恋人、はじめました。

桜庭かなめ

文字の大きさ
135 / 204
特別編5

プロローグ『大きくなりまして』

しおりを挟む
特別編5



 7月29日、木曜日。
 高校2年生の夏休みが始まってからおよそ10日が経った。
 俺・紙透明斗かみとうあきとは恋人の喫茶店のバイトをしたり、漫画やアニメなどの趣味を楽しんだり、恋人の青山氷織あおやまひおりと一緒にデートや課題をしたり、友人の倉木和男くらきかずお清水美羽しみずみうさん、火村恭子ひむらきょうこさん、葉月沙綾はづきさあやさんと一緒に海へ遊びに行ったりと、楽しくて幸せな夏休みを過ごすことができている。
 去年もバイトしたり、趣味を謳歌したり、和男など男友達と海水浴に行ったりと楽しかったけど、氷織という恋人の存在もあって今年の方がより楽しいな。残り1ヶ月ほどある高2の夏休みを堪能したい。



 午後1時45分。
 俺は自転車で氷織の家に向かっている。午後2時頃に会う約束をしている。
 これから、氷織の家でお家デート……だけでなく、ショッピングデートもする。
 氷織とは家で待ち合わせして、笠ヶ谷かさがや駅近くにある東友とうゆうというスーパーに買い物しに行くことになっているのだ。……氷織の下着を買いに。
 元々、今日は氷織の家で夏休みの課題をしながらお家デートをする予定だった。ただ、今日の午前中に、

『明斗さん。今日のデートは、お家デートの前にショッピングデートをしてもいいですか? サイズがキツくなった下着がいくつもあるので、新しい下着を買いたくて。明斗さんが選んだり、いいなって思ったりした下着を買いたいんです』

 というメッセージが届いたのだ。俺は氷織からの要望を快諾し、お家デートの前にショッピングデートをすることになった。
 氷織の下着を選ぶなんて実に恋人らしいことだと思う。しかも今回が初めて。本当に楽しみだ。だからか、自転車のペダルがいつもより軽く感じられた。

「気持ちいいな」

 今日の最高気温は34度と猛暑日手前まで上がる予報だ。日差しを直接浴びているから暑さも感じるけど、自転車で風を切っているので気持ち良さも感じられる。
 こんなに暑い中、和男と清水さんは陸上部の活動に参加しているんだよな。特に和男は短距離走の練習をしているから大変だと思う。こまめに水分補給をしたり、空調が効いている校舎で休んだりしながら頑張ってほしい。
 友達のことを考えていたり、ペダルを勢い良く漕いだりしていたから、気付けば氷織の家が見えていた。自転車で10分ほど漕げば恋人の家に行けるのは嬉しい。
 氷織の家の前に到着し、俺は門を開けて自転車ごと氷織の家の敷地内に入る。最近はこうすることにも慣れてきたな。
 門の近くに自転車を停め、カゴに入れてあるトートバッグと、先日の誕生日に氷織からプレゼントされたショルダーバッグを持ち、玄関へ向かう。

 ――ピンポー……。
『はい。あっ、明斗さん』

 インターホンの呼び出し音が鳴り終わる前に、氷織が応答してくれた。待ち合わせの時間が近いから待ち構えていたのかもしれない。

「明斗です。来たよ」
『お待ちしていました。すぐに行きますねっ』

 そう言う氷織の声は弾んでいた。氷織の笑顔が頭に思い浮かぶよ。
 モニターの電源を切ったのか、プツッ、というノイズ音が聞こえた。
 もうすぐに氷織に会えるのか。楽しみだ。あと、今日の氷織の服装がどんな感じなのかも楽しみで。

「お待たせしました!」

 インターホンでの会話が終わってから10秒ほどで、氷織が出迎えてくれた。氷織は膝が隠れるくらいの丈のスカートに、ノースリーブのVネックシャツを着ている。今日の服も凄く似合っていて可愛い。
 氷織は俺と目が合うとニコッと笑った。そのことで可愛らしさが増す。

