高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ

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本編

第63話『からかい上手の高嶺さん』

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「美味しかった! ごちそうさまでした。本当にありがとう」
「いえいえ。完食してくれて嬉しい。美味しそうに食べてくれたし」

 買ってきた甲斐があったな。伊集院さんに訊いて正解だった。大好物だからなのもあるだろうけど、プリンを食べきれるほどの食欲があって一安心だ。

「悠真君。体温を測りたいから、体温計を持ってきてくれるかな。そこのテーブルにあると思うんだけど」
「……ああ、これか」

 ローテーブルの上にあった体温計を高嶺さんに渡すと、高嶺さんは体温計を腋に挟む。その際に胸元がチラッと見えてしまったので、慌てて視線を逸らした。

 ――ピピッ。
「……37度2分か。朝は38度以上あったから、これでもだいぶ下がったよ」
「そうなんだ。良かった」
「悠真君がプリンを食べさせてくれたおかげだよ」

 微笑みながら言う高嶺さん。あれで少しでも体調が良くなったのなら良かった。

「ね、ねえ、悠真君。汗拭いてくれない? たくさん寝たから汗掻いちゃって。背中だけでもいいから」

 頬を赤くしてそう言う高嶺さん。普段は変態な発言もするけど、こういうときはしおらしくなるんだな。
 それにしても、男子が女子の汗を拭くなんて。何だかまずそうな気がする。恋人や家族ならまだしも。
 ただ、高嶺さんがやってほしいと言っているし、今は2人きり。一昨日は高嶺さんに汗を拭いてもらったから、

「分かった。じゃあ、背中を拭くよ」
「……ありがとう。前の方も拭きたくなったらいつでも言ってね。大歓迎」
「はいはい。それで、タオルはどこにあるんだ? タンスか? それとも洗面所?」
「1階の洗面所にあるよ」
「じゃあ、取りに行ってくる。高嶺さんはその間に……拭かれる準備をしておいてくれ」
「分かった。戻ってきたときはノックしてくれるかな?」
「了解」

 俺は1階に行き、リビングにいた裕子さんに事情を説明して、洗面所の収納庫からタオルを1枚取る。怒られるかもしれないと思ったけど、裕子さんは「私も風邪を引いたときに、主人に体を拭いてもらったわぁ」と楽しそうに思い出を語ってくれた。……親子だな。
 ――コンコン。
 高嶺さんの部屋の前に戻り、忘れずにノックをする。

「入ってきていいよ」

 中から、そんな高嶺さんの返事が聞こえたので、俺は部屋の扉を開ける。
 ベッドには背中を露わにしていた高嶺さんの姿が。ふとんを肩に引っかけているので、見えてはまずい部分は見えていない。

「ただいま、高嶺さん。タオル持ってきた。勝手に棚を開けるのは悪い気がしたから、裕子さんに正直に事情を説明した」
「うん、分かったよ。さっそく背中を拭いてくれますか?」
「ああ、分かった」

 俺はベッドのすぐ側まで行き、膝立ちをする。
 目の前で改めて高嶺さんの背中を見ると、とても白くて綺麗な肌をしているな。ちゃんとくびれもあって。生まれ持ったものもあるだろうけど、ストレッチを習慣にしているらしいので、その賜物とも言えそうだ。

「……じっと見ちゃって。悠真君もえっちぃね」
「丸見えの状態の背中が目の前にあるんだぞ。目を奪われるって。とても綺麗だし」
「……ありがとう。嬉しくて、今すぐに生の胸に悠真君の顔を埋めさせたい気分だよ」
「そんなことされたら、きっと今の高嶺さんよりも熱が高くなりそうだ。じゃあ、拭くよ」
「はい、お願いします」

