える。
 美来の作った夕ご飯を3人で食べる。先週末も同じように過ごしたはずなのに、今は一緒にご飯を食べられることがとても幸せに感じた。

「美来ちゃん、いじめを受けていたなんて嘘みたいに元気に見えるわね」
「そうですね」

 キッチンで夕ご飯の後片付けをしている美来のことを見ながら、僕と有紗さんは談笑する。

「よく頑張ったね、智也君。活躍ぶりは美来ちゃんから聞いているよ」

 美来の家にいたとき、美来がスマートフォンを弄っている場面を何度か見たけど、それは有紗さんと連絡をしていたのか。

「有紗さんの方はどうですか? 特に問題なく進んでいると連絡はもらっていますけど」
「うん、大丈夫よ。いつものように、提出物を作成するために必要な資料が遅れているけれど」
「ああ、いつものことですね」

 その程度なら大丈夫かな。特別に問題がないようで良かった。

「月曜日から行きますのでよろしくお願いします」
「了解。……智也君がいなくて寂しかったよ」

 有紗さんは僕に寄りかかってくる。まさか、有紗さんの匂いが懐かしいと思えるときが来るなんて。

「智也君、あたしのことも褒めてよ。あたし1人でお仕事頑張ったんだから」
「はいはい、よく頑張りました」

 有紗さんの頭を撫でると、彼女はとても嬉しそうだった。

「ふう、後片付けが終わりました……って、智也さん、月村さんとイチャイチャしているんですね。ひさしぶりに会ったんですもんね……」

 美来、僕達のことを見て頬を膨らませている。そして、自分もと言わんばかりに僕のすぐ側に座って腕を絡ませてくる。
 有紗さんも僕のことが好きだと分かってから、3人でゆっくりするときはこうして2人が僕を挟むように寄り添っていたな。
 僕は必ずどちらと付き合っていくかを決めなければいけない。それは、どちらかが僕の横からいなくなってしまうような気がして。そう思うと、たまらなく辛い。

「……智也さん、どうしたんですか? 涙を流して……」
「何でもないよ。ただ、ここで美来や有紗さんと一緒に、ゆっくりとした時間を過ごせて良かったなと思って……」

 その言葉に嘘はない。ただ、胸は締め付けられていく一途を辿る。それは、2人に返事を待たせ続けている僕への報いなのかもしれない。

「時間の許す限り、この週末はここで3人だけでゆっくり過ごしましょう」
「それ、いい考えね」

 2人とも見事に意見が一致したようだ。
 それから、僕、美来、有紗さんは日曜日の夕方まで、必要最低限の外出しかせず、僕の家でゆっくりとした週末を過ごしたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...