恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編2

第4話『七夕祭り-2人きりで・前編-』

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 俺達は食べ物系の屋台を廻り、たこ焼き、綿菓子、チョコバナナといったお祭りでの定番のものを食べていく。どれも美味しいし、氷織と少なくとも一口ずつは食べさせ合っているので満足度が高い。

「みんな。ここで、ヒム子との提案があるッス」

 チョコバナナを食べ終わったとき、葉月さんがそんなことを言ってきた。葉月さんは右手を少し挙げ、微笑みながら俺達のことを見てくる。葉月さんの横に、優しげな笑顔になっている火村さんが立つ。

「いくつか廻ったんで、このあたりで一旦、別行動にしないッスか? それぞれが行きたい屋台があると思うッスから」
「それに、氷織と紙透、美羽と倉木っていうカップルもいるし。2人きりでの時間も過ごしてほしいなって。それを沙綾と前に話していたの」
「もし、別行動になるなら、あたしはヒム子と一緒に廻るッス」

 氷織&俺、和男&清水さんカップルのために、そんなことを考えてくれていたのか。
 氷織と初めて行くお祭りだから……正直、氷織と2人で廻ってみたい気持ちはある。これまで、会場内を歩いていると、カップルらしき2人組の人達と何度もすれ違ったし。少しの時間でも、氷織とお祭りデートをしてみたい。

「俺は……葉月さんと火村さんの提案に賛成したい。氷織はどう?」
「私も賛成です。6人で廻るのはもちろん楽しいです。ただ、明斗さんと2人で廻ってみたい気持ちもありますから」
「そうか。氷織も同じ気持ちで嬉しいよ。和男と清水さんはどうかな?」
「俺は美羽と2人きりで廻るの賛成だぜ!」
「あたしも!」
「了解。じゃあ、2人の提案に賛成するよ。ありがとう」

 4人を代表して俺がお礼を言う。
 俺達の返事が良かったのだろうか。葉月さんと火村さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、顔を向けるとニコッと笑い合った。

「じゃあ、一旦別行動に決まりね!」
「今は……午後7時過ぎッスか。じゃあ、午後8時まで別行動にするッス。8時に短冊コーナーで待ち合わせするッス。もう一度集まったら、みんなで短冊に願いごとを書いて笹に飾るッス」
「いいわね。みんな、沙綾が言った今の流れでいいかしら?」

 火村さんの問いかけに、俺達4人は全員賛成した。そのことに、火村さんも葉月さんも満足そうにしていた。
 こうして、俺達はこれから1時間ほど別行動を取ることに。氷織と俺のお祭りデートの時間になる。2人での時間を楽しもう。
 6人で1時間近くいる会場なのに、2人きりになった途端、たった今来たかのような感覚に。周りの景色もこれまでと違って見える。

「氷織。どこか行ってみたい屋台はある?」
「そうですね……何か冷たいものを飲みたいですね。特にラムネを飲みたいです。今まで食べ物が続きましたし、温かいものも多かったですから」
「おっ、いいな。ラムネもお祭りの定番だよな。俺も飲んで爽やかな気分になりたい」
「ですねっ。では、ラムネにしましょうか」
「そうしよう」

 2人きりになってからの最初の目的地はラムネを売っている屋台になった。
 目的地が決まってからすぐ、氷織はそれまで繋いだ手を離して、俺の左腕に腕を絡ませてくる。予想外のことだったので、腕を絡ませた瞬間に体がピクッと震え、その場で立ち止まってしまう。

「こうした方がよりデートっぽくなると思いまして。それに、明斗さんとよりくっついていたいですし。ダメ……ですか?」
「そんなことないよ。体がピクッとしたのは突然のことだったからだし。腕を絡ませた方がよりデートっぽくていいかも」
「ありがとうございます。とりあえず、ラムネを買うまではこのままで」

 嬉しそうに笑顔を見せてそう言うと、氷織は腕の絡ませ方を少し強くした。6人でいるときは手を繋いでいたので、こうして腕が絡むとデート気分になる。
 あと、左腕から氷織の温もりや胸の柔らかさがしっかり伝わってきて。俺は甚平、氷織は浴衣を着ているけど、結構伝わるものなんだな。そのことにドキドキして、体がちょっと熱くなってきた。
 俺達は再びゆっくりと歩き出し、ラムネが売っている屋台を探していく。
 こうしてくっついて歩いていても、男性中心にこちらを見てくる人が多いな。浴衣姿の氷織は物凄く綺麗だし、腕を絡めて幸せそうな笑みを浮かべているから、自然と視線が引き寄せられてしまうのだろうか。氷織が変な奴に絡まれないように守らなければ。

「明斗さん。あそこにドリンクの屋台がありますよ」

 氷織の指さす先には、赤い文字で『ドリンク』とでっかく描かれた屋台が。その屋台には『ラムネ』と描かれたつり下げ旗が飾られている。

「本当だ。ラムネも売られているみたいだね」
「ですね。行ってみましょう」

 俺達はドリンクの屋台へ向かう。
 水の張られた大きなボックスにラムネや缶ビール、ペットボトルのお茶やジュースがたくさん入っている。大きな氷がいくつも浮かんでいるので、きっと飲み物はかなり冷えているだろう。

