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特別編6

第15話『七夕祭り-後編-』

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 それからすぐにチョコバナナを食べ終え、俺達は再び縁日へ戻る。
 まだ飲み物系は買っていなかったのでラムネを飲んだり、甘いものが続いたのでお口直しに焼き鳥を食べたり。お祭りらしいグルメを結衣と一緒に楽しむ。そんな中、

「……あっ」

 そう声を漏らして、結衣は立ち止まる。
 俺達の側にある屋台は……射的か。七夕祭りが始まってから結構経つけど、台には景品がたくさん並んでいる。スナック菓子やトランプなどのおもちゃの定番から、何年か前に放送されていたロボットアニメのフィギュアまである。

「何か欲しい景品があるのか?」
「うん。あそこにあるニャン太郎先生のぬいぐるみ」

 結衣の指先にあるのは、あやかし系の少女漫画に登場する「ニャン太郎先生」という灰色と白のハチ割れ猫のぬいぐるみ。パッと見た感じ、サイズは両手に乗るくらいだろうか。
 ぬいぐるみの箱には何カ所かへこみがある。これまでにも挑戦した人がいたけど諦めさせてきたことが窺える。

「よし。じゃあ……俺がニャン太郎先生のぬいぐるみを取るよ」
「いいの?」

 普段よりも高い声色でそう言うと、結衣は目を輝かせて俺を見てくる。

「もちろん。今まで何度も芹花姉さんに射的の景品が欲しいって頼まれてゲットことがあるからさ」
「そうなんだ。凄いね! 私、射的は苦手で。一度、スナック菓子をゲットしたことくらいで」
「そうなのか。……2、3年ぶりだけど頑張ってみるよ」
「うん! 応援するね!」

 ふんす、と鼻を鳴らす結衣。そんな姿は昔、俺に景品を取って欲しいと頼んできた芹花姉さんと重なる。この応援があればきっと取れるだろう。……彼氏として頑張らなければ。
 これが相場なのかは分からないけど、コルク3発で100円。お店のおじさんが「後ろに倒れたらOKだよ」と言ってくれた。できれば、この3発で決めたいところ。
 コルクをライフルの銃口にセットし、ニャン太郎先生のぬいぐるみの箱に狙いを定める。記憶通りなら、上側に当てると箱が倒れやすいはず。
 ――パンッ!
 1発目。狙いが思ったよりも上だったようで、コルクは箱に掠りもせずに奥の壁に当たった。

「外したか」
「でも、箱のすぐ上をコルクが飛んでったよ!」
「思ったよりも近いところを飛んでいったんだな」
「うん! あと、銃を構える悠真君、凄くかっこいいよ! スマホで写真撮っちゃった」
「そうだったのか。集中していて全然気づかなかった」
「……今の言葉でよりかっこよく見えるよ」

 うっとりとした表情で見つめてくる結衣。……絶対にぬいぐるみを取ってやる。そう思いながら、銃口に2発目のコルクをセットする。
 さっきは箱の上をコルクが飛んでいった。結衣曰く、箱のすぐ上を。ということは、さっきよりも少し高さを落として――。
 ――パンッ!
 2発目。軌道修正をしたことが功を奏し、コルクはぬいぐるみの箱の中央上の部分に命中する。しかし、箱が少し後ろに傾くだけで、倒れることはなかった。

「くそっ、惜しい!」
「でも、ちゃんと当てられて凄いよ!」

 結衣は興奮した様子でそう言うと、小さく拍手をしてくれる。ゲットできたわけでもないのにそんな反応をしてくれるとは。とても優しい恋人である。

「いけそうな気がするよ、結衣」
「惜しいね、彼氏さん。当てた場所が惜しかった。これがヒントだ」
「当てた場所が惜しかった……」

 そういえば、小さい頃……芹花姉さんが欲しがった魔法少女の人形をゲットしたとき、当時の店番のおじさんがヒントをくれたな。……いけそうだ。
 銃口に最後のコルクをセット。高さはさっきと同じだが、さっきよりも右の方に狙いを定める。
 この3発目で絶対に倒すために集中しよう。そのために深呼吸する。
 ――パンッ!
 3発目。撃ったコルクはぬいぐるみの箱の右上部分に命中。ニャン太郎先生のぬいぐるみの箱はゆっくりと後ろへと倒れていった。

