恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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続編

第2話『2人きりの時間』

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 氷織と正式に付き合い始めたことの挨拶が無事に済んだので、俺は氷織と七海ちゃんと一緒に、リビングを後にする。

「ちゃんと挨拶できて良かった」
「そうですね。お疲れ様でした。明斗さんに何か冷たいものを用意しますね」
「ありがとう、氷織」
「お姉ちゃん。あたし、沙綾さん達が来るまで自分の部屋にいるよ。紙透さんが来るまで勉強していたし、長めの休憩ってことで」

 七海ちゃんはそう言うと、氷織に向かってウインクする。そんな七海ちゃんに、氷織は笑顔で「分かりました」と言った。
 今の七海ちゃんの口ぶりからして、俺が来るまで氷織と七海ちゃんは氷織の部屋で一緒に試験勉強をしていたのかな。

「じゃあ、沙綾さん達が来るまで、あたしは自分の部屋にいますね」
「分かった。俺は氷織の部屋で待っているよ」
「はい。適当にくつろいでいてください」
「ああ」

 俺は七海ちゃんと一緒に2階に上がる。七海ちゃんとは氷織の部屋の前で別れ、一人で氷織の部屋の中に入った。
 これからみんなで勉強会をするからか、部屋の真ん中には2つのローテーブルがくっつけられた状態で置かれている。その周りには7人分のクッションがあって。
 氷織のベッド側には3つのクッションがあり、そのうちの2つの前のテーブルには、筆記道具やノート、教科書が置かれている。よく見ると、それらは氷織と七海ちゃんのものだ。マグカップも2つ置かれており、どちらにも紅茶が入っていた。さっき、氷織にキスしたときに紅茶の匂いを感じたのは、この紅茶を飲んでいたからかな。
 氷織が座っていたと思われるクッションの隣に座り、勉強道具が入っているトートバッグをローテーブルに置く。
 部屋にある2つの窓が網戸の状態で開いており、そのおかげで部屋の中には涼しい空気が流れている。そのことで、青山姉妹の甘い匂いも香ってきて。

「氷織が来るまでゆっくりしていようかな……うん?」

 周りを見ると、ベッドの側のナイトテーブルに本があることに気づく。どんな本なのか見てみよう。
 ナイトテーブルの近くまで行くと、そこには制服姿の男子と女子が描かれた美しい表紙が印象的な本が置かれていた。作品名は……『空駆ける天使』か。これは第1巻だ。この作品名、最近どこかで見た気がする。
 手に取って、ペラペラめくってみると……これは漫画なんだ。本文の絵柄も綺麗だなぁ。

「お待たせしました……あら、ベッドの近くで本を読んでいますね」

 気づけば、氷織が部屋に戻ってきていた。氷織は右手に白いマグカップを持っている。氷織は俺のトートバッグの近くにマグカップを置くと、俺のすぐ側までやってきた。

「ナイトテーブルにある本が気になってさ。勝手に見てごめん」
「いえいえ、かまいませんよ。その漫画……『空駆ける天使』は先週末にアニメーション映画が公開されまして。なので、久しぶりに読んでいたんです」
「そうだったんだ」

 どこかで見たことがあるタイトル名だと思ったら、映画のテレビCMやネット広告で見たんだ。

「その作品は全3巻の恋愛系の少女漫画で。コミックスが発売されたときにも泣けると評判でしたが、映画の方もかなり評判がいいみたいです」
「そうなんだ。最近観たCMで、泣いたっていう女性のインタビューが流れた気がする」
「私もそのCMを何度か見ました。私、この作品が結構好きで。もし良ければ、中間試験明けの週末に、一緒に映画を観に行きませんか?」
「うん、いいよ。少女漫画原作だけど、恋愛もののアニメーションだからね。氷織の好きな作品だって知ったら興味出てきた」
「そうですか! ありがとうございますっ!」

 氷織はとても嬉しそうに言い、輝かせた目で俺を見てくる。好きな漫画が原作のアニメーション映画を、恋人と一緒に見に行くことになったらこういう反応になるよな。
 漫画をナイトテーブルに置き、スラックスのポケットからスマートフォンを取り出す。カレンダーアプリで今週末の予定を確認する。

「今週末で予定が空いているのは……土曜日だね。金曜の放課後と日曜日はバイトが入っているから」
「私も土曜日は大丈夫ですよ」
「分かった。じゃあ、土曜日のところに『氷織と映画』って予定を入れておこう」
「私も後で入れておきましょう。観に行く映画館や上映回については、また後日決めましょう」
「了解」

 俺は中間試験明けの土曜……22日のところに、『氷織と映画 空駆ける天使』という題名で予定を書き込んでおく。試験明けに氷織との予定があるのは嬉しいな。

「試験明けに明斗さんとデートする予定ができるのが嬉しいです。映画デートは初めてですから」
「俺も同じようなことを考えてたよ。それにしても……映画デートか。いい響きだ」
「ふふっ。この漫画、お貸ししましょうか? 私は何度か読みましたので、ストーリーは頭の中に入っていますし。もし、映画を観る前に内容を知りたいのであれば」
「……気持ちは有り難いけど、借りないでおくよ。せっかくだから、内容をあまり知らない状態で映画を観てみたい。泣ける作品らしいし」
「なるほど。それはいいかもしれませんね。じゃあ、私も映画を観るまではネタバレしないように気をつけますね」
「ありがとう」