「こんにちは、明斗さん」
「こんにちは、氷織。今日の服も可愛いね。とても似合ってる」
「ありがとうございますっ。明斗さんもパーカー似合っていますよ」
「ありがとう。……キスしていいかな」
「はいっ」

 そう言うと、氷織はゆっくりと目を瞑り、唇を少しだけすぼめる。キス待ちの顔も魅力的だ。そんな氷織に吸い込まれるようにして、俺は氷織にキスをした。
 学校に行くときも、こうしてプライベートで会うときも、氷織に会ったときにはこうしてキスするのが恒例だ。今までに数え切れないほどにキスしてきたけど、氷織とキスすると幸せな気持ちが膨らんでいく。
 今日は晴れて暑いけど、氷織の唇から伝わってくる温もりは本当に心地良くて。唇の独特の柔らかさや甘い匂いと共にいつまでも感じていたい。
 それから少しして、俺から唇を離す。そのことで俺の目の前には、俺をうっとりと見つめる氷織の顔があって。氷織と目が合うと、氷織の口角が上がった。

「こんにちはのキス……いただきました。気持ち良かったです」
「俺もだよ。……課題とかが入ったトートバッグを氷織の部屋に置かせてもらっていいかな」
「もちろんですよ」
「ありがとう」
「さあ、入ってください」
「お邪魔します」

 俺は氷織の自宅の中に入る。
 氷織がすぐ側にいるからかもしれないけど、家の中……甘くていい匂いがするな。

「明斗さん。冷たい麦茶かスポーツドリンクを用意しましょうか? 暑い中、自転車を漕いできましたから。それに、これから駅前の東友に行きますし」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて、スポーツドリンクを一口いただけるかな」
「分かりました。では、明斗さんは部屋に行っていてください」
「ああ、分かった」

 俺はリビングにいる氷織の母親の陽子ようこさんに挨拶して、一人で氷織の部屋に向かう。
 氷織の部屋はエアコンがかかっていて涼しい。氷織の甘い残り香も感じられるのでとても快適だ。桃源郷ってこういう場所のことを言うんじゃないだろうか。
 お家デートの際に座ることの多いベッド近くにあるクッションに座り、トートバッグをローテーブルに置いた。
 さっきまで自転車を漕いでいたのもあり、両脚を伸ばすと体が休まる。あぁ……極楽極楽。

「お待たせしました」

 脚を伸ばしてまったりしていると、氷織が部屋に戻ってきた。そんな氷織は半分ほどスポーツドリンクが入ったコップを持っている。

「どうぞ、明斗さん」
「ありがとう」

 氷織からコップを受け取り、俺はスポーツドリンクを一口飲む。

「あぁ、美味しい」

 この冷たさがたまらない。全身に染み渡っていく感じが爽快である。甘味やほんの少し感じる塩気もいいな。晴天の下で自転車を漕いだ後には最適の飲み物だと思う。

「良かったです」
「HPが回復したよ、ありがとう。ところで、下着のサイズがキツくなったって言っていたけど、それって……ブラジャーのことかな。この前、海水浴に行ったとき、プールデートのときに比べると胸が大きくなったって言っていたし」
「そうです。今朝、ブラジャーを付けようとしたらキツくなっていて。タンスに入っているブラジャーのサイズが大丈夫かどうか調べたら、いくつかキツく感じるものがありまして。それで、午前中にあのようなメッセージを送ったんです」
「そうだったんだな」
「お母さんに頼んでバストのサイズを測ってもらったら、Fカップになっていました」
「そうか。Fカップか……」

 5月頃、風邪を引いた氷織のお見舞いに行ったとき、火村さんと葉月さんが汗を拭いた際に氷織の胸がEカップであることを小耳に挟んだ。あれから2ヶ月ほどで、氷織の胸のカップがワンサイズ大きくなったのか。そう思って氷織の胸を見ると……服越しだけど結構大きく見える。これがFカップか。

