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本編
プロローグ『高嶺さんの好きな人』
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『高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。』
本編
「好きです! オレと付き合ってください!」
「……ごめんなさい。気持ちは嬉しいですけど、あなたとは付き合えません」
これで何度目だろうか。
クラスメイトの女子・高嶺結衣さんが、金井高校の生徒に告白されているところを見るのは。記憶の限りでも、両手では数え切れないほどの回数は見た。
容姿端麗であり、トップの成績で入試を合格するほどの頭の良さ。背も女子としては高めで、スタイルもかなりいい。お淑やかであり、セミロングの艶やかな黒髪なのもあって『大和撫子』と称する生徒もいる。ただ、それは一部の生徒だけ。
高嶺という名字から、大多数の生徒は高嶺さんのことを『高嶺の花』と称していた。俺もその通称はベストだと納得した。
「ど、どうしてダメなんですか! 理由が分からないと諦められない! やっぱり、好きな人が?」
「はい。私には好きな人がいるんです。ですから、あなたとは付き合えません。ごめんなさい」
「……わ、分かった」
告白した男子生徒は涙をボロボロと流し、校舎の中へ入っていった。
入学してから1ヶ月ちょっと。高嶺さんに告白してフラれる……という光景は見慣れたものとなった。なので、フラれた男子生徒を馬鹿にしたり、貶したりする生徒は全然いない。
「高嶺さんにフラれる生徒がまた1人増えちまったな」
「だな。いったい、高嶺さんは誰が好きなんだろうな?」
「ゴールデンウィーク前から言い始めたらしいから、この学校の生徒じゃね?」
男子生徒達のそんな会話が聞こえてくる。
そう。告白されては振ってきた高嶺さんだけど、ゴールデンウィークの前に突如、『好きな人がいる』という理由で振るようになったのだ。それでも、男子を中心に高嶺さんに告白する生徒は絶えず。それだけ、高嶺さんがとても魅力的な人なのだろう。
ちなみに、俺・低田悠真と高嶺さんの関わりは、単なるクラスメイトなので、何度か教室で挨拶したり、バイトをしている喫茶店に来たときに「頑張ってね」などと軽く言葉を交わしたりするくらいだ。性格がいいのか、高嶺さんは俺にも笑顔を向けてくれる。
もし、高嶺さんと付き合ったら、高校生活が楽しくなるんだろうな。ただ、高嶺さんは高嶺の花だし、俺には縁のないことだろう。
昼休み。
数学Ⅰのノートを提出するため、教卓に置き、俺はお手洗いに向かった。
今日も半分以上が過ぎたと思いながら用を足し、お手洗いから教室へ戻ろうとしたときだった。
「きゃっ」
前方から女子のそんな声が聞こえてきた。
すると、俺の目の前で高嶺さんが尻餅をついていた。そんな彼女の前には、クラスで回収した数学Ⅰのノートがぶちまけられていた。
「高嶺さん、大丈夫か? ケガはないか?」
「……うん。大丈夫だよ、低田君」
「それなら良かった。俺もノートを拾うよ」
「ありがとう。私、たまにこういう風になっちゃうんだよね。だから、教室でノートを集めているとき、ちょっと不安だったんだ」
「……そうか」
高嶺さんははにかみながらノートを拾っていく。
ちなみに、こういったドジをたまにしてしまうのも、高嶺さんの人気に拍車をかけているらしい。確かに、今の高嶺さんはちょっと可愛らしかった。
あと、高嶺さんの甘い匂いを初めてはっきりと感じられた。
「金髪ヲタメガネ低田、ノートを落としたの?」
「よりによって、高嶺さんの手を煩わせるなんてね。高嶺さん超優しい」
近くにいた2人の女子生徒達が蔑んだ様子で言ってくる。
まったく、生来の髪の色が金髪なのも、メガネをかけているのも、昼休みにスマホでアニメを観るのも校則違反じゃないのに。みっともない。今のような言葉は、昔から言われ慣れているので気にしないでおく。
「ノートをぶちまけたのは私の方だよ。彼はそんな私を助けてくれたの」
「そ、そうなの?」
「低田にもまともな部分があるんだ」
想像と違うことを高嶺さんに指摘されてしまったからか、女子生徒達は気まずそうな様子で逃げていった。
俺は自分が拾った分のノートを、高嶺さんが拾い集めたノートの上にそっと乗せる。高嶺さんと目が合うと、彼女はにっこりと笑った。至近距離から向けられる笑みなので、さすがにキュンとなる。こんなにも綺麗で、可愛らしいのか。
「ありがとう、低田君」
「どういたしまして。こちらこそ、さっきはフォローしてくれてありがとう」
「気にしないで。それに、ありもしないことで、クラスメイトの子が悪く言われるのは嫌だもん」
高嶺さんは不機嫌そうな様子になる。さっきの笑顔もあってか、こういったネガティブな感情を出した顔でさえも可愛らしく思えた。
「高嶺さんさえよければ、俺も持っていくのを手伝うけど」
「ううん、大丈夫だよ。それに、せっかくの昼休みだもん。低田君の好きなことをして。いつもイヤホンをつけて、スマホを見ているじゃない」
確かに、昼休みはイヤホンをつけて、スマホを眺めることが多い。アニメを観たり、好きなアーティストのMVを再生したり。クラスメイトのことをよく見ているんだな、高嶺さんは。
まさか、高嶺さんの好きな人って俺……なんてこと、あるのだろうか?
