アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
138 / 292
特別編-浅野狂騒曲-

第2話『ロンリーコール』

しおりを挟む
 羽賀さんが帰ってから程なくして、私も警視庁を後にします。明るいうちに職場を離れることができるなんて幸せですね。これからも世の中が平和であってほしいものです。そうなれば、私も毎日定時で帰ることができる……と思いますので。
 しかし、羽賀さんと一緒に呑めないのが本日唯一の心残りです。明日、話を聞かせてくださる約束をしたのに、何だか寂しい気分です。

「……そうだ」

 こうなったら、私も誰かと一緒に呑んでしまえばいいのです。
 スマートフォンの連絡帳を開いてみると、最初に出てきたのが『朝比奈美来』さんでした。彼女は氷室さんのことをよくご存知ですし、以前に羽賀さんや氷室さんと交えて遊んだこともあるそうなので、2人の仲良しエピソードを聞くことができるかもしれませんね。朝比奈さんは未成年なのでジュースを買っていきましょう。
 それでは、さっそく朝比奈さんに電話を掛けてみることに。

『はい、朝比奈ですが……』
「こんばんは、警視庁捜査一課の浅野です」
『……こんばんは。浅野さんが私に電話をしてくるということは、もしかして智也さん、また誰かに嵌められて羽賀さんに逮捕されることになったんですか? 今日は羽賀さんや岡村さんと一緒に呑む予定でしたのに……』

 ううっ、と朝比奈さんの泣き声が聞こえます。
 そういえば、朝比奈さんに電話を掛けたのはこれが初めてかもしれません。しかも、警視庁捜査一課と身分を言ってしまっては、氷室さんが再逮捕されることになってしまったと勘違いされても仕方ないです。これは私の落ち度です。

「朝比奈さん、落ち着いてください。氷室さんは逮捕なんてされません。むしろ、昨日で一段落した捜査で、氷室さんは色々なことに巻き込まれてしまった不運な方。むしろ被害者という立場ですよ」
『……本当ですか?』
「本当です。勘違いさせてしまい、申し訳ありませんでした」
『いえいえ、気にしないでください。私が早とちりしてしまっただけですので。でも、安心しました』

 私も……朝比奈さんがすぐにそう言ってくれて安心しました。

『では、どうして電話を掛けてくれたんですか?』

 電話を掛けた理由ですか。ええと……何て言えばいいのでしょう。

「……何だか寂しかったからです」
『……そ、それはそれは……色々とご苦労様です』

 ううっ、上手い言葉が思いつかないことも恥ずかしいですし、10歳も年下の女の子に気遣われてしまったことも恥ずかしいです。

『何かあったんですか? 私、浅野さんとはそこまで話したことないですよね。しかも、お電話では初めてかと。そんな私に電話を掛けてくるなんて……』
「そ、そうですね……」

 電話帳で最初に出てきたのがあなただったからとは言えません。とりあえず、まずは現状を伝えてみることにしましょう。

「羽賀さんが、氷室さんや岡村さんと呑む約束をしていたそうで。私も行きたいと言ったのですが、今日は3人で呑ませて欲しいと言われまして……」
『確かに、智也さんも今日は羽賀さんや岡村さんと3人で呑むと言っていましたからね』
「迷惑を掛けないと言ったんですよ! それなのに、羽賀さんが……」

 朝比奈さんに話していくうちに、段々と羽賀さんの家に突撃したい気分になってきました。強いお酒でも買って、彼の家に行ってしまいましょうかね。

『私はまだ高校生なのであまり分かりませんが、働いていると学生時代のご友人だけで話したくなるときもあるのではないでしょうか。しかも、智也さんが逮捕されてしまった事件を扱っていましたし。お2人相手なら、羽賀さんも気兼ねなく話せると思ったのではないのでしょうか。そういう時間が必要なのかもしれません』
「そ、そうかもしれないですね……」

 朝比奈さんの方が私よりもずっと大人な意見を持っていますね。何だか、人として恥ずかしくなってきました。

『本日はダメでしたが、3人なら浅野さんと一緒に呑む機会を作ってくれると思いますよ。何でしたら、私の方から智也さんに頼んでみましょうか?』
「お気持ちだけ受け取っておきます。それに、羽賀さんにそういう機会を作ってもらうように約束をしましたから」
『そうですか。なら良かったです』

 ううっ、朝比奈さんの方が私よりもずっと大人です。羽賀さんの話では、朝比奈さんは氷室さんのことを想い続け、10年間会わなかったんですよね。朝比奈さんのことに比べれば、私なんてほんのちょっとの未来に叶えられることじゃないですか。

「ありがとうございます、朝比奈さん。ちょっと元気になれた気がします」
『それは良かったです。もし、浅野さんさえ良ければ、これから家に来ますか? といっても、智也さんの家なのですが。今夜、有紗さんと一緒に夕ご飯を食べる予定なんです。カレーライスなんですが』
「い、いいのですか? 私が行ってしまって……」

 当初は羽賀さんの家に行くことができない寂しさを晴らすため、朝比奈さんのお宅に行くつもりで電話を掛けたのですが、いざ向こうから家に来るかどうか訊かれると戸惑ってしまいますね。

『もちろんですよ! 智也さんが好きなのでカレーは元々多めに作っていますし。それに、食事は人の多い方がより楽しくなると思いますから』
「そう言って頂けるのであれば、お言葉に甘えさせてください」
『ふふっ、良かった。智也さんのお家って分かりますか?』
「一度、捜査で氷室さんのお宅を家宅捜索したことがありますので分かります」

 あのときは、羽賀さんが運転する車で行きましたが……住所は覚えているので、多分、電車で行けるでしょう。

『そういえば、そうでしたね』
「今、警視庁の前にいますので、氷室さんのお宅には……1時間後くらいには着くと思います。あっ……でも、途中で飲み物やお菓子を買いたいので、もうちょっとかかるかもしれません」
『分かりました。では、お待ちしています』
「はい。では、またあとで。失礼します」

 そう言って、私の方から通話を切りました。
 向こうから誘ってくるのは予想外の展開でしたが、無事に朝比奈さんと一緒に夜を過ごせそうです。氷室さんのお宅にいるなんて、本当に付き合っている感じがしますね。現在は週末だけ一緒に過ごしているとのことですが、朝比奈さんがまだ高校生ですから、氷室さんと同棲するのはまだ先のことなのでしょうかね。
 あと、月村さんですか。彼女には氷室さんの事件の真犯人をおびき寄せるときに協力してもらいましたが、朝比奈さんよりも話したことのない方です。どのような方なのでしょうか。IT系の職業ということは男性が多いイメージがあります。もし、BLに嫌悪感がないようであれば、こちらの世界に引きずり込みましょう。

「それじゃ、行こうかな」

 警視庁の腐女子仲間の懇親会やオフ会で複数人の女性と一緒に食事をすることはありますが、一般の方とはひさしぶりなので緊張しますね。ただ、2人ともいい人なのは分かっていますので、とても楽しみです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...