「よしっ!」
「やったね! 凄いよ、悠真君!」

 結衣はとても嬉しそうな様子で、横から俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。ぬいぐるみを取ったお礼なのか、俺の頬に何度もキスしてきて。周りに人がたくさんいるけど、今は不思議と恥ずかしさはなかった。

「お見事! よく落とせたな。彼氏さん、かっけぇなぁ」

 おじさんはニヤリと笑い、大きく拍手してくる。

「ありがとうございます。当てた場所が惜しかったという言葉で……別の方だったんですけど、小さい頃にお店の方が教えてもらったコツを思い出せました」

 箱の景品の場合、右上か左上にコルクを当てると倒れやすいことを。
 射的のおじさんから、レジ袋に入れた状態でニャン太郎先生のぬいぐるみを受け取る。
 ゲットできた記念に、ぬいぐるみの箱を抱きしめた結衣をスマホで撮る。写真に写る結衣は本当に嬉しそうで。
 これまで俺は手ぶらだったので、ぬいぐるみは帰りに結衣と別れるまで俺が持つことにした。

「悠真君、本当にありがとう! ぬいぐるみ、大切にするね」
「そうしてくれると嬉しいよ」

 たまにでもいいので、ニャン太郎先生のぬいぐるみを見て、結衣が今日のお祭りのことを思い出してくれたら嬉しい。
 俺も結衣の家に行ってこのぬいぐるみを見たら、今日のことを思い出すのだろう。大人になって、このぬいぐるみをきっかけに、結衣と楽しく思い出話ができたらいいな。
 それからも、胡桃達と合流するまでの間、結衣と2人きりのお祭りの時間を楽しむのであった。



 胡桃達と別れてから1時間ほど経ち、待ち合わせの場所である短冊コーナーの近くへ向かう。すると、既にそこには胡桃達5人の姿があった。

「おーい、みんなー」

 と、結衣が声をかけて手を振ると、5人はこちらに向かって手を振ってくれた。俺達に気づいてくれたと分かり安心する。

「結衣、低田君、お祭りデートは楽しめましたか?」
「うん!」
「満喫できたよ、伊集院さん。……ありがとう」

 俺がお礼を言うと、伊集院さんと胡桃は嬉しそうな笑顔を見せる。

「それは良かった。……ゆう君、何か買ったの?」
「射的でニャン太郎先生のぬいぐるみを取ったんだよ。結衣が欲しがっていたからさ」
「そのキャラクターが出てくる漫画、結衣は中学時代からずっと好きですからね」
「そうなんだ。結衣ちゃん、良かったね」
「うんっ!」

 射的でぬいぐるみを取ったときのように、結衣は嬉しそうに俺をぎゅっと抱きしめてきた。ニャン太郎先生のぬいぐるみを取れて本当に良かったよ。

「さすがはユウちゃん! 小さい頃から、私の欲しいものをいっぱい取ってくれたよね」
「悠真は射的が得意なんですね。クレーンゲームも得意だそうですから、それも納得です」
「ぬいぐるみを取ったときのてい……低田君を見てみたかったわ。ライフルで狙いを定めるときの姿がかっこよくなる人は多いし」
「杏樹先生の言う通り、狙いを定めているときの悠真君はとてもかっこよかったです! 普段からかっこいいですけどね!」
「結衣ちゃんの言う通りだね!」

 そう言って、芹花姉さんは結衣と何度も頷き合っている。
 こんなにもみんなから褒め言葉を言われると、嬉しさよりも照れくさい気持ちの方が強い。低田悠真として、家族や親戚以外から、今のように一度にたくさん褒められた経験が全然ないからだろうか。それでも、褒めてくれる人が結衣達だから、ぬいぐるみをゲットできたことを誇らしく思えるのであった。
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