 持ってきたタオルを使って高嶺さんの背中を拭いていく。
 素肌を晒し、汗を掻いているからか、普段よりも強く高嶺さんの匂いを感じてドキドキしてくる。

「どうだ? この拭き方だと痛いか?」
「ううん、とっても気持ちいいよ」
「じゃあ、こんな感じで拭いていくよ」

 その後も高嶺さんの背中を優しく拭いていった。
 たまに、高嶺さんは「んっ」と甘い声を漏らしてきた。理性をフルに働かせたので、俺が高嶺さんに変なことをしてしまう事態にはならなかった。

「よし、このくらいでいいか?」
「……うん、ありがとう。スッキリしたよ。……前の方も拭く?」
「それはさすがに自分で頼む。結構ドキドキしているんだ」
「ふふっ、分かったよ。拭いてくれてありがとう」
「いえいえ。俺は一旦、外に出てるよ。終わったら呼んでくれ」

 テーブルの上に置いてあるスマホを持って、俺は高嶺さんの部屋から出た。
 一昨日、俺の体を拭いた後の高嶺さんはこういう気持ちだったのだろうか。そんなことを考えながら、スマホでパズルゲームをする。いつもなら普通にクリアできるのに、今日は手元が狂ってしまってタイムオーバーになってしまった。
 10分ほど経って、桃色の寝間着に着替えた高嶺さんが、タオルとさっきまで着ていた寝間着を持って部屋から出てきた。

「着替え終わったよ。さっきまで着てた寝間着とかを洗面所に持って行くから、悠真君は中で待ってて」
「分かった」

 俺は再び高嶺さんの部屋の中に入り、ベッドの近くに置いてある椅子に腰を下ろす。
 一昨日は高嶺さん、俺のベッドの中に上半身を突っ込んでいたな。俺はやらんが。引き続き、パズルゲームをやるけれど、今日は調子が悪いんだな。全然クリアできねえ。

「ただいま。……ふああっ」

 部屋の中に入ってきた途端に、高嶺さんはあくびをする。俺と目が合うと高嶺さんははにかむ。

「悠真君のいる前で大きなあくびをしちゃった。恥ずかしい。何だか眠くなってきちゃった」
「眠たいのはいいことだぞ。体調が悪いときは特に寝た方がいい」

 俺も長時間寝たら、その度に体調が良くなっていったからな。
 高嶺さんはベッドに横になり、肩までしっかりとふとんをかける。

「せっかく悠真君が来てくれたのにな。寝るのはもったいないけど、悠真君がそう言うなら寝るよ。ただ、その……眠るまでは側にいてくれるかな。寂しいから」
「分かった。じゃあ、高嶺さんが寝たら俺は帰るよ」
「……うん、分かった」

 ただ、俺がお見舞いに来たとき、高嶺さんは俺の匂いを感じたから起きたように思えた。俺がここにいたら高嶺さんは眠れるのだろうか。
 部屋の照明を消し、勉強机の椅子に座って高嶺さんを見守ることに。

「じゃあ、おやすみ。またね、悠真君」
「……おやすみ」

 俺がそう言うと、高嶺さんは微笑みながらゆっくりと目を瞑った。
 普段の顔も可愛らしいけれど、高嶺さんの寝顔って本当に可愛いなと思う。何もしてこないっていう安心感があるからだろうか。

「んっ……」

 さっそく、高嶺さんは気持ち良さそうな寝息を立てる。元々、寝付きがいいタイプなのだろうか。こんなに早く眠ることができるなら大丈夫そうだな。
 起きてしまわないように気を付けながら、俺は高嶺さんの頭を撫でる。

「……元気になったのは良かったけど、今日は学校に高嶺さんがいなくて寂しかったよ。高嶺さんもきっと、一昨日や昨日は同じような気持ちだったんだろうな。だから、ここで高嶺さんの姿を見て、話せて良かった。早く元気になって、学校やバイト先で会おうな」

 教室に高嶺さんの姿がないと、心に穴が空いた感覚があって。高嶺さんと話せないことに物足りなさを感じて。この部屋で高嶺さんと会ったら、君は風邪を引いているけれど、安心感を覚えて。それだけ、俺にとって高嶺さんの存在が大きくなっているのだろう。

