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しおりを挟む千景の両親は、千景を大切にしなかった。
それは、千景から話しを聞いていたから知っている。
実際、千景が死んだ時だって千景の両親は病院にかけつけてもいなかった。
千景に対してひどいことをしていたのだと自覚した俺は、許してもらえると思っているわけではないけれど、せめて墓守をしようと思って月に1、2回、千秋の墓参りをしていた。
けれど俺はその千景の墓参りに訪れたタイミングで、千景の母親に会った。
千景の母親は、千景の墓の前で泣き崩れていた。
その姿は千景から聞いていた千景の母親像とはまるで違った。
だって、千景は両親からは愛されたことなどなかったと言っていた。
それでも愛を乞う千景を、この母親は辛い目に合わせてばかりいた。
「すみません、避けてもらえますか」
故人の家族に対して些か失礼な態度ではあるけれど、そんなことをこんな人に考えても意味はないだろう。自分のしたことは棚に上げて、この母親に対する憤りを感じていた。
「あ……え、ええ」
母親が傍に避けたので、俺はそこに近づいて、持参してきた蝋燭にマッチで火をつけ、線香をあげた。持ってきたジュースや菓子類を共に供える。これは持ち帰らなければいけないけれど、幽霊は気を食べると聞いたから、とりあえず毎回違うものを持ってきている。
両手を合わせ目を閉じ数分。
目を開けても千景の母親はいまだにそこに佇んでいた。
「千景……友人がいたのね」
母親はポツリとそう呟いた。
「俺は友人じゃなくて、元彼です。と言っても、千景をとても傷つけたからそう名乗ったら千景は怒るかもしれませんが」
「そう……元彼。私は、あの子の母親。傷つけてきたのは私も同じ」
「ええ、知ってます。千景が両親から愛されてなかったってことは全部千景から聞きました」
目の前の女性にひどくイラつく。けれど、自分も同じ穴の狢だから自分の放った言葉の矢は、自分にも突き刺さる。
「そう、私はあの子に母親らしいことなんて何一つやらなかった。あの子が、あの人の子じゃないから、いつかバレるんじゃないかって怖かった」
「あの人って、あんたの旦那さん?」
「ええ。あの子は全く関係ない行きずりの人の子。あの人は子供ができない体質だったけれどプライドの高い人だから、決して病院には行かなかった。だからあの子は私がこっそり他所で作った子」
「なんでそんなこと」
「その頃は子供ができないことで喧嘩をしていたから、子供さえ出来ればうまくいくと思ったのよ。でもそんなこと全然なかった。あの人は何か気がついているのか、あの子を愛そうとしなかったし、私もあの子に辛く当たった」
「勝手だ」
吐き捨てるように言う俺に、母親は顔を歪ませた。
「だって、会えなくなるなんて思わなかった。あの人はあの子の父親じゃない。だけど私はあの子の母親なの。どんなことがあったって私の前からいなくなるなんて考えてなかった」
「体にも心にも暴力振るって、それで居なくなってから千景の大事さに気がついたんですか。あなたなんて、どうせ千景が生きて戻ってきたところで同じことを繰り返す。後悔してる振りをしてるんでしょ? 子供が死んで悲劇の母親楽しんでんでしょ?」
その言葉は、全て自分に突き刺さるのに、俺は言葉を止められなかった。
「千景は病院で1人で逝ったんです。死ぬ1年前には余命宣告されていたって言うのに、1人でずっと耐えていたんです」
「ぅ、ぁ……、て、だって……千景、ごめん……ごめんなさいっ、本当は愛してたの、愛してたの」
母親は再びそこで泣き崩れた。
千景の母親を泣かせたところで、少しも胸はすかなかった。
「どれだけ後悔したって、千景は二度と戻って来てはくれないんですよ」
自分で言っていて、胸が痛かった。
後悔しても遅いのに、もう後悔しかできることはないなんて毎日が辛かった。
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