『やり直し』できる神さまと私のすれ違い

吉川緑

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1-1.囚われの身

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 朝が来ることのない『時の庭園ときのていえん』。
 そこにある豪華な自室、ルルは目に入る天蓋てんがいへあくびを見せつけて、目をこする。


(日差しがないと、寝た気がしない)


 いつものように「自由にさせてくれ」と寝起きのあいさつをするのは、ルルにとって変わらないルーティンだ。

 中央のテーブルに腰掛けると、神官が食事を出してきてくれる。囚われの身ではあるが、ルルの名目は客人である。今朝のメニューは、しっとりしたパンに野菜の入ったスープ、それから、ポーチドエッグの三品だ。

 決して豪華とは言えないが、丁寧な仕事で作られていて、ルルは温かみを感じる。ユアとの関係は冷え切っているが、神官たちとはそうでもない。食事と寝る時は心休まる機会で、神官と目礼して朝食を前にすると、ようやく新しい日を感じることができる。


(クレープやガレットが食べたいなあ)


 欲を言えるなら、もう少し食事のメニューが欲しいとルルは思っていた。庭園の主が食事に興味がないのか、食べなくて良いのかは知らない。時間を司る美麗な青年の『時の神ユア』。彼が食事を取っている姿をルルは見たことがない。


(今度、神官さんに材料揃えてもらおうか)


 ルルはユアと同じテーブルについているが会話はなく、冷え切った夫婦の方が、過去を振り返れる分まだマシだろうとルルは思う。こちとら、他人どころか種族が違うのもあるし、会話したとして、どうせ『やり直される』ので、黙っているのはルルにとって好都合でもある。整った顔と優雅な雰囲気も見飽きてしまって、せいぜい「今日はちょっと角度が違うな」と思うくらいになっていた。


(しかしまあ、見た目はほんと綺麗だな)


 紅茶を片手に持つユアにかかる湯気は、嫌味な程決まっている。全てを『やり直す』ことが出来るこの神さまは、湯気の立ち具合までやり直しているのでは、とルルは疑問に思う。


「ユアさまは、湯気の立ち方まで計算されているのですか?」

「……ユア様を愚弄しておるのか、小娘!」 


 素朴な疑問のつもりだったが、何かがクロの琴線に触れてしまったらしい。りんりんとやかましい目覚ましにルルは顔をしかめる。その音に驚いたのか、燭台へ火を灯していた神官が、こちらに顔を向けている。

 あの燭台しょくだいは魔道具の一種で、カレンダーの代わりだ。魔法を詠唱すると火が灯り、一番長い蝋燭が燃え尽きれば一年、中くらいの物がひと月、最も短いものは一日を表していると聞かされた。 


 りんりんと鳴り響くクロの目覚ましは、押さえつけるのが手っ取り早いのをルルは知っている。しかし、今は食事中と言うことを考えて、ルルは神官へ目礼してにっこり微笑みを送る。 


「すいませんねぇ。礼儀知らずの小娘なものでして」 


 食事中に騒いだりはしませんけどね、ルルがそう続けると、クロは己の騒音に気づいたのか左右を見渡した。神官は困ったようにこちらへ一礼を返してくる。その姿を見たクロは決まりが悪いのか、ゆっくりと音を小さくしていった。


「はいはい、よく出来ました」


 ルルは黄色い目をかすかに細め、口端を歪める。それだけすると元の無表情へ戻し、ゆっくりと上品な仕草でパンを摘まむ。やり込められたクロは不満気な目を向けてくるが無視した。


「前々から思っておったが…。おぬしは娘の中でも、だいぶ性格が悪いのではないか」 


 先に突っかかってくるのは大体がクロなので、そんな言葉を浴びてもルルは何の感慨もわかない。ルルはルルなりに、温厚で常識ある行動を心がけている。性格が悪いかどうかは、受け取り手次第ではないだろうか。


「そうなのか?」 


 クロの言葉にユアも意外そうな顔をしている。ユアがあまり人間に興味がないのもあるだろう。ルルを通じて人間とはどういうものか、を学んでいる節もあった。


「いえいえ。私はごく普通の町娘ですよ。クロさんの知り合いには、寝起きの悪い人が多いのでしょう」 


 クロさんが寝ぼけていたのかもしれないですね、とルルは眼鏡を直して椅子と背筋を整える。平坦な声と、冷めた関係の相手との会話で誤解されがちだが、ルルはそれなりに表情を変える。ルルの冷たい態度に、クロは顔をしかめて目線を顔から下に向けた。


「ふん。口の悪さだけは一人前だな。子供娘が」 


 指折り溶けて行った蝋燭を思い返せば、ルルはもうすぐ二十一歳になる。子供扱いされるのはおかしい、そう思うと眼鏡の中で黄色い目が吊り上がり、唇もかすかに尖る。


「子供? 私はここに住んでいるせいで大きくなってないだけです。血筋ってものをご存じですか?」 


 『時の庭園』の時間が異常なせいで幼く見えるのだとルルは主張する。
 優しかった母は温かく、包容力に溢れていたし、父はツヴァイハンダーを軽々と扱う長身だった。まだまだ成長の余地はあるはずなのだ。

「分かったから、二人とも少し黙れ。」 


 呆れたようにユアが口を挟んできた。確かに、クロと延々言い争っても益はない。


「し、失礼しました。ユア様」 


 クロが己の行いを振り返ったのか頭を下げる。殊勝しゅしょうな態度だが、相手によって変えすぎる点はどうだろうかとルルは後頭部をぽりぽり掻く。


「私はいまの言葉忘れませんからね。古時計」 

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬ・・・・・!!!!」


 久々に賑やかな朝食を終えると、ルルは途端に手持ち無沙汰になってしまった。


(実家にいた頃は、素振りもけっこうしたけどなあ)


 何かしようとしても出来ないのも、ルルが抱える問題であった。奴隷よろしく働かされるのは御免被りたいが、客人という中途半端な扱いは、どうにも接し方が難しい。


「神官さん、お皿洗いでも手伝いましょうか?」

「いえいえ、お気持ちはありがたいのですが、ユア様のお客人にその様なことは……」


 この調子である。三食付きの健康体だから良いだろう、ともルルは思うが、先に精神が発酵してしまうのは避けたい。


(最初の方はけっこうきつかったけど)


 ルルの『心変わり』を促そうとして、脅されたことは何度もある。印象的なのは故郷の星を痛めつける天罰だったろうか。魔法か何かで世界各地を同時視聴させられたのだ。

 隕石と業火が吹き荒れる様は、さすがのルルも涙が止まらなかった。だが、いつの頃からか映像が廃墟と荒野ばかりになり、気づけば、ルルには砂場の観察くらいにしか見えなくなっていた。

 途中から意地になった自分に呆れもするが、ユアのやり方も良くなかったのでは、とルルは思っている。いきなりあんな同時視聴で映像を見せられた挙句、ぼろぼろに焼かれた星をドアップにして、『やり直さないか』とか言われても、引いてしまうだろう。


 『いや、いいです』としか言えなかったルルを責めるなら、そいつに代わって欲しい。


 とはいえ、今となっては何も感じなくなってしまい、どれだけ故郷の星を壊したところで、ルルの『過去をやり直さない』という意地が変わることがない。

 むしろ、逆効果と言えるだろう。壊された砂場の城をさらに蹴られたとて、その犯人を冷たく眺めるだけなのだ。
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