1 / 19
1 鏡よ鏡
しおりを挟む
鏡よ鏡――
「――一番王にふさわしいのは、ぼくだと?」
「はい」
「しかし、兄上がいるではないか」
「兄君は市井から王族に上がられたので、継承権は貴方より下ですよ。それに……納得する者は少ないでしょう」
スクルムは真剣な顔をしてそう言った。ニヴィアスも真剣に聞いてはいるものの、子供の寝物語にそんな事を言うのはいかがなものかともこっそり思っていた。
そんな事を言うこのスクルムという男は、人の姿こそ取っているが、王族に代々仕える鏡の精霊だ。金とも銀ともつかない髪に雪影のような淡い碧眼を持つ美丈夫である彼は、十になったばかりの少女のような王子にそんな事を説く。とてもいい夢が見れるような話ではない。
「まだ子供であれば時間を掛けて学べば可能性はありますが、兄上はもう成人されていますからね。今までの経験が活きればいいですが、邪魔をすることの方が多いでしょう」
「……あにうえは口さがないことをいうものが多いが、かしこい、おやさしい方だと思う」
「ええ、そうですよ。だから兄弟で協力してこの国を治め、良き王となってくださいな」
優しく笑うスクルムにニヴィアスは頷き、眠るために瞳を閉じた。
ニヴィアスには昨年、十離れた兄が出来た。
最初の妃を亡くして、ニヴィアスの母と婚姻を結ぶ前、父王が荒れていた時期に入れあげていた娼婦との間に生まれた子だ。つまりは異母兄のはずなのだが、ニヴィアスが突然出来た兄に初めて会った時の感想は、「母に似ている」だった。
「は、はうえ……?」
「……は?」
「~っ、は、はぅぇ……」
「あっ! ちょっと! おい、泣くなよ!」
「何泣かせてるんですか!?」
「コレ俺のせいか!?」
兄は男性にしてはかなり線が細く、中性的な容姿をしていた。そして異母兄弟であるにも関わらず、ニヴィアスと兄の容姿は非常に似通っていた。
濡れ羽色の髪に、抜けるような白い肌。林檎のような赤い唇。ニヴィアスと異なるのは大きく美しい紅玉の瞳だ。子供の語彙では宝石に例える事が出来ず、ニヴィアスは兄の瞳を「艶々の林檎」だと思った。自らの持つ母譲りの深い黒檀の瞳とは全く異なる、美しいその紅を思わずまじまじ見つめてしまい、兄は困ったように眉を寄せ、少し迷ったのち、ニヴィアスを優しく抱き上げてくれた。母のような柔らかさはない細い体だが、とても温かかった。
「ああ……よしよし、泣くな……そんなに母上と俺は似てるのか?」
「そっくり、ではないけど……とても、にています」
「そうか。流石に母上と思って、なんて事は言えないけど、兄弟らしいから仲良くしてくれると嬉しい」
「はい、もちろんです。よろしくおねがいします」
「こんな小さいのに賢い! 流石、王子様だ。よろしく」
今でも記憶の中の兄はいつも優しく笑っている。
ニヴィアスにとって兄は善き人間であったが、2人が仲良くするのを快く思わない者もいた。故に大っぴらに交流することは少なかったが、スクルムの手配でニヴィアスと兄は、こっそり仲良くしていた。
そんな兄は最初スクルムの事があまり好きではないように見えた。市井で兄が発見され、ここに連れて来られたのはスクルムが王に教えた事が原因と聞いていたが、それがどうにも引っ掛かるらしい。
そして自分にも誰に対しても丁寧に優しく接するスクルムが、兄の前では揶揄するような意地悪に変わる。兄は素直にそれに噛みつくが、それが二人の間合いだった。
少し羨ましく思うところはあれど、その間に何の違和感もなく自分が挟まっているのは妙な居心地のよさがあった。
「鏡よ、鏡――」
「私が識る能力を使う事が出来るのは、週に一度だけ、城の主足る王がその言霊を唱えた時だけですよ」
「そうなの?」
「ええ。それなりに旧い精霊とはいえ、そんな何でも見通すような能力を無条件では使えません」
スクルムは苦笑しながらニヴィアスの頭を撫でる。
「私は元々は国についた精霊なのです。王に嘘がつけない誓約が課されておりますが、本来は居着いた場所を守る、それが全てなのです」
「いついた場所……この国?」
「今は。精霊にも代替わりがありますし、私ももう歳なので、いつでも受肉出来る状態です。もっと上の精霊になるか、主を定めて精霊としての存在を終えれば、国を守るという軛はなくなりますね」
「スクルムはいなくなるの?」
「すぐいなくなるわけではありません。私は上の精霊になる気はないので、受肉するつもりです。その受肉したものの生が終われば死んでいなくなりますね」
「人になるの? けもの?」
「可能なら人がいいですねぇ……」
「じゃあ……」
スクルムが、人になるなら。
「……僕が立派な王になったら」
伴侶になって欲しいとニヴィアスが言えば、スクルムはほんの少しだけ驚き、困ったように笑った。
「お気持ちは嬉しいですが、私は一応雌雄のある精霊で、雄ですからね。貴方が姫ならともかく」
「父上だって男の妃がいるじゃないか」
「それは正妃がいて、かつ後継がちゃんといる場合に限ってですからね」
明らかな受け流しに、むぅとニヴィアスは頬を膨らませる。それを見たスクルムは可笑しそうに笑う。それをニヴィアスは綺麗だと思った。兄と同じくらい綺麗だと思った。
スクルムがいて、兄がいて。
ニヴィアスは二人に見守られながら、このまま大人になり、遠からず王位を継ぐ。
そう、思っていたのに。
「――一番王にふさわしいのは、ぼくだと?」
