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特別編3
第1話『玉子粥を食べさせてほしい。』
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午前10時過ぎ。
千弦から『お医者さんから帰ってきた』とメッセージを受け取ったので、俺は千弦の家へ行くことに。
よく晴れているし、猛暑日の予報になっているだけあってこの時間から結構蒸し暑い。それでも、千弦と会えるのもあって、千弦の家に向かう足取りは軽くなる。
千弦の家の近くにあるコンビニでプリンと桃のゼリーを購入し、俺は千弦の家に向かった。
――ピンポーン。
千弦の家の前まで到着し、玄関にあるインターホンを鳴らした。するとすぐに、
『はい。……あっ、白石君』
インターホンのスピーカーから、千弦の母親の果穂さんの声が聞こえてきた。
「白石です。お見舞いデートに来ました」
『ふふっ、千弦から聞いているわ。すぐに行くからね』
「はい」
千弦からお見舞いデートについて聞いていたか。
それから程なくして、玄関が開く。家の中から、ロングスカートに半袖のブラウス姿の果穂さんが姿を現した。果穂さんは俺と目が合うとニコリと笑いかける。
「おはようございます、果穂さん」
「おはよう、白石君。今日は千弦のために来てくれてありがとう」
「いえいえ。千弦と一緒にいたいですから。千弦の様子はどうですか? 朝の電話では熱やだるさがあったり、頭痛がしたりすると言っていましたが」
「その電話から1時間半くらいしか経っていないから、今も変わらないわね。ただ、起きた直後は辛そうにしていたけど、白石君と電話してからは笑顔を見せることが多いわ。体調を崩してもそうなっているのは初めてよ。体調は悪いけど、気持ちは元気って感じかな。千弦にとって、大好きな恋人の白石君の存在の大きさを実感したわ。白石君、ありがとう」
果穂さんは嬉しさや優しさの感じられる笑顔でお礼を言った。
「いえいえ。千弦を少しでも元気にできているのなら、恋人として嬉しい限りです」
「ふふっ。かかりつけのお医者さんに行ったら風邪だって診断されて、解熱剤や鎮痛剤とかのお薬を処方されたわ。その薬は食事の直後に飲まなきゃいけないから、今は玉子粥を作っているところよ。今日、千弦は何も食べていないから」
「そうなんですね」
「ええ。さあ、上がって。千弦は自分の部屋にいるから」
「分かりました。お邪魔します」
俺は千弦の家に上がり、2階にある千弦の部屋の前まで向かう。
――コンコン。
「洋平です。お見舞いデートに来たよ、千弦」
千弦の部屋の扉をノックして、部屋の中にいる千弦に向かってそう声を掛ける。
『……はい、どうぞ』
部屋の中から千弦の返事が聞こえてきた。電話をしたときと変わらず元気のない声だ。
俺は千弦の部屋の中に入る。照明が消えているので部屋の中は薄暗い。あと、エアコンがかかっているので結構涼しい。
ベッドを見ると……水色の寝間着姿の千弦が俺の方を向いて横になっている。熱や頭痛で苦しさがあるのか「はあっ、はあっ……」と呼吸がちょっと荒くなっていて。辛そうだ。千弦が体調を崩したことを今一度実感する。
千弦は俺と目が合うと、ニコッとした笑顔を見せる。
「おはよう、洋平君。来てくれてありがとう。洋平君に会えて嬉しい……」
「おはよう、千弦。俺も千弦と会えて嬉しいよ」
「うんっ。あっ、電気点けてくれるかな」
「了解」
俺は部屋の照明を点けて、千弦の側まで向かう。そして、千弦におはようのキスをする。
熱が出ているからか、千弦の唇から伝わってくる温もりは普段よりも強い。こういうことからも、千弦の体調がいつもと違うのだと実感する。
2,3秒ほどして、俺の方から唇を離す。すると、目の前には千弦のうっとりとした笑顔があって。
「いつもデートで会うときにはキスをするから、おはようのキスをしたよ」
「今はお見舞いデートだもんね。洋平君とキスできて嬉しい。ただ、キスされてドキドキしてるから、ちょっと熱が高くなったかも」
「そ、そうか」
