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本編-ARIA-
第89話『対話交渉』
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仕事が終わってから何があるかもしれないと思い、浅野さんにはよく気をつけておくように言っておいた。念には念を、私の運転する車で彼女を家まで送っていった。
ただ、それは杞憂だったのか、警察関係者から連絡が来たり、自宅に押しかけられたりすることもなく夜を明かしたのであった。
6月3日、金曜日。
午前9時半。今日も私と浅野さんは氷室の事件の調査のために警視庁を出発し、佐相警視の家に行く。
ただし、今日は美来さんや詩織さんと一緒に。私や浅野さんが再び出向いても会えないことは分かっているので、一般人である美来さんと詩織さんに頼んで、佐相柚葉と会えるかどうか試してみることにしたのだ。
昨晩、美来さんに事情を説明したところ快諾してもらい、詩織さんも学校に行っても心苦しいだけで、事件を解決することでクラスの状況が変わるかもしれないので捜査協力を快諾してもらった。
美来さんにとってはクラスで自分をいじめた張本人と会うわけになるので、そこは私達3人で彼女を守っていくことにしよう。それを踏まえて、美来さんから捜査に協力することを許してもらっている。
「それでは、鳴らしますね」
「ああ」
佐相柚葉を家の外に誘い出すのは詩織さんにお願いすることに。彼女は佐相柚葉がいじめられたときに止めたそうだし、彼女には心を許している可能性があるからな。
インターホンにはカメラが付いているので、私、美来さん、浅野さんはちょっと離れたところに立つ。
――ピンポーン。
さあ、ここからが勝負だ。頼んだぞ、詩織さん。
警視庁に佐相警視が出勤しているのは確認した。なので、上手くいけば佐相柚葉と会えるかもしれない。
『はい』
この声は……応対しているのは昨日と同じく佐相警視の奥様か。
「突然ですみません。私、柚葉ちゃんのクラスメイトの絢瀬詩織といいます。柚葉ちゃんとお話しすることはできませんか?」
『娘はクラスでいじめられたの。申し訳ないけれど、娘には会わせられないわ』
「そう言われるのは承知の上でここに来ています。言い訳と思われてかまいません。私は今のクラスの状況に耐えることができずに今日、学校を休みました」
『そ、そうなの……』
「柚葉ちゃんを悪く言うようですが、事の発端は柚葉ちゃんを中心にクラスメイトをいじめたことだと思っています。しかも、そのいじめは学校側が隠蔽しようともしました。私達に必要なのは素直に言葉を交わして、気持ちを共有することじゃないでしょうか」
詩織さんの言うように、クラスが今のような状況になってしまった発端は、佐相柚葉を中心として、美来さんをいじめたことだ。ただ、そのいじめが発覚したときにきちんとした対応をしていれば、正常な状態に戻ったかもしれない。
しかし、実際は学校側がクラスでのいじめを隠蔽しようとした。
氷室がその隠蔽を阻止して、ようやく解決の方向へと進ませたが、その代償は大きく、隠蔽に関わった校長、教頭、美来さんのクラスの担任は懲戒解雇。今の1年1組は空中分解してしまったように受け取れる。
だからこそ、次なるいじめが発生してしまった。ターゲットとなったのは美来さんへのいじめの中心となった佐相柚葉。氷室が逮捕された事件の影響で、美来さんへの心ない言葉が出るようになってしまった。
「柚葉ちゃんの気持ちを知りたいんです。私に話すことで柚葉ちゃんの気持ちを少しでも軽くできるかもしれません。柚葉ちゃんと直接会って、お互いの気持ちを知る機会を設けていただけませんか? どうかお願いします」
詩織さんは深く頭を下げた。彼女は精一杯に佐相柚葉と会って話したい気持ちを伝えてくれた。それでもダメだったら、佐相柚葉と会うのはかなり難しい状況になってしまう。果たして、彼女と会えるだろうか。
『……娘に聞いてきます』
奥様からはそんな一言が返ってきた。よし、まずは一つの壁を突破したか。
ただ、私達と実際に会うのは佐相柚葉だ。本人が会っていいと言わなければ、彼女と事件について話すことはできない。
それから1、 2分くらい経って、
『……詩織ちゃん?』
奥様とは違う声……ということは、佐相柚葉さんか。
