偽物にすらなりきれない出来損ないの僕

いちみやりょう

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ミヒャエルの餌付け

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翌日起きると、昨夜遅くに帰ってきたはずのユリウスはすでに居なくなっていて、布団も冷たくなっていた。最近は本当に忙しすぎるユリウスが心配になるし、少しだけ寂しい。
けれど、頑張っているユリウスにそんな我がままを言って困らせたくはないので、ハルミはハルミで自分にできることをするだけだ。

「よしっ。今日もがんばろう!」

気合を入れて起き上がり、ユリウスがつけた侍従に手伝われながら着替えを済ませた。
エリーゼの事件があってから、屋敷の従業員が芋づる式に捕まった影響で、今は従業員がかなり少ない。なので、ハルミに侍従は付けなくても良いと伝えたが、ユリウスが首を縦に振らなかった。前世でも、こちらの世界に来てからも、なんでも1人ですることが普通だったハルミにとって、風呂や着替えまでもを手伝われるのは少し恥ずかしかったけれど、ユリウスの伴侶になるならば、それが普通なのだと説得されて、ハルミは渋々したがっている。

朝はクリストフと食事を摂り、昼食までの間にハルミは今日もミヒャエルに食事を作るべく調理場へ向かった。使う食材は、全部自分の手で水洗いをして、たとえ何か毒が付着していたとしても洗い流せているくらいに綺麗にしてから、自分の手で焼いたパンに挟んでいく。
使える調理器具に制限をかけられているせいで、不便だけれど何とか作り終わって、ミヒャエルの部屋に向かった。

「ミヒャエル様~、こんにちは」
「っ」

声をかけながら無遠慮にガチャリと扉を開くと、ミヒャエルはソファに座っていて、目をまるくしていた。

「今日もサンドイッチ持ってきました。一緒に食べましょう」
「……うん」

ミヒャエルは頷いて、ほんのり頬を染めてハニカんだ。

(天使って、こんな子のことをいうんだ)

ミヒャエルのあまりの可愛さに、ハルミは一瞬惚けて、我に帰ってミヒャエルの座っているソファの向かいに座った。

「さあどうぞ」
「あの……ありがとう」

ふわりと笑ったミヒャエルはやはり可愛い。ハルミがいえいえと差し出したサンドイッチに嬉しそうに手を出すミヒャエルに、なんだか餌付けに成功したみたいな優越感のような嬉しさがこみ上げてきた。だって部屋からすら出てきてくれなかったのに、この短い期間でハルミの作ったサンドイッチまで食べてくれているのだ。

「どうですか?」
「……うん、おいしい」
「でも、形が歪で申し訳ないです。もっと包丁とか使えたら綺麗にできるんですけど……」
「包丁? 包丁は使うのが難しいの?」

小首を傾げて問うミヒャエルに、ハルミは慌てて手を振った。

「いえいえ、サンドイッチの具を切るくらいなら難しくないんです。でも、包丁は使ったらダメだって言われて。野菜はちぎったら良いから良いんですけど、ハムとかはちぎるの難しいんですよ」
「誰にダメって言われるの?」
「ユリウス様です。本当、心配性だから……」
「そっか」
「はい。だから、ミヒャエル様のこともとても心配されてますよ」
「それは嘘だよ」
「嘘じゃありません」

ユリウスがミヒャエルのことを心配していることを、頑なに信じないミヒャエルに、ハルミは根気強く繰り返した。

「ユリウス様も、僕も、それからクリスさんだってミヒャエル様とまた食事したいって思ってます」

ミヒャエルは無言だ。

「『自分なんか』とか、『どうせ』とか、そういう風に思っていませんか」
「っ」

ミヒャエルが息を呑み、目を見開いたのが分かって、ハルミは“やっぱり”と思った。

「そういう風に思う気持ちは、僕も分かります。僕もずっとそう思ってた。でも、クリスさんやユリウス様に会って変わりました。生きてて良かったって思えるようになりました。ミヒャエル様もこれからたくさんの人に出会ってきっとそう思えるようになるはずです。少なくとも僕はミヒャエル様はとても可愛らしくて素敵な人で、ミヒャエル様に出会えて良かったなって思っていますから」
「っ、でも僕は、金髪で青い目だったことにしか価値はないんだ。両親は、僕のそこだけが素晴らしいと思ってた。それ以外は全部お兄様の方が優れていたのに、僕はたったそれだけの理由で、お兄様より優遇されて、お兄様の居場所を奪って……、だから僕は嫌われているはずです」
「そんなこと絶対にありえません。だって、ユリウス様は優しい方だけど、ミヒャエル様のことが嫌いなら屋敷から追い出すくらいすると思うんです。でも、ユリウス様はミヒャエル様に、この屋敷に居て欲しがっています。一緒に食事を摂りたがっています。だから、不安に思うことがあるなら、1回で良いから、ユリウス様に直接聞いてみてください」
「でも……」
「ユリウス様は1ヶ月後に時間が取れるそうです。だからその時に、話してみてください」

「……分かった」

ミヒャエルは俯いていて、その表情を伺い見ることはできず、その感情は読めなかった。

「良かった」
「でも」
「でも?」
「それまでは、こうして遊びに来てくれる……?」
「っ、もちろんです!! 毎日きます!!」
「……良かった。ありがとう」

その日一番の笑顔が炸裂し、ハルミは危うく心臓が止まるかと思った。

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