高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ

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本編

第65話『リアル』

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 俺も高嶺さんも体調が回復し、ようやく日常が戻ってきた気がする。中間試験も終わったし、しばらくはまた平和な時間を過ごせるだろう。
 木曜、金曜と穏やかに時間が過ぎていく。
 また、両日とも放課後にはバイトがあった。特に木曜日は体調が良くなってから初めてのバイトだったので、中野先輩や大垣店長達にとても優しくしてもらって。あと、高嶺さん達も来てくれて。それもあって、バイトをしても再び体調を崩してしまうことはなかった。


『低変人さん、今週もお疲れ様!』
『お疲れ様でした、桐花さん』

 金曜日の夜。いつも通り、メッセンジャーで桐花さんと会話し始める。桐花さんとこうして話すと、今週も終わったのだと安心できる。

『今日もバイトだったんだよね? 2日連続でバイトして体調は大丈夫?』
『大丈夫です。バイトの先輩方や店長が優しくしてくださったり、友達がお店に来てくれたりしましたから。普段よりも疲れはないです』
『それなら良かった。低変人さんにとって今週は色々あったし、本当にお疲れ様』
『ありがとうございます』

 月曜日と火曜日は体調を崩して学校を休んだし、水曜日は高嶺さんが休んだ。お互いにお見舞いに行ったり、俺は華頂さん達に低変人だと正体を明かしたり。いつにないことが多かった1週間だったので、かなり長く感じた。

『ところで……低変人さん。週末ってバイトはある?』
『日曜日の昼過ぎから夜までです。それ以外は何も予定は入っていないですね。何か一緒にやりますか? 久しぶりに、何かアニメを一緒に観ながら語るとか』

 と言っても、お互いに好きなアニメをリアルタイムで観たり、同じタイミングで再生したりして、チャットで感想を語り合う形だけど。これまでに何度かやったことがある。これが結構楽しくて、あっという間に時間が過ぎていくのだ。

『それもいいけど、低変人さんと他にやりたいことがあるの』

 他にやりたいこと? 同時にアニメの鑑賞をすること以外には何があるだろう? 桐花さんとはアニメだけじゃなくて、お互いに好きなミュージシャンがいる。同じタイミングでアルバムを聴くとか?
 桐花さんからのメッセージが来ないまま3分くらい経ち、俺から「どんなことですか?」とメッセージを打とうとしたときだった。

『明日、低変人さんに会いたい』
「えっ?」

 桐花さんからのメッセージを見て、思わず声が出てしまった。
 この前、高嶺さん達がお見舞いに来てくれたことを桐花さんに話したとき、桐花さんも直接会ってみたいとは言ってくれていた。俺も「いつか会いましょうか」と返事した。ただ、それから3日ほどで、桐花さんから会いたいと言われるとは思わなかったのだ。

『俺に会いたい……ですか』
『うん。火曜日の夜だっけ。友達がお見舞いに来てくれたとき、低変人さんは私に会いたいって言ったって教えてくれたじゃない。私もそのときに会ってみたいって言ったから。私も土曜日は予定ないから、低変人さんと会いたいなって。中間試験も終わって、低変人さんの体調も良くなったし。低変人さんと顔を合わせて、2人きりで色々なことを話したくて。伝えたいこともあるの』

 桐花さんと交流を始めてから2年以上。桐花さんとは低変人の作品やお互いに好きなアニメや音楽などについて、色々なことを話してきた。ただし、それは今のようにメッセンジャーやTubutter上で文字を使っての会話のみだった。
 桐花さんの話したいことや伝えたいことが何なのかは分からないけど、桐花さんのやりたいことを実現させたい。

『分かりました。明日、会いましょう。ただ、お互いに住んでいる場所次第では、結構難しいかもしれません。俺は東京に住んでいますけど、桐花さんは?』
『私も東京だよ』
『そうなんですか!』

 観られるテレビの放送局が同じだから、関東地方に住んでいるとは分かっていたけど。都内在住だと分かって一気に桐花さんが近く感じられる。

『俺はNR東京中央線沿線に住んでいるのですが』
『私も同じ沿線だよ』 

 沿線まで一緒だったとは。
 もしかしたら、この前『ひまわりと綾瀬さん。』を観に行ったとき、桐花さんも花宮の映画館に見に行ったのかも。同じ上映回で観た可能性もあるか。

『そうなんですか。それなら、簡単に会えそうですね。俺の家の最寄り駅は武蔵金井駅なんですけど、桐花さんは分かりますか?』
『うん、分かるよ。駅の近くにエオンとかあるよね。じゃあ、武蔵金井駅の改札口の近くで待ち合わせしない? 時間は午後1時半で。大丈夫かな?』
『大丈夫です』
『じゃあ、それで決まりだね。明日、待ち合わせの時間が近くになったら、どんな服装をして待っているかを、Tubutterのダイレクトメッセージに写真で送るから。それを頼りに私を見つけてくれるかな』
『分かりました』
『……じゃあ、また明日ね。今度は直接ね』
『はい。楽しみにしています。また明日会いましょう』