『元気になったのは良かったけど、今日は学校に高嶺さんがいなくて寂しかったよ。』
「……えっ?」

 どうして、俺の声がベッドの中から聞こえるんだ? それに、今の言葉……さっき俺が言った内容に思えるんですけど。

「ふふっ……」

 高嶺さんは声に出して笑うと、ゆっくりと目を開け、俺を見つめてくる。

「……高嶺さん。狸寝入りしていたのか?」
「そうだよ。狸寝入りならぬ高寝入りだね」
「上手いこと言ったつもりか」

 元気だったら頭を軽く叩くところだけど、今は病人なので高嶺さんの頭に手を乗せる。

「ふふっ。……私が眠ったように見えたら、悠真君が何か言ってくれるかなぁって思ったから。2人きりだし。だから、録音モードして待ち構えていたの」
「……その思惑に嵌まっちまったわけか」
「大成功。それにしても、私がいなくて寂しかったんだね」
「いや、それは……」
「……悠真君は1人で嘘を呟くのが趣味なのかな? 虚言癖?」
「そんな趣味も体質もないよ。……さ、寂しかったよ」

 あぁ、恥ずかしい。本音だからこそ凄く恥ずかしいし照れくさい。こんなことになるんだったら、プリンを食べさせたり、背中を拭いたりしたときにでも寂しいって言っちまえば良かった。顔が熱くなってきたな。
 ただ、高嶺さんも同じような感情を抱いているのか、笑みが浮かんでいる高嶺さんの顔は真っ赤になる。

「顔、赤いよ?」
「……高嶺さんだって凄く赤いぞ」
「ふふっ、そうなっているのは誰のせいかな? ……凄く嬉しいよ。さっき、悠真君が言った通り、一昨日と昨日は、学校に悠真君がいなくて寂しかったから。だから、同じような気持ちを抱いてくれたことが嬉しくて。何か本音を言ってくれるかなぁって淡い期待を抱いていたんだけど、こんなに素敵なことを言ってくれるなんて。……ずるいよ。きっと、朝よりも熱があると思う」
「……もしそうなっていたら謝るよ」

 狸寝入りして、俺の言葉を盗聴した罰もあるんじゃないだろうか。高嶺さんが病人なので言わないでおくけど。
 まるで、高嶺さんの風邪がうつってしまったかのように、顔にあった強い熱が全身へと広がっていく。

「ここに居続けると、本当に熱がぶり返しそうな気がしてきた」
「ふふっ。私がうつして風邪引かせちゃったらごめんね。じゃあ、今度は本当に寝るよ」
「ああ。ゆっくり寝るんだよ」
「……うん」

 そう言うと、高嶺さんは俺に顔を近づけ、
 ――ちゅっ。
 右頬にキスしてきた。熱くなっているけど、高嶺さんの唇の温もりは柔らかな感触と甘い匂いと共にはっきりと感じられた。

「お見舞いに来てくれたり、大好きなプリンを食べさせてくれたり、汗を拭いてくれたり、素敵な気持ちを伝えてくれたり。たくさんのことをしてくれたお礼だよ」
「……そいつはどうも」

 今のキスにキュンとして、より全身が熱くなってしまった。それは言わないけど、きっと高嶺さんにバレている気がする。

「おやすみ、悠真君。できれば、また明日……学校で」
「ああ。お大事に。おやすみ、高嶺さん」

 俺は何も言わずに目を瞑り、穏やかに呼吸する高嶺さんのことを見守った。
 気付けば、高嶺さんの家に来てから小一時間経っていた。あっという間だったな。授業は凄く長く感じたのに。それだけ、高嶺さんと一緒にいる時間が楽しくて、いいと思えたのだろう。そんなことを考えながら、俺は高嶺さんの家を後にした。
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