夜桜の下でまた逢う日まで

馬場 蓮実

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第1章 出会い

光の先へ

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「で、なんで急に崖なの?地震で地割れが起きたとか?」

「いや、そんな次元じゃなかろう。まるでこの先の気配を感じん。現実なら有り得ん話じゃが、ここが異空間なら話は別じゃ。部屋模様も全然違うしのう」

 どうやら、トシはこの世界を異空間として『現実的』に分析し始めている。昔の人間と考えれば、中々凄いことだ。猫型ロボットは疎か、SFやファンタジーといった概念が薄い時代でこの冷静さ。恐るべし、佐野家の教え……俺はそれ受けたことないけど。

「とりあえず出る?ここで歩き回るのは危険でしょ?」

「そうじゃな。ハルが見つけた紙も何なのか気になる」

「二人とも気をつけてくれよ。俺もう引き上げる筋力残ってないぞ」

「じゃあハル前を行け。落ちそうになったらわいらが引き上げちゃる」

「なんで私も引き上げれる前提なわけ?」

 今度は二人にパーカーを引っ張られつつ、時計回りに部屋を引き返し、無事ドアまで辿り着いた。全ての光が遮断された世界に暫く居たせいか、真っ暗だった印象の廊下も僅かに認識ができる。異空間であれ一応人間の機能が繊細に働いているのは不思議で仕方がない。

「うわっ、明る!」

 玄関を越えると、まるで皆既日食が起きているような夜空が広がっていた。当然月も太陽も無いんだけど、空全体が不思議な暗紫色に染まり、日常とは乖離した神秘的な光景。

「いやあ眩しいのう!」

「あんたら大袈裟過ぎでしょ。数年ぶりの娑婆かよ」

「わいは目が良いからのう!ハル紙見せい!今なら見えるかもしれん」

「あぁ……どうよ?」

 開いて渡すと、トシはまつ毛が当たる程の至近距離で食い入るように見つめる。

「ンンンンンン…………さっぱり分からん」

「何じゃそりゃ」

「もう少し明るい場所まで戻るしかねえのう」

「……こう見ると、やっぱり光の中心はあの公園のようね」

「おい勝手に人ん家の塀を登るな」

 サクラの言う通り。田舎の夏祭りのように、遠くの一ヶ所だけが煌々と光っており、それが光源となって町をぼんやりと照らしている。その光源は、間違いなくあの公園だ。まるでこの世界の中心であるかのように……いや、事実そうなのかもしれない。

 桃色が薄味がかる暖色の夜空を目掛けて再び歩くことおよそ五分。ふと、前を歩いていたトシが足を止める。

「これは……」

 後ろを振り返ると、先程と同じように紙を広げ至近距離で見つめる姿。だいぶ明るくなってきたから、もう一度解読しようとしているらしい。

「何か分かった?」


「……多分、ウチじゃ……」

「ウチ?間取り図的な?」

「確かに、新築なら有っても不思議じゃないな」

「いや、違う。『そっち』じゃない」

 そっち、とは?と首を僅かに傾ける俺にトシは近寄り、その紙を目の前に広げる。

 当初、てっきり文章が書かれていると思っていたそれは、サクラの言う通りどうやら間取り図のようだった。でも、その図面は俺の知っている『俺の家』ではない。
 玄関から逆L字型に広縁が伸び、和室、和室、洋室、書斎、キッチン、リビング、と反時計回りに一周、広大な平屋だ。まるで高級な老舗旅館のよう。……ん?で、これが、ウチ?

「これは、今の家が出来るまで……つまりわいが中二の途中まで住んでた家じゃ」

「……は!?こんな立派な家に住んでたのか!?」

「そうじゃ?まあ木造のボロ屋じゃから、わいは今の家の方がええがのう」

 衝撃の事実。まさかひと昔前はこんなデカい家が『佐野家』だったとは。父さんは疎か爺ちゃんからもそんな話聞いたことない。

「問題はそれが役に立つのかどうか、じゃないの?」

 いつの間にか真横で覗き込むサクラが冷静に言い放つ。確かに、今はそれが一番重要だ。何故これがあの机にポツンと一枚だけ入っていたのか。全くの無関係なのか、それともこれが今の状況を変えるヒントになるのか。

「この家はどうなったんだ?」

「今はわいの爺さん婆さんがそのまま住んどる。元々は爺さんらも今の家に来るはずじゃったが、思い入れが強いらしくてのう」

 旧佐野家のこの間取りを見れば納得だ。トシの爺ちゃんということは俺の『ひいひい爺ちゃん』にあたるわけだから、もはやどんな人だったのかすら分からないけども、きっと幼少の頃から住み続けた大切な場所なのだろう。
 にしても、『元々来る予定だった』ということは、残った家はどうするつもりだったんだ?空き家にしておくわけにはいかないだろうから、売却?

「じゃあまだ残ってるってことね」

「崖の餌食になってなければ、のう」

「……行ってみるしかないな。どの辺なんだ?」

「公園のすぐ近くじゃ。歩いて五分もかからん」

 公園の近く……もしかして、だからご先祖さんはあそこに桜の木を?気になることがどんどん出てきて頭が混乱しそうになる。

「結局元の場所に戻る感じね」

「まあ明るくてええじゃろう」

「行こう。きっと何かあるさ」

 とりあえず、この紙が全く意味を持たないものだとはとても思えない。この図面は、間違いなく帰るためのヒントだ。いつの時代の誰がどういう意図であの机に入れたのか、ましてや現実とリンクしているのかさえ不明だけど、今の俺たちはきっと、『何か』に導かれている。
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