「でも、その感覚は嫌じゃないよ」
「それなら良かった」
俺は千弦の頭を優しく撫でる。熱が出ているだけあって、千弦の頭から伝わってくる熱も強いな。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、千弦の笑顔は柔らかいものに変わる。
「あぁ……気持ち良くて癒やされる。洋平君に頭を撫でられるの好き……」
千弦は俺を見つめながらそう言ってくれる。そのことに嬉しくなると同時に安心した気持ちも抱く。
「嬉しい言葉だ。……今日はずっと千弦の側にいるよ。俺に何かしてほしいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「うんっ、ありがとう。洋平君と一緒にいられるの嬉しい……」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言った。
体調を崩している千弦が少しでもいいなって思える時間を過ごしてもらえるように、恋人としてできることをやっていこう。
「千弦、体の調子はどうだ? あと、お医者さんでは風邪だって診断されたって果穂さんから聞いたよ」
「熱とかだるさとか頭痛があるからね。『風邪だね』って言われた。今もその症状があるよ。だから、こうしてベッドで横になっていると楽だよ。お母さんが車で連れて行ってくれたとはいえ、お医者さんに行ったからその疲れもあるし」
「そうか。体調が悪いときにお医者さんに行くのって疲れるよな。お疲れ様。……千弦からのリクエスト通り、近所のコンビニでプリンと桃のゼリーを買ってきたぞ」
「ありがとう」
俺は自分のトートバッグから、プリンと桃のゼリーが入っているコンビニの袋を取り出して、ローテーブルに置いた。
また、ローテーブルには、かかりつけのお医者さんから処方された薬が入っていると思われる薬袋が置かれている。あとは、500mlのスポーツドリンクやタオル、体温計などもある。さっきの電話で、千弦が「お母さんがスポーツドリンクを持ってきてくれた」と言っていたから、これらのものは果穂さんが用意したものだろう。
――コンコン。
『千弦、玉子粥ができたから持ってきたわ』
部屋の扉がノックされ、外から果穂さんのそんな声が聞こえてきた。
うん、と千弦が返事をすると、部屋の扉がゆっくりと開かれ、お茶碗とスプーン、お水が入っているコップを乗せたトレーを持った果穂さんが部屋に入ってきた。
「お待たせ、千弦。玉子粥よ」
「ありがとう、お母さん」
「うん。……千弦、さっきまでよりも顔色が良くなっているわね」
「うんっ。洋平君が来てくれたから」
「ふふっ、そうなのね」
朗らかに笑いながらそう言い、果穂さんはローテーブルにトレーを置いた。
できたてなのもあり、お茶碗によそられた玉子粥からは湯気がモクモクと出ている。玉子の甘い匂いがほのかに香ってくるのもあり、とても美味しそうだ。
「ねえ、洋平君。玉子粥……食べさせてほしいな。いいかな?」
千弦は俺のことを見つめながらお願いしてくる。さっそくお願いしてくれて嬉しいな。
「もちろんいいぞ」
「ありがとうっ」
千弦はニコッとした笑顔でお礼を言う。
「ふふっ、いいわね。お父さんと付き合っている頃、風邪を引いた私のお見舞いに来てくれたお父さんがお粥を食べさせてくれたことがあったわぁ。お父さんに食べさせてもらったからとても美味しく感じたわぁ」
そのときのことを思い出しているのか、果穂さんの柔らかい笑顔は頬を中心にほんのりと赤らんでいた。ほんと、果穂さんは旦那さんの孝史さんのことが大好きだな。
「そ、そうなんだね、お母さん」
「ええ。……千弦のお願いもあるし、お粥のことは白石君に任せるわ」
「はい、分かりました」
「よろしくね。お母さんは1階にいるわ。何かあったら呼んでね」
「うん、分かった」
「分かりました」
果穂さんは部屋を後にした。
「よし。玉子粥を食べる前に、まずは食べやすいように体を起こそうか。クッションを使ってもいいか? ベッドボードにクッションを立てて、それに寄りかかる形にしようと思っているんだ」
「そうなんだね。クッション使っていいよ」