「うん」
『……本当に詩織ちゃんだ。どうして、私のためにここまでしてくれるの? 学校でもあなただけが守ってくれたし。朝比奈さんのことをいじめたのよ?』
「確かに、柚葉ちゃんは美来ちゃんをいじめた。それはとても悪いことだよ。でも、それを理由にして、柚葉ちゃんをいじめることも間違っていると思ったから」
『……馬鹿ね。こんな私と一緒にいたら、次はあなたがいじめられるかもしれないよ?』
「もしそうなったら、そのときに考える。だから、ちょっとでもいいからお話ししようよ。それに外の空気を吸えば、気分転換もできると思うから」
『……分かったわ。すぐに行く』
よし、これで佐相柚葉と話すことができる。ただ、美来さんの姿を見て家に戻ってしまうかもしれないというのが唯一の懸念点だが。
美来さんと詩織さんは嬉しそうにハイタッチをしている。高かった壁だったが、詩織さんの力を借りて崩すことができた。これはとても大きな一歩だ。
玄関からカジュアルな姿の黒髪の少女が出てくる。彼女が佐相柚葉か。
「柚葉ちゃん」
「詩織ちゃん。それに……あなたは!」
突然、柚葉さんの表情が豹変する。そんな彼女の視線の先にいるのは美来さん。
佐相さんは門から出て、すぐさまに美来さんの胸元を掴む。
「あんたが諸澄君のことを振らなければ、こういう風にはならなかったのよ!」
美来さんにそんな怒号を飛ばす柚葉さんの眼には涙が浮かんでいる。氷室から話は聞いていたが、彼女は美来さんが諸澄司のことを振ったと思い込んでいじめを行なった。そして、彼女を中心にクラスでの美来さんへのいじめはエスカレートしていったと。
「柚葉ちゃん、聞いて。あなたが美来ちゃんにいじめを始めたとき、美来ちゃんは諸澄君に告白されていなかったの。もちろん、今も彼からは告白はされてない」
「えっ……」
「私が説明しよう。諸澄司が今、自宅謹慎処分になっている理由。それは美来さんに対する好意をきっかけにしたストーカー行為なのだよ。氷室が諸澄君から美来さんへ好意を抱いていると言われた。そのとき、美来さんには告白していないとも言っていたそうだ。ストーカーに気付いたのは先月、私が一緒にいたときだった。氷室が諸澄司のストーカー行為を美来さんに伝えたときに、彼は諸澄司が好意を持っていると初めて言ったのだよ」
「じゃあ、学校で聞いた諸澄君が朝比奈さんに告白してフラれたっていうのは……」
「それは嘘だ。正確には、氷室を通して、好意が原因のストーカー行為をしていることを知った。その後、我々が居合わせた場で美来さんは諸澄司のことを振っている。それは美来さんが学校を休むようになってからだ」
氷室から、入学直後から美来さんは多くの男子生徒からの告白を断ったと聞いている。おそらく、美来さんを恨んでいた生徒が事を大きくするために、人気の生徒である諸澄司を振ったという嘘を流したのだろう。その嘘を柚葉さんは信じ込んでしまった。
「朝比奈さん、今の話って本当なの?」
「……うん。佐相さん達からいじめられ始めた後に、智也さんを通じて諸澄君の好意とストーカー行為を知ったの。智也さんや羽賀さん、詩織ちゃんがいるところできっぱりと断ったよ。諸澄君から告白は一度もされていないよ」
「じゃあ、私はありもしないことを信じて、朝比奈さんを勝手に恨んであんなにひどいことをみんなで……ずっと……」
すると、柚葉さんはその場で泣き崩れた。彼女の泣く声が胸を締め付けられるな。きっと最も胸が痛んんでいるのは他ならぬ柚葉さん本人だろうが。本当のことを知って、ようやく自分のしたことが間違っていたと分かったのだろう。そんな彼女のことを詩織さんが後ろから抱きしめると、柚葉さんは彼女の手をそっと握る。
「柚葉さん。そういえば、自己紹介がまだだったな。私、警視庁刑事部捜査一課の羽賀尊です」
「……同じく、警視庁刑事部捜査一課の浅野千尋です」
「父親の佐相警視から聞いているかもしれないが、私達は今、氷室智也が逮捕された事件について捜査している。そのことについて、話を聞かせてくれるだろうか」
昨日の佐相警視の様子からして、柚葉さんは今回の事件に何かしら関わっているはずだ。事件を解決するには彼女から話を聞かなければならない。
「私が……」
そう声を漏らすと、柚葉さんは私の方をじっと見る。
「私がお父さんに……無実である氷室智也さんを、朝比奈さんにわいせつ行為をしたという理由で逮捕してほしいとお願いしました。お父さんはそんな私のお願いを聞き、氷室さんが逮捕されるように動いてくれたんです」
ただ、それは杞憂だったのか、警察関係者から連絡が来たり、自宅に押しかけられたりすることもなく夜を明かしたのであった。
6月3日、金曜日。
午前9時半。今日も私と浅野さんは氷室の事件の調査のために警視庁を出発し、佐相警視の家に行く。
ただし、今日は美来さんや詩織さんと一緒に。私や浅野さんが再び出向いても会えないことは分かっているので、一般人である美来さんと詩織さんに頼んで、佐相柚葉と会えるかどうか試してみることにしたのだ。
昨晩、美来さんに事情を説明したところ快諾してもらい、詩織さんも学校に行っても心苦しいだけで、事件を解決することでクラスの状況が変わるかもしれないので捜査協力を快諾してもらった。
美来さんにとってはクラスで自分をいじめた張本人と会うわけになるので、そこは私達3人で彼女を守っていくことにしよう。それを踏まえて、美来さんから捜査に協力することを許してもらっている。
「それでは、鳴らしますね」
「ああ」
佐相柚葉を家の外に誘い出すのは詩織さんにお願いすることに。彼女は佐相柚葉がいじめられたときに止めたそうだし、彼女には心を許している可能性があるからな。
インターホンにはカメラが付いているので、私、美来さん、浅野さんはちょっと離れたところに立つ。
――ピンポーン。
さあ、ここからが勝負だ。頼んだぞ、詩織さん。
警視庁に佐相警視が出勤しているのは確認した。なので、上手くいけば佐相柚葉と会えるかもしれない。
『はい』
この声は……応対しているのは昨日と同じく佐相警視の奥様か。
「突然ですみません。私、柚葉ちゃんのクラスメイトの絢瀬詩織といいます。柚葉ちゃんとお話しすることはできませんか?」
『娘はクラスでいじめられたの。申し訳ないけれど、娘には会わせられないわ』
「そう言われるのは承知の上でここに来ています。言い訳と思われてかまいません。私は今のクラスの状況に耐えることができずに今日、学校を休みました」
『そ、そうなの……』
「柚葉ちゃんを悪く言うようですが、事の発端は柚葉ちゃんを中心にクラスメイトをいじめたことだと思っています。しかも、そのいじめは学校側が隠蔽しようともしました。私達に必要なのは素直に言葉を交わして、気持ちを共有することじゃないでしょうか」
詩織さんの言うように、クラスが今のような状況になってしまった発端は、佐相柚葉を中心として、美来さんをいじめたことだ。ただ、そのいじめが発覚したときにきちんとした対応をしていれば、正常な状態に戻ったかもしれない。
しかし、実際は学校側がクラスでのいじめを隠蔽しようとした。
氷室がその隠蔽を阻止して、ようやく解決の方向へと進ませたが、その代償は大きく、隠蔽に関わった校長、教頭、美来さんのクラスの担任は懲戒解雇。今の1年1組は空中分解してしまったように受け取れる。
だからこそ、次なるいじめが発生してしまった。ターゲットとなったのは美来さんへのいじめの中心となった佐相柚葉。氷室が逮捕された事件の影響で、美来さんへの心ない言葉が出るようになってしまった。
「柚葉ちゃんの気持ちを知りたいんです。私に話すことで柚葉ちゃんの気持ちを少しでも軽くできるかもしれません。柚葉ちゃんと直接会って、お互いの気持ちを知る機会を設けていただけませんか? どうかお願いします」
詩織さんは深く頭を下げた。彼女は精一杯に佐相柚葉と会って話したい気持ちを伝えてくれた。それでもダメだったら、佐相柚葉と会うのはかなり難しい状況になってしまう。果たして、彼女と会えるだろうか。
『……娘に聞いてきます』
奥様からはそんな一言が返ってきた。よし、まずは一つの壁を突破したか。
ただ、私達と実際に会うのは佐相柚葉だ。本人が会っていいと言わなければ、彼女と事件について話すことはできない。
それから1、 2分くらい経って、
『……詩織ちゃん?』
奥様とは違う声……ということは、佐相柚葉さんか。
「うん」
『……本当に詩織ちゃんだ。どうして、私のためにここまでしてくれるの? 学校でもあなただけが守ってくれたし。朝比奈さんのことをいじめたのよ?』
「確かに、柚葉ちゃんは美来ちゃんをいじめた。それはとても悪いことだよ。でも、それを理由にして、柚葉ちゃんをいじめることも間違っていると思ったから」
