誰が林檎を毒にした?

metta

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1 鏡よ鏡

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 鏡よ鏡――

「――一番王にふさわしいのは、ぼくだと?」
「はい」
「しかし、兄上がいるではないか」
「兄君は市井から王族に上がられたので、継承権は貴方より下ですよ。それに……納得する者は少ないでしょう」
 スクルムは真剣な顔をしてそう言った。ニヴィアスも真剣に聞いてはいるものの、子供の寝物語にそんな事を言うのはいかがなものかともこっそり思っていた。
 そんな事を言うこのスクルムという男は、人の姿こそ取っているが、王族に代々仕える鏡の精霊だ。金とも銀ともつかない髪に雪影のような淡い碧眼を持つ美丈夫である彼は、十になったばかりの少女のような王子にそんな事を説く。とてもいい夢が見れるような話ではない。
「まだ子供であれば時間を掛けて学べば可能性はありますが、兄上はもう成人されていますからね。今までの経験が活きればいいですが、邪魔をすることの方が多いでしょう」
「……あにうえは口さがないことをいうものが多いが、かしこい、おやさしい方だと思う」
「ええ、そうですよ。だから兄弟で協力してこの国を治め、良き王となってくださいな」 
 優しく笑うスクルムにニヴィアスは頷き、眠るために瞳を閉じた。
 ニヴィアスには昨年、十離れた兄が出来た。
 最初の妃を亡くして、ニヴィアスの母と婚姻を結ぶ前、父王が荒れていた時期に入れあげていた娼婦との間に生まれた子だ。つまりは異母兄のはずなのだが、ニヴィアスが突然出来た兄に初めて会った時の感想は、「母に似ている」だった。 
「は、はうえ……?」
「……は?」
「~っ、は、はぅぇ……」
「あっ! ちょっと! おい、泣くなよ!」
「何泣かせてるんですか!?」
「コレ俺のせいか!?」
 兄は男性にしてはかなり線が細く、中性的な容姿をしていた。そして異母兄弟であるにも関わらず、ニヴィアスと兄の容姿は非常に似通っていた。
 濡れ羽色の髪に、抜けるような白い肌。林檎のような赤い唇。ニヴィアスと異なるのは大きく美しい紅玉の瞳だ。子供の語彙では宝石に例える事が出来ず、ニヴィアスは兄の瞳を「艶々の林檎」だと思った。自らの持つ母譲りの深い黒檀の瞳とは全く異なる、美しいその紅を思わずまじまじ見つめてしまい、兄は困ったように眉を寄せ、少し迷ったのち、ニヴィアスを優しく抱き上げてくれた。母のような柔らかさはない細い体だが、とても温かかった。
「ああ……よしよし、泣くな……そんなに母上と俺は似てるのか?」
「そっくり、ではないけど……とても、にています」
「そうか。流石に母上と思って、なんて事は言えないけど、兄弟らしいから仲良くしてくれると嬉しい」
「はい、もちろんです。よろしくおねがいします」
「こんな小さいのに賢い! 流石、王子様だ。よろしく」
 今でも記憶の中の兄はいつも優しく笑っている。
 ニヴィアスにとって兄は善き人間であったが、2人が仲良くするのを快く思わない者もいた。故に大っぴらに交流することは少なかったが、スクルムの手配でニヴィアスと兄は、こっそり仲良くしていた。
 そんな兄は最初スクルムの事があまり好きではないように見えた。市井で兄が発見され、ここに連れて来られたのはスクルムが王に教えた事が原因と聞いていたが、それがどうにも引っ掛かるらしい。
 そして自分にも誰に対しても丁寧に優しく接するスクルムが、兄の前では揶揄するような意地悪に変わる。兄は素直にそれに噛みつくが、それが二人の間合いだった。
 少し羨ましく思うところはあれど、その間に何の違和感もなく自分が挟まっているのは妙な居心地のよさがあった。


「鏡よ、鏡――」
「私が識る能力ちからを使う事が出来るのは、週に一度だけ、城の主足る王がその言霊を唱えた時だけですよ」
「そうなの?」
「ええ。それなりに旧い精霊とはいえ、そんな何でも見通すような能力ちからを無条件では使えません」
 スクルムは苦笑しながらニヴィアスの頭を撫でる。
「私は元々は国についた精霊なのです。王に嘘がつけない誓約が課されておりますが、本来は居着いた場所を守る、それが全てなのです」
「いついた場所……この国?」
「今は。精霊にも代替わりがありますし、私ももう歳なので、いつでも受肉出来る状態です。もっと上の精霊になるか、主を定めて精霊としての存在を終えれば、国を守るというくびきはなくなりますね」
「スクルムはいなくなるの?」
「すぐいなくなるわけではありません。私は上の精霊になる気はないので、受肉するつもりです。その受肉したものの生が終われば死んでいなくなりますね」
「人になるの? けもの?」
「可能なら人がいいですねぇ……」
「じゃあ……」
 スクルムが、人になるなら。
「……僕が立派な王になったら」
 伴侶になって欲しいとニヴィアスが言えば、スクルムはほんの少しだけ驚き、困ったように笑った。
「お気持ちは嬉しいですが、私は一応雌雄のある精霊で、雄ですからね。貴方が姫ならともかく」
「父上だって男の妃がいるじゃないか」
「それは正妃がいて、かつ後継がちゃんといる場合に限ってですからね」
 明らかな受け流しに、むぅとニヴィアスは頬を膨らませる。それを見たスクルムは可笑しそうに笑う。それをニヴィアスは綺麗だと思った。兄と同じくらい綺麗だと思った。
 スクルムがいて、兄がいて。
 ニヴィアスは二人に見守られながら、このまま大人になり、遠からず王位を継ぐ。
 そう、思っていたのに。
 
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