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夏休み編2

第1話『マイシスター-キスマーク編-』

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 8月4日、日曜日。
 目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。もう朝になっているのか。
 今日はスッキリと起きられたなぁ。疲れは感じない。旅の疲れが程良かったり、芹花姉さんと一緒に寝たりしたことで、いい睡眠ができたのかもしれない。

「ユ、ユウちゃん。おはよう」

 芹花姉さんはもう起きているのか。姉さんの方に視線を向けると……そこには頬をほんのりと赤くして、俺をチラチラと見る姉さんがいる。そんな姉さんの顔に笑みはない。どこか申し訳なさそうにしていて。どうしたんだろう? 俺と一緒に寝て、俺より先に起きたなら、俺の寝顔とか匂いを堪能して笑顔になっていそうなのに。

「おはよう、芹花姉さん。何かあったのか?」
「……ごめんね、ユウちゃん。寝ている間に……しちゃった」
「えっ?」

 して……しまったのか?
 掛け布団をめくって、俺と芹花姉さんの体やベッドの状態を確認する。……見たところ、どこにもおかしい点はない。体の感覚的にも……普段の寝起きとさほど変わりない。普段よりも強い温もりや、姉さんの甘い匂いを感じることくらいで。

「姉さんはいったい……俺に何をしたんだ?」
「……キ、キスマーク付けちゃった。ユウちゃんの左の首筋に……」

 キスマークという言葉が恥ずかしかったのか、芹花姉さんの顔の赤みが強くなる。
 ナイトテーブルに置いてある自分のスマートフォンを手に取る。インカメラを使って自分の首の状態を確認しよう。
 スリープ状態を解除すると、現在の時刻は午前7時半であると分かった。昨日は10時半過ぎに寝たから、およそ9時間寝たことになる。それだけ眠れば、スッキリと起きられて、体の疲れも感じないわけだ。
 カメラアプリを起動し、インカメラで俺の首の様子を見てみる。
 さっき、芹花姉さんは……左の首筋にキスマークを付けてしまったと言っていたな。その部分を確認すると――。

「ああ……左の首筋に、一カ所ポツンと赤くなっている部分があるな。昨日、風呂に入っているときにはなかったね」
「そうだよね。髪で隠れそうなところだけど。昨日、車に乗っていたとき、ユウちゃんの左の首筋にそんな赤い痕は見た覚えはないよ」
「そっか。今は夏だし、寝ている間に蝦に刺された可能性もありそうだけど……どうして、姉さんはこの赤い痕がキスマークだと思ったんだ?」
「……目を覚ましたら、赤くなっている部分を咥えちゃっていたの。口を離したら、今みたいに赤くなっていて」
「な、なるほどなぁ。それじゃ、キスマークだと思っても無理はないか」

 蚊に刺された箇所のようなかゆみも感じない。姉さんによるキスマークで確定だろう。

「それに、夢にもユウちゃんが出てきてね。頬にキスしたのも覚えているよ」
「そんな夢に体が動かされて、現実でもキスしたってことか。マークが付くってことは、吸ってもいたことになるが。実際には頬じゃなくて首筋だったけど」
「そんな感じだと思う。こんな夢を見たのは、ユウちゃんと一緒に寝たし、旅行中の海水浴でユウちゃんの頬にキスしたからだと思う」
「なるほどね」

 ブラコンの芹花姉さんだから、納得のいく筋書きだ。
 そういえば、小さい頃……芹花姉さんと一緒に寝た翌朝に、俺の頬に赤い痕ができていたことが何回かあったな。今まで理由が分からなかったけど、それらは全て姉さんが寝ている間に付けたキスマークだったのかもしれない。

「ごめんね、ユウちゃん。今日はバイトがあるのに。それに、さすがにキスマークは結衣ちゃんに申し訳ないよ……」
「付けちゃったものはしょうがない。次からは気をつけてくれ……といっても、寝ている間のことだから難しそうか」
「……む、難しいかも。とりあえず、しばらくの間は『ユウちゃんにキスマークつけない!』って強く心に念じてから寝るよ!」
「それがいいだろうな。まあ、髪で隠れそうなところだけど、バイトもあるから念のために絆創膏を貼っておくよ。バイトの後に結衣の家に行くけど、もし結衣に訊かれたら……正直に答えておく。芹花姉さんの寝ている間の行動だって分かれば、結衣も許してくれるかもしれない」
「うん、分かった。もし、説明が必要だったら、私がちゃんと言うからね!」
「そのときはよろしく頼む」

 俺だけでなく、芹花姉さんも説明すれば、結衣は事情を理解し許してくれるんじゃないかと思う。海水浴で俺の頬にキスしたときも、結衣は楽しく笑っていたし。
 朝の7時半なので、俺達はもう起きることに。
 絆創膏を持って、芹花姉さんと一緒に2階の洗面所へ。
 洗面台の鏡を見ると……キスマークは髪で大部分が隠れている。ただ、何をきっかけにキスマークが露出するかは分からない。なので、やっぱり念のために絆創膏を貼ろう。
 芹花姉さんにキスマークが隠れるように絆創膏を貼ってもらう。その際、縦方向に貼ってもらった。