『……馬鹿ね。こんな私と一緒にいたら、次はあなたがいじめられるかもしれないよ?』
「もしそうなったら、そのときに考える。だから、ちょっとでもいいからお話ししようよ。それに外の空気を吸えば、気分転換もできると思うから」
『……分かったわ。すぐに行く』
よし、これで佐相柚葉と話すことができる。ただ、美来さんの姿を見て家に戻ってしまうかもしれないというのが唯一の懸念点だが。
美来さんと詩織さんは嬉しそうにハイタッチをしている。高かった壁だったが、詩織さんの力を借りて崩すことができた。これはとても大きな一歩だ。
玄関からカジュアルな姿の黒髪の少女が出てくる。彼女が佐相柚葉か。
「柚葉ちゃん」
「詩織ちゃん。それに……あなたは!」
突然、柚葉さんの表情が豹変する。そんな彼女の視線の先にいるのは美来さん。
佐相さんは門から出て、すぐさまに美来さんの胸元を掴む。
「あんたが諸澄君のことを振らなければ、こういう風にはならなかったのよ!」
美来さんにそんな怒号を飛ばす柚葉さんの眼には涙が浮かんでいる。氷室から話は聞いていたが、彼女は美来さんが諸澄司のことを振ったと思い込んでいじめを行なった。そして、彼女を中心にクラスでの美来さんへのいじめはエスカレートしていったと。
「柚葉ちゃん、聞いて。あなたが美来ちゃんにいじめを始めたとき、美来ちゃんは諸澄君に告白されていなかったの。もちろん、今も彼からは告白はされてない」
「えっ……」
「私が説明しよう。諸澄司が今、自宅謹慎処分になっている理由。それは美来さんに対する好意をきっかけにしたストーカー行為なのだよ。氷室が諸澄君から美来さんへ好意を抱いていると言われた。そのとき、美来さんには告白していないとも言っていたそうだ。ストーカーに気付いたのは先月、私が一緒にいたときだった。氷室が諸澄司のストーカー行為を美来さんに伝えたときに、彼は諸澄司が好意を持っていると初めて言ったのだよ」
「じゃあ、学校で聞いた諸澄君が朝比奈さんに告白してフラれたっていうのは……」
「それは嘘だ。正確には、氷室を通して、好意が原因のストーカー行為をしていることを知った。その後、我々が居合わせた場で美来さんは諸澄司のことを振っている。それは美来さんが学校を休むようになってからだ」
氷室から、入学直後から美来さんは多くの男子生徒からの告白を断ったと聞いている。おそらく、美来さんを恨んでいた生徒が事を大きくするために、人気の生徒である諸澄司を振ったという嘘を流したのだろう。その嘘を柚葉さんは信じ込んでしまった。
「朝比奈さん、今の話って本当なの?」
「……うん。佐相さん達からいじめられ始めた後に、智也さんを通じて諸澄君の好意とストーカー行為を知ったの。智也さんや羽賀さん、詩織ちゃんがいるところできっぱりと断ったよ。諸澄君から告白は一度もされていないよ」
「じゃあ、私はありもしないことを信じて、朝比奈さんを勝手に恨んであんなにひどいことをみんなで……ずっと……」
すると、柚葉さんはその場で泣き崩れた。彼女の泣く声が胸を締め付けられるな。きっと最も胸が痛んんでいるのは他ならぬ柚葉さん本人だろうが。本当のことを知って、ようやく自分のしたことが間違っていたと分かったのだろう。そんな彼女のことを詩織さんが後ろから抱きしめると、柚葉さんは彼女の手をそっと握る。
「柚葉さん。そういえば、自己紹介がまだだったな。私、警視庁刑事部捜査一課の羽賀尊です」
「……同じく、警視庁刑事部捜査一課の浅野千尋です」
「父親の佐相警視から聞いているかもしれないが、私達は今、氷室智也が逮捕された事件について捜査している。そのことについて、話を聞かせてくれるだろうか」
昨日の佐相警視の様子からして、柚葉さんは今回の事件に何かしら関わっているはずだ。事件を解決するには彼女から話を聞かなければならない。
「私が……」
そう声を漏らすと、柚葉さんは私の方をじっと見る。
「私がお父さんに……無実である氷室智也さんを、朝比奈さんにわいせつ行為をしたという理由で逮捕してほしいとお願いしました。お父さんはそんな私のお願いを聞き、氷室さんが逮捕されるように動いてくれたんです」
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