『やり直し』できる神さまと私のすれ違い

吉川緑

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プロローグ

0-1.&0-2.回想と囚われた場所

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――私と彼の出会いは、果たしていつだったろうか。

 三歳の時、お気に入りの玩具を壊したと聞いた。
 彼は白い装束に澄んだ瞳で「それを直したいのか?」と尋ねる。
 誰かが「いい。自分れ直すカラ」と返事をする。


 八歳の時、友人とひどい喧嘩をして言い過ぎてしまった。
 彼の長い黒髪は美しく「言い直すことが出来るぞ?」と囁く声は優しい。
 私は、「いい。自分で謝る」と返事をする。

 整った顔は見とれるものだ。運命と思う道もあったかもしれない。
 彼は、私がどん底にいて、挫けてしまいそうな時、手を差し伸べてくれる。


「もう一度、両親に会わせてやろうか?」

「死んだ人間は、戻らない」


 黒いドレスをまとう私には、涙がなかった。そんなもの、枯れ果てていた。
 この滅びかけた世界は、この先も私の大事なものを奪うのだと思っていた。
 それでも、また手を差し伸べてもらえたら、立ち上がれると信じていた。

 だが……。
 私は、そんな彼に、囚われてしまったのだ。


◇◆◇


 私は囚われている。この、山より高い宙に浮いた小島に。
 周囲には星が瞬いている。ダイヤを超える価値があっても不思議ではないが、私にはゴミ同然だ。

 この白い空間は、『時の庭園ときのていえん』と呼ばれている。

 柔らかく暖かい色の照明に、静かなネイビーのカーテンと天蓋てんがい付きのベッド。
 与えられた個室は、囚われた人間には上等だろう。だが、一度として外に出ることは叶っていないのだ。

 全く不本意な話であり、部屋から出たときにこんな言葉が出たとして、それはもう、挨拶あいさつと言えるのではないか。


「そろそろ、私を自由にして欲しいのですが。ユアさま?」

「おい。弁えろ、小娘ルル


 ユアの使い魔であるクロが、即座におはようの挨拶を遮ってさえぎってくる。


(いつもいつも、小生意気で堅物な使い魔め!)


 時計を重ねた雪だるま姿へ、私は感慨もなく視線を向ける。


「クロ、構わない。ルルの言葉は理解できる」


 ルル、それは私のことだ。連れて来られたのは十八の頃。もう何年になろうか。
 白い髪は短いまま伸びないし、体形は縦にも横にも変化がない。ずっと着ているアシンメトリーな黒チュールのワンピースも、真新しさを保っている。


 囚われたこの空間では時間の流れがおかしいのだ。


「近頃、『ローラー・クレープ』が恋しいもので」


 聞き慣れない単語を聞いた、とでもユアは思っているのだろう。氷の様に整った顔つきの時の神、ユアは微かに目を細める。


「何だ、それは?」


 ルルは眼鏡の奥にある黄色い目を少し細めて、にぃっと口角を上げる。


(また一つ、知らないことを見つけてやった)


 ルルより頭ひとつ大きいユアが、不満気に唇を歪めながらゆっくりと腰掛ける。この男が知らないことを探すのは、ルルにとって良い暇つぶしだ。


「私の故郷にあった、行きつけの店ですよ。あそこはガレットも出してくれるので、大好きでした。まぁ、」


 少し間を空けて、ルルはわざとらしく眼鏡の位置を直す。
 その先に続く言葉もこの神は分かっている筈だろう。先読みなんて必要のない話だ、ユアがやった行いなのだから。


「あなたが焼いちゃいましたけどね。ユアさま」

「こ、小娘! 黙っておれば調子に乗りおって!」


 怒った使い魔クロが、丸時計のような顔と身体の針をぐるぐる回転させている。客人であるルルには手を出せないのだろう。宙に浮きハエのようにルルへまとわりつくことで、抗議の意を示してくる。


「はいはい。クロは今日もお元気ね」


 ルルは口角を上げたままゆっくり歩き、中央のテーブル前へ腰掛ける。目の前では、優雅な表情を取り戻したユアが、艶やかつややかに肘をつく。鬱陶しくなるほど美しい仕草だが、ルルには何の感慨も沸かない鑑賞物だ。


 『時の神ユア』、この麗しい男神は時間の全てを司る。

 この囚われた空間を作り出し、ルルの故郷の星を焼き払った力の持ち主。
 強大な権能『時間のやり直し』は、自らの失敗を成功するまで繰り返すことが出来る。


「クロ。少し静かにしていろ。これは、私とこの娘の問題だ」


 主の言葉に渋々納得したクロは、テーブルの端で手足を引っ込めた。時計としての役目に戻り、かちかちと針の音をさせている。


(もう何度繰り返したやり取りなのでしょうね。その問題とやらは……)


 問題、それは意見の対立だ。

 『ある事件』のせいで、ルルの故郷の星は滅びかけていた。
 滅びを避けるため、『やり直せ』とルルはユアに命じられたが拒否した。
 
 言うことを聞かせるための脅しとして、ユアはルルの故郷を星ごと焼いた。
 『やり直せば』星が焼かれた時間もなくなるとは言え、ユアのやることは無茶苦茶だった。


(何度、ユアが『やり直す』としても、私は絶対やり直さない)


 例えば、こういった会話一つとっても、ユアの権能『やり直し』の支配下にある。
 ユアにとって有利になるように、言葉を吟味されて、ルルが時間を戻したくなるように誘導されている。


(いい加減、私は『やり直さない』って学習して欲しいものだね)


 ため息を吐いて、ルルは組んだ手を前へ伸ばす。このやり取りは飽きました、と透明な視線をユアへ向けてやる。


「えぇ。どうしたら私もその気になるのでしょうかね」

「私は、いつまででも待てる」

(そりゃ、いつかは心変わりもするでしょうよ。何十年、何百年……いつかは知らないけど、暇な奴だ)


 時間に縛られない神の言葉だ。抗いきれないことくらいは、ルルにも分かっている。


「でしょうね。でも、」


 この会話もユアの選択なのかもしれない。ただ、ルルには分からない。思ったことを言うだけだった。


「過去を取り戻そうなんて、思えやしませんよ」


 ルルは傷ついていた。人も故郷も何もかも焼け果てて、何かを失う痛みがまだ消えていない。
 「これ以上、何かを失うくらいなら何もいらない」そう思うルルにとって、大事な物が何もないこの庭園は、何処より幸せに過ごせる場所だった。
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