「ふふっ、明斗さん……私の胸をじっと見ていますね」
「ご、ごめん。胸の話をしたからさ。Fカップって大きいんだなって思ってた」
「そうですか。明斗さんと正式に付き合い始めてから大きくなり始めましたね。幸せな時間を過ごしているからでしょうか。それに、肌を重ねたりするときを中心に、明斗さんが色々な形で私の胸を堪能しますから。それがとても気持ちいいですし……」

 そういったときのことを思い出しているのか、氷織の笑顔に赤みが帯びていて。話題が大きくなった胸なのもあって、今の氷織がとても艶っぽく見える。

「氷織の胸……大きくて柔らかいからな。甘い匂いもするし。あと、胸を堪能しているときの氷織の反応も可愛いし」
「そう言われると嬉しいですけど、何だか照れますね」

 えへへっ、氷織ははにかむ。可愛いなぁ、と思いながら氷織の頭を優しく撫でる。

「氷織に似合いそうな下着を選べるといいな」
「よろしくお願いします。ちなみに、今付けている下着はこんな感じです」

 そう言うと、氷織はVネックシャツを胸の上まで捲り上げた。そのことでレース生地の水色のブラジャーに包まれたFカップの胸とご対面。
 こうして直接見ると、さっきよりも胸の存在感が増すな。Fカップってこんなに大きいんだ。ブラジャーをしているから、胸の谷間が物凄いことになっていて。あと、シャツを胸の上まで捲り上げているし、氷織の体の甘い匂いがふわっと香ってくるのもあって結構なエロさを感じる。

「どうですか?」
「……素敵だね。こういう雰囲気の下着が似合うなって思うよ。参考になった」
「ありがとうございます」

 笑顔でそう言うと、氷織はシャツを下ろした。
 ブラジャーに包まれた氷織の胸を見たから、自転車でここに向かっていたとき以上に体が熱い。コップに残っているスポーツドリンクを全て飲むことで、体の熱を何とか押さえることができた。

「ごちそうさま。じゃあ、そろそろ行こうか」
「はいっ」

 俺はショルダーバッグを持って、白いトートバッグを肩に掛けた氷織と一緒に部屋を出る。
 外出するから、家を出発する前に陽子さんに一声掛けることに。そう思って一階のリビングに行くと、陽子さんはソファーで本を読んでいた。

「お母さん。明斗さんと一緒に、下着を買いに東友へ行ってきますね」
「いってきます」
「2人ともいってらっしゃい。下着を買いにショッピングデートかぁ。私もお父さんと付き合っている頃に何度も、私の下着を一緒に買いに行ったわぁ」

 当時のことを思い出しているのか、陽子さんは両手を頬に当てながらうっとりとした表情になっていて。陽子さんにとって相当楽しかったことが窺える。恋人になると、一緒に下着を買いに行くことってあるある……なのかな?

「紙透君に素敵な下着を選んでもらえるといいわね」
「はいっ! では、いってきます」
「は~い、いってらっしゃ~い」

 俺達に向かって楽しそうに手を振る陽子さん。この様子だと、帰ったら氷織がどんな下着を買ったのか見に来そうだ。
 彼氏として、氷織に似合いそうな下着を選びたいな。そう思いながら、俺は氷織と一緒に家を出発した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の逢坂玲人は入学時から髪を金色に染め、無愛想なため一匹狼として高校生活を送っている。  入学して間もないある日の放課後、玲人は2年生の生徒会長・如月沙奈にロープで拘束されてしまう。それを解く鍵は彼女を抱きしめると約束することだった。ただ、玲人は上手く言いくるめて彼女から逃げることに成功する。そんな中、銀髪の美少女のアリス・ユメミールと出会い、お互いに好きな猫のことなどを通じて彼女と交流を深めていく。  しかし、沙奈も一度の失敗で諦めるような女の子ではない。玲人は沙奈に追いかけられる日々が始まる。  抱きしめて。生徒会に入って。口づけして。ヤンデレな沙奈からの様々な我が儘を通して見えてくるものは何なのか。見えた先には何があるのか。沙奈の好意が非常に強くも温かい青春ラブストーリー。  ※タイトルは「むげん」と読みます。  ※完結しました!(2020.7.29)

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編11が完結しました!(2025.6.20)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

処理中です...