桜庭かなめ

文字の大きさ
99 / 118
特別編-Green Days-

プロローグ『いざない』

しおりを挟む
特別編-Green Days-



 5月11日、金曜日。
 温かな春の日差しが、段々と熱い夏の陽差しへと変わっていく今日この頃。
 高校に入学してから、僕は激動という言葉が相応しい4月を乗り越え、平和という言葉が相応しいゴールデンウィークを過ごしてきた。入学式の日や沙奈会長にロープで縛られた日などがとても昔のように感じる。
 そんな日々を過ごしてきたこともあって、ゴールデンウィーク明けの1週間を普通に過ごせたことをとても嬉しく思う。金曜日なので多少の疲れはあるけど、五月病にかかってしまう心配は全くなさそうだ。

「これで終わりですね。沙奈会長か副会長さん、チェックをお願いします」
「私がやるね、玲人君」

 沙奈会長からOKが出れば、今日の生徒会の仕事も終わりだ。
 窓から外の風景を見ると、散った桜の花びらさえもなくなっていた。校内にある桜の木は新緑の葉が茂っている。

「うん、大丈夫だよ! お疲れ様! 玲人君、よくできましたね。ご褒美としてほっぺにキスするね」

 沙奈会長は僕の頬にキスをして、頭を優しく撫でてくれる。
 今も沙奈会長や副会長さんに仕事を教わっているけど、仕事を始めた頃に比べたら、できることも増えてきた。

「キスされるのは嬉しいですけど、生徒会室の中で副会長さんがいる前ではさすがに。それに、お2人は仕事中なのでは?」
「そこは大丈夫。樹里先輩の仕事も私の仕事もついさっき終わったから」
「……そうでしたか」

 さすがは沙奈会長と副会長さんといったところか。ただ、沙奈会長は今のように僕にキスがしたくて、早く仕事を終わらせたかもしれないな。

「本当に沙奈ちゃんは逢坂君のことが好きだよね。今日もキスしちゃって。ただ、それを見ると、今日も生徒会の仕事が終わったんだなって思えるよ。もう習慣だね、これは」
「……そうかもしれませんね、副会長さん」

 僕は未だに副会長さんでも、会長にキスされるところを見られるとちょっと恥ずかしい気分になるよ。副会長さんはあまりからかわないからいいけど。

「じゃあ、これで今週の生徒会の仕事が全て終わったんですね。お疲れ様でした」
「お疲れ様、逢坂君」
「玲人君も頑張ったね。お疲れ様でした。ところで、玲人君……明後日の日曜日って予定は空いているかな? みんなで行きたいところがあって」
「はい、土日とも空いていますけど」

 みんなで行きたいところってどこなんだろう?
 あと、中間試験が再来週にあるけど、普段から予復習しているし、全部の教科じゃないからこの週末は遊んでも大丈夫かな。

「そうなんだ、良かった。実は日曜日に都心の方で開催される同人イベントがあって。そこにみんなでコスプレ参加しようと思っていて」
「あー、そういうことですか。誘ってくれるのは有り難いですけど、僕は遠慮しておきますね」
「えー、玲人君もコスプレしようよ! 玲人君はかっこよくて美しいし、色気も凄いから、どんなキャラクターにも七変化できるよ!」

 行こうよ! と沙奈会長は僕のことをぎゅっと抱きしめ、まるで駄々をこねる子供のように涙目で見つめてくる。
 ゴールデンウィークに行った旅行からの帰り、僕なら色々なコスプレができると沙奈会長達が言ってくれた。ただ、小さいときに琴葉や姉さん達にレディースの服を無理矢理に着させられた経験があるので、いいイメージが全然ないのだ。

「この前、旅行からの帰りに、玲人君もコスプレするって言ったじゃない!」
「確かにコスプレが話題にはなりましたけど、僕が『コスプレをします』とは一度たりとも言っていませんよ。まあ、男性キャラクターで、服装も男性らしいものであれば一度くらいはコスプレをしてもいいですけど」
「……玲人君はそう言っていますけど、どうしましょうか、樹里先輩……」
「男性キャラクターが主人公の作品もあるけれど、あたしが用意している衣装に男性キャラクターのものはないね。若干数の衣装レンタルはあるけど、必ず着られるとは限らないし……」

 今の話を聞く限り、どうやらコスプレ衣装は副会長さんが用意してくれるようだ。旅行帰りにコスプレの話を聞いたときから思っていたけど、副会長さんってかなりのコスプレ経験者なんだろうな。

「まあ、何といいますか。コスプレはさすがに抵抗がありますけど、一般参加という形でイベントに行くのなら僕はかまいませんよ」
「そっか。一緒に行ってくれるのは嬉しいけど、玲人君に似合うんじゃないかって樹里先輩と話し合って、先輩が作ってくれた衣装もあるのに……」
「へ、へえ……」

 その話は果たして本当なのだろうか。これまでの沙奈会長からして嘘の可能性もありそうだけど。借りに本当だとしても、僕のために副会長さんが衣装を作ってくれるなんて。どんな作品のどんなキャラクターなのか知らないけれど、衣装を作るなんてとても労力の要ることだと思う。

