恋人、はじめました。

桜庭かなめ

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特別編6

第7話『恋人吸い』

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 アニメを観ながら髪を乾かすことなどをしたので、お風呂上がりにいつもしていることを全て終わった後も、アニメを観る流れになっている。今は、俺が以前に原作ラノベを貸したこともある『幼馴染が絶対に勝つラブコメ』というアニメを観ている。
 氷織と隣同士に座り、氷織とストーリーやキャラクターのことで語り合い、氷織の淹れてくれたアイスコーヒーを飲みながらアニメを観る。それはこれまでのお家デートでたくさんしてきたことだ。ただ、今は夜で互いに寝間着姿だから特別な時間を過ごしている感覚になる。
 あと、お風呂上がりで寝間着姿だから、いつも以上に氷織の温もりや甘い匂いがはっきりと感じられて。そのことにドキッとすることが何度もあった。

「この話も面白かったですね」
「そうだな。あっという間だった」

 家で一人で観たときよりも面白く感じた。きっと、氷織と喋りながら観たからだろう。

「あの……明斗さん」
「うん?」

 氷織は頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見てくる。どうしたんだろう?

「次のエピソードだけでいいのですが……明斗さんに後ろから抱きしめられながら観てみたいです。その体勢でお風呂に入ったのが凄く気持ち良かったので。同じ体勢でアニメを観てみたいなって」
「なるほどな」

 可愛いことを考えるなぁ。微笑ましい気持ちになる。

「俺も氷織を後ろから抱きしめながら湯船に入っているとき、凄く気持ち良かったよ。とりあえず、一話分はその体勢で観てみようか」
「はいっ!」

 氷織はニコッと笑って返事をしてくれる。相当やってみたかったのだと窺える。
 腰を下ろしているクッションごと少し動いて、俺はベッドを背もたれにする形で座る。両脚を広げて、

「氷織。どうぞ」

 右手で両脚の間のスペースをポンポンと叩く。

「で、では……失礼しますっ」

 ドキドキとした様子で、氷織は俺の脚の間に腰を下ろし、俺の体の前面にそっともたれかかってきた。そのことで、氷織の重みとシャンプーの甘い匂いが感じられて。そこから少し遅れて、寝間着越しに氷織の温もりがやってきた。
 お風呂に入ったときと同じように、俺は両手を氷織の前面へと回して、お腹のあたりでそっと抱きしめる。

「どうだ? 氷織」
「……背中から明斗さんの温もりが感じられていい感じですね」
「良かった」
「明斗さんはどうですか? 普通に背もたれにしていますが重くないですか?」
「大丈夫だよ。ベッドを背もたれにしているから姿勢も楽だし。あと、氷織が温かくて、抱き心地もいい感じだ」
「良かったです」

 そう言うと、氷織は顔を中心にこちらに振り返って、ニッコリと笑いかけた。

「では、この体勢で観てみましょうか」
「ああ」

 俺達はアニメ鑑賞を再開する。
 このエピソードも面白い……けど、氷織を抱きしめながらアニメを観ることが全然ないので、氷織のことがどうしても気になってしまう。顔のすぐ近くに氷織の頭があるから、呼吸をする度に氷織の髪からシャンプーの甘い匂いが濃く感じられて。
 視線を少し下げると、氷織の脳天から後頭部が見えて。お風呂から上がってそこまで時間が経っていないから、いつも以上に銀髪が綺麗で、艶やかさもあって。ここに頭を埋めたらどんな感じなのだろう?
 一度考えたら、顔を埋めたい気持ちが膨らんでいく。意識がアニメから氷織の髪に移る。吸い込まれるようにして、俺は氷織の髪に顔を埋めた。

「ひゃあっ」

 顔を埋めた状態で鼻呼吸をすると、氷織の可愛らしい声が聞こえ、ピクッと体の震えが伝わってきて。どうやら、俺が何かしていると気付いたらしい。
 氷織の髪……柔らかくて気持ちがいい。呼吸すると、シャンプーの甘い匂いがかなり濃く香ってきて。氷織の温もりをしっかりと感じられるので、凄く幸せな気持ちになる。