「はい」
「しかし、兄上がいるではないか」
「兄君は市井から王族に上がられたので、継承権は貴方より下ですよ。それに……納得する者は少ないでしょう」
スクルムは真剣な顔をしてそう言った。ニヴィアスも真剣に聞いてはいるものの、子供の寝物語にそんな事を言うのはいかがなものかともこっそり思っていた。
そんな事を言うこのスクルムという男は、人の姿こそ取っているが、王族に代々仕える鏡の精霊だ。金とも銀ともつかない髪に雪影のような淡い碧眼を持つ美丈夫である彼は、十になったばかりの少女のような王子にそんな事を説く。とてもいい夢が見れるような話ではない。
「まだ子供であれば時間を掛けて学べば可能性はありますが、兄上はもう成人されていますからね。今までの経験が活きればいいですが、邪魔をすることの方が多いでしょう」
「……あにうえは口さがないことをいうものが多いが、かしこい、おやさしい方だと思う」
「ええ、そうですよ。だから兄弟で協力してこの国を治め、良き王となってくださいな」
優しく笑うスクルムにニヴィアスは頷き、眠るために瞳を閉じた。
ニヴィアスには昨年、十離れた兄が出来た。
最初の妃を亡くして、ニヴィアスの母と婚姻を結ぶ前、父王が荒れていた時期に入れあげていた娼婦との間に生まれた子だ。つまりは異母兄のはずなのだが、ニヴィアスが突然出来た兄に初めて会った時の感想は、「母に似ている」だった。
「は、はうえ……?」
「……は?」
「~っ、は、はぅぇ……」
「あっ! ちょっと! おい、泣くなよ!」
「何泣かせてるんですか!?」
「コレ俺のせいか!?」
兄は男性にしてはかなり線が細く、中性的な容姿をしていた。そして異母兄弟であるにも関わらず、ニヴィアスと兄の容姿は非常に似通っていた。
濡れ羽色の髪に、抜けるような白い肌。林檎のような赤い唇。ニヴィアスと異なるのは大きく美しい紅玉の瞳だ。子供の語彙では宝石に例える事が出来ず、ニヴィアスは兄の瞳を「艶々の林檎」だと思った。自らの持つ母譲りの深い黒檀の瞳とは全く異なる、美しいその紅を思わずまじまじ見つめてしまい、兄は困ったように眉を寄せ、少し迷ったのち、ニヴィアスを優しく抱き上げてくれた。母のような柔らかさはない細い体だが、とても温かかった。
「ああ……よしよし、泣くな……そんなに母上と俺は似てるのか?」
「そっくり、ではないけど……とても、にています」
「そうか。流石に母上と思って、なんて事は言えないけど、兄弟らしいから仲良くしてくれると嬉しい」
「はい、もちろんです。よろしくおねがいします」
「こんな小さいのに賢い! 流石、王子様だ。よろしく」
今でも記憶の中の兄はいつも優しく笑っている。
ニヴィアスにとって兄は善き人間であったが、2人が仲良くするのを快く思わない者もいた。故に大っぴらに交流することは少なかったが、スクルムの手配でニヴィアスと兄は、こっそり仲良くしていた。
そんな兄は最初スクルムの事があまり好きではないように見えた。市井で兄が発見され、ここに連れて来られたのはスクルムが王に教えた事が原因と聞いていたが、それがどうにも引っ掛かるらしい。
そして自分にも誰に対しても丁寧に優しく接するスクルムが、兄の前では揶揄するような意地悪に変わる。兄は素直にそれに噛みつくが、それが二人の間合いだった。
少し羨ましく思うところはあれど、その間に何の違和感もなく自分が挟まっているのは妙な居心地のよさがあった。
「鏡よ、鏡――」
「私が識る能力を使う事が出来るのは、週に一度だけ、城の主足る王がその言霊を唱えた時だけですよ」
「そうなの?」
「ええ。それなりに旧い精霊とはいえ、そんな何でも見通すような能力を無条件では使えません」
スクルムは苦笑しながらニヴィアスの頭を撫でる。
「私は元々は国についた精霊なのです。王に嘘がつけない誓約が課されておりますが、本来は居着いた場所を守る、それが全てなのです」
「いついた場所……この国?」
「今は。精霊にも代替わりがありますし、私ももう歳なので、いつでも受肉出来る状態です。もっと上の精霊になるか、主を定めて精霊としての存在を終えれば、国を守るという軛はなくなりますね」
「スクルムはいなくなるの?」
「すぐいなくなるわけではありません。私は上の精霊になる気はないので、受肉するつもりです。その受肉したものの生が終われば死んでいなくなりますね」
「人になるの? けもの?」
「可能なら人がいいですねぇ……」
「じゃあ……」
スクルムが、人になるなら。
「……僕が立派な王になったら」
伴侶になって欲しいとニヴィアスが言えば、スクルムはほんの少しだけ驚き、困ったように笑った。
「お気持ちは嬉しいですが、私は一応雌雄のある精霊で、雄ですからね。貴方が姫ならともかく」
「父上だって男の妃がいるじゃないか」
「それは正妃がいて、かつ後継がちゃんといる場合に限ってですからね」
明らかな受け流しに、むぅとニヴィアスは頬を膨らませる。それを見たスクルムは可笑しそうに笑う。それをニヴィアスは綺麗だと思った。兄と同じくらい綺麗だと思った。
スクルムがいて、兄がいて。
ニヴィアスは二人に見守られながら、このまま大人になり、遠からず王位を継ぐ。
そう、思っていたのに。
32
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる