桜庭かなめ

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本編

第37話『苦労人応援歌』

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 僕と沙奈会長が生徒会室に向かうと、そこには既に副会長さんが。彼女は明るい笑みを浮かべて僕らに手を振ってくる。

「おはようございます、副会長さん」
「おはようございます、樹里先輩」
「うん、おはよう。昨日メッセージをもらったけれど、本当に元気そうだね、沙奈ちゃん」
「ええ。医者から処方された薬と玲人君のお見舞いのおかげで、1日で復活しました。昨日は玲人君と2人で、生徒会の仕事をしてくださってありがとうございます。あと、ご迷惑をおかけしました」
「ううん、気にしないで。沙奈ちゃんが元気になって本当に良かった」

 副会長さんは嬉しそうな様子で沙奈会長と抱きしめ合う。校門前で週刊誌記者に色々と言われ、昇降口の近くで新田先輩から退学した方がいいと言われたこともあってか、今のこの光景がとても美しく、微笑ましくも思える。

「そういえば、逢坂君が持っているその紙って何なの?」
「生徒会認可のハンコのない新聞部の号外新聞です。これが昇降口横のものを含めて、いくつかの掲示板に張り出されていて」
「えっ、そうだったの? 昨日の放課後、逢坂君と一緒にチェックしたときはそんなものはなかったから、その後に張り出したのかな。号外だから、いち早く張り出したいのは分かるけれど、生徒会を通さないとね。昨日は大丈夫だったから、私、普通にスルーしてここまで来たよ」

 副会長さんは結構早めにここに来るから、僕が登校してきたときのように生徒が集まっていることもなかったのかもしれない

「ちなみに、どんな内容の号外記事なの?」
「僕のことが書かれているんです」
「いいの? 玲人君……」
「ええ。いつかは副会長さんの耳にも入るでしょうから」

 僕は机の上に例の号外記事を広げ、副会長さんに見せることに。
 副会長さんは号外記事を読み始めてすぐに目を見開いて、僕のことを何度もチラチラと見てくる。

「逢坂君の過去に犯罪ありって……」
「会長には昨日話したんですけど、実は……」

 副会長さんに2年前からのことについて簡単に話す。その間、彼女は真剣な表情で僕のことをずっと見つめていた。たまに頷きながら。

「凄まじい経験をしてきたんだね」

 それが、一通り話してからの副会長さんの最初の一言だった。普通の中学生なら歩まない道を僕は歩んできたからな。

「ええ。ですから、この号外記事に書かれていることは概ね事実です」
「なるほどね。でも、それなら尚更、生徒会や先生達に一度見せるべきだよね。こんなものを校内中に張り出したら、逢坂君がどう思うか……」
「たぶん、私達が許可を出さないと思って、新聞部のスペースが確保されている掲示板に勝手に張り出したんでしょうね。すぐに剥がされても、こういう記事なら多くの生徒の目に入るでしょうから。写真を撮ってSNSなどにアップする生徒もいるでしょう」
「沙奈会長の推測に僕も同感です。新田先輩は『情報を入手したら少しでも早く発信がモットー』とか言っていましたけど」
「相変わらず妄信しているのね、彼女は」

 やれやれ、と沙奈会長は呆れている。この様子だと、過去にも新聞部と何かあったのかもしれないな。

「あと、今朝……月野学園の近くで『週刊文秋』という雑誌の担当記者が突然、僕に取材をしてこようとしました。琴葉が今も眠り続けているのに、僕が普通に高校生活を送っているなんて反省していない証拠だと言われました」
「そんなことがあったのね。SNSに玲人君がうちに通っていることが広まっているから、その情報を知ったマスコミが、月野学園の周りにうろつく可能性はありそうね」
「もし、僕が生徒会の人間であることも知られたら、沙奈会長や副会長さんにまで迷惑がかかるかもしれません。本当に……申し訳ないです」

 入学前から、いずれは月野学園の生徒に僕の過去が知られてしまうと思っていたけれど。ついに、その時がやってきてしまったという感じだ。

「気にしないで、玲人君。あなたは正式なルートで入学したうちの立派な生徒で、大切な生徒会メンバーだよ」
「沙奈ちゃんの言うとおりだね。逢坂君は真面目だし、生徒会の仕事を覚えようと努力しているのも知ってる。それに、後輩を守るのが先輩の役目だからね、逢坂君」
「……ありがとうございます」

 僕は2人に向かって深く頭を下げる。今、学校で最も近しい関係の2人が僕の味方をしてくれるのは有り難い。
 とりあえず、今は学校の中に生徒会という居場所がある。だけど、あの号外記事の影響は凄そうだし、そもそもネット上に僕のことが広まり始めている。これまで通りの学校生活を送ることは難しそうだな。

