誰が林檎を毒にした?

metta

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10 心の在り処

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 ルベルが城に来て半年が過ぎた。
 秋の終わりだった季節は今、夏の盛りだ。ルベルは実の父である王とは少し距離はあるが、弟のニヴィアスとは良好――大変仲のいい兄弟となっていた。

 妃殿下が亡くなられて空いた心の隙間に上手く入り込んだようだ。
 簒奪を目論んでいるのではないか。会うときは必ず精霊殿がついているからその心配はないだろうが……。
 むしろあの娼婦の子を、既に次の王と目しているのでは。だとすれば――
 
「お前達。今、誰の事を話していましたか」
「――せ、精霊様……!」
 こそこそと話をしていた貴族達はスクルムに驚き、気まずそうに狼狽える。スクルムが淡い碧眼をすっと細めた。
「次の王はニヴィアス様がなることに変わりはありません。ルベル様がニヴィアス様と一緒にいるのは、交流を深めるためもありますが、一緒に学んでいらっしゃるからです。そして私がルベル様と共にいる時間が長いのは、市井から上がられたが故に、補佐をさせていただいているだけですが、それに何か問題が?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
 表情のないスクルムに怯えたのか、貴族達は口だけの謝罪をして、そそくさと去っていく。
 ニヴィアスは母親である妃が亡くなってからは休みがちになっていた勉学を、共に習うルベルに教えるため、前以上にやる気を出して取り組み、苦手だった剣術なども、戦いが得意なルベルと共に、真剣に取り組んでいる。ルベルの存在は、ニヴィアスにとってよきものとなっていた。
 残念ながら、それをよく思わないものは多い。
 単純に突然現れた庶子の王子が、王や正当な王子のお気に入りになるのを快く思わないものも多いし、ルベルの命を狙った首謀者である宰相のように、ルベルの存在自体を快く思わない者もいる。そしてそれ以外にも――。
 スクルムは色々なことにうんざりしながら、ルベルの部屋に向かった。
「また何か言ってる奴がいたか」
 許可を得てスクルムが部屋に入ると、読書中のルベルは本から顔を上げることなく、いきなりそう言い放った。
 スクルムはそれに何も返答しないが、ルベルはそれを肯定として話を進めていく。王と王子であるニヴィアスの次にスクルムが仕えることとなったこの青年は、狩人であったからか、妙に勘がよい。そして元影である養父が色々なことを想定して教育していたためか、意外と政を担う側の考え方の理解も早かった。
「聴かせるつもりで言っているのか、内緒話のつもりなのかが判断つかないから、基本的には無視しているんだが」
「後者でしょうね」
「……聴こえてるんだよ馬鹿共が。大体誰が王位なんぞいるか。それにもし興味があったとしても、ニヴィアスをどうにかするなんて考えるわけないだろ」
「ルベル様はいい兄君であり、いい生徒ですからね」
「俺はどうせ小さい弟より出来の悪い兄だよ」
 ルベルはじろりとスクルムを睨める。
 スクルムは決してそう意味で言ったわけではないが、嫌みと取られてしまったようだ。この城に来た当初、ルベルは自らを愛玩動物か家畜かと皮肉を言ったが、スクルムは人馴れしない美しい獣のようだと思っていた。 
「ニヴィアス様は幼い頃から教育を受けておりますから、ルベル様とは基礎が違います。本来はもっと差があって然るべきですが、ニヴィアス様は妃殿下が亡くなられてからは少し学ぶ事を休みがちだったので、貴方に教えるために今必死で勉強しているんです。ルベル様の吸収が早いので」
「そりゃそうかもしれないが」
「私としてはありがたいことです。好きな人の前では恰好つけたいのですよ。ニヴィアス様も男ですからね」
「……お前、それ分かって言ってんのか?」
「?」
 大好きな兄の前で恰好つけたい気持ちはかなりあると思うのだが。スクルムが不思議に思っていると、ルベルは呆れた顔で「もういい」と本を読むのを止め、頬杖をついた。
「どっちにしても、ニヴィアスを早く立太子してくれたらいいのにな。変な奴も減るだろうし、俺への興味も減るだろう。そしたら俺も、父さんを殺した奴を本格的に探すことができる」
「……そうですね。私としては、危ない橋を渡っていただきたくはないのですが、貴方は案外じゃじゃ馬ですから……助力はさせていただきます」
「その言い方腹立つな。俺は女じゃねえよ」
「すみません、他に適切な表現が見つからなくて」
「この野郎」
 口では怒っているものの、ルベルは小さく綻ぶように笑う。ぴりぴりと野生の獣のように警戒はしているし、色々なことがあったせいで捻くれてはいるが、本来はもっと素直な青年だ。
 スクルムはそれを見て、犯人が宰相である事は分かっているが、今言うべきではないと改めて思った。
 個人的にあまり危ないことをして欲しくはない。しかしルベルはそういう性質ではない。父の仇であり、自らの命を狙う敵ともなれば、積極的に狩りに行こうとするだろう。変な輩からのちょっかいを防ぐ意味と、自ら討って出ることへの牽制の意味で、スクルムはなるべくルベルの傍にいるようにしていたが、それ以外にも懸念事項が多すぎる。
 ルベルが言ったように、ニヴィアスの立太子もそうであるし、ルベルの伴侶探しも全く動きがない。王のしもべであるスクルムは嘘がつけないのもそうだが、王に対して識る力の行使が出来ない。王の考えが読めず、動きあぐねている。
 それでも。
 ずっと見守ってきたルベルから、養父である元影を喪わせてしまったことをスクルムは悔いていた。そして城に連れてきてしまった以上は自分が護らねばならないのだと。
 スクルムは国でも王にでもなく、どこにあるかも分からない、自身の心に決めていた。
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