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菫川ヒイロ

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まだ恋をした事がない

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 有名ホテルの前で待つ事一時間、漸くマキタさんがやって来た。
 
 
「おお、早いですね。ちゃんと眠れました? 」


 出会ってそうそう心配されてしまった。それ程までに顔色が良くないように見え
 てしまっているのだとしたら大変な事である。第一印象は大切なのだ。
 

「その、緊張して」


「そうだね、緊張しちゃうのは分かりますよ。とりあえず中に入って待ちましょう。
 その方がきっといいですよ、ここに居るよりは絶対に」
 
 
 マキタさんに言われた通りにの後についてホテルに入った。
 中に入る時にドアマンが少し変な顔をしていたのが気にはなったが、今はそんな
 事を気にしている暇はないのだ。
 
 
「とりあえずトイレに行って来ましょう。そうすれば少しは落ち着くと思います
 から。あと身だしなみのチェックも忘れずにして来て下さいね」
 
 
 マキタさんに強制的にトイレへと送りだされ、トイレに入ったはいいものの少し
 迷う。別にもよおしてはいないのだが、取り敢えず個室へ入り便座に座った。
 とりえず言われた事を思い出してみた。
 
 
 まずは飲み物を注文して、会話はこっちから始める事。
 できるだけ途切れないようにして、突っ込んだ質問はしない。
 時間は一時間ぐらいを目安にする。
 
 
 大丈夫だ、ちゃんと覚えている。
 後は身だしなみを整えてるのが重要だから鏡でチェックをしようと便座から立つ
 時に漸く気が付いた。スニーカーを履いているという事に。
 だからすぐにマキタさんの元へ走って行ったのだ、どうすればいいのかを聞く
 為に。でもそれは叶わなかった。すでにお見合い相手が来ていたから。
 

「どうやらお互い早く来てしまったようですね、では行きましょうか」


 マキタさんはそう言って喫茶店へと入ってしまうからその後を追う事しか出来
 ない。どうするどうする。頭の中は今スニーカーの事で一杯だったのだ。
 それはマキタさんに肘で合図されるまで注文をするのを忘れているくらいには
 頭が回っていなかった。
 
 
「では、後はお二人で」


 いつの間にか去ってしまった仲人、そして思い出したのは会話をしなければ
 という義務感。でも何を話せばいいのかが分からない。ちゃんと準備はして来た
 はずなのに、頭の中の何処にも準備したものが見当たらない。何処を探しても
 出て来るのはスニーカー。沈黙が許されないこの場面で
 
 
「スニーカーはお好きですか? 」


 それが精一杯だった。寧ろよく捻り出したと褒めて欲しいくらいだ。
 
 
「はあ。あまり考えた事がありませんがソヨダさんは好きなんですよね? 
 今日もスニーカーですし」
 
 
 その返答で答えは出たと思った。
 








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