器量なしのオメガの僕は

２１

それから千秋は四宮の屋敷に帰った。

四宮のラットの事件から１ヶ月と少し。
屋敷の様子は何も変わらず、四宮と千秋を迎え入れてくれた熊井も、千秋に対して何も聞かず優しい笑顔を向けてくれた。

まず千秋は四宮に風呂場に連れて行かれた。

「はい、脱がせますよ」
「えっ、ちょっ」
「ジタバタしないでください。大丈夫、襲ったりしませんから」

千秋は抵抗も虚しく脱がされて風呂に入れられて四宮に隅々まで洗われた。
広い湯船にもかかわらずバックハグ状態で入浴させられた千秋は、終始緊張していたけど風呂から上がるとポカポカですでに眠くなっていた。あんまりよく眠れていなかったからか、すごく心地良くてすぐにでも眠ってしまいそうだった。

「千秋、まだ寝ないで。ほら何か食べないと。あーん」

そう言われたのが聞こえて反射的に口を開けると程よく覚まされたおかゆが乗ったスプーンを口の中に入れられた。ほんのりとお米の甘さを感じて美味しい。

「んんむ」
「おいしいですか？」
「美味しい……けど……ねむ、い」
「じゃああと３口にしましょう。はい口開けてください」
「んん」

３口をなんとか食べ切ると、お腹までポカポカしてもう眠さの限界だった。

千秋はその後歯磨きまでされたのは覚えていたが、目が覚めると四宮の顔が目の前にあってびっくりした。

「そっか。僕、戻ってきたんだ」

四宮の寝顔をそっと撫でると、子供の頃の面影が少しだけ残るその顔を“んん”と歪ませ、それから嬉しそうに頬擦りしてきた。

「かわいい」
「俺が？」
「し、四宮様、起きてらしたんですか」
「今起きました」

四宮は眠そうながらもニコリと幸せそうに笑った。


それから千秋は、四宮が運命の番であるという理由を四宮に説明した。

四宮は信じられないと言うように驚いた顔で聞いていて、全部聞き終わったら眉間にシワを寄せた。

「泉め。話してくれてもいいものを」
「患者の秘密を話すのは、医者として出来なかったんですよ」
「だけど、泉は俺の体の話を千秋にしたでしょ」
「まぁ、そうなんですが」
「あいつとは色々話をしなければいけないようです」

忌々しそうに呟く四宮に、千秋は笑いかけた。

「だけど、僕は少し嬉しいんです」
「嬉しい？　何がですか？」
「四宮様は、運命の番だったことを知らなかったし、僕のフェロモンを感じて好きになったわけじゃないから、僕自身を見てもらえているようで」
「今は、少しずつ千秋君の匂いが分かるようになってきましたけどね。例えるなら桃みたいな可愛らしい匂いです」
「好きな匂いですか？」
「もちろん」

ニコニコと返事をした四宮は、千秋の首筋に顔を埋め込んだ。

「敬語……やめようか。せっかく付き合うことができたから、俺は千秋ともっと仲良くて特別だって感じたいよ」
「っ、敬語が染み付いて、うまく話せるかは……分からないけど、善処しま、する」
「あっはは。でも俺もそうかも。お互いゆるくできたらいいね」
「はい」

千秋が頬を赤らめながら返事をすると四宮はそっと千秋にキスをした。

「んっ」
「千秋……。朝ごはんを食べようか」
「えっ？」
「何？　エッチなこと考えた？」
「ち、違うよ」
「千秋はもう少し肉をつけたほうがいいよ。だから一緒にたくさん食べようね」
「……分かった」

四宮は、結衣斗が病気でガリガリだったこともあり、千秋が家を出ている間に少し痩せてしまった体を見て不安になっているのだろうと、千秋は思った。

「千秋？」
「僕が１００キロになってもそばにいてね」
「もちろん。でも、千秋の身長で１００キロは体に悪いから、そうならないように一緒に運動しよう」
「う……運動」
「散歩から始めようね」
「……はい」

断ることは許されない雰囲気に、千秋は大人しくうなずいた。
それもこれも四宮が千秋を長生きさせるためにやると言うなら頑張れる気がした。

そんな生活を数日も続ければ千秋の体調は万全になっていた。