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1-2.神からの申し出
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それから、どれだけの月日が経ったろうか。
ユアとクロは『神界』からの仕事で度々いない。未だ、ルルは故郷の星を滅びから『やり直す』ために幽閉の身だ。どうしてルルだったのか、その理由をユアとクロは話そうとしない。
(放置して追い詰めていく考えなのかなあ)
何もさせず、ただただ時間を過ごすだけの日々に、ルルはもう退屈を通り越して気が滅入り始めている。ここ十日程で見つけた新しい刺激を神官さんに話したら、どんな反応をされるかとルルは思った。
(星を眺めていたら、視力が上がるのですよね)
そう気づいて以来、ルルは体育座りの天体観測を日課にしている。残念ながら、未だに眼鏡は手放せないが、少し遠くの星が見やすくなった気がする。このまま続けていたら、いつか伊達眼鏡娘に成長出来るのかもしれない、もうそんなことくらいにしか、ルルには刺激がないのだった。
(派手にいじめてくれた方が、まだ良いと思うのは……破滅願望だろうか)
不思議に思えるかもしれないが、ルルのユアへ抱いている感情は、畏れではあっても憎しみではないのだ。
ルルはユアのことを、心弱ったときに立ち直らせてくれる存在と思っていた。幼い頃から、『やり直しても良いのだぞ』と、優しく言われる度、ルルは歯を食いしばって乗り切ってきていた。
皮肉な話だが、ルルのずっと抱いていた優しい印象からかけ離れたユアの行動に、『本当に神様だったのだなあ』と思う方が強くて、憎む気持ちにもならなかったのだ。
(『やり直せ』って言われても、もう何もやりたいことも無くなってきちゃったよ)
ルルは故郷の星をはじめ、色々な物を失ってしまった。これ以上何も失いたくない、と『やり直す』ことをルルは拒否していた。しかし、何もさせてもらえずにただただ生かされている期間が長くなるにつれ、ルルの気力は尽きかけていた。
『不愛想』、『不精』、『不摂生』の三大不揃いを極めた根暗な少女ルル。
そうなりかけていたある日のことだった。
◇◆◇
「今日は外出をしようと思うのだが、どうかな?」
そんな言葉が、ある日突然訪れた。
まったく想像しないユアの言葉に、思わずルルは目を細めてしまう。惰性で続けていた『自由にしてくれ』という毎朝の挨拶が通じたとはルルには到底思えない。何を考えているのかは知らないが、突然の変化を疑うのは当然のことだろう。
(いまさら、何を言い出すのだろうか)
仮にルルが外出するとなれば軟禁生活史上、初めてのことになる。いいかげん飽きていたルルは、興味半分、疑い半分の視線をユアに向ける。
「どうと言われましても。どこへ行くのですか?」
「先日、お前が言っていた『クレープ』とやらが気になってな。ようやく作れる者が見つかった」
(あぁ、覚えていたのか。小娘相手に暇なことをする)
しかしその申し出は、ルルの発酵しかけた心へわずかな火を灯してくれた。かすかに残った種火へ燃料を投下して、じわじわと広がっていく。さすが立ち直らせの神だ、とルルは言いたいところだが、クレープやガレットの力が今回は大きい。その二つと言えば、ルルの大好物なのであった。
「へぇ。ユアさまともあろうお方が、下々の食事を気に掛けたと言うのですか」
ルルは段々高鳴ってきた心を抑えつつ、出来るだけ冷静にユアへ返事をする。それでも、ルルの口角が上がるのは抑えきれない。手を口元に添えて、少し格好をつけてやるのが精一杯だった。
「ふん。先日は知らなかったが、既に『ローラー・クレープ』とやらの話は聞いたぞ」
ユアの顔の奥に何か蠢くものを感じて、ルルは言葉の意味するところを察する。眉をひそめて、上がった口角が水平に戻っていく。『やり直し』この男の権能を忘れてはいけない、そうルルは思った。
「もちろん、お前からな」
「面倒くさいことをしますねぇ。別に、聞かれたら教えてあげますよ」
どこかの朝食時にでも『やり直されて』質問をされていたのだろう、とルルは察する。やり直されてしまうと、ルルには話した記憶が残らないので、何を何度話したのかも分からない。
(同じ話を延々と繰り返す娘になりたくないのだけれど)
何かを感じたように、軽く息を吐いたユアが席を立つ。それを合図にルルも立ち上がった。クロはふわふわと宙に浮き、ユアの肩辺りを漂っている。
「行ってらっしゃいませ」
老神官が見送りのためか丁寧に礼をしてくれる。