「……うん。縦方向に貼ってもらったから、絆創膏も髪に隠れてあまり見えないよ」
「良かった」

 芹花姉さんはほっと胸を撫で下ろしていた。
 その後、私服に着替えて、1階のキッチンで家族4人で朝食を食べる。その際に両親から左の首に貼ってある絆創膏を指摘されることはなかったのであった。



 シフトの通り、俺は中野先輩と一緒に午前9時からチェーンの喫茶店・ムーンバックスで接客のバイトをしている。
 日曜日なのでカウンターに立った直後から結構な数のお客様に接客しているが、芹花姉さんとたっぷり寝たのもあって、いつも通りに接客の仕事ができている。昨日までは「シフトを入れるなら、せめてお昼からにしておけば良かったかなぁ」と思ったけど。
 左の首筋に貼ってある絆創膏については、髪で上手く隠せているのもあってか、誰からも訊かれることはない。
 また、中野先輩と俺が持ってきた温泉旅行のお土産の温泉饅頭と抹茶味のゴーフレットは、スタッフのみなさんに好評らしい。休憩中はもちろんのこと、カウンターに立っているときも俺達はお礼を言われた。休憩場所のスタッフルームに置いてあるので、休憩の際に普段よりも疲れが取れたら幸いである。
 中野先輩も俺も、最初の休憩のときに抹茶のゴーフレットを1枚食べた。お昼のまかない以外では食べ物を口に入れることは全然ないので、普段以上に疲れが取れるし、楽しい休憩時間になった。
 最初の休憩が終わって、少し経った頃……午前11時過ぎくらいだろうか。

「お疲れ様、悠真君。中野先輩もお疲れ様です」

 結衣が来店しに来てくれた。黒のデニムパンツに淡い灰色のノースリーブの縦ニットという服装。なので、彼女の持つスタイルの良さが強調されている。そんな結衣に男性中心に視線が集まっている。
 俺と目が合うと、結衣は爽やかな笑みを浮かべて小さく手を振る。

「ありがとう、結衣」
「ありがとね、高嶺ちゃん」

 隣のカウンターに立つ中野先輩は、接客が終わった直後だったので結衣にそう言った。
 結衣は俺の担当するカウンターに来てくれる。

「いらっしゃいませ。今日の服装も似合っているね。可愛いよ」
「ありがとう!」
「今日は午後に結衣の家に行くし、旅行の翌日だからここには来ないかもしれないって思っていたよ」
「疲れが残っていたら、家にずっといたと思う。実は旅行中に私がスマホで撮った写真や、みんながLIMEのグループトークにアップしてくれた写真のうちのいくつかを、エオンの中にある写真屋さんで現像してもらうように注文してきたの。それで、出来上がるまでの間はここで過ごそうって思ったんだ」
「そうだったんだ。じゃあ、午後に俺が行くときには、現像した写真を見られるのかな」
「そうだね。悠真君と私が写っている写真中心に現像してもらっているから、楽しみにしてて!」
「ああ、楽しみにしているよ」

 旅行中は結衣や俺を含めて、スマホやデジカメで写真を撮ることが多かった。結衣がどんな写真を現像したのか楽しみだな。今の写真の話を聞いて、今日のバイトがより頑張れそうだ。

「雑談はここら辺にして接客するよ。店内でお召し上がりですか?」
「はい!」
「店内ですね。ご注文をどうぞ」
「ブレンドのアイスコーヒーSサイズを1つ。ミルクはいらないです。シロップは……1つもらおうかな」
「かしこまりました。ブレンドのアイスコーヒーSサイズをお1つに、シロップをお1つ」
「はい。あとは……悠真君をお持ち帰りで」

 そんな注文を出すと、うふふっ……と結衣は物凄く楽しそうに笑っている。結衣ならそんなことを言うと思ったよ。結衣のおかげで、周りにいるお客様が笑顔になっているから注意はしないでおこう。

「それは昨晩承っておりますよ。午後2時過ぎにお客様のご自宅に伺います」
「はいっ」

 うっとりした様子で俺を見つめながら、結衣はとても甘い声でそんな返事をした。そんな結衣が凄く可愛いから頬が緩んでしまう。

「ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「250円となります」

 結衣から250円ちょうどを受け取り、結衣が注文したアイスのブレンドコーヒーSサイズとシロップ1つを用意した。

「ブレンドのアイスコーヒーSサイズとシロップになります」
「ありがとう、悠真君。バイト頑張ってね。午後を楽しみにしてるよ」
「うん。ありがとう」

 俺からコーヒーとガムシロップを受け取ると、結衣は再び俺に手を振り、中野先輩に軽く頭を下げてカウンターを後にした。
 そういえば、首に貼ってある絆創膏については何も言われなかったな。髪に隠れて見えなかったのかな。気づいたけど、バイト中だし午後に会うので訊かなかっただけの可能性も考えられるけど。
 結衣はカウンター席に座って、さっそくアイスコーヒーを飲んでいる。シロップを入れていないけど、普通に飲んでいるな。以前、ブラックコーヒーに苦戦する姿を見たことがあるので、ブラックコーヒーを飲めるようになった姿を見られて嬉しい。
 2、3口ほど飲んだ後、結衣はガムシロップを入れて、再びアイスコーヒーを飲み始める。それまでよりも美味しそうに飲んでいて。可愛いな、俺の恋人。
 それから30分ほどは、店内にいる結衣の姿をたまに見て癒されるのであった。
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