「ありがとう」
俺は千弦の上体をゆっくりと起こして、近くにあるクッションを千弦の体とベッドボードの間に挟ませる。千弦をクッションに寄りかかる体勢にさせた。
「どうだ、千弦」
「気持ちいい。これなら体を起こし続けても大丈夫だと思う」
「良かった。じゃあ、玉子粥を食べよう」
俺はローテーブルに置いてある玉子粥がよそられた茶碗とスプーンを持ち、千弦の側で膝立ちをする。
今もお粥から結構湯気が立っている。これはなかなか熱そうだ。千弦が火傷しないように、息を吹きかけて冷ました方がいいな。
スプーンで玉子粥を一口分掬って、
――ふーっ、ふーっ。
と、何度も息を吹きかけた。……さっきよりも湯気の出方が落ち着いているし、これなら千弦も火傷の心配なく食べられそうかな。
「千弦、あーん」
「あ~ん」
俺は千弦に玉子粥を食べさせる。
千弦はゆっくりと咀嚼し、飲み込む。
「……凄く美味しい」
千弦はやんわりとした笑顔でそう言った。とても可愛い。
「良かった。あと、熱さはどうだった?」
「ちょうど良かった。だから、ご飯と玉子の甘味がよく感じられたよ。お母さんの玉子粥が美味しいのは分かっているけど……洋平君が冷ましてくれたから本当に美味しいよ。今までで一番かも。ありがとう」
千弦はとても嬉しそうにお礼を言ってくれた。ちょうどいい熱さになっていたことや、果穂さん特製の玉子粥をより美味しくさせることができたと分かって嬉しいよ。
「いえいえ。美味しく食べられて良かったよ。じゃあ、今くらいに冷ましたものを食べていこうか」
「うんっ」
千弦はニコッと笑って頷いた。
それからも、俺は千弦に果穂さん特製の玉子粥を食べさせていく。何度も息を吹きかけて冷ましながら。
千弦は何度も「美味しい」と言いながら食べていて。それがとても可愛く、中学生の妹の結菜と重なる部分がある。結菜も体調を崩したとき、俺や両親が作ったお粥を美味しそうに食べるから。
玉子粥が美味しかったり、俺が食べさせたりしたからか千弦は玉子粥を完食することができた。
「ごちそうさまでした。食べさせてくれてありがとう」
「いえいえ。お茶碗一杯分の玉子粥を食べられる食欲があって安心した」
「凄く美味しかったからね。ただ……玉子粥を食べたらお腹いっぱいになっちゃった。だから、洋平君が買ってきてくれたプリンやゼリーは後で食べるよ」
「了解。じゃあ、冷蔵庫に入れておくよ」
お茶碗やスプーンやコップをキッチンに持っていったときに入れさせてもらおう。
その後、千弦はお医者さんで処方された薬を飲んだ。
お粥を食べて薬も飲んだので、千弦は再び横になる体勢に。
「お粥を食べたから、段々眠くなってきたよ」
「そうか。眠くなってきたのはいいことだな。体調を崩したとき、寝るのはとてもいいし」
「そうだね。洋平君がいるし、お見舞いデート中だから寝るのがもったいない感じもするけど……寝るよ」
「ああ。じゃあ、電気を消すか」
俺は部屋の照明を消した。そのことで部屋の中は薄暗くなる。
ベッドの側まで行き、仰向けになっている千弦の肩のあたりまで掛け布団をかける。
「ねえ、洋平君。おやすみのキスをしてほしいな。そうしたらぐっすり眠れそうな気がする」
「ああ、いいぞ。早く良くなりますようにっておまじないをこめてキスするよ」
「ありがとう。嬉しい」
ニコッと笑う千弦。そんな千弦の頭を優しく撫でながら顔を近づけて、
「おやすみ、洋平君」
「おやすみ、千弦」
俺は千弦におやすみのキスをした。
さっきのおはようのキスをしたときと同じく、千弦の唇から伝わってくる温もりはいつもより強い。早く千弦の体調が良くなりますように。
数秒ほどして俺の方から唇を離す。すると、目の前には俺を見つめて嬉しそうに笑う千弦がいて。千弦の頬は薄暗くても分かるくらいに赤い。
「さっきと同じで、キスするとドキッとして体が熱くなるよ。でも、それが気持ち良くて……本当によく眠れそうだよ」
「そうか。……おやすみ、千弦」
「おやすみなさい」
千弦はゆっくりと目を瞑る。