「すみません。ラムネを2本ください」

 氷織がそう言うと、屋台にいるおばさんは俺達に微笑みかける。

「ラムネ2本ね。400円だよ~」

 ということは1本200円か。
 俺と氷織は200円ずつ、屋台のおばさんに渡す。
 おばさんは代金を受け取ると、ボックスに張られている氷水に右手を突っ込み、ラムネを2本取り出した。結構冷たそうだけど……おばさんは特に辛そうではない。むしろ気持ちよさそうにしている。今もちょっと暑さを感じる気温だし、氷水の冷たさがいいのかも。
 屋台のおばさんはラムネに付いている水滴をふきんで拭いて、俺達に渡す。

「はーい、ラムネですよ。2人は開けられるかい?」
「開けられます。大丈夫です」
「私は……1年ぶりですけど、多分開けられるかと」
「ははっ、そうかい。もし開けられなかったら、彼氏さんに開けてもらいな」
「ふふっ、そうします」

 もし開けられなかったり、開けてほしいと頼まれたりしたら俺がやろう。
 ドリンクの屋台を後にして、俺達は近くにある休憩スペースに向かう。
 ベンチは埋まっていたので、俺達は立ってラムネを飲むことに。
 飲み口部分の包装を外して、玉押しのリングを外す。玉押しをラムネの栓となっているビー玉に当てる。さっき、氷織の前で「開けられます」と言った手前、一発で開けられないとかっこ悪いぞ。
 ――プシュッ!
 右手で玉押しにグッと力を入れ、栓となっているビー玉を押し込んだ。そのことで炭酸ガスの放出される音が響く。

「すぐに開けられて凄いですね! 吹きこぼれていないのも凄いです」

 目を輝かせ、感嘆の声を上げる氷織。ここまでの反応を見せてくれるとは。何にせよ、一発で開けられてほっとした。

「私、ラムネを開けると吹きこぼしてしまうことが多くて」
「俺も昔はよくあったなぁ」

 酷いと盛大に吹き出て、両手がベタベタになったり、服が汚れてしまったりしたこともあった。

「開けた後も、何秒か玉押しをグッと強く押さえ続けるのがポイントだよ。そうすれば、吹きこぼれなくなる」
「なるほど。……思い返すと、ラムネを開けられると、玉押しを離していました」
「ビー玉を押すことにも力を結構使うからな。開けた瞬間に力が抜けちゃうよね」
「ですね。では、明斗さんのアドバイスを踏まえて開けてみます」
「うん、頑張って」

 氷織は玉押しをラムネの飲み口に設置し、右手を玉押しの上に乗せる。とても真剣そうな様子だ。頑張れ、氷織。

「えいっ!」
 ――プシュッ。

 右手に力を思いっきり入れたのか、氷織は一発でビー玉を落とすことに成功。
 俺のアドバイス通りに、氷織は右手で玉押しを押さえ続ける。そのため、氷織の持つボトルからラムネが吹きこぼれることはなかった。

「全然吹きこぼれませんね」
「だろう?」
「ええ。こんなに平和に開けられたのは初めてです。このコツは覚えておきましょう」
「役立って良かった」
「ありがとうございます。では、飲みましょうか」
「ああ。お祭りデートに乾杯」
「乾杯ですっ」

 俺はラムネのボトルを氷織の持つボトルに軽く当て、一口飲む。

「あぁ、美味しい」

 爽やかな甘さと炭酸の刺激がたまらない。さっきまで氷水に入っていたからキンキンに冷えていて。最近は甘い炭酸飲料をあまり飲まなくなったけど、やっぱりいいなって思う。

「甘くて美味しいですね!」

 氷織はニッコリと笑みを浮かべながらそう言う。ご希望のラムネを飲めたのもあってか、満足そうにも見える。

「美味しいよな。よく冷えているし」
「ええ。温かい食べ物を食べたり、会場内を歩いたりしたので、この冷たさがたまらないです」

 氷織はラムネをゴクゴクと飲んでいく。その姿は絵になるほどの美しさで。汗が首筋を伝うことの艶やかさもあり、つい見惚れてしまう。もし、この姿を写真に撮り、ホームページやポスターに使ったら売上がかなり伸びるんじゃないだろうか。氷織のこの姿を一番近くで見られていることに嬉しさを覚える。

「本当に美味しいですっ」

 そう言う氷織の笑顔はとても爽やかで。

「あれ、明斗さん。全然飲んでいませんね」
「……ラムネを飲む氷織の姿が素敵で、飲むのを忘れて見入ってたよ」
「ふふっ、そうだったんですか。……ラムネでクールダウンしたのに、体がまた熱くなってきました」

 氷織は頬をほんのりと赤くしながらそう言った。
 赤みを帯びる氷織の顔が段々と近づいてくる。やがて、視界には氷織しかいなくなり、唇に柔らかなもの……氷織の唇がしっかりと触れた。ラムネを飲んだ直後だから、キスした瞬間に氷織の唇からラムネの甘味と爽やかな匂いが感じられて。
 数秒ほどで氷織から唇を離す。すると、目の前にはさっきよりも赤みが強くなっている氷織の顔が見えた。

「素敵だと言ってくれたのが嬉しかったので。あとは、吹きこぼれないコツを教えてくれたお礼もあります」
「そうか。氷織にキスされたから、俺も体がまた熱くなってきたよ。でも、嫌な熱さじゃない」
「……私もです」

 氷織がそう言うと、俺達は楽しく笑い合った。
 それから少しの間、ラムネを飲みながら氷織と談笑する。
 氷織と一緒に飲んでいるから、今まで飲んだラムネよりも断然美味しい。ただ、氷織とキスしたときに感じたラムネの味が一番良かった。
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