「脳天から後頭部にかけて結構温かいのですがっ! 明斗さん、何をしているのですか?」

 氷織にそう問いかけられたので、俺は氷織の頭から顔を離す。
 その直後、氷織は顔を中心にこちらに振り返ってくる。ドキドキしているのか、困惑した表情を浮かべる氷織の顔は頬を中心に赤くなっていて。また、氷織の体の熱もさっきまでよりも強くなっている。

「氷織の髪に顔を埋めて呼吸してた」
「……だから後頭部中心に温かかったんですね」
「後ろから抱きしめているから、氷織の頭がすぐ近くにあってさ。いい匂いもするし、髪も綺麗だし。だから、顔を埋めたらどんな感じなのかなって思っていたら……吸い込まれて、匂いを嗅いでいました。嫌だったらごめん」
「いえいえ、嫌ではありませんよ。ビックリはしましたが」

 と言い、氷織は赤みを帯びている顔に優しい笑みを浮かべる。嫌だと思っていないのか。ほっとした。

「それにしても、髪に顔を埋めて匂いを嗅ぐなんて。まるで猫吸いですね」

 そう言うと、氷織は「ふふっ」と楽しそうに笑う。
 猫吸い……確か、猫の体に顔をくっつけて呼吸することだったな。中学時代、猫を飼っていた友人が楽しそうに話していたっけ。

「確かに猫吸いみたいだな。今は氷織の匂いを嗅いでいたから氷織吸いか」
「ふふっ、そうですね」

 氷織はニッコリと笑う。
 氷織吸い……自分で言っておきながら、ちょっと厭らしい響きだな。

「猫吸いといえば……その言葉を初めて聞いたとき、口で猫を吸う行為だと勘違いしていました」
「ははっ、なるほどな。可愛い勘違いだ」
「ふふっ」

 勘違いエピソードを話したからなのか。それとも、可愛いと言われたからなのか。氷織は照れ笑いをする。それがとても可愛くて。

「ただ、明斗さんは……私が勘違いした意味でもしますよね。氷織吸い。えっちのときとかキスマークを付けるときとかに……」
「……そ、そうだな」

 氷織に言われると恥ずかしいな。

「幸せな気持ちになれますから、私はいいなって思います。ですから、今夜も……そういう意味での氷織吸いをしてほしいです」
「……分かった」

 俺がそう言うと、氷織はニコッと可愛らしい笑顔を見せてくれる。今夜のえっちでも、氷織が幸せになってもらえるようにしたいな。

「あの……明斗さん」
「うん?」
「氷織吸いの話をしたら、私も明斗さんの匂いを嗅ぎたくなってきました。明斗さん吸いをしたいです。明斗さんの匂い、大好きですから」

 そう言うと、氷織は全身で俺の方に振り返って、上目遣いで俺を見てくる。こんなにも可愛い氷織のお願いを断るわけがない。

「いいよ、氷織」
「ありがとうございますっ。匂いを嗅げるように、寝間着のボタンを外してもいいですか?」
「もちろん。それで氷織が満足できるなら」
「ありがとうございます!」

 氷織は楽しげな様子で俺の寝間着のボタンを外していく。匂いを嗅ぐためという目的もあって、ボタンを外されることにドキッとする。
 全て外すと、氷織は顔を俺の胸に埋める。

「すー……はー……」

 と、氷織の呼吸する音が聞こえてきて。それと共に、氷織の温もりが胸を中心に優しく伝わってきて。とても心地いい。

「明斗さんの匂い……今日もいいですね。うちのボディーソープで体を洗ったので当たり前ですが、私と同じ匂いのボディーソープの香りがしてくるのが嬉しいです」
「そう言ってくれて良かった」
「……明斗さんの匂いを嗅いだら、えっちしたい気持ちが膨らんできました。もう少し明斗さん吸いをしたら、えっちしたいです」