お茶碗一杯分の玉子粥を食べられたし、お医者さんから処方された薬も飲んだ。そして、ぐっすり寝ることで千弦の体調が良くなっていってほしいな。千弦の可愛い寝顔を見たり、掛け布団越しにポンポンと千弦のお腹のあたりを優しく叩いたりしながらそう願った。
千弦から『お医者さんから帰ってきた』とメッセージを受け取ったので、俺は千弦の家へ行くことに。
よく晴れているし、猛暑日の予報になっているだけあってこの時間から結構蒸し暑い。それでも、千弦と会えるのもあって、千弦の家に向かう足取りは軽くなる。
千弦の家の近くにあるコンビニでプリンと桃のゼリーを購入し、俺は千弦の家に向かった。
――ピンポーン。
千弦の家の前まで到着し、玄関にあるインターホンを鳴らした。するとすぐに、
『はい。……あっ、白石君』
インターホンのスピーカーから、千弦の母親の果穂さんの声が聞こえてきた。
「白石です。お見舞いデートに来ました」
『ふふっ、千弦から聞いているわ。すぐに行くからね』
「はい」
千弦からお見舞いデートについて聞いていたか。
それから程なくして、玄関が開く。家の中から、ロングスカートに半袖のブラウス姿の果穂さんが姿を現した。果穂さんは俺と目が合うとニコリと笑いかける。
「おはようございます、果穂さん」
「おはよう、白石君。今日は千弦のために来てくれてありがとう」
「いえいえ。千弦と一緒にいたいですから。千弦の様子はどうですか? 朝の電話では熱やだるさがあったり、頭痛がしたりすると言っていましたが」
「その電話から1時間半くらいしか経っていないから、今も変わらないわね。ただ、起きた直後は辛そうにしていたけど、白石君と電話してからは笑顔を見せることが多いわ。体調を崩してもそうなっているのは初めてよ。体調は悪いけど、気持ちは元気って感じかな。千弦にとって、大好きな恋人の白石君の存在の大きさを実感したわ。白石君、ありがとう」
果穂さんは嬉しさや優しさの感じられる笑顔でお礼を言った。
「いえいえ。千弦を少しでも元気にできているのなら、恋人として嬉しい限りです」
「ふふっ。かかりつけのお医者さんに行ったら風邪だって診断されて、解熱剤や鎮痛剤とかのお薬を処方されたわ。その薬は食事の直後に飲まなきゃいけないから、今は玉子粥を作っているところよ。今日、千弦は何も食べていないから」
「そうなんですね」
「ええ。さあ、上がって。千弦は自分の部屋にいるから」
「分かりました。お邪魔します」
俺は千弦の家に上がり、2階にある千弦の部屋の前まで向かう。
――コンコン。
「洋平です。お見舞いデートに来たよ、千弦」
千弦の部屋の扉をノックして、部屋の中にいる千弦に向かってそう声を掛ける。
『……はい、どうぞ』
部屋の中から千弦の返事が聞こえてきた。電話をしたときと変わらず元気のない声だ。
俺は千弦の部屋の中に入る。照明が消えているので部屋の中は薄暗い。あと、エアコンがかかっているので結構涼しい。
ベッドを見ると……水色の寝間着姿の千弦が俺の方を向いて横になっている。熱や頭痛で苦しさがあるのか「はあっ、はあっ……」と呼吸がちょっと荒くなっていて。辛そうだ。千弦が体調を崩したことを今一度実感する。
千弦は俺と目が合うと、ニコッとした笑顔を見せる。
「おはよう、洋平君。来てくれてありがとう。洋平君に会えて嬉しい……」
「おはよう、千弦。俺も千弦と会えて嬉しいよ」
「うんっ。あっ、電気点けてくれるかな」
「了解」
俺は部屋の照明を点けて、千弦の側まで向かう。そして、千弦におはようのキスをする。
熱が出ているからか、千弦の唇から伝わってくる温もりは普段よりも強い。こういうことからも、千弦の体調がいつもと違うのだと実感する。
2,3秒ほどして、俺の方から唇を離す。すると、目の前には千弦のうっとりとした笑顔があって。
「いつもデートで会うときにはキスをするから、おはようのキスをしたよ」
「今はお見舞いデートだもんね。洋平君とキスできて嬉しい。ただ、キスされてドキドキしてるから、ちょっと熱が高くなったかも」
「そ、そうか」
「でも、その感覚は嫌じゃないよ」
「それなら良かった」
俺は千弦の頭を優しく撫でる。熱が出ているだけあって、千弦の頭から伝わってくる熱も強いな。