食事や蝋燭の準備などをする姿をよく見る、言葉数少ない温かな老神官だ。ルルは少し頭を下げて、返礼すると、そのままユアとクロの後へ続いた。
ユアとクロは『神界』からの仕事で度々いない。未だ、ルルは故郷の星を滅びから『やり直す』ために幽閉の身だ。どうしてルルだったのか、その理由をユアとクロは話そうとしない。
(放置して追い詰めていく考えなのかなあ)
何もさせず、ただただ時間を過ごすだけの日々に、ルルはもう退屈を通り越して気が滅入り始めている。ここ十日程で見つけた新しい刺激を神官さんに話したら、どんな反応をされるかとルルは思った。
(星を眺めていたら、視力が上がるのですよね)
そう気づいて以来、ルルは体育座りの天体観測を日課にしている。残念ながら、未だに眼鏡は手放せないが、少し遠くの星が見やすくなった気がする。このまま続けていたら、いつか伊達眼鏡娘に成長出来るのかもしれない、もうそんなことくらいにしか、ルルには刺激がないのだった。
(派手にいじめてくれた方が、まだ良いと思うのは……破滅願望だろうか)
不思議に思えるかもしれないが、ルルのユアへ抱いている感情は、畏れではあっても憎しみではないのだ。
ルルはユアのことを、心弱ったときに立ち直らせてくれる存在と思っていた。幼い頃から、『やり直しても良いのだぞ』と、優しく言われる度、ルルは歯を食いしばって乗り切ってきていた。
皮肉な話だが、ルルのずっと抱いていた優しい印象からかけ離れたユアの行動に、『本当に神様だったのだなあ』と思う方が強くて、憎む気持ちにもならなかったのだ。
(『やり直せ』って言われても、もう何もやりたいことも無くなってきちゃったよ)
ルルは故郷の星をはじめ、色々な物を失ってしまった。これ以上何も失いたくない、と『やり直す』ことをルルは拒否していた。しかし、何もさせてもらえずにただただ生かされている期間が長くなるにつれ、ルルの気力は尽きかけていた。
『不愛想』、『不精』、『不摂生』の三大不揃いを極めた根暗な少女ルル。
そうなりかけていたある日のことだった。
◇◆◇
「今日は外出をしようと思うのだが、どうかな?」
そんな言葉が、ある日突然訪れた。
まったく想像しないユアの言葉に、思わずルルは目を細めてしまう。惰性で続けていた『自由にしてくれ』という毎朝の挨拶が通じたとはルルには到底思えない。何を考えているのかは知らないが、突然の変化を疑うのは当然のことだろう。
(いまさら、何を言い出すのだろうか)
仮にルルが外出するとなれば軟禁生活史上、初めてのことになる。いいかげん飽きていたルルは、興味半分、疑い半分の視線をユアに向ける。
「どうと言われましても。どこへ行くのですか?」
「先日、お前が言っていた『クレープ』とやらが気になってな。ようやく作れる者が見つかった」
(あぁ、覚えていたのか。小娘相手に暇なことをする)
しかしその申し出は、ルルの発酵しかけた心へわずかな火を灯してくれた。かすかに残った種火へ燃料を投下して、じわじわと広がっていく。さすが立ち直らせの神だ、とルルは言いたいところだが、クレープやガレットの力が今回は大きい。その二つと言えば、ルルの大好物なのであった。
「へぇ。ユアさまともあろうお方が、下々の食事を気に掛けたと言うのですか」
ルルは段々高鳴ってきた心を抑えつつ、出来るだけ冷静にユアへ返事をする。それでも、ルルの口角が上がるのは抑えきれない。手を口元に添えて、少し格好をつけてやるのが精一杯だった。
「ふん。先日は知らなかったが、既に『ローラー・クレープ』とやらの話は聞いたぞ」
ユアの顔の奥に何か蠢くものを感じて、ルルは言葉の意味するところを察する。眉をひそめて、上がった口角が水平に戻っていく。『やり直し』この男の権能を忘れてはいけない、そうルルは思った。
「もちろん、お前からな」
「面倒くさいことをしますねぇ。別に、聞かれたら教えてあげますよ」
どこかの朝食時にでも『やり直されて』質問をされていたのだろう、とルルは察する。やり直されてしまうと、ルルには話した記憶が残らないので、何を何度話したのかも分からない。
(同じ話を延々と繰り返す娘になりたくないのだけれど)
何かを感じたように、軽く息を吐いたユアが席を立つ。それを合図にルルも立ち上がった。クロはふわふわと宙に浮き、ユアの肩辺りを漂っている。
「行ってらっしゃいませ」
老神官が見送りのためか丁寧に礼をしてくれる。
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