 俺がそんなメッセージを送ると、桐花さんのアイコンがオフライン状態になった。
 まさか、桐花さんと直接会って話すときが来るとは。2年以上、たくさん話してきたけど、凄く緊張してきた。
 同年代の女性だと推測しているけれど、桐花さんってどんな雰囲気の人なんだろう。ドキドキしてくる。

「……そうだ。高嶺さんと華頂さんにメッセージを送っておこう」

 今のところ、週末の間に2人との約束はないけれど、これから遊ぼうとか会おうとかメッセージを送ってくる可能性は考えられる。明日はバイトがないと2人も知っているし、華頂さんは俺と2人きりの時間を過ごすのもいいかもとこの前言っていたから。

『ついさっき、明日の午後にも予定が入って。もし俺と遊びたいなら土曜か日曜の午前中でお願いします』

 というメッセージを高嶺さんと華頂さんにLIMEでそれぞれ送った。
 ――プルルッ、プルルッ。
 何度も鳴ったので確認してみると、高嶺さんと華頂さんからメッセージが届いたと通知が。

『分かった、悠真君』
『ゆう君、分かったよ』

 とりあえず、これで明日は大丈夫かな。
 その後、芹花姉さんにお風呂が空いたと言われたので、すぐにお風呂に入った。
 午後だけど、明日は桐花さんと会うので早く寝ることに。ただ、明日のことを考えると緊張してしまい、なかなか眠りにつくことができなかったのであった。



 6月1日、土曜日。
 今年も夏が始まった。いつもなら、季節が始まるだけでは特別感がないけど、今日は桐花さんと初めて会う予定だ。きっと、思い出深い一日になるのは間違いないだろう。
 土日とも午後は予定があると伝えたし、特に高嶺さんの方は遊びたいとか、会いたいとメッセージが来ると思ったけど、そんなことは一切なかった。1人で静かな時間を過ごすのもいいけれど、ちょっと寂しさを感じた。
 芹花姉さんも、今日はサークルの集まりがあり、朝食を食べたら大学へ行ってしまったし。その流れで、姉さんは大学の友達の家に遊びに行くそうだ。
 ただ、録画した昨日放送の深夜アニメを観たので、午前中があっという間に過ぎていった。
 両親と昼食の焼きうどんを食べ終わったときは、桐花さんと待ち合わせする午後1時半まであと30分ほどに。そろそろ準備するか。
 スマホを確認するけど、届いていたのは広告メールくらいで、桐花さんからメッセージは来ていなかった。
 武蔵金井駅に早めに到着できるように、俺は午後1時15分に家を出発した。
 今日はどんな思い出を持って家に帰るのだろうか。そんなことを思いながら、駅に向かって歩く。

「風が気持ちいいな」

 陽差しが暑いけど、空気が爽やかで風が涼しく感じる。だから、黒いロングカーディガンを着ていても気持ちがいい。
 ――プルルッ。
 駅が見えたところでスマホが鳴る。確認すると、Tubutterを通じて桐花さんからダイレクトメッセージと写真が届いているとの通知が。どんな服装をしているのか送ってくれるって昨日言っていたな。

『駅に着いたよ。今日の私の服装の写真を送るね。今のところ、こういう格好は私しかいないから、きっと分かると思う。だから、この服装を見つけたら私だと思ってね』

 そんなメッセージと共に送られた写真には、首から下の桐花さんの姿が写っていた。桃色の半袖のワンピースか。先週の高嶺さんと同じくらいに胸元が開いているな。
 ただ、このとても大きな胸に、写真の上側にちょっとだけ見えるショートボブの赤紫色の髪って。

「……まさか」

 そんな特徴を持つ人を俺は1人だけ知っている。最近はたくさん会って話しているので、その人の顔がすぐに思い浮かんだ。
 俺は小走りで武蔵金井駅に向かい、北口から構内に入る。
 桐花さんから送られた写真と、改札口を交互に見る。

「……いた」

 桐花さんのメッセージ通り、桐花さんのような服装の人はここには1人しかいなかった。
 その人の髪は、さっき桐花さんが送ってくれた写真のようにショートボブの赤紫色。まさか、彼女が桐花さんだったなんて。2年以上、ネット上で話していたなんて。
 俺はその人のところへ向かった。

「すみません。あなたが……この写真を送ってくれた桐花さんという方でしょうか」

 俺がそう問いかけると、その人は俺をしっかりと見つめて、ニッコリと笑った。その笑顔が可愛らしいのはもちろんのこと、彼女が桐花さんだったのかという驚きもあって、鼓動が全身へ激しく伝わっていく。

「はい、そうです。……ゆう君」
「……華頂さんだったのか。桐花さんの正体は」

 そう。桐花さんなのかと問いかけた女性の名前は……華頂胡桃。
 華頂さんは笑顔のまま、しっかりと頷いた。

「そうだよ。あたしが桐花です。桐花としては初めましてだね。……低変人さん」
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