10 / 19
10 心の在り処
しおりを挟む
ルベルが城に来て半年が過ぎた。
秋の終わりだった季節は今、夏の盛りだ。ルベルは実の父である王とは少し距離はあるが、弟のニヴィアスとは良好――大変仲のいい兄弟となっていた。
妃殿下が亡くなられて空いた心の隙間に上手く入り込んだようだ。
簒奪を目論んでいるのではないか。会うときは必ず精霊殿がついているからその心配はないだろうが……。
むしろあの娼婦の子を、既に次の王と目しているのでは。だとすれば――
「お前達。今、誰の事を話していましたか」
「――せ、精霊様……!」
こそこそと話をしていた貴族達はスクルムに驚き、気まずそうに狼狽える。スクルムが淡い碧眼をすっと細めた。
「次の王はニヴィアス様がなることに変わりはありません。ルベル様がニヴィアス様と一緒にいるのは、交流を深めるためもありますが、一緒に学んでいらっしゃるからです。そして私がルベル様と共にいる時間が長いのは、市井から上がられたが故に、補佐をさせていただいているだけですが、それに何か問題が?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
表情のないスクルムに怯えたのか、貴族達は口だけの謝罪をして、そそくさと去っていく。
ニヴィアスは母親である妃が亡くなってからは休みがちになっていた勉学を、共に習うルベルに教えるため、前以上にやる気を出して取り組み、苦手だった剣術なども、戦いが得意なルベルと共に、真剣に取り組んでいる。ルベルの存在は、ニヴィアスにとってよきものとなっていた。
残念ながら、それをよく思わないものは多い。
単純に突然現れた庶子の王子が、王や正当な王子のお気に入りになるのを快く思わないものも多いし、ルベルの命を狙った首謀者である宰相のように、ルベルの存在自体を快く思わない者もいる。そしてそれ以外にも――。
スクルムは色々なことにうんざりしながら、ルベルの部屋に向かった。
「また何か言ってる奴がいたか」
許可を得てスクルムが部屋に入ると、読書中のルベルは本から顔を上げることなく、いきなりそう言い放った。
スクルムはそれに何も返答しないが、ルベルはそれを肯定として話を進めていく。王と王子であるニヴィアスの次にスクルムが仕えることとなったこの青年は、狩人であったからか、妙に勘がよい。そして元影である養父が色々なことを想定して教育していたためか、意外と政を担う側の考え方の理解も早かった。
「聴かせるつもりで言っているのか、内緒話のつもりなのかが判断つかないから、基本的には無視しているんだが」
「後者でしょうね」
「……聴こえてるんだよ馬鹿共が。大体誰が王位なんぞいるか。それにもし興味があったとしても、ニヴィアスをどうにかするなんて考えるわけないだろ」
「ルベル様はいい兄君であり、いい生徒ですからね」
「俺はどうせ小さい弟より出来の悪い兄だよ」
ルベルはじろりとスクルムを睨める。
スクルムは決してそう意味で言ったわけではないが、嫌みと取られてしまったようだ。この城に来た当初、ルベルは自らを愛玩動物か家畜かと皮肉を言ったが、スクルムは人馴れしない美しい獣のようだと思っていた。
「ニヴィアス様は幼い頃から教育を受けておりますから、ルベル様とは基礎が違います。本来はもっと差があって然るべきですが、ニヴィアス様は妃殿下が亡くなられてからは少し学ぶ事を休みがちだったので、貴方に教えるために今必死で勉強しているんです。ルベル様の吸収が早いので」
「そりゃそうかもしれないが」
「私としてはありがたいことです。好きな人の前では恰好つけたいのですよ。ニヴィアス様も男ですからね」
「……お前、それ分かって言ってんのか?」
「?」
大好きな兄の前で恰好つけたい気持ちはかなりあると思うのだが。スクルムが不思議に思っていると、ルベルは呆れた顔で「もういい」と本を読むのを止め、頬杖をついた。
「どっちにしても、ニヴィアスを早く立太子してくれたらいいのにな。変な奴も減るだろうし、俺への興味も減るだろう。そしたら俺も、父さんを殺した奴を本格的に探すことができる」
「……そうですね。私としては、危ない橋を渡っていただきたくはないのですが、貴方は案外じゃじゃ馬ですから……助力はさせていただきます」
「その言い方腹立つな。俺は女じゃねえよ」
「すみません、他に適切な表現が見つからなくて」
「この野郎」
口では怒っているものの、ルベルは小さく綻ぶように笑う。ぴりぴりと野生の獣のように警戒はしているし、色々なことがあったせいで捻くれてはいるが、本来はもっと素直な青年だ。
スクルムはそれを見て、犯人が宰相である事は分かっているが、今言うべきではないと改めて思った。
個人的にあまり危ないことをして欲しくはない。しかしルベルはそういう性質ではない。父の仇であり、自らの命を狙う敵ともなれば、積極的に狩りに行こうとするだろう。変な輩からのちょっかいを防ぐ意味と、自ら討って出ることへの牽制の意味で、スクルムはなるべくルベルの傍にいるようにしていたが、それ以外にも懸念事項が多すぎる。
ルベルが言ったように、ニヴィアスの立太子もそうであるし、ルベルの伴侶探しも全く動きがない。王のしもべであるスクルムは嘘がつけないのもそうだが、王に対して識る力の行使が出来ない。王の考えが読めず、動きあぐねている。
それでも。
ずっと見守ってきたルベルから、養父である元影を喪わせてしまったことをスクルムは悔いていた。そして城に連れてきてしまった以上は自分が護らねばならないのだと。
スクルムは国でも王にでもなく、どこにあるかも分からない、自身の心に決めていた。