 あと、普段はそんなに使わないけど、TubutterというSNSで映画の感想ツイートを見ないように、『空駆ける天使』というワードをミュートしておくか。

「それにしても、デートの予定があると試験勉強のやる気が上がってきますね」
「そうだな。ただ、みんなが来るまではのんびりしていよう。今は2人きりなんだし」
「それがいいですね」

 俺は氷織と隣同士でクッションに座る。
 氷織の持ってきてくれたマグカップには……アイスコーヒーが入っている。さっそく一口飲む。

「……おっ、ブラックだ。苦味がしっかりしていて美味しい」
「良かったです。明斗君は苦味の強いコーヒーが好きですもんね」
「そうそう。好みに合わせて作ってくれて嬉しいよ。ありがとう、氷織」

 氷織の頭を優しく撫でると、氷織は柔和な笑みを浮かべて「えへっ」と笑った。俺の彼女は本当に可愛いなぁ。
 幸福な気分の中で、アイスブラックコーヒーを一口。好みに合わせて作ってくれたと分かったから、さっき以上に美味しく感じられる。
 あと、何か物凄い視線を感じるな。氷織の方を見てみると、彼女は俺のことをじっと見つめていた。

「どうしたの、氷織。俺のことをじっと見て」
「……明斗さんの横顔が素敵で。さっき、お父さん達に付き合い始めたことを挨拶したときの明斗さんの横顔……とてもかっこよくて。言葉も相まって物凄くキュンとしました」
「そうだったんだ」

 大切な場だったから、俺は亮さん達に対して真剣に挨拶した。その姿が氷織にとっては凄くかっこよく見えたのか。今の氷織の話を聞いてキュンとなったよ。

「夏希さんと鉢合わせたときにも思いましたけど、明斗さんが隣にいてくれると本当に心強くて。安心して。これからもずっと、明斗さんの隣にいたいって思いました」
「氷織にそう思ってもらえて嬉しいよ。俺もずっと氷織の隣にいたいって思ってる」
「……嬉しいです」

 その言葉が嘘偽りないと示すかのように、氷織の笑顔が嬉しそうなものに変わっていく。そんな彼女の笑顔は段々と近づき、やがて唇に温かくて柔らかな感触を感じるように。玄関では俺からキスしたけど、氷織からされるキスもいいなぁ。
 玄関のときよりも長いキスをした後、氷織から唇を離す。すると、氷織はうっとりした様子で俺を見る。

「嬉しすぎてキスしちゃいました。……2時まであと20分ほどありますし、クッションを動かしてベッドの側でゆったりしませんか?」
「それがいいね」

 俺と氷織は自分の座っているクッションをベッドの側まで動かし、ベッドに寄り掛かる体勢で座る。その際、氷織は俺の右肩に寄り掛かってきて。そのことで服越しに氷織の温もりと柔らかさを感じるように。

「ベッドの側で隣同士に座ると落ち着きますね。アニメのBlu-rayを一緒に観るときの姿勢だからでしょうか。好きな姿勢なので、何時間でもこうしていられます」
「そっか。俺もこうして氷織と隣同士に座るのが好きだよ。肩に頭を乗せられると、ちょっとドキドキするんだけど、それがまた心地いいんだ」
「そうですか。心地よさを与えられて嬉しいです」

 氷織は右頬にキスしてくる。2人きりのときだけかもしれないが、氷織は嬉しい気持ちになると俺にキスする癖があるのかも。

「明斗さん。今日、明斗さんだけ沙綾さん達よりも30分早く来てほしいとお願いしたじゃないですか」
「そうだね。ご家族に付き合ったことの挨拶をするからって」
「はい。でも、挨拶だけなら、15分前……いえ、10分前でも良かったんです。ただ、30分前に呼んだのは、今みたいな2人きりの時間をちょっと過ごしたくて。もちろん、皆さんと一緒にいる時間も好きですけど。ただ、七海にはそんな私の狙いがすぐにバレました」

 と、はにかみながら話す氷織。
 俺と2人きりの時間を過ごしたいから、30分早く来てもらったという真意を聞くと、氷織がより可愛らしく思える。
 あと、氷織の考えをすぐに見抜くとはさすがは妹。思い返すと、「みんなが来るまで自分の部屋にいる」と七海ちゃんが言ったとき、彼女は氷織に向かってウインクをしていた。あれは、「みんなが来るまで2人きりの時間を楽しんで」という意味だったのか。

「可愛いな、氷織は」
「……2人きりの時間が作れて良かったです」
「そうだね。明日は俺の家で勉強会をする予定だけど、氷織だけはみんなより30分くらい前に来てもらおうかな。家族への挨拶もそうだし、2人きりの時間を過ごすためにも」
「はいっ」