「じゃあ、高嶺さんのお言葉に甘えて、教室でアニメやMVを観ながら、楽しい昼休みの時間を過ごすよ。また転ばないように気を付けるんだぞ」
「うん、ありがとう」
俺は高嶺さんの後ろ姿が見えなくなるまで見守る。後ろ姿も美しい。そんな高嶺さんとすれ違う生徒のほとんどが彼女のことを見ていた。
一度も転ぶことなく彼女の姿が見えなくなったことにほっとし、俺は教室へと戻るのであった。
放課後。
今週は掃除当番じゃないし、今日はバイトも入っていない。そして、大好きなラブコメ漫画の新刊の発売日。こういう日は本屋に直行し、すぐに家に帰って読むに限る!
俺は終礼が終わるとすぐに下校して、駅前のショッピングセンター『エオン』の中にある『よつば書店』という本屋に向かう。
「おっ、あった。『俺達、受験に勝ってみせます!』の第10巻!」
お目当ての漫画があって喜びと安心感が。
他にも面白い漫画やライトノベルがあるかどうか店内をぐるぐると回った後、漫画を購入した。
書店の近くにあった自動販売機で、ボトル缶の缶コーヒーを買う。
しかし、蓋を開けた際にコーヒーが吹き出し、手が汚れてしまった。なので、ブレザーのポケットに入っているハンカチをどうにか取り出そうとするけど、
「あれ? ないな」
おかしいな。ズボンのポケットにもなかった。どうやら、どこかで落としてしまったようだ。
今日のハンカチは俺のお気に入りだし、学校に戻って探してみるか。
近くのお手洗いで手を洗って、さっそく学校へと戻り始める。
道端に落ちている可能性もあるので、周りを注意深く見たけれど、学校に到着するまでにハンカチは見つかることはなかった。
落とし物として届けられているかもしれないので、学校に戻った俺は事務室でハンカチが届いていないかどうか訊く。しかし、ハンカチは届けられていなかった。
「じゃあ、教室かな……」
そういえば、終礼前にもお手洗いに行って、ハンカチで手を拭きながら教室に戻ったことを思い出した。そのときに、床に落としたのかな。もしそうなら、掃除当番の人が、教卓の上とかに置いてくれているかも。そんなことを考えながら1年2組の教室に向かうと、
「はあっ……いい匂い……」
教室の中から女子の声が聞こえた。とても可愛らしい声だけれど、誰の声だろう? 高嶺さんっぽい感じだけど。
こっそりと教室の中を覗いてみると、高嶺さんが窓側最後尾の俺の席に座り、両手で何かを持っていた。彼女の手元をよーく見てみると……俺のハンカチじゃないか! 彼女が拾ってくれたのだろうか。
「はあっ、はあっ……幸せ。石鹸混じりの低田君の匂いも凄くいい……」
高嶺さんはそう呟くと、興奮した様子で足をバタバタさせる。時々、「うへへっ」「えへへっ」といった下品さを感じされる笑い声も出している。
彼女は……本当に高嶺さんなのだろうか?
