誰が林檎を毒にした?

metta

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 そしてルベルが城に来て一年が過ぎ――
 状況に大きな変化はなく、ルベルは時折陰口を叩かれながらほとんどの時間を、ニヴィアスと共に学ぶか、スクルムと過ごす日々を送っていた。
「お前は王のしもべなのに、王のところにいなくていいのか」
「王の元には最低週に一度は赴かねばなりませんが、指定がなければ基本は自由です」
「そういうものなのか……」
 なるべくルベルの助けになるようにとも言われているそうなので、それなら好きにすればいい。
 王自体はルベルに対し、月に一度か二度ほど食事に誘い、近況を聞く程度の接触具合だ。身柄を自分の手元に押さえて満足したのだろうか。あの何とも言えない湿り気のような執着は変わらず向けられているものの、頻度は少ない。ルベルはもう、この人はこういう人だからという整理をして諦めている。
 そして――ルベルを狙い、父の死の原因になった者はまだ分かっていない。スクルムはどうやら知っているようだが、確証がないとはぐらかされている。 
 父と母はスクルムの手配により遺体も骨も回収され、今は城下の共同墓地で共ににひっそりと眠っている。城から出れないスクルムの代わりに、村へ迎えにきていた妖精のウィトラを連れて、月に一度は必ず祈りを捧げに会いに行く。
 そのように狭い範囲でルベルの行動規則は形成されつつあった。
「どうか、出来るだけおひとりで出歩かれませんよう」
「しつこいな。分かってる」
 そしてスクルムはといえば、最初こそ申し訳なさそうな殊勝な態度を取っていたが、最近ではルベルに向かって皮肉を言ったり揶揄ったりと、案外いい性格をしている。話をしていて腹が立つこともあるが、村にいた同世代の人間とは違い、ルベルを見下したり、邪な目では見たりしない。友人と呼べるものがいなかったルベルにとってスクルムと過ごす時間は、比較的楽しいものであった。
 しかし近頃、スクルムは王の命を受けて慌ただしくしていることが多い。 
「言われなくてもニヴィアスのところくらいしか行かない」
 この日もスクルムはウィトラを連れて仕事をするとのだ。まるで幼子に留守番をさせる前の父母のように、大人しくしておくよう、何度も何度も言い聞かされていて、ルベルはうんざりとしていた。
 ルベルも何だかんだと城には否応にも慣れた。それは娼婦の子である自分が歓迎されていないという事実も含めてだ。
「庶子で継承権が低かろうが、名目上は王子で偉いんだということくらい分かってる。俺より上の立場なんて、王とニヴィアスくらいしかいないんだから、偉そうに何か言われても、無視しときゃいいんだろ? 難しいことでも何でもない。何かあったら後でお前に報告すればいいだけだ」
「どうですかね……貴方様は行動力と瞬発力がおありですから……」
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「お目付け役がいないと、口より手が出そうです」
「出したことなんかないだろうが!」
 確かに出したことはない。出すべきと思えば躊躇せず出すとは思うが、ここまで信用されない理由がよく分からない。
「……そんなに口うるさく言うくらいなら、さっさと行って早く帰ってくればいい」
 そう溜め息を吐くと、スクルムは目をぱちりと瞬かせてそっと笑う。ルベルは思わず眉を寄せた。だがこれは嫌だからではなく照れ隠しみたいなもので、こそばゆい。
 相変わらずスクルムの本心は、ルベルにはよく分からない。それでも最初の人外の雰囲気はかなり薄れ、好意的にはみている。情欲ではない。少しだけ父母に似た、でも親子の情愛ではない何か。
 自身が失くしたものに似た何かは、ニヴィアスの存在と並んで、ルベルの心の支えになっていた。
「……そんなに心配なら、途中までは一緒に来たらいい。帰りはまっすぐ護衛と部屋に戻って大人しくしてる。それでいいんだろう?」
 誤魔化すようにぶっきらぼうに言うそれにも、スクルムは「はい」と嬉しそうに返事をする。気の遠くなるほどの時間を生きる者のはずなのに、少し可愛らしいと思ってしまう。だからルベルはスクルムが満足できるよう、なんだかんだと言う事を聞いているし、今日も一緒にニヴィアスの部屋近くまで、一緒に歩いていった。
「兄上、おはようございます」
「ニヴィアス、おはよう」
「今日もスクルムはいないんですか?」
「ああ、最近どうも忙しいらしい。スクルムがいないと寂しいか?」
「いてくれた方が嬉しいですが、兄上がいるから寂しくないです。それに……実は、振られました」
「フラれ……」
「大きくなったら伴侶になって欲しいと言ったのですが……」
「……へぇ……その年で伴侶ってすごいな……」
 子供に何を言ってるんだと一瞬思ったが、「フラれた」と言うことはニヴィアスの方が告白したということだ。大変にませている。恋などしたことのないルベルは、内心呻いた。
「父上にも男の妃がいるし、大丈夫かと思ったのですが……私が姫ならともかく、スクルムは雌雄のある精霊で、雄なので駄目だと。王が男を娶るのは、ちゃんとした後継がいる時だけだそうです」
 スクルムはスクルムで、子どもの言うことに、何を本気で返しているのか。しかし「姫ならともかく」などという感覚は一応あるのかと、ルベルは妙なところで感心していた。
「そもそもあいつ、人じゃないよな」
「そうなんですが、スクルムはもうすぐ人になるのです」
「……人に?」
「精霊にも代替わりがあって、それが近いと。そうなれば、スクルムは受肉して人になりたいんだそうです。だから人になるなら伴侶にと言ってみたのですが、駄目でした」
「そうなのか……」
 人に近づいてきている。そういうことなら、最近の雰囲気の変化はそういうことなのか。
 人間離れした容姿や感情があまり読めないのは変わらずだが、確かにやり取りをしていて、当初ルベルが感じた印象よりずっと人間味が出てきている。
「だからあいつ、俺に対してあんななのか」
「……いえ、兄上、それは……」
 ニヴィアスが困ったように笑うと、お二方そろそろ始めますよと教師から声がかかり、講義が始まる。
 いつも通り話を聞き、質問をし、意見を述べる。淡々とそれを繰り返していればあっという間に時間が過ぎ、講義の合間の休憩時間、ニヴィアスの侍従から王が呼んでいるとの言伝を受けた。
「――俺だけ?」
「はい。大事なお話があるとの事です」
「私を一緒に呼ばないのなら、もしかすれば、婚姻関係のお話かもしれません。そうだ。私より先に、兄上ですよね」
「本当ませてるな……」
 しかし何の前触れもなく、急に? スクルムもいないのに。
 はしゃぐニヴィアスに呆れながらも、色々疑問が頭を掠めたが、王の呼び出しなら、どのみち断ることは出来ない。
 でも、できればスクルムが帰って来て一緒に行ければいいのに。
 ルベルはそう思っていたが、結局スクルムは講義が終わっても戻ってこず、ルベルは仕方なく護衛を連れて、ひとり王の元へと向かった。
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