 可愛らしく返事をすると、氷織はしっかり首肯した。
 俺は両脚を開き、左手でその間の部分をポンポンと叩く。

「氷織。ここに来てくれるかな。氷織のことを抱きしめてキスしたい。2人きりでいられるのはあと少しだし、ちょっとでも多く氷織のことを感じたいんだ」
「……喜んで」

 氷織は静かに返事をすると、俺の両脚の間へ移動し、俺と向かい合う形となる。
 氷織のことをそっと抱き寄せる。さっき、氷織に寄り掛かられたとき以上に、彼女の温もりと柔らかさ、甘い匂いを感じて。

「明斗さんに抱きしめられるの……好きです。明斗さんに優しく包まれている感じがして。ドキドキしますけど、ゆったりもできるといいますか。おかしいですね」
「俺は……おかしくないと思うけどな。服越しだけど、氷織と体が密着して俺もドキドキしてる。でも、氷織の温もりとか匂いが感じられて、可愛い笑顔が目の前にあるから安らげるよ。こうしていると、『氷織が好きだな……』って強く思うんだ」
「私も抱きしめられると、明斗さんへの好きな気持ちがどんどん膨らんでいきます。ずっとこのままでいたいと思うほどに。明斗さん……大好きです」
「俺も氷織が大好きだよ」

 好きな気持ちを伝え合って、俺からキスする。
 今日3度目のキスだからだろうか。それとも、氷織を抱きしめているからだろうか。今日の中で最も氷織の温もりが強く伝わってくる。その温もりはいつまでも触れていたいと思わせる優しさもあって。

「んっ……」

 氷織のそんな甘い声が聞こえると、彼女は舌を俺の口の中に入れ込ませて、俺の舌に絡ませていく。それと同時に、俺の背中から氷織の温もりが感じられるように。おそらく、両手を俺の背中へと回したのだろう。
 舌を絡ませるキスは正式に付き合い始めた日に、この部屋で2人きりで試験勉強した際の休憩以来だ。あのとき以上に氷織の舌の絡ませ方が激しい。あのときと同じく、俺はブラックコーヒーを飲んだ後なので、当時のキスも思い出して。だから、体が熱くなって、心臓の鼓動も激しくなっていく。やがて、氷織の体からも熱や鼓動が伝わってくる。
 しばらくキスをした後、氷織の方から唇を離した。氷織はとても恍惚とした表情になっている。荒くなっている彼女の熱い吐息が、首からデコルテにかかってくすぐったい。

「明斗さんとのキス……気持ち良くて本当に好きです。明斗さんへの好きな気持ちがどんどん膨らんでいきます」

 普段よりも艶っぽい声でそう言う氷織。

「俺もキスすると氷織への大好きな気持ちがもっと膨らむよ」
「嬉しいです、明斗さん」

 ニッコリと笑ってそう言うと、氷織は俺の左の首筋にキスしてきた。思いがけないことだったので、キスされた瞬間に体がビクッと震えてしまう。ただ、首から感じる氷織の唇の感触もなかなかいい。
 唇を離すと、氷織はいつにない悪戯っぽい笑みを見せる。

「ふふっ、体をピクッとさせて。明斗さん、可愛いです」

 初めて首筋にキスされた直後だから、いつもは言われない可愛いという言葉にもドキッとする。

「首へのキスは大好きで仕方ないという意味です。執着の意味もあるそうです」
「まさに今の氷織だ」
「ええ。それに、目の前に綺麗な首筋があるんですもの。なので、キスしちゃいました」
「ははっ、そっか。俺も氷織の首筋にキスしていい?」
「もちろんですよ」

 髪で隠しやすい左の首筋にキスする。初めてだから、氷織も体を震わせていた。氷織の場合は「んっ」という甘い声を漏らしながら。そんな可愛い反応をされると、吸ってキスマークをつけてしまいたくなる。キスより先の愛し合う行為をしたくなる欲求も生まれてきて。でも、氷織に許可をもらっていないし、和男達も来るからそんなことをしてはいけない。理性を働かせて欲求を抑えていく。
 何とか気持ちを落ち着かせ、氷織の首筋から唇を離す。氷織の顔を見ると、氷織ははにかみながら俺を見ていた。

「私も首筋にキスされたら、体がピクッてなっちゃいました」
「ははっ、そうだったね。声も出ていたから凄く可愛かったよ」

 さっきのお返しで、からかう感じで言ってみる。
 顔の赤みが強くなっていくけど、氷織は「ふふっ」と声に出して笑う。

「恥ずかしいですけど、可愛いと思ってもらえたなら良かったです」

 と言い、氷織は顔を俺の胸の中に埋めた。氷織の頭を優しく撫でると、気に入ったのか俺の胸に顔をスリスリしてくる。小動物的な可愛らしさがあるな。
 それからも、和男達が来るまでの間はたくさんキスして、氷織との2人きりの時間を楽しむのであった。
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