高嶺さんはお淑やかで清楚な雰囲気を持つ女子だ。声に出して笑うことは当然あるけど、今のような下品さや厭らしさ感じる笑い方をしたことは一度もなかった。
きっと、俺が知らないだけで、俺の席に座っている彼女は双子の姉か妹なのだろう。そうであるに違いない。
「あれ? 扉の方からも低田君の匂いがしてくる。ハンカチを落としたことに気付いて帰ってきたのかな?」
腰が抜けそうになった。あの距離から俺の匂いが分かるのかよ。
ここは高嶺さんの姉か妹と思われる女性からハンカチを受け取り、さっさと家に帰ろう。
「よ、よう」
意を決し、俺は教室の中に入る。掃除も終わってしばらく経っているからか、教室に居るのは高嶺さん似の女子しかいない。
高嶺さん似の女子はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「やっぱり低田君だった!」
「……君が持っているそのハンカチ、俺のなんだ。高嶺さんに双子の姉妹がいるなんて初めて知ったよ。君は俺を知っていたみたいだけど」
「……えっ?」
高嶺さん似の女子はきょとんとした様子で俺のことを見てくる。まさか、双子の姉妹ではなくて、とてもよく似た従姉妹だったのか?
「私、妹はいるけど、双子じゃなくて3歳年下の中学生だよ」
「そうなのか。ということは、君は高嶺結衣さんご本人?」
「そうだよ。低田君って面白いね」
「……は、ははっ」
ご本人であることの衝撃が大きく、全身に悪寒が走った。それもあって、乾いた笑い声しか出せない。
「……た、高嶺さん。ハンカチを拾ってくれてありがとう。俺に返してくれるか?」
俺が右手を差し出すと、高嶺さんは俺のハンカチを自分のブレザーにしまう。そして、両手で俺の右手をぎゅっと掴んでくる。
「ハンカチを返す前に、私の想いを聞いてほしいの」
「えっ?」
高嶺さんは真剣な表情をして俺のことを見つめ、
「低田悠真君。あなたのことが好きです。恋人として付き合ってくれませんか?」
本編
「好きです! オレと付き合ってください!」
「……ごめんなさい。気持ちは嬉しいですけど、あなたとは付き合えません」
これで何度目だろうか。
クラスメイトの女子・高嶺結衣さんが、金井高校の生徒に告白されているところを見るのは。記憶の限りでも、両手では数え切れないほどの回数は見た。
容姿端麗であり、トップの成績で入試を合格するほどの頭の良さ。背も女子としては高めで、スタイルもかなりいい。お淑やかであり、セミロングの艶やかな黒髪なのもあって『大和撫子』と称する生徒もいる。ただ、それは一部の生徒だけ。
高嶺という名字から、大多数の生徒は高嶺さんのことを『高嶺の花』と称していた。俺もその通称はベストだと納得した。
「ど、どうしてダメなんですか! 理由が分からないと諦められない! やっぱり、好きな人が?」
「はい。私には好きな人がいるんです。ですから、あなたとは付き合えません。ごめんなさい」
「……わ、分かった」
告白した男子生徒は涙をボロボロと流し、校舎の中へ入っていった。
入学してから1ヶ月ちょっと。高嶺さんに告白してフラれる……という光景は見慣れたものとなった。なので、フラれた男子生徒を馬鹿にしたり、貶したりする生徒は全然いない。
「高嶺さんにフラれる生徒がまた1人増えちまったな」
「だな。いったい、高嶺さんは誰が好きなんだろうな?」
「ゴールデンウィーク前から言い始めたらしいから、この学校の生徒じゃね?」
男子生徒達のそんな会話が聞こえてくる。
そう。告白されては振ってきた高嶺さんだけど、ゴールデンウィークの前に突如、『好きな人がいる』という理由で振るようになったのだ。それでも、男子を中心に高嶺さんに告白する生徒は絶えず。それだけ、高嶺さんがとても魅力的な人なのだろう。