「ちなみに、何の同人イベントに参加するんですか? あと、さっきの沙奈会長の話が本当であれば、どんな作品のキャラクターの衣装を作ったんですか?」
「参加するイベントは、女性ライトノベル作家の草原くさばらめなか先生の作品オンリーの同人誌即売会なの。それで、逢坂君のために作ったのは、彼女の代表作の1つである『ゴシック百合花に私達は溺れる』っていう作品のヒロイン・アリシアちゃんの衣装なんだけれど、逢坂君は知っているかな」
「知ってます。草原めなか先生の作品は僕好みで結構読んでます。『ゴシック百合花に私達は溺れる』も原作小説を購読して、アニメも観ました」

 副会長さんの言う『ゴシック百合花に私達は溺れる』という作品は、異世界で繰り広げられるガールズラブストーリー。身分の異なる女性同士の恋愛や友情、裏切りなどがテーマで、僕が中学生のときにはアニメ化もされた。完結して2年くらい経つけど、今も根強い人気を持つ彼女の代表作の1つだ。
 アリシアは最終的に主人公の女の子・クレアと結ばれる女の子。美しき次期王女で、彼女を巡るラブストーリーが展開されるため、ヒロインでありキーパーソンだ。

「逢坂君、知っているんだ。それなら話が早いよ」
「アリシアは背が高くて、金髪で、男性以上にかっこいいシーンもありますから、僕がやるのであればあの作品の中で一番コスプレはしやすいと思いますが……」
「分かっているじゃない、玲人君。ちなみに、私は主人公のクレアちゃんのコスプレをするつもりだよ」
「へえ、そうなんですか」

 主人公のクレアは黒髪で清楚な雰囲気を持つ女の子。平民でありながらも、ひたむきにアリシアと想いを寄せていく。スタイルがいい沙奈会長だと少し違和感はありそうだけど、雰囲気としては合っていると思う。

「ちなみに、私はアリシアの専属メイドのエトーレにコスプレするつもりだよ」
「副会長さんはエトーレですか。確かに、あの作品では一番合いそうですね」

 茶髪で可愛らしいからかもしれないけど。エトーレはアリシアの専属メイドで、どんなことでもしっかりとこなすやり手のメイドさん。基本、落ち着いていて明るい雰囲気を持っている。ただし、アリシアを溺愛しており、裏ではこっそりとベッドや服の匂いを嗅ぎ、そのときが至福の時間という癖のある人物。

「僕ら3人でコスプレするなら、やはりその3人になるんですかね」
「ううん、真奈達も行くよ。琴葉ちゃんや麻実お姉様にも誘ってみようかなって思ってる」
「そうなんですか。じゃあ、クレアの親友で、後に恋敵となるアンナはどなたがコスプレをするつもりなんですか?」

 クレアもそれなりに背が高くて、スタイルもいいから……真奈ちゃんかな? そういう方向から推理してはまずいだろうけれど。

「ううん、中学まで一緒だった私の親友がアンナちゃんのコスプレをするんだ。有村咲希ありむらさきちゃんっていうんだけれどね」

 すると、副会長さんは少し寂しげな笑みを浮かべる。

「咲希が今月末に引っ越すから、その前に思い出を作りたいなって思っているの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

向日葵と隣同士で咲き誇る。~ツンツンしているクラスメイトの美少女が、可愛い笑顔を僕に見せてくれることが段々と多くなっていく件~

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の加瀬桔梗のクラスには、宝来向日葵という女子生徒がいる。向日葵は男子生徒中心に人気が高く、学校一の美少女と言われることも。  しかし、桔梗はなぜか向日葵に1年生の秋頃から何度も舌打ちされたり、睨まれたりしていた。それでも、桔梗は自分のように花の名前である向日葵にちょっと興味を抱いていた。  ゴールデンウィーク目前のある日。桔梗はバイト中に男達にしつこく絡まれている向日葵を助ける。このことをきっかけに、桔梗は向日葵との関わりが増え、彼女との距離が少しずつ縮まっていく。そんな中で、向日葵は桔梗に可愛らしい笑顔を段々と見せていくように。  桔梗と向日葵。花の名を持つ男女2人が織りなす、温もりと甘味が少しずつ増してゆく学園ラブコメディ!  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしています。

サクラブストーリー

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の速水大輝には、桜井文香という同い年の幼馴染の女の子がいる。美人でクールなので、高校では人気のある生徒だ。幼稚園のときからよく遊んだり、お互いの家に泊まったりする仲。大輝は小学生のときからずっと文香に好意を抱いている。  しかし、中学2年生のときに友人からかわれた際に放った言葉で文香を傷つけ、彼女とは疎遠になってしまう。高校生になった今、挨拶したり、軽く話したりするようになったが、かつてのような関係には戻れていなかった。  桜も咲く1年生の修了式の日、大輝は文香が親の転勤を理由に、翌日に自分の家に引っ越してくることを知る。そのことに驚く大輝だが、同居をきっかけに文香と仲直りし、恋人として付き合えるように頑張ろうと決意する。大好物を作ってくれたり、バイトから帰るとおかえりと言ってくれたりと、同居生活を送る中で文香との距離を少しずつ縮めていく。甘くて温かな春の同居&学園青春ラブストーリー。  ※特別編8-お泊まり女子会編-が完結しました!(2025.6.17)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2025.12.18)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※夏休み小話編2が完結しました!(2025.10.16)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編5が完結しました!(2025.7.6)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが

akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。 毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。 そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。 数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。 平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、 幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。 笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。 気づけば心を奪われる―― 幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!

処理中です...