 そう言うと、氷織は顔を離して、俺のこと見上げてくる。氷織の顔には恍惚とした笑みが浮かんでいて。ドキッとさせられ、体が熱くなってくる。

「もちろんいいよ。じゃあ、アニメ鑑賞はこれで終わりにしよう。あと、氷織吸いをもう少しさせてくれ」
「はいっ。一緒に吸いますから、恋人吸いですね」
「そうだな」

 俺がそう言うと、氷織はとても嬉しそうな笑顔になり、再び俺の胸に顔を埋めてきた。
 俺は氷織のことをそっと抱きしめて、氷織の頭に顔を埋めた。氷織の髪は柔らかくて、甘いいい匂いがして。ただ、さっきよりも強い温もりが感じられて。それがとても心地良かった。



 恋人吸いを堪能した後は、ベッドの中を中心に氷織と肌を重ねた。
 今夜の氷織もとても綺麗で。あと、胸のサイズがFカップになってから肌を重ねるのは初めてだったから、より魅力的に感じて。もちろん、氷織がお願いした意味での氷織吸いもして。
 毎度のこと、肌を重ねていくと氷織が好きな気持ちがどんどん膨らんでいって。それは氷織も同じみたいで。数え切れないほどに好きだと言い合ったり、キスをしたりした。
 今回もとても幸せな時間になった。



「今夜も気持ち良かったですね」
「気持ち良かったな。だから、気付けばいっぱいしてた」
「しましたねっ」

 氷織は嬉しそうに俺の左腕を抱きしめてくる。たくさん肌を重ねた後なので、左腕が氷織の強い温もりに包まれて。体の柔らかさも感じるからとても心地いい。

「寝る前にえっちするのが恒例になってきましたね」
「そうだな。今のところ、全てのお泊まりでしてるか」
「そうですねっ」

 氷織は楽しげな笑顔でそう言う。この様子からして、今後もお泊まりのときは寝る前に肌を重ねるのがお決まりになりそうだな。

「あと、今日は……明斗さんの好きな夕ご飯を作って。明斗さんを出迎えて。一緒に夕ご飯を食べて。お風呂に入って。アニメを観て。寝る前にえっちして。将来、一緒に暮らすようになったら、これが日常になるのかなって思いました」
「なりそうな気がする」

 夕方にこの家に来たときからのことを思い出しながら、そう思う。
 今日のようなお泊まりでも、楽しくて幸せな気持ちになれている。ただ、氷織と一緒に暮らすようになったら、もっと楽しくて幸せな毎日を過ごせそうな気がする。

「ただ、日によっては俺が夕食を作りながら氷織の帰りを待って、氷織のことを出迎えることもあるだろうな。もちろん、2人で一緒に作ることも」
「そうですねっ。想像しただけで幸せな気持ちになっていきます。学生のうちでも、社会人になってからでも、いつかは同棲しましょうね」
「ああ、そうしよう」

 いつも氷織がいる生活をしたいな。
 氷織はゆっくりと目を閉じて、唇を少しだけすぼめる。約束のキスをしてくださいってことかな。キス待ちの顔が可愛らしいと思いつつ、俺は氷織にキスした。
 数秒ほどキスをして、俺から唇を離すと……目の前には氷織の持ち前の優しい笑顔があった。

「明日は午前中から愛莉ちゃんの面倒を見ますから、今日はそろそろ寝ましょうか」
「そうだな。愛莉ちゃんがここでの時間を楽しめるように頑張ろう」
「そうですね。おやすみなさい、明斗さん」
「おやすみ、氷織」

 寝る前の挨拶をすると、氷織からおやすみのキスをした。一緒に住むようになったら、これも日常の一つになるのだろう。そう思うと、氷織の唇の柔らかさや温もりがとても心地良く感じられた。
 氷織は唇を離し、ベッドライトを消すと、そっと目を閉じる。肌をたくさん重ねて疲れがあるのか、目を瞑った直後から可愛い寝息を立てている。寝顔も可愛いな。氷織の寝顔を見るのも日常にしたい。
 氷織の温もりや甘い匂い、柔らかさを感じながら一日を終えられるのが幸せだ。そう思いつつ、俺も眠りにつくのであった。
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