ちなみに、俺・低田悠真と高嶺さんの関わりは、単なるクラスメイトなので、何度か教室で挨拶したり、バイトをしている喫茶店に来たときに「頑張ってね」などと軽く言葉を交わしたりするくらいだ。性格がいいのか、高嶺さんは俺にも笑顔を向けてくれる。
もし、高嶺さんと付き合ったら、高校生活が楽しくなるんだろうな。ただ、高嶺さんは高嶺の花だし、俺には縁のないことだろう。
昼休み。
数学Ⅰのノートを提出するため、教卓に置き、俺はお手洗いに向かった。
今日も半分以上が過ぎたと思いながら用を足し、お手洗いから教室へ戻ろうとしたときだった。
「きゃっ」
前方から女子のそんな声が聞こえてきた。
すると、俺の目の前で高嶺さんが尻餅をついていた。そんな彼女の前には、クラスで回収した数学Ⅰのノートがぶちまけられていた。
「高嶺さん、大丈夫か? ケガはないか?」
「……うん。大丈夫だよ、低田君」
「それなら良かった。俺もノートを拾うよ」
「ありがとう。私、たまにこういう風になっちゃうんだよね。だから、教室でノートを集めているとき、ちょっと不安だったんだ」
「……そうか」
高嶺さんははにかみながらノートを拾っていく。
ちなみに、こういったドジをたまにしてしまうのも、高嶺さんの人気に拍車をかけているらしい。確かに、今の高嶺さんはちょっと可愛らしかった。
あと、高嶺さんの甘い匂いを初めてはっきりと感じられた。
「金髪ヲタメガネ低田、ノートを落としたの?」
「よりによって、高嶺さんの手を煩わせるなんてね。高嶺さん超優しい」
近くにいた2人の女子生徒達が蔑んだ様子で言ってくる。
まったく、生来の髪の色が金髪なのも、メガネをかけているのも、昼休みにスマホでアニメを観るのも校則違反じゃないのに。みっともない。今のような言葉は、昔から言われ慣れているので気にしないでおく。
「ノートをぶちまけたのは私の方だよ。彼はそんな私を助けてくれたの」
「そ、そうなの?」
「低田にもまともな部分があるんだ」
想像と違うことを高嶺さんに指摘されてしまったからか、女子生徒達は気まずそうな様子で逃げていった。
俺は自分が拾った分のノートを、高嶺さんが拾い集めたノートの上にそっと乗せる。高嶺さんと目が合うと、彼女はにっこりと笑った。至近距離から向けられる笑みなので、さすがにキュンとなる。こんなにも綺麗で、可愛らしいのか。
「ありがとう、低田君」
「どういたしまして。こちらこそ、さっきはフォローしてくれてありがとう」
「気にしないで。それに、ありもしないことで、クラスメイトの子が悪く言われるのは嫌だもん」
高嶺さんは不機嫌そうな様子になる。さっきの笑顔もあってか、こういったネガティブな感情を出した顔でさえも可愛らしく思えた。
「高嶺さんさえよければ、俺も持っていくのを手伝うけど」
「ううん、大丈夫だよ。それに、せっかくの昼休みだもん。低田君の好きなことをして。いつもイヤホンをつけて、スマホを見ているじゃない」
確かに、昼休みはイヤホンをつけて、スマホを眺めることが多い。アニメを観たり、好きなアーティストのMVを再生したり。クラスメイトのことをよく見ているんだな、高嶺さんは。
まさか、高嶺さんの好きな人って俺……なんてこと、あるのだろうか?
「じゃあ、高嶺さんのお言葉に甘えて、教室でアニメやMVを観ながら、楽しい昼休みの時間を過ごすよ。また転ばないように気を付けるんだぞ」
「うん、ありがとう」
俺は高嶺さんの後ろ姿が見えなくなるまで見守る。後ろ姿も美しい。そんな高嶺さんとすれ違う生徒のほとんどが彼女のことを見ていた。
一度も転ぶことなく彼女の姿が見えなくなったことにほっとし、俺は教室へと戻るのであった。
放課後。
今週は掃除当番じゃないし、今日はバイトも入っていない。そして、大好きなラブコメ漫画の新刊の発売日。こういう日は本屋に直行し、すぐに家に帰って読むに限る!
俺は終礼が終わるとすぐに下校して、駅前のショッピングセンター『エオン』の中にある『よつば書店』という本屋に向かう。
「おっ、あった。『俺達、受験に勝ってみせます!』の第10巻!」
お目当ての漫画があって喜びと安心感が。
他にも面白い漫画やライトノベルがあるかどうか店内をぐるぐると回った後、漫画を購入した。
書店の近くにあった自動販売機で、ボトル缶の缶コーヒーを買う。
しかし、蓋を開けた際にコーヒーが吹き出し、手が汚れてしまった。なので、ブレザーのポケットに入っているハンカチをどうにか取り出そうとするけど、
「あれ? ないな」
おかしいな。ズボンのポケットにもなかった。どうやら、どこかで落としてしまったようだ。
今日のハンカチは俺のお気に入りだし、学校に戻って探してみるか。
近くのお手洗いで手を洗って、さっそく学校へと戻り始める。
道端に落ちている可能性もあるので、周りを注意深く見たけれど、学校に到着するまでにハンカチは見つかることはなかった。
落とし物として届けられているかもしれないので、学校に戻った俺は事務室でハンカチが届いていないかどうか訊く。しかし、ハンカチは届けられていなかった。
「じゃあ、教室かな……」
そういえば、終礼前にもお手洗いに行って、ハンカチで手を拭きながら教室に戻ったことを思い出した。そのときに、床に落としたのかな。もしそうなら、掃除当番の人が、教卓の上とかに置いてくれているかも。そんなことを考えながら1年2組の教室に向かうと、
「はあっ……いい匂い……」
教室の中から女子の声が聞こえた。とても可愛らしい声だけれど、誰の声だろう? 高嶺さんっぽい感じだけど。
こっそりと教室の中を覗いてみると、高嶺さんが窓側最後尾の俺の席に座り、両手で何かを持っていた。彼女の手元をよーく見てみると……俺のハンカチじゃないか! 彼女が拾ってくれたのだろうか。
「はあっ、はあっ……幸せ。石鹸混じりの低田君の匂いも凄くいい……」
高嶺さんはそう呟くと、興奮した様子で足をバタバタさせる。時々、「うへへっ」「えへへっ」といった下品さを感じされる笑い声も出している。
彼女は……本当に高嶺さんなのだろうか?
高嶺さんはお淑やかで清楚な雰囲気を持つ女子だ。声に出して笑うことは当然あるけど、今のような下品さや厭らしさ感じる笑い方をしたことは一度もなかった。
きっと、俺が知らないだけで、俺の席に座っている彼女は双子の姉か妹なのだろう。そうであるに違いない。
「あれ? 扉の方からも低田君の匂いがしてくる。ハンカチを落としたことに気付いて帰ってきたのかな?」
腰が抜けそうになった。あの距離から俺の匂いが分かるのかよ。
ここは高嶺さんの姉か妹と思われる女性からハンカチを受け取り、さっさと家に帰ろう。
「よ、よう」
意を決し、俺は教室の中に入る。掃除も終わってしばらく経っているからか、教室に居るのは高嶺さん似の女子しかいない。
高嶺さん似の女子はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「やっぱり低田君だった!」
「……君が持っているそのハンカチ、俺のなんだ。高嶺さんに双子の姉妹がいるなんて初めて知ったよ。君は俺を知っていたみたいだけど」
「……えっ?」
高嶺さん似の女子はきょとんとした様子で俺のことを見てくる。まさか、双子の姉妹ではなくて、とてもよく似た従姉妹だったのか?
「私、妹はいるけど、双子じゃなくて3歳年下の中学生だよ」
「そうなのか。ということは、君は高嶺結衣さんご本人?」
「そうだよ。低田君って面白いね」
「……は、ははっ」
ご本人であることの衝撃が大きく、全身に悪寒が走った。それもあって、乾いた笑い声しか出せない。
「……た、高嶺さん。ハンカチを拾ってくれてありがとう。俺に返してくれるか?」
俺が右手を差し出すと、高嶺さんは俺のハンカチを自分のブレザーにしまう。そして、両手で俺の右手をぎゅっと掴んでくる。
「ハンカチを返す前に、私の想いを聞いてほしいの」
「えっ?」
高嶺さんは真剣な表情をして俺のことを見つめ、
「低田悠真君。あなたのことが好きです。恋人として付き合ってくれませんか?」
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