「沙奈ちゃん。生徒会として、何か対応を考えた方がいいかもしれないね」
「そうですね。とりあえず、この後……私の方から新聞部の顧問と、新田さんのいる3年3組の担任の先生にこの号外記事について報告します」
「うん、それでいいと思う。掲示板のチェックの頻度を多くした方が良さそうだね」
「ええ。今朝、週刊文秋の担当記者が、学校の前で玲人君に取材しようとしたことも先生方に言っておきましょう。マスコミに対しては、さすがに大人に頼まないと。玲人君、もし名刺をもらっていたら見せてくれる?」
「分かりました」

 あの週刊誌記者から渡された名刺を机の上に置く。ムカムカしていたけれど、破って捨てないで良かったな。

 ――コンコン。
「はーい」

 返事をして、沙奈会長が扉を開くと松風先生が生徒会室の中に入ってきた。

「やっぱり、逢坂君はここにいたのね」
「はい。おはようございます、松風先生。僕に何か? もしかして、あの号外記事を見たんですか?」
「新聞部の生徒が剥がしているところはね……って、2年前のことを2人の前で話しちゃって大丈夫なのかな?」

 松風先生は焦った表情を見せる。

「ええ、大丈夫ですよ。沙奈会長と副会長さんには、2年前に僕が逮捕された件について自分で話しましたから」
「そうなんだ。……実は、2年前に殺人未遂の罪で逮捕されたことのある逢坂君が、月野学園に通学している情報がネット上に広まっていて。そのことで、今……学校にはたくさん問い合わせが来ている状態なの。もちろん、逢坂君のことについて知らない職員が大多数だから、職員室も混乱してる」
「色々とご迷惑をお掛けして申し訳ないです」

 やっぱり、ネット上で広まったことだけあって、多くの人が学校に僕のことで問い合わせているのか。週刊誌記者や新聞部はともかく、このことについてはさすがに止めることはできないな。

「逢坂君は何も悪くないよ。きちんと入試に合格した上で入学して、学校生活もきちんと送っているじゃない。SNSを利用する人は多いから、いずれは2年前のことがバレるかもしれないってことは、入学直後に話したもんね。ただ、いざ……こういう状況になると職員には事前に話した方が良かったかもしれないとは思ってる」
「もしくは、僕の口からクラスメイトに話していれば、何か違っていたかもしれませんね。それを悔やんでも仕方ないですけど」
「……そうかもね」

 ただ、沙奈会長や副会長さんのときでさえ緊張したから、クラスメイトに話すことができていたかどうか。

「ネットの情報により、新聞部はこのような号外記事を出しました。あと、週刊文秋の担当記者が、登校中の玲人君に2年前の事件について取材をしようとしてきたんです」
「なるほど、マスコミも嗅ぎつけているんだね。きっと、この後……逢坂君のことで緊急の職員会議が開かれることになるだろうから、このことついては話しておく」
「では、それと一緒に新聞部の顧問と、部長の新田さんのクラス担任にこの号外記事を作成し、生徒会を通さずに掲示したことも報告してもらっていいですか?」
「分かったわ」

 生徒よりも松風先生から言ってもらった方がいいか。

「僕、これからどうなってしまうんでしょうね。どうすればいいんでしょうかね」

 週刊誌記者や新田先輩には、僕が月野学園高校の生徒として学校生活を送ることは何の問題もないと言ったけれど……段々と、ここにいていいのかどうか分からなくなってきてしまっている。
 同時に、僕は刑罰をしっかりと受けた上で、今は普通の高校生活を送っているだけなのに、どうして赤の他人にとやかく言われなければならないんだと考えてしまって。考えれば考えるほど、心がグチャグチャになり、未来が見えなくなっていく。

「玲人君。何度も言うけれど、ここにいていい人なんだよ、あなたは」

 そう言って、沙奈会長は僕の手をぎゅっと握ってきた。そのことで今まで呼吸が荒くなっていて、体が小刻みに震えていたことに気付く。
 ――プルルッ。
 すると、誰かのスマートフォンが鳴る。

「あっ、私だ」

 松風先生は通話に出る。まさか、僕に関して何か決まってしまったのだろうか。

「逢坂君のことで、職員全員での緊急会議を開くことになった。どのくらいかかるのか分からないから、それまでは全クラス自習。逢坂君はここでゆっくりとしていなさい。会議が終わったら、またここに来るから」
「……分かりました」
「あと、沙奈ちゃんに樹里ちゃん……私が戻ってくるまで逢坂君の側についてあげて」
「もちろんです。むしろ、玲人君の側にいたいくらいです」
「ここも逢坂君の立派な居場所だもんね。コーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせよう」
「じゃあ、2人ともよろしくね」

 松風先生は生徒会室を後にした。
 その後は沙奈会長が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、生徒会室で静かな時間を過ごす。ただ、職員室で僕のことについて話されていると思うと、まるで裁判を受けている気分になってしまうのであった。
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