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未来編
2-9.エンド‐時の水晶
しおりを挟む時の庭園の片隅にある密談スペースに、ユアは訪れていた。クロは時計の姿のまま、時を刻んでいる。クロなりの配慮だろう。いまは一人で考えを巡らせたかった。
『クロの起こした事件』は止めねばならない。でなければ、星が滅びることは避けようがない。
(では、星の滅びを止めたとして、ルルをどうする?)
ルルは月の民である。月の民は『クロの起こした事件』から生まれた人間で、事件が起こらなければ月の民、その存在自体が消えてしまう。ルルについても同じだ。
(やはり、両方を取る方法はないな……)
事態は八方塞がりだ、そうユアは思った。待て、俺は神のはずだぞ、と頭をがしがしとかく。たかだか一人の人間、その運命を自由に出来ずして、何が『時の神』だろうか。
(もっとも長くあの星を存続させるには、俺が星を壊さなければ良いだろうが……。待てよ)
そこまで思案してユアは気が付いた。ふふふ、と口端を歪めて邪悪に笑う。
(要は、最後にあの星が存続すれば良いわけだろう?)
選択肢は二つ。ユアの考えは、歪んでいた。
一つはひどく血生臭く、ルルを脅して星を焼き払った時以上に、多くのものを破壊しつくさねばならない。そして、もう一つは、ルルに今後、一切の自由はない。
「さて、あの娘は、どちらを選ぶだろうな……」
神と人は、所詮分かり合えるはずがない、そうして悲しい目をするユアはルルが閉じこもる部屋へ向かっていった。
◇◆◇
(いい加減、泣いてばかりいるのは私らしくない)
ルルが自室にこもって、どれくらい経っただろうか。溢れた心の汗を枕にぶつけているうちに、枕は染みだらけになってしまった。
立ち直りはこれでも、早いと思うのだけど、とルルは立ち上がり、備え付けられた姿見へ向かう。白い髪が乱れて、目の周りが赤くなっている。
(髪はともかく、目は時間がいるか? いや、面倒だ。久々にメイクでもしてやろう)
ルルは眼鏡を外すと、グリーンのコントロールカラーを目元中心に軽く使用する。黄色の目に合うように、グレーのアイシャドウ。さっとノーズシャドウを入れる。
最後に紅を引いて、髪を整える。ルルは愛用のグラディウスを握ると、深く息を吐いて吸う。
(そう簡単に、私の運命を左右できると思うな)
ルルは口角を上げて不遜に笑うと、そのまま部屋を出た。
◇◆◇
時の庭園にあるテーブル、ルルとユアは向かい合った。
「お前……雰囲気がずいぶん違うがどうしたんだ?」
「いえ……ただ、ちょっと気合を入れようかと思いまして」
「……そうか」
互いに無言になる。沈黙を破ったのは、やはり、出来る使い魔だった。
「ユア様、ルル、そう黙っていては話が進みませぬぞ。ユア様も、何かお考えがあるのでしょう?」
クロは時計の姿から、いつの間にか使い魔フォルムへ変形し、ルルとユアの間に浮かんでいる。ルルはクロの言葉にきっと目を鋭くすると、テーブルをばんと打つ。
「分かりました。この際だからはっきり言っておきましょう。私は、何も失いたくありませんし、失いません。ここにこのまま残ります。もし、それが敵わないのであれば……」
ルルは覚悟を決めたとばかりに立ち上がる。片手には愛用の剣、グラディウスを握っている。
「私を殺してから、お好きなようになさってください」
「待て。そこまでの覚悟があるのなら、俺もおまえに提案がある」
ユアも立ち上がり、強い視線をルルに向けてくる。紛れもない、『時の神』の顔、それにルルは不敵な笑みを浮かべる。
「お前には取れる選択肢が二つある。一つは、この『時の水晶』の中で一生、いや、俺の支配下で永遠に生き続けること。もう一つは、お前が過去に戻り、『月の民』を滅ぼすことだ」
「ユア様……それはどういうことですか。さすがに、我にも分かりかねます」
「クロ、そんなことも分からないのですか? 私には分かりましたよ。この時の神様は、私に『一生囚われ続ける』か、『祖先を殺して未来を得る』か。そのどちらか選べって言っているのですよ。無茶苦茶なことを言う、『時の神様」らしい言葉です」
「ふん。俺は、お前のそういう率直なところは嫌いでないぞ」
顔を見合わせて、ルルとユアは「ふふふふふ」笑う。クロはと言えば、顔をうつむかせてため息を吐いている。
『飼い殺し』か『殺してでも未来を奪え』とは、なかなか時の神様も粋なことを言う、ルルは口角を上げて、不敵に笑う。そうして、眼鏡を直す。
ルルは、どちらを決断するべきか思案していた。
◇◆◇
エンド 『時の水晶』
◇◆◇
(私の、私が選ぶべき道は……)
「ユアさま」
「なんだ」
「私は、あなたと共に、ずっと居たく思います」
「本当に良いのか?」
「構いません」
「詳しく聞かないのか?」
「いりません」
ルルは微笑んで、ユアを見る。幼い頃から、ずっとこの神に焦れていたのだ。いまさら、もう何も言うことはない。
ユアが『時の水晶』を掲げ、何やら魔法の詠唱をしている。その手から、細かい魔法の粒子が漂っていく。時の庭園が、まるで蛍が飛び交うような、幻想的な空間になっていく。
「あぁ、そうだ。ユアさま、少し、耳を貸してください」
「ん? どうした」
怪訝そうに、ユアがルルに身を寄せてくる。ルルはその時を逃さない。
(せめて、これくらいは許してくださいね)
近づいてきたユアの顔を、ルルは両手でそっと挟む。にいっと口角を上げて、間近でユアの目を眺める。
「ずっと、あなたのそばに置いてください」
ユアが一瞬、目を見開いた気がした。でも、私には何も見えない。目をつぶってしまったから。そっと唇に感触が触れる。
神様って言っても、人間と変わらないもんだな――。
そんな感想を持って、ルルは振り向かずに、自分の身体にまとわりついてくる白い魔法の結晶にそっと触れた。
◇◆◇
『時の結晶』それは、例え一万年の時を経ても決して壊れず、永遠に時間を収めておくことの出来る、『牢獄』だ。中に入った時間は、生きることも、死ぬこともない。ただ、存在だけが残る。
きっと、このままクロと『あの事件』を解決したら、二度とあの娘がこの牢獄から出ることは叶わないだろう。
どうして、そんな表情が出来る、ユアはルルの最後の表情を思い出していた。
「本当に、良かったのでしょうか。ユア様……」
「これがルルの望んだことなら、俺はいくらでも、叶えるさ……」
「……そういうものですか」
「俺にだって、神の矜持はある」
――人間から請われれば、いくらでも、叶えてやるさ。
その後、ユアとクロは、『月の民』からルルと入れ替わった『特異点』を奪い返し、徹底的に『やり直し』をするように迫った。洗脳と言っても良かったであろう。
『あの事件』は時間の表舞台から消え、同時に、『月の民』もいなくなった。
奪い返した特異点の娘は、何事もなかったかのように『ルル』と言う名で新たな時間を過ごしていく。
クロも使い魔の姿から、人間『ボン・ボール』に戻った。もちろん、姿は大して変わらなかったことを付け加えておく。
ユアは、神官だけがいる時の庭園で佇んでいる。
今は名前も奪われたその娘の入った大事な水晶を、懐かしい笑顔を思い浮かべながら、振り返るのだ。
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