俺に撫でられるのが気持ちいいのか、千弦の笑顔は柔らかいものに変わる。
「あぁ……気持ち良くて癒やされる。洋平君に頭を撫でられるの好き……」
千弦は俺を見つめながらそう言ってくれる。そのことに嬉しくなると同時に安心した気持ちも抱く。
「嬉しい言葉だ。……今日はずっと千弦の側にいるよ。俺に何かしてほしいことがあったら遠慮なく言ってくれ」
「うんっ、ありがとう。洋平君と一緒にいられるの嬉しい……」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言った。
体調を崩している千弦が少しでもいいなって思える時間を過ごしてもらえるように、恋人としてできることをやっていこう。
「千弦、体の調子はどうだ? あと、お医者さんでは風邪だって診断されたって果穂さんから聞いたよ」
「熱とかだるさとか頭痛があるからね。『風邪だね』って言われた。今もその症状があるよ。だから、こうしてベッドで横になっていると楽だよ。お母さんが車で連れて行ってくれたとはいえ、お医者さんに行ったからその疲れもあるし」
「そうか。体調が悪いときにお医者さんに行くのって疲れるよな。お疲れ様。……千弦からのリクエスト通り、近所のコンビニでプリンと桃のゼリーを買ってきたぞ」
「ありがとう」
俺は自分のトートバッグから、プリンと桃のゼリーが入っているコンビニの袋を取り出して、ローテーブルに置いた。
また、ローテーブルには、かかりつけのお医者さんから処方された薬が入っていると思われる薬袋が置かれている。あとは、500mlのスポーツドリンクやタオル、体温計などもある。さっきの電話で、千弦が「お母さんがスポーツドリンクを持ってきてくれた」と言っていたから、これらのものは果穂さんが用意したものだろう。
――コンコン。
『千弦、玉子粥ができたから持ってきたわ』
部屋の扉がノックされ、外から果穂さんのそんな声が聞こえてきた。
うん、と千弦が返事をすると、部屋の扉がゆっくりと開かれ、お茶碗とスプーン、お水が入っているコップを乗せたトレーを持った果穂さんが部屋に入ってきた。
「お待たせ、千弦。玉子粥よ」
「ありがとう、お母さん」
「うん。……千弦、さっきまでよりも顔色が良くなっているわね」
「うんっ。洋平君が来てくれたから」
「ふふっ、そうなのね」
朗らかに笑いながらそう言い、果穂さんはローテーブルにトレーを置いた。
できたてなのもあり、お茶碗によそられた玉子粥からは湯気がモクモクと出ている。玉子の甘い匂いがほのかに香ってくるのもあり、とても美味しそうだ。
「ねえ、洋平君。玉子粥……食べさせてほしいな。いいかな?」
千弦は俺のことを見つめながらお願いしてくる。さっそくお願いしてくれて嬉しいな。
「もちろんいいぞ」
「ありがとうっ」
千弦はニコッとした笑顔でお礼を言う。
「ふふっ、いいわね。お父さんと付き合っている頃、風邪を引いた私のお見舞いに来てくれたお父さんがお粥を食べさせてくれたことがあったわぁ。お父さんに食べさせてもらったからとても美味しく感じたわぁ」
そのときのことを思い出しているのか、果穂さんの柔らかい笑顔は頬を中心にほんのりと赤らんでいた。ほんと、果穂さんは旦那さんの孝史さんのことが大好きだな。
「そ、そうなんだね、お母さん」
「ええ。……千弦のお願いもあるし、お粥のことは白石君に任せるわ」
「はい、分かりました」
「よろしくね。お母さんは1階にいるわ。何かあったら呼んでね」
「うん、分かった」
「分かりました」
果穂さんは部屋を後にした。
「よし。玉子粥を食べる前に、まずは食べやすいように体を起こそうか。クッションを使ってもいいか? ベッドボードにクッションを立てて、それに寄りかかる形にしようと思っているんだ」
「そうなんだね。クッション使っていいよ」
「ありがとう」
俺は千弦の上体をゆっくりと起こして、近くにあるクッションを千弦の体とベッドボードの間に挟ませる。千弦をクッションに寄りかかる体勢にさせた。
「どうだ、千弦」
「気持ちいい。これなら体を起こし続けても大丈夫だと思う」
「良かった。じゃあ、玉子粥を食べよう」
俺はローテーブルに置いてある玉子粥がよそられた茶碗とスプーンを持ち、千弦の側で膝立ちをする。
今もお粥から結構湯気が立っている。これはなかなか熱そうだ。千弦が火傷しないように、息を吹きかけて冷ました方がいいな。
スプーンで玉子粥を一口分掬って、
――ふーっ、ふーっ。
と、何度も息を吹きかけた。……さっきよりも湯気の出方が落ち着いているし、これなら千弦も火傷の心配なく食べられそうかな。
「千弦、あーん」
「あ~ん」
俺は千弦に玉子粥を食べさせる。
千弦はゆっくりと咀嚼し、飲み込む。
「……凄く美味しい」
千弦はやんわりとした笑顔でそう言った。とても可愛い。
「良かった。あと、熱さはどうだった?」
「ちょうど良かった。だから、ご飯と玉子の甘味がよく感じられたよ。お母さんの玉子粥が美味しいのは分かっているけど……洋平君が冷ましてくれたから本当に美味しいよ。今までで一番かも。ありがとう」
千弦はとても嬉しそうにお礼を言ってくれた。ちょうどいい熱さになっていたことや、果穂さん特製の玉子粥をより美味しくさせることができたと分かって嬉しいよ。
「いえいえ。美味しく食べられて良かったよ。じゃあ、今くらいに冷ましたものを食べていこうか」
「うんっ」
千弦はニコッと笑って頷いた。
それからも、俺は千弦に果穂さん特製の玉子粥を食べさせていく。何度も息を吹きかけて冷ましながら。
千弦は何度も「美味しい」と言いながら食べていて。それがとても可愛く、中学生の妹の結菜と重なる部分がある。結菜も体調を崩したとき、俺や両親が作ったお粥を美味しそうに食べるから。
玉子粥が美味しかったり、俺が食べさせたりしたからか千弦は玉子粥を完食することができた。
「ごちそうさまでした。食べさせてくれてありがとう」
「いえいえ。お茶碗一杯分の玉子粥を食べられる食欲があって安心した」
「凄く美味しかったからね。ただ……玉子粥を食べたらお腹いっぱいになっちゃった。だから、洋平君が買ってきてくれたプリンやゼリーは後で食べるよ」
「了解。じゃあ、冷蔵庫に入れておくよ」
お茶碗やスプーンやコップをキッチンに持っていったときに入れさせてもらおう。
その後、千弦はお医者さんで処方された薬を飲んだ。
お粥を食べて薬も飲んだので、千弦は再び横になる体勢に。
「お粥を食べたから、段々眠くなってきたよ」
「そうか。眠くなってきたのはいいことだな。体調を崩したとき、寝るのはとてもいいし」
「そうだね。洋平君がいるし、お見舞いデート中だから寝るのがもったいない感じもするけど……寝るよ」
「ああ。じゃあ、電気を消すか」
俺は部屋の照明を消した。そのことで部屋の中は薄暗くなる。
ベッドの側まで行き、仰向けになっている千弦の肩のあたりまで掛け布団をかける。
「ねえ、洋平君。おやすみのキスをしてほしいな。そうしたらぐっすり眠れそうな気がする」
「ああ、いいぞ。早く良くなりますようにっておまじないをこめてキスするよ」
「ありがとう。嬉しい」
ニコッと笑う千弦。そんな千弦の頭を優しく撫でながら顔を近づけて、
「おやすみ、洋平君」
「おやすみ、千弦」
俺は千弦におやすみのキスをした。
さっきのおはようのキスをしたときと同じく、千弦の唇から伝わってくる温もりはいつもより強い。早く千弦の体調が良くなりますように。
数秒ほどして俺の方から唇を離す。すると、目の前には俺を見つめて嬉しそうに笑う千弦がいて。千弦の頬は薄暗くても分かるくらいに赤い。
「さっきと同じで、キスするとドキッとして体が熱くなるよ。でも、それが気持ち良くて……本当によく眠れそうだよ」
「そうか。……おやすみ、千弦」
「おやすみなさい」
千弦はゆっくりと目を瞑る。
お茶碗一杯分の玉子粥を食べられたし、お医者さんから処方された薬も飲んだ。そして、ぐっすり寝ることで千弦の体調が良くなっていってほしいな。千弦の可愛い寝顔を見たり、掛け布団越しにポンポンと千弦のお腹のあたりを優しく叩いたりしながらそう願った。
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