秋の終わりだった季節は今、夏の盛りだ。ルベルは実の父である王とは少し距離はあるが、弟のニヴィアスとは良好――大変仲のいい兄弟となっていた。
妃殿下が亡くなられて空いた心の隙間に上手く入り込んだようだ。
簒奪を目論んでいるのではないか。会うときは必ず精霊殿がついているからその心配はないだろうが……。
むしろあの娼婦の子を、既に次の王と目しているのでは。だとすれば――
「お前達。今、誰の事を話していましたか」
「――せ、精霊様……!」
こそこそと話をしていた貴族達はスクルムに驚き、気まずそうに狼狽える。スクルムが淡い碧眼をすっと細めた。
「次の王はニヴィアス様がなることに変わりはありません。ルベル様がニヴィアス様と一緒にいるのは、交流を深めるためもありますが、一緒に学んでいらっしゃるからです。そして私がルベル様と共にいる時間が長いのは、市井から上がられたが故に、補佐をさせていただいているだけですが、それに何か問題が?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
表情のないスクルムに怯えたのか、貴族達は口だけの謝罪をして、そそくさと去っていく。
ニヴィアスは母親である妃が亡くなってからは休みがちになっていた勉学を、共に習うルベルに教えるため、前以上にやる気を出して取り組み、苦手だった剣術なども、戦いが得意なルベルと共に、真剣に取り組んでいる。ルベルの存在は、ニヴィアスにとってよきものとなっていた。
残念ながら、それをよく思わないものは多い。
単純に突然現れた庶子の王子が、王や正当な王子のお気に入りになるのを快く思わないものも多いし、ルベルの命を狙った首謀者である宰相のように、ルベルの存在自体を快く思わない者もいる。そしてそれ以外にも――。
スクルムは色々なことにうんざりしながら、ルベルの部屋に向かった。
「また何か言ってる奴がいたか」
許可を得てスクルムが部屋に入ると、読書中のルベルは本から顔を上げることなく、いきなりそう言い放った。
スクルムはそれに何も返答しないが、ルベルはそれを肯定として話を進めていく。王と王子であるニヴィアスの次にスクルムが仕えることとなったこの青年は、狩人であったからか、妙に勘がよい。そして元影である養父が色々なことを想定して教育していたためか、意外と政を担う側の考え方の理解も早かった。
「聴かせるつもりで言っているのか、内緒話のつもりなのかが判断つかないから、基本的には無視しているんだが」
「後者でしょうね」
「……聴こえてるんだよ馬鹿共が。大体誰が王位なんぞいるか。それにもし興味があったとしても、ニヴィアスをどうにかするなんて考えるわけないだろ」
「ルベル様はいい兄君であり、いい生徒ですからね」
「俺はどうせ小さい弟より出来の悪い兄だよ」
ルベルはじろりとスクルムを睨める。
スクルムは決してそう意味で言ったわけではないが、嫌みと取られてしまったようだ。この城に来た当初、ルベルは自らを愛玩動物か家畜かと皮肉を言ったが、スクルムは人馴れしない美しい獣のようだと思っていた。
「ニヴィアス様は幼い頃から教育を受けておりますから、ルベル様とは基礎が違います。本来はもっと差があって然るべきですが、ニヴィアス様は妃殿下が亡くなられてからは少し学ぶ事を休みがちだったので、貴方に教えるために今必死で勉強しているんです。ルベル様の吸収が早いので」
「そりゃそうかもしれないが」
「私としてはありがたいことです。好きな人の前では恰好つけたいのですよ。ニヴィアス様も男ですからね」
「……お前、それ分かって言ってんのか?」
「?」
大好きな兄の前で恰好つけたい気持ちはかなりあると思うのだが。スクルムが不思議に思っていると、ルベルは呆れた顔で「もういい」と本を読むのを止め、頬杖をついた。
「どっちにしても、ニヴィアスを早く立太子してくれたらいいのにな。変な奴も減るだろうし、俺への興味も減るだろう。そしたら俺も、父さんを殺した奴を本格的に探すことができる」
「……そうですね。私としては、危ない橋を渡っていただきたくはないのですが、貴方は案外じゃじゃ馬ですから……助力はさせていただきます」
「その言い方腹立つな。俺は女じゃねえよ」
「すみません、他に適切な表現が見つからなくて」
「この野郎」
口では怒っているものの、ルベルは小さく綻ぶように笑う。ぴりぴりと野生の獣のように警戒はしているし、色々なことがあったせいで捻くれてはいるが、本来はもっと素直な青年だ。
スクルムはそれを見て、犯人が宰相である事は分かっているが、今言うべきではないと改めて思った。
個人的にあまり危ないことをして欲しくはない。しかしルベルはそういう性質ではない。父の仇であり、自らの命を狙う敵ともなれば、積極的に狩りに行こうとするだろう。変な輩からのちょっかいを防ぐ意味と、自ら討って出ることへの牽制の意味で、スクルムはなるべくルベルの傍にいるようにしていたが、それ以外にも懸念事項が多すぎる。
ルベルが言ったように、ニヴィアスの立太子もそうであるし、ルベルの伴侶探しも全く動きがない。王のしもべであるスクルムは嘘がつけないのもそうだが、王に対して識る力の行使が出来ない。王の考えが読めず、動きあぐねている。
それでも。
ずっと見守ってきたルベルから、養父である元影を喪わせてしまったことをスクルムは悔いていた。そして城に連れてきてしまった以上は自分が護らねばならないのだと。
スクルムは国でも王にでもなく、どこにあるかも分からない、自